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「古典派からのメッセージ・2005年〜2006年」目次へ戻る
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良質なワインの味わい―オーケストラ・リベラ・クラシカの演奏会にて

 

 

 今週の日曜日(一月二九日)、築地の浜離宮朝日ホールで催された「オーケストラ・リベラ・クラシカ(OLC)」の演奏会に家内と出かけました。ハイドンの交響曲第七六番、モーツァルトのフルート協奏曲第一番、同じくモーツァルトの「ハフナー交響曲」の三曲が演奏されました。ハイドンの七六番シンフォニーなどという曲は、普通の演奏会ではまず取り上げられません。古典派専門のオケならでは、と、指揮者の鈴木秀美さんはじめOLCの関係者の方に感謝したい気持ちです。このハイドン、とてもチャーミングな曲です。第二楽章の変奏曲で二度短調に転じる場面がありますが、このメロディはほとんどシューベルトです。一方、第三楽章メヌエットのトリオは、まさしく、「古き良きアンシャンレジームの夢」といった風情で、優雅さと機知に富んでいます。このように新旧の時代が交差する面白さもハイドンにはあります。鈴木秀美さんが、演奏会の解説書の中で、ハイドンの音楽に付きまとう「安定した形式感ゆえの聞き手に訴えるものの乏しさ」という類の批判について、次のように述べておられるのは、実にわが意を得たりの思いですし、演奏者として誠実な態度だと思います。曰く、

 

「ハイドンの音楽は、『関与するものを求めはしない』までも、決して拒みはせず、いつも温かい顔をこちらに向けているものと私は思うのです。秩序が安心と倦怠のどちらを生むか、それは演奏する者の(そして聴衆の)想像力如何にかかっているはずなのです。秩序正しい中にユーモアや優しさが存在し、規律という枠こそが日常を楽しむアイディアとウィットを生み出すのだということを、きょう私たちは表現できるでしょうか。」

 

 次のモーツァルトのフルート協奏曲の独奏は、世界的なオリジナル楽器フルート奏者である有田正広さん。キーがひとつしかない十八世紀の木製フルートは、現代の金属フルートと比べると音量は小さく低音部がやや弱いのですが、しかしその音色は金属からは決して出て来ない「無垢の音」です。その透明感がモーツァルトの音楽にはふさわしいのです。指の滑らかな運びといい、体の姿勢や型といい、有田さんの演奏する姿は実に美しく、小生は大好きです。

 

 最後の「ハフナー交響曲」では、トランペットやティンパニやクラリネットも加わって、祝祭的な楽しさを満喫させてくれました。OLCのこの日のメンバーには、ヨーロッパの主要なオリジナル楽器オケで活躍している一流奏者を相当交えており、こういう人たちがわざわざ日本に来て演奏に加わってくれるとは、本当にありがたいことです。日欧の名手たちが鳴り響かせるハフナー交響曲は実に緊密で張りがありました。余談ですが、OLCの演奏会の後には、いつもワインパーティがセットされていて、誰でも気軽に団員の皆さんと話が出来ます。この日も多くのファンの人たちで賑わっていました。家内など、無料でおいしいワインをいただけたことにいたく感激しておりました。ちょうどOLCの演奏も良質で芳醇なワインのようでした。

 

平成一八(二〇〇六)年二月四日