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「日本の経済・金融戦略」序説(第一回)

 

 

アメリカの「金政複合体」

 

近代になって、米英による「世界標準化」は、英語、資本主義経済、民主政治、大衆文化(ハリウッド映画、ロック音楽、プロ野球等々)と幅広い分野に及ぶが、二十一世紀に入ってからの世界の動向を見ると、特に経済・金融分野でアングロサクソン的な秩序が世界に奥深く浸透している。国際市場の枠組みを作り、自ら相場を主導する技能は、米英が得意としている。シティとウォールストリートは世界の金融市場の胴元となり、アメリカ新自由主義のイデオロギーは世界の主流経済学の座を占めている。その結果、株式など世界各市場の連動性が高まり、会計等のルールが共通化され、貿易や資本の相互依存が一層高まっている。アメリカは中国をも世界貿易機関(WTO)に加盟させて経済・金融の世界的秩序に組み込んだ。経済・金融の米英原理による世界一体化は堅固な「構造」となっているようにも思われる。

 

 もともとアメリカは、個別利益反映的な議会、断片的な官僚制度、強力な多国籍企業、しっかり根付いた単一争点運動などを背景に、国内の利益団体の要求を政治・外交に持ち込む「内圧投射型政治」であり、対照的に日本は、外圧によって国内政治が影響を受けやすい「外圧反応型政治」であると言われる。[1] 一九九〇年代半ば以降のアメリカの政治は、「主要産業」となった金融業界の個別利益を色濃く反映するようになった。政治の中枢は国際金融資本と密接な関係を保っており、アメリカの政治・外交は、国際金融資本からの「内圧」を受けやすくなっている。例えば、クリントン大統領時代のルービン財務長官、ブッシュ(子)大統領時代のポールソン財務長官は、いずれも投資銀行のゴールドマン・サックスの最高経営責任者(CEO)だった。また、ピーターソン元商務長官は投資ファンドのブラックストーン・グループの会長を務め、クエール元副大統領は同じく投資ファンドのサーベラスの顧問を務めるなど、投資銀行や投資ファンドと政治は密接な人間関係を構築している。冷戦時代に、アメリカの軍需産業と国軍が密接な関係にあったとして「産軍複合体」と称されたが、今日のアメリカは金融と政治が密接に関係した「金政複合体」を成しているといえよう。日本では、金融業界或いはその他の戦略的産業と政治との間にアメリカのような人的交流はあまり無い。

 

こうした「金政複合体」の形成と国際金融資本の利益を反映した世界的な経済・金融秩序の形成は、一九八〇年代までの製造業分野での日本への敗北に危機感を募らせたアメリカが試行錯誤しながら作り上げた経済・金融戦略であろう。一九九六〜一九九七年に通産審議官を務めた細川亘は「停滞期の米国は、金融・情報・通信などの戦略的産業を育て、為替や通商政策を総動員して日本を叩いた。このままでは国が保たないという壮絶な危機意識。今の日本にそれがありますか」と述べている。[2] アメリカは、貿易で稼ぐ「貯蓄大国」日本のカネを環流させて資金の流れを統御することに成功し、その後、同じパターンで今や中国やアラブ諸国が貿易で稼いだカネを自国に環流させる構造を作り上げている。しかもアメリカは、基軸通貨国としての信用を背景に、膨大な貿易赤字と財政赤字を日本、中国、アラブ諸国など諸外国からの資本流入(借入)によって賄っているばかりでなく、その「借金」で再び世界に投資すら行っている。そうしたアメリカによる「低利調達・高利運用」の構図は、同国の所得収支(利子・配当の受け取り・支払いの差額)が近年、一貫してプラスになっていることからわかる。純債務国であるはずなのに、海外投融資からの収益が借金の費用を上回っているのである。アメリカにとって金融業や多国籍企業が最も重要な存在であり、政治とも密着している理由は、こうした国際金融資本がアメリカの国富を支えているからである。

 

平成二〇(二〇〇八)年五月九日
(続く)

 

*本編は、季刊「日本主義」(白陽社)二〇〇八年夏号に寄稿した「米国流グローバル・スタンダードと日本の二十一世紀戦略」に加筆・修正したものです。一部、既掲載の文章も用いております。

 



[1] 村松岐夫・伊藤光利・辻中豊「日本の政治〔第二版〕」有斐閣(二〇〇一年)、p四一〜四二

[2] 「朝日新聞」二〇〇二年一二月二二日の「経済漂流」Gより