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「古典派からのメッセージ・2007年〜2008年」目次へ戻る
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金融商品化した不動産の市況について

 

 

昨日の新聞に、東証一部上場の不動産開発業者、潟[ファーが民事再生法の適用を申請して経営破綻したことが報道されていた。ゼファーだけでなく、このところ新興の不動産開発業者や不動産ファンド運営業者の経営破綻の記事が目に付く。不動産市況の悪化に伴い取引金融機関の融資態度が厳しくなったために資金繰りに行き詰まったという破綻の経緯も共通しているようだ。日本の不動産市況もアメリカの住宅不況の影響を受けてさらに悪化するのだろうか。

 

今後の不動産市場を考える上では、基本的な不動産の需要要因(住宅需要を長期的に減退させる人口の減少、オフィスビルや商業施設に対する需要を左右する経済成長の行方、都市部と地方での需要格差の拡大等)が最も重要であることは言うまでもない。しかし、近年、不動産が急速に金融商品化している事実も無視し得ない。東京をはじめ都市部のオフィスビルや商業施設やマンションの登記簿を調べてみれば、そのかなりの部分が信託銀行や聞き慣れない特定目的会社の名義になっていることがわかるだろう。金融商品となった不動産は、基本的な不動産需給を背景にしつつも、投資家にとっては、他の金融商品(株式、債券、預金等々)との比較において捉えられる。投資家は、株を買うか、国債を買うか、それともREITを買うか、という形で、不動産を他の金融商品との比較で売買する。不動産市況は金融市場との連動性を高めているのである。

 

不動産の金融商品化は、「証券化」というプロセスを経て実現される。証券化は、特定の不動産を所有し管理することだけを目的とする信託会社や特定目的会社が不動産の名義人となり、それら信託会社や特定目的会社が発行する証券を購入する投資家が実質的な不動産の所有者(購入者)となって、証券に化体された不動産の賃貸収益や値上がり益を得る仕組みである。もちろん不動産の賃料が減り或いは値下がりすれば証券の投資家が損を蒙ることになる。証券を小口化すれば、通常、ビルを一棟購入することなどできない小口投資家もビルに投資することが容易になり、いろいろな種類の不動産証券化商品を購入すれば、分散投資も可能になる。証券の流通市場が発達すれば、通常は流動性に乏しい不動産投資に流動性が付与されることになる。このように、小口化や流動性付与を目的とした不動産投資の仕組みの代表的なものがREIT(Real Estate Investment Trust。不動産投資信託である。REITは、「投資信託及び投資法人に関する法律」に基づいて組成され、その形態としては投資信託と投資法人があるが、投資法人の形態によることが多く、投資法人自体をREITと称することもある。その意味でのREITとは、多数の投資家から集めた資金で不動産を購入して、その不動産から得られた利益を投資家に配当することだけを目的として作られた投資法人ということになる。 現在、四〇銘柄ほどのREITが証券取引所に上場されている。REITは、一般的には、ローリスク・ローリターンの国債とハイリスク・ハイリターンの株式の中間のミドルリスク・ミドルリターン商品と言われる。賃料収入は比較的安定しているが、国債のように元本を保証されたものではないからである。

 

国土交通省の調査によれば、平成一八年度中に証券化された不動産は約七.八兆円で、平成一七年度に比べて約一三%伸びている。証券化の方法としては、信託受益権を有限会社・合同会社等を通じて証券化する方法(「その他スキーム」)がもっとも多く、四.二兆円、REITが約二兆円、特定目的会社を使ったスキームが一.四兆円等となっている。証券化の対象としては、オフィスビルが最も多いが、商業施設やマンションも増えている。

 

 ここでひとつ問題となるのは、不動産証券化商品を購入する投資家は必ずしも手がね(自己資本)だけで投資するとは限らないことである。不動産の証券化にはたいていアレンジャーと称する案件組成者が存在する。アレンジャーは自己資本投資家を募って投資のための法人を設立し、その比較的少額の自己資本をレバレッジ(梃子)にして投資法人がノン・リコース・ローンの借入をして不動産(を化体した証券)を購入するのをアレンジする。ノン・リコース・ローン(非遡及型融資)とは、対象不動産の賃料収入等だけを融資の返済原資にすることを約した融資で、通常の融資のように当該不動産以外の企業活動等に返済原資を遡及されなくて済む。アレンジャーの企業信用力ではなく対象不動産の収益性で資金調達コストが決まる。自己資本が乏しい新興の不動産業者や不動産ファンド組成業者がアレンジャーを務める案件は、しばしばこのようなノン・リコース・ローンを用いたレバレッジ(梃子)型となる。融資する金融機関から見ればハイリスクの融資であり、サブプライム・ローン問題に端を発した不動産市況の悪化懸念は、たちまち金融機関のノン・リコース・ローンの融資姿勢を厳しいものに変えてしまい、ゼファーのような新興の不動産開発業者や不動産ファンド運営業者は案件組成が困難となり、自らの資金繰りも逼迫したのである。

 

 しかしこうした一部の新興業者の破綻を不動産市況全般の悪化と見るのは行き過ぎであろう。レバレッジ(梃子)型の投資は金融機関の過剰な(?)リスク回避姿勢(或いは金融庁の圧力?)によって後退を余儀なくされるものの、自己資本で日本の不動産に投資したいという世界的な投資家の意欲は衰えていないように思われる。原油価格の高騰にも見られるように、基本的に世界的なカネ余りの構造が存在する。欧米や日本の年金、石油輸出国、BRICs諸国等々、有り余るカネをどうやって運用しようかと鵜の目鷹の目で長期的な投資の機会を狙っている投資家が世界中にあふれかえっている。彼らにとって、日本の不動産を投資ポートフォリオから外すという選択は合理的ではない。私が日頃の実務を通じて聞く限りでも、アメリカやヨーロッパの伝統ある年金基金などの「一〇〇%自己資本で日本の不動産に長期投資したいから良い物件を紹介してほしい」という要望は強いようである。新興業者の破綻は例外現象であって、金融商品化した日本の不動産への世界的な潜在的投資ニーズは強く、日本の不動産市況は大きくは崩れないと私は見る。

 

なお、統計に基づくものではないが、私の実務上の経験から言うと、名古屋を中心とする東海地区ではレバレッジ(梃子)型の不動産証券化案件が極めて少ない。東京、大阪はもちろんのこと、福岡と比べてもはるかに少ないのである。福岡には地元資本のREIT運営会社があるが、名古屋発の不動産ファンド業者はほとんど存在すらしない。察するに、堅実な名古屋の人にとっては、貸しビルにしろマンション経営にしろ、不動産投資は手がね(自己資本)で行うもので、借金までしてやるものではないというのが常識なのである。これも名古屋金融市場の個性として興味深い(名古屋金融市場の個性については、拙論「名古屋金融市場について―本当に「名古屋金利」ゆえ銀行は儲からないか?」を参照されたい)。

 

平成二〇(二〇〇八)年七月二〇日