日本の個性を世界で活かすには?
半年ほど前のテレビ番組だが、二〇〇八年一〇月二六日から三回のシリーズで放映されたNHKスペシャル「日本とアメリカ」は興味深かった。その第一回は東芝のウェスチング・ハウス社買収後の動向を取材したものだった。この買収の目的は、ウェ社の世界的ブランド力に東芝の技術力を融合させることにある。しかしウェ社の部品取り替え基準は東芝と異なり安全性より効率性を重視するなど、ビジネス上の方針の相違は大きく、このコラボレーションがうまくいくかどうかは今後に懸かっている。東芝からウェ社に派遣された日本人社員の苦労を現場に入り込んで取材しており、ビジネスのやり方の相違のため、東芝が買収目的を達成することは容易でないことがよく伝わってきた。
シリーズ第二回は、日本のアニメをアメリカなど海外へ「輸出」しようと苦闘する日本人たちの姿を通じて、日本文化の世界での普遍化の課題を浮き彫りにしていた。登場するのは、手塚プロダクションの人、ハリウッドと共同でアニメを立ち上げようとする日本人投資アレンジャーなど。日米のマンガに対する態度の相違は大きく、その違いは以下のようなものと私は理解した。
A:ハリウッド(アメリカ)は、アニメを「商業(ビジネス)」だと考える→売るための手段の「公式」化、形式知化を発達させる(例:まず消費者にアンケートしてマンガのキャラクターを作り上げる)
B:日本は、アニメを「芸能(アート)」だと考える→作者の個人的入れ込み、情緒の吹き込みといった暗黙知が固有のコンテンツを産み、それが文化的説得力を持った世界に通じる高水準にある
Aは、形式知化されたビジネスとしてのアニメ販売マニュアルであり、Bは、暗黙知から発した日本固有の創造性が生み出す個性的なコンテンツである。Aをあまり重視してコンテンツにおける個人的思い入れを無視するとBが壊れてしまい、結局Aで狙ったビジネスの成功も見込めなくなる。一方、Bにばかり固執すれば、あるいはAの存在に気づかなければ、日本はいつまで経っても「貧乏な原産地」に留まることになる。せっかくの普遍的価値あるコンテンツでも、稼ぐことはできず、儲かるのはハリウッドばかりとなりかねない。このバランスが難しい。番組でも、手塚プロダクションの人や投資アレンジャーたちが、AとBの相克を克服し融合させようと苦心惨憺している様子が描かれていた。
東芝とウェスチング・ハウス、アニメにおける日本のコンテンツとハリウッドのビジネス…AとBの最適な組み合わせに「一般解」は見出されておらず、当事者たちの試行錯誤が続いている。
「柔道」と「JUDO」の違いにも、同様に、日本文化固有の価値とそれが世界に出たときの変容とのバランスについての課題が見られる。つまり、柔道のような日本産コンテンツが世界の支持を得て広まり、国際市場に出ると、当然、日本文化としての「柔道」は変容する。ルールも変えられ、柔道着もカラーになる等々、「柔道」が「JUDO」に変容する。それは避けて通れない。では「原産国」日本の対応はいかにあるべきか。イギリスのテニスのように「原産国」が強くなくてもいいではないか、という議論はあり得る。しかしイギリスはウィンブルドンをテニスの聖地とし、「場所貸し」で儲けることは忘れなかった。柔道が日本産であることさえ忘れられ(韓国のように、厚かましくも柔道は自国の産物なりと唱える油断ならない「著作権侵害者」も世界には数多いと知るべきである)、「貧乏な原産地」と化すことは決して望ましい事態ではない。
ふたつの方向があり得る。ひとつは、日本柔道の根本原理を重要視し、これを世界に普及する努力を続けること。柔道を支える倫理観や文化性を世界に理解させる努力、弛まぬ「啓蒙活動」は重要である。国際協会などで主導的地位を維持する政治力も必要だろう。柔道の「精神」を世界に広めることは不可能ではない。かつて、鈴木大拙は、ほとんど一人で禅を世界に広めることに成功したのである。もうひとつは、欧州化ないし国際化した「JUDO」に適応すること。ポイントを稼ぐのではなく常に一本を取りに行く姿勢で、二〇〇四年アテネ五輪、二〇〇八年北京五輪で連続優勝した女子六三キロ級の谷本歩実選手の「柔道」は前者で成功した事例であり、国際経験を積み欧州スタイルにうまく適応して二〇〇八年北京五輪で優勝した男子一〇〇キロ超級の石井慧選手の「JUDO」は後者で成功した事例である。
いずれの方向を選ぶにせよ、重要なのは「勝つこと」である。そのためには、内に籠もっていてはだめで、国内柔道だけを見ていてはいけない。欧州などの国際試合で修業して「敵を知る」努力を怠らないことだ。「柔道」で勝てる人はそれでよし、「JUDO」で勝つ人もそれでよし。東芝のようなビジネスの世界でも、アニメのような文化の世界でも、柔道のようなスポーツの世界でも、日本の固有性(それが世界に通じる普遍性を持っていること)に自信を持ち、その固有性を自覚的に活かしつつ、世界に挑戦する姿勢を持ち続けることが重要である。
平成二一(二〇〇九)年三月二日