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「日本の経済・金融戦略」序説(第五回)

 


国際的な金融ゲームを勝ち抜く戦略を

 

竹中平蔵が金融担当大臣を務めていた頃の彼の金融業界に対する強権主義によって金融当局と金融業界との間に抜きがたい相互不信が生じている。竹中は日本の金融業を育成するという発想に乏しく、強権主義は日本の金融業の創造性を奪っている。国としての国際金融戦略も欠如したままである。アメリカ勢を中心とする国際金融資本の席巻にどう対応するのか。資産国家日本のマネーの安全保障戦略はどうするのか。「構造的」黒字をどう使うのか。日本人が豊かさを実感できない最大の理由だと思われる住宅(かつて「うさぎ小屋」と欧米人から揶揄された現実は改善されてはいない)や都市環境整備のための投資に使うべきではないのか。こうした問いに答え得る戦略的発想が求められる。元日本興業銀行頭取の西村正雄は次のように述べている。

 

「一九九〇年の日本の金融改革は、制度疲労した間接金融を直接金融に切り替える発想を欠き、銀行・証券の利害調整に終始した。国家戦略もなかった。情報、サービスと並んで本来伸びるべき金融分野が、不良債権処理に追われて欧米勢に十年遅れた。」[17] 

 

「朝日新聞」二〇〇二年一二月二二日の「経済漂流」Gは、次のように訴える。

 

円借款はアジアの経済的離陸を助けた。だが、日本には、円パワーを国際社会での地位向上に使う明確な意思はなかった。政策研究大学院大学の大野健一教授は言う『欧米は、たとえ少額でも自国の理念を反映させている。資金はあるが戦略がない日本は、援助の世界でいいカモだった』また、元財務官の榊原英資慶應義塾大学教授は言う『為替相場は結果。経済政策の主役にはなり得ない。アジア共通市場とか、中国を国際協調の場に引っ張り出す仕掛けとか、大きな戦略に基づく構想こそが必要だ』『通貨は経済の勢いだけではなく、軍事や外交を含む国の総合力を映す』借金大国の米国はあらゆる手段で国外から資金をかき集め、危ういドルのバランスを保つ。欧州の知恵と創意はユーロを生む。豊かさへの渇望は人民元を国際金融の舞台へ押し上げようとしている。『強い通貨』を国益にどう活かすか。理念を欠いたまま揺れ動く円相場は、経済規模を持て余して漂流する国の姿そのものだ。」[18] 

 

日本の経済・金融政策に真に必要なのは、まさにこれらの課題に答えを出すことであろう。

 

吉川元忠が、二〇〇二年当時、ゼロ金利政策がヘッジファンドに低利資金を調達させて彼らの投機活動を助長し、その結果株価下落を招いていると批判していたが、低金利はその後も続き、低利の円資金は現在でもファンドの投資原資となっている(円キャリー取引と呼ばれる)。二〇〇七年に米国でサブプライム・ローン問題が発生した際には、資金不足に陥った海外のファンドが円キャリー取引を解消するのに伴い、円高に弱い輸出関連企業の株式を売りまくった。日本の投資家はサブプライム・ローン関連商品への投資が比較的少なかったにもかかわらず、東京証券取引所が世界で最も大幅な株価下落をきたしたのはそのためであると言われる。[19] 国内金利を低く据え置き為替を円安に維持して経済成長を優先する発展途上国型のワンパターンの金融政策は、常に国際金融市場で裁定機会をねらうファンドの格好の攻撃の的になる。国内均衡だけではなく国際均衡をも考慮した金融戦略が求められる所以である。

 

平成二〇(二〇〇八)年五月九日

 

*本編は、季刊「日本主義」(白陽社)二〇〇八年夏号に寄稿した「米国流グローバル・スタンダードと日本の二十一世紀戦略」に加筆・修正したものです。一部、既掲載の文章も用いております。

 



[17] 「朝日新聞」2002年11月7日

[18] 「朝日新聞」2002年12月22日

[19] 「日本経済新聞」2007年9月12日の「経済教室」(桜川昌哉慶應義塾大学教授執筆)による