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「古典派からのメッセージ・2007年〜2008年」目次へ戻る
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外資歓迎のキャンペーンにご注意!

 

 

「日本経済新聞」二〇〇八年二月二七日の「大機小機」における“桃李”氏のコメントは、典型的な外資歓迎による金融市場強化論である。曰く:−

「金融市場の競争力は、海外への販売が源泉となる製造業とは違って、海外からの資金がどれだけ日本に集まるかが鍵である。しかし日本株は海外投資家の立場からは極めて投資しにくい株である。対日投資の七八%はM&Aの形を取るが、日本企業のみならず、司法判断やマスコミ報道も含め、日本では企業買収には否定的な空気が強い。」

「M&Aは株価が実力に比して不当に低い企業が対象になるから、株価上昇の大きな要因となる。買収の可能性がないとなると、株価上昇から利益を得ようとする一般投資家の投資意欲もそがれてしまう。」

「村上ファンドやブルドッグソースの事例などを通じて、海外投資家の間には、世論迎合的な司法判断の不透明性や国際性の欠如、それを支持するマスコミ報道など、日本は既得権益に縛られて思い切った転換のできない国だとの認識が広がっている。」

 

この“桃李”氏の論に逐一反論したい。まず、「金融市場の競争力は(中略)海外からの資金がどれだけ日本に集まるかが鍵である」というのは正しい認識だろうか? 第一に、日本はそんなにカネが必要なのか? 否である。日本は、国際収支が大幅な黒字を続け、海外への投資資産も巨額になっている。アメリカなどの経常収支赤字国とは違い、少なくともマクロでは資金を海外から集める必要など無い。第二に、海外からカネを調達すれば金融市場の競争力が増して国富が増すというのは正しいか? 否である。むしろ、日本にとってはカネをどう運用するかが重要である。貯蓄大国たる日本の国民経済のためになるカネの運用こそ最重要であり、海外からのカネ集めの重要度は低い。第三に、外資による政治的影響力の浸潤や国内産業攪乱やマクロ経済政策への悪影響が発生したときに、日本は外資を排除できる「力」を持っているか? これまた否である。アメリカのような基軸通貨の強みや軍事力や外交力を持っていない日本が安易に外資に依存するようになれば、望ましくない外資(例えば中国やロシアの政府系ファンドなどは何をしでかすかわかったものではない)を排除する「実力」は日本にはない。慎重を期すべきだろう。

 

次に、「(企業)買収の可能性がないとなると、株価上昇から利益を得ようとする一般投資家の投資意欲もそがれてしまう」という“桃李”氏の立論は正しいか? 企業買収のニュースで囃される株価上昇などというマネーゲームがそんなに大事なのだろうか。短期的なマネーゲームに依存した経済成長には、かつての土地バブルや今回のサブプライム問題で日米とも懲りているはずではないのか。

 

 さらに、「世論迎合的な司法判断の不透明性や国際性の欠如」という“桃李”氏の認識は正しいのだろうか? 法解釈の論拠を示さず「世論迎合」と日本の司法を断罪するこの言い方は明らかに外資のための情宣活動である。同じ日経の二〇〇七年九月五日付「大機小機」では、“盤側”氏が、村上ファンドやブルドッグソースの判決について、「こうした司法判断の際には、影響を小さくしたい業界的な感想が流布されるので、気をつけた方がいい」と警告しているが、“桃李”氏の発言は、まさに企業買収で巨額の利益を得る投資銀行や弁護士事務所など「業界」の立場に立った情宣活動である。

 

“桃李”氏は、なぜこれほど「海外投資家」を「お客様」扱いしなければならないのか。この論者は誰のために論じているのか。ここで我々が念頭に置くべきは、関岡英之氏が紹介している「対日投資会議」という法務省、財務省、金融庁などをたばねて対日投資を促進するための司令塔組織の存在である。関岡氏によれば、「対日投資会議」の下部組織には、在日米国商工会議所の幹部や米系証券会社の役員、外国人弁護士などが「外国人特別委員」として名を連ねているという。一九九六年に「対日投資会議」が出した声明では、対日M&Aが困難である理由として、外国企業に買収されることに対する日本人の抵抗感やマイナス・イメージがあり、それを払拭するための心理作戦として、テレビ番組、新聞広告、印刷物、ウェブサイト、講演、セミナーなど、あらゆる機会を通じて日本国民を「啓蒙する」ことが挙げられているという〔関岡英之「奪われる日本」(講談社現代新書、二〇〇六年)P一〇五からP一〇七〕。“桃李”氏のコラムは、この「心理作戦」としてのキャンペーンだと考えると合点がいく。日本経済新聞にはこの手の「キャンペーン」記事やコラムが数多く掲載されているので、我々は充分気をつけなければならない。

 

日本は、日本にとって必要なカネ、すなわち製造業などの長期的視野に立った技術革新を支援する長期安定的な資金だけを海外から集めればいい。浮気で利己的で短期的な資金など入ってこなくても構わない。日本は長期安定資金を優遇すべきだ。例えば保有期間の長い株主により多くの議決権を与えるといったことである。それを「閉鎖的」と批判するのは筋違いである。不要で攪乱的なカネを使えと強要する権利はいかなる投資家も持っていないはずだ。日本に投資したい投資家は日本企業が欲する性質のカネを用意するのが当然であろう。いかなる性質の株主、投資家であっても大事にしなければならないという「株主至上主義」に僕は反対である。

 

平成二〇(二〇〇八)年三月二日