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企業の必要条件

 

 

 企業が存続・発展するには、五つの条件を満たすことが必要である。すなわち、「企業理念」「企業文化」「企業倫理」「企業統治」「企業戦略」において優れていることである。「企業理念」とは、企業の目的、利害関係者、倫理方針、統治要領、戦略などについて成文化された企業の基本方針であり、以下四つの要素の上位に位置する企業の憲法である。「企業文化」とは、企業役職員に共有され実践され継承されている態度と行動様式であり、企業理念を反映するものであることが望ましい。往々にして「企業理念」(建前)は立派だが「企業文化」(実態)がそれに伴わないものだ。「企業倫理」とは、企業の活動が社会的に正しく、普遍性、妥当性を持つために定められた諸規範である。「企業統治」とは、役職員の活動を監督し評価するための仕組である。「企業戦略」とは、企業が環境に適応し環境に働きかけて成長するための構想であり、事業分野の選定、競争戦略の想定、経営資源の分析、定性的目標、数値計画などを含む。

 

 もちろん、これら五要素において優れていても、それだけで必ず企業が存続・発展できるわけではない。五要素は企業の必要条件であって、充分条件ではない。中長期的に利益を挙げ、企業価値を向上させること、すなわち「結果を出す」ことが企業の充分条件なのである。しかし企業は結果を支配することはできない。できることは、結果を出すための必要条件を充足するように努力することだけである。

 

成功している企業について、五つの必要条件のうち、どの要素に優れているかを分析することは重要である。特に優れた要素が見当たらないようならば、その成功は単なる偶然かもしれず、永続しないだろう(ライブドアを想起せよ)。ここでは、ひとつの例として、特に「企業戦略」と「企業文化」において優れていると思われる福井県の繊維企業、セーレンを紹介しよう。セーレンは、もともと染色専業(布の受託加工)の企業で、日本の繊維産業全体の衰退を受けて、業績も長期に亘って低迷していた。十数年前、セーレンの中では異端な改革論者であった川田社長がトップに就くと、「非衣料化」「非繊維化」「情報化」等の企業戦略を掲げ、大胆な企業改革を推し進めた。

 

まず「非衣料化」は、繊維製造技術のターゲットを衣料品から自動車向けなどの産業資材に転換する戦略である。当社は、カーシートなど、需要が大きく成長性に富んだ自動車産業向けの内装材に注力した。トヨタをはじめとする自動車メーカーの要求は非常に厳しいが、当社はよくこの要求に応えて技術力を磨いたため、各自動車メーカーから、セーレンの技術は要求に迅速・柔軟に対応できるとして高く評価されるようになったのである。また、自動車以外にも、高度な繊維製造技術を応用して、住宅、医療、エレクトロニクスの分野へも展開している。例えばエレクトロニクスでは、薄型テレビの部品として欠かせない電磁波シールド材の材料となる糸を、特殊合繊の技術を生かして供給している。

 

 このような高度な技術力は、繊維産業の常識だった工程別分業を打破する「工程の一貫化」によって養われたものが大きい。「非繊維化」戦略とは、上記の事業分野の多角化を意味するとともに、繊維産業の常識から離脱する一貫生産化をも意味するであろう。一九七〇年代まで染色専業の布の受託加工業者であったセーレンは、一九八〇〜一九九〇年代にかけて、「布の加工」から川上の「布の製織」や「糸の加工」へ、さらには川下の「布の縫製」へと展開、そして平成一七(二〇〇五)年に産業再生機構からカネボウの繊維部門を買収して最川上の「原糸の製造」分野を手に入れ、ついに繊維の一貫生産メーカーになった。最川上から最川下までコントロールできることにより、年々厳しさを増す自動車メーカーからのコストダウン要求やリードタイム短縮にも対応しやすくなった。工程別分業で仕切られている繊維業界の旧態依然とした序列を打破したこの一貫生産は、世界的にも珍しいとのことだ。

 

 「情報化」戦略は、情報技術のフル活用である。「これからは繊維産業ではなく、情報産業に分類されるような企業を目指す」と言う川田社長は、デジタルデータを世界の生産拠点に配送し、デジタルデータのまま布にプリントできる染色装置「ビスコテックス」を開発した。その結果、小ロット、多品種に対応でき、世界のどこでも均一品質の製品を同時に供給できることになった。

 

セーレンの「企業文化」は、川田社長が主導した企業戦略と表裏一体で育ったものである。誰に最終製品が届くのかわからない受託加工業から、最終顧客を意識したもの作りができる一貫生産メーカーになったことにより、顧客を意識したもの作りの企業文化が育ち、市場や顧客など外に視野が向くことで、常に革新を怠らない企業文化へと進化した。その企業文化は、経営から生産現場にいたるまで浸透し定着しつつある。セーレンは、顧客に目が向かない官僚体質だった旧カネボウの繊維部門を買収して、その企業文化をも変えようとしているところである。一方、川田社長は、連結年商二千億円を中期目標に掲げており(先期実績は約一千億円)、役員・従業員に高い目標を与えることで成功に緩まない企業文化を維持しようとしている。セーレンは、業績も株価もここ数年順調に推移している。結果をしっかり出して、企業の「充分条件」も満たしているのだ。このように、企業の必要条件である五要素のいくつかで優れていることこそ、本物の企業の強さの源泉なのである。

 

平成一八(二〇〇六)年六月一四日

 

 

〈参考にした文献〉

 

セーレン鰍フホームページおよび有価証券報告書

「日経ビジネス」二〇〇五年一一月一四日号

吉森賢「経営システムU−経営者機能」(放送大学教育振興会)