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「古典派からのメッセージ・2007年〜2008年」目次へ戻る
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トッパンホールの新年祝賀演奏会にて

 


一月一一日(金)、妻とトッパンホールで行われた新年祝賀演奏会(ニューイヤーコンサート)に出かける。チェリストとしても活躍している鈴木秀美氏が指揮し、彼を慕う国内外さまざまなオーケストラ所属の演奏家たちが寄り集った室内オーケストラによる演奏会である。演奏された曲は、ハイドンの「太鼓連打」交響曲(第一〇三番変ホ長調)とベートーヴェンの「英雄」交響曲(第三番変ホ長調作品五五)、それにアンコールとしてベートーヴェンの祝賀メヌエット変ホ長調WoO.三。新年のクラシック音楽演奏会というと、どこもかしこもウィンナワルツばかりで、僕は決して足を運ばないが、この演奏会は珍しくも古典派の本格的な演目を並べたものだ。とりわけ僕はハイドンの「太鼓連打」を一度ナマで聞きたかったので楽しみにして出かけた。

 

一〇三番「太鼓連打」は、四四番「悲しみ」と並んで、僕がハイドンの交響曲の中で特に好きな曲の一つである。抜群の構造の均衡感の中に様々な工夫が凝らされ、しかも音楽的愉悦に満たされた、ハイドンの最高の「音楽工芸品」である。意表を突くティンパニの連打で始まる冒頭やその冒頭部分が第一楽章の最後に再び登場する「回帰の面白さ」。第一楽章での堂々とした第一主題とワルツのように軽妙な第二主題の対照の妙。第二楽章のハイドン得意の短調・長調が交代する変奏曲は、次第に音楽的密度を増し、最後に全オーケストラの大合奏で鳴り終える。その間には首席奏者によるヴァイオリン・ソロのサービスまで付いている。この曲のロンドンでの初演の際には、当時の有名なヴァイオリンの名手、ジョヴァンニ・バティスタ・ヴィオッティが首席奏者としてこのソロを弾いたという。音楽学者のHC・ロビンス・ランドンによれば、「このソロはどの楽団の首席奏者をも喜ばせるように書かれている。というのは、どんな種類の空虚な巨匠的技巧とも異なって、これは奏者の音、奏者の音楽性、奏者の良い趣味を露わにするからである。」[1] 然り! ロマン派以降の指の運動能力を試すアクロバティックなヴァイオリンやピアノの空虚なソロと違い、古典派の作曲家が問うたのは演奏家の音楽性、そして人間性でさえあるのだ。第三楽章は民謡風メロディによるメヌエット。ハイドンは東欧諸国の当時の俗謡を巧みに取り込んで藝術に昇華させているが、これもその一つの見本である。トリオではハイドンには珍しいクラリネットのソロが出る(ただし慎重にヴァイオリンと重ねられているが)。第四楽章では、単一の主題が、心地よい緊張感と迫力を以ってさまざまに装飾され展開される。まさにハイドンの職人芸の極致。古典派的な対位法技巧の見本でもある。最後にトランペットとティンパニが華やかに鳴り響いて曲が終わったとき、震えるような感激が沸くと同時に、僕の頭には「これ以上、西洋近代音楽に何を付け加える必要があるだろうか!」という思いがよぎった。

 

ベートーヴェンの英雄交響曲は、ハイドンと比べると、明らかにゴテゴテし過ぎている。技巧のてんこ盛りにも辟易させられる。やはり西洋音楽は、ベートーヴェン以降、堕落の一途を辿ったのだ、というのが僕の偏見である。「太鼓連打」と「英雄」は共に変ホ長調というキーを採り、勇壮さを強調している。どちらの曲にもホルンの華やかなソロが登場し、狩猟や戦争を想起させる。しかし、ハイドンの戦争とベートーヴェンの戦争とでは何と大きな違いがあることだろう。ハイドンの戦争は、貴族や封建領主たちが専属の或いは雇った軍兵を使い優雅な作法に則って行うゲームの如き戦争である。ホルンの進軍ラッパもどことなくのどかに響く。戦争はあくまで専門の「戦争屋」が行うもので、一般市民や農民が無理矢理兵士に引き立てられることはなかった。それに対して、ベートーヴェンの戦争は、フランス革命で発生した「国民軍」同士の血で血を洗う肉弾戦である。フランス革命は、貴族を政治から追放し、市民を政治の中心に据えると共に、国民皆兵を義務づけた。「よき市民はよき兵士でなければならず、よき兵士は良き市民でなければならない」というのがフランス革命のモットーであった。そこには優雅なゲームの要素はかけらもなくなり、近代の戦争はただひたすら悲惨な庶民同士の殺し合いに転じた。ベートーヴェンの勇ましさには、近代のデモクラシーとナショナリズムの血なまぐさい結合の匂いが硝煙のように漂っている。

 

さて、この日の演奏は、寄せ集めのためかヴァイオリンの精度と勢いがいまひとつ足りなかったように感じたが、チェロやコントラバスは良く鳴っていたし、何と言ってもマルテン・ファン・デァ・ファルクさんのティンパニの溌剌とした切れ味はすごかった。この人のティンパニの活きのよさのおかげでずいぶん引き締まった造形ができていたように思う。

平成二〇(二〇〇八)年一月二〇日

 



[1] HC・ロビンス・ランドン(岩井宏之ほか訳)「ハイドン交響曲全集」(ロンドンレコード。アンタル・ドラティ指揮フィルハーモニア・フンガリカ)の解説書、p五〇八