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「古典派からのメッセージ・2009年〜2010年」目次へ戻る
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アジア金融統合論

 

 

「日本経済新聞」七月九日の「経済教室」に掲載された白井さゆり慶應義塾大学教授の論文は、アジア域内の資金循環推進に日本が積極的な役割を果たすべきだと主張する。この論文、現状をよく俯瞰し問題意識もクリアな好論文だ。その内容を紹介しつつ、私自身のコメントを付したい。

 

英米主導の資金循環

 

まず、白井教授は、二〇〇七年に世界金融危機が発生する前の世界マネーの循環は、英米主導で行われたことを明らかにする。すなわち、@米国には年間約二兆ドルの資金が流入し、うち一.二兆ドルが世界に再投資された。世界から米国へは米国債をはじめとする債券投資、米国から世界へは株式投資が中心だった。米国は世界最大の純対外債務国であるが、株式については純投資国だった。A英国へも世界マネーが年一.五兆ドル流入し、これを少し下回る金額が世界に再投資された。英国の場合は、世界から銀行間預金の形で資金を吸収し、それを半分は海外銀行への融資・預金の形態で、もう半分は米国の非金融機関への融資、社債、証券化商品の形態で再投資されていた。B欧州とアジアは多額の対米証券投資を行ったが、アジア勢は米国債や政府機関債中心、欧州勢は株式や証券化商品が多かった。サブ・プライム危機の打撃がアジアより欧州で大きかったのはこのためである。

 

 このことをアジアの立場でみると次のような状況になっている。アジアは一般に貯蓄率が高く資産蓄積が進んでいるが、経済成長も顕著でインフラ整備をはじめ資金需要も高い。だが新興国や発展途上国への投資リスクは高く、アジアで蓄積されたマネーはアジア域内で還流せず、米英を迂回して株式・融資等の形態でアジアに再投資されていた。アジアにおいて「リスクの担い手」つまり「金融仲介機能」が不十分だったからである。このため、世界経済危機で欧米の資金が引き揚げると、アジア諸国も株価暴落、資金枯渇を生じた。

 

 こうした白井教授の説明を私なりに敷衍すれば、米英は、国際金融センターとして、世界マネーを吸収し、リスク転換機能(低リスクの債券で集めたマネーを高リスクの株式や証券化商品へ転換する金融仲介機能)を果たし、世界へ再投資した。このリスク転換能力によって、米英は純債務国でありながら常にプラスの所得収支を計上してきたのである。倉都康行氏が指摘するように、アングロサクソンは、昔から国際金融機能を国家戦略としてデザインすることを得意としてきた。資本蓄積が進むアジア諸国が資金環流をアジアの中で行ってこなかったのは、便利な米英の資本市場を利用することで当座のことは足りていたからである。[1] しかし今回の危機は、アジアが独自に資金環流の仕組みを持たないと米英の失敗に巻き込まれるリスクを抱えていることを教えてくれた。

 

 ではアジア諸国で「リスクの担い手」たり得るのは誰か。白井教授は、以下のようにそれは日本しかないと明快に述べる。即ち、中国はじめ外貨蓄積の進んだ諸国は増えたが、外貨準備は流動性の高い安全資産で運用せざるを得ず、かつ、それら諸国の国内の金融・資本市場も未整備である。シンガポールが英国モデルの金融仲介を担おうとしているが、経済規模や資産規模が小さく、一国でアジア全体の資金還流を担うのは難しい。株式時価総額や家計の金融資産規模が世界第二位で、ドル、ユーロに次ぐ円という国際通貨を発行・保有し、世界一の純対外債権国である日本を措いてアジアの金融仲介者たり得る国はないのである。しかし現状、日本は、対外資産が債券、対外債務が株式と、米国の投資行動とは対照的で、世界のマネーを取り込んでアジアに必要なリスクマネーへと転換する役割を果たしていない。

 

この白井教授の観察を私流に言えば、日本は米国債に投資して米国からの株式投資を受け入れるという「逆リスク転換」をしている有様だ。東京証券取引所の株式市場は、ニューヨークの出先のように外国人投資家に主導されている。日本は、米国債を購入するだけでなく低金利の円資金をも外国投資家に提供して「円キャリー取引」を許し、外国人投資家が投資し易いように、また、M&Aがやり易くなるように、企業統治や会計の仕組みまで先方流に変えてやって儲けさせていた。

 

アジア金融統合へ

 

 これからはこれではいけない。アジアは既に「貿易・生産統合」は進んでいるが、域内資金の円滑な流通という「金融統合」は遅れている。白井教授は、「金融統合」のために、日本が主導的に域内協力を行うべき事柄を次のように三点挙げておられる。

 

第一に、既にアジア債券市場の整備を目指す動きがあるのに加え、株式市場をも発展させ、アジア諸国相互の資金調達・運用の機会を高めること。そのためには、@証券取引所の連携強化、A会計基準の標準化、B決済システムの強化、C資本移動の自由化、D投資サービス業務・投資家保護規制の標準化、E金融機関や企業の各国間相互参入の推進、F域内で活動する金融機関の相互監視等を日本主導で進めるべきである。ここで、私が注意を促したいのは、これらの市場整備は、決して欧米標準に従うことと同じではないことである。あくまでアジア各国の企業や金融機関の使い勝手を最優先すべきである。

 

白井教授が挙げる第二は、外貨準備資産運用の多様化を日本が主導すること。アジアの外貨準備の半分以上が米国債等のドル建て資産に投資されているのはドル下落リスクが大きすぎる。米国と並ぶ規模の国債市場を持つ日本が、明確な将来の財政再建計画を提示し日本国債の信用力を確保しつつ、日本国債が外貨準備資産として保有されるような環境作りを進めるべきだ。日本国債の国際化とアジアでの円建て債券市場育成といった戦略的な政策を打ち出すべきである。白井教授のこの第二の提案は重要だと思われる。日本国債や円建て債への投資機会を増やす政策は、欧米と比べ極端に少ないアジア諸国の金(きん)の保有を増やす等の外貨準備資産運用のリスク分散メニューのひとつになる。また、日本国債の国際化は、日本の財政規律を維持するためにも望ましい施策だと思われる。国際的評価に晒されないから、私たち日本人は政治家に国債増発とそれを使ったばら撒き政治を許してしまっているのではないか。

 

 第三に、アジアで二〇〇〇年に創設された通貨スワップ制度(危機に備えて相互に通貨を融通しあう制度)が、世界にあまり例のない国際通貨基金(IMF)の支援を条件としている点を改めること。アジア諸国は、一九九七〜八年のアジア通貨危機の際、米国主導のIMFによって引き締め政策を強要されたことを腹立たしく感じており、IMFの支援を不名誉なことと捉える感情が強く、外貨が必要となっても通貨スワップ制度を活用しない恐れがある。今年二月のアジア財務相会議では、独立した「地域監視ユニット」を設立して域内監視機能を強めながら、IMFへの依存度を下げてゆく可能性に言及している。

 

国家意思と国家戦略

 

以上の白井教授の議論を政治の観点から解釈すれば、要は、アジアの金融仲介を担おうという「国家意思」と「国家戦略」が日本になければならないのだ。国民やその代理人たる政治家は、金融制度や金融問題を金融庁や財務省や日銀に任せ切っていてはいけない。政治が「国益」と「アジアの発展」のために国際金融に強く関与すべきである。もちろん、こうした日本主導の「アジア金融統合」を実現するためには、中国をうまく取り込み、米国から反発されないように上手に立ち回るといった高度で粘り強い外交手腕が求められる。しかし経常黒字をある程度の水準で維持しつつ、日本の官民資金の長期安定運用を確保することは、これからの高齢化社会を乗り切るために日本に不可欠の「安全保障」である。単に証券市場や企業統治システムや会計ルールを欧米流に仕立てて欧米投資家の使いやすいようにするといった欧米の顔色をうかがうばかりの自由化論者たちの似非「金融立国」論は、二〇〇七年の米国モデルの失敗で日本にとって望ましいものではないことが明らかとなった。日本の国益のための「アジア金融統合」をこそ推進すべきである。来る衆議院議員選挙で、こうした日本の金融戦略を論点にする政党があれば、私は諸手を挙げて支持するのだが…。

 

平成二一(二〇〇九)年七月九日

 



[1] 倉都康行「金融v.s.国家」(ちくま新書、二〇〇八年)p七〇、p八一