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民主党政権印象記その二〜新しい経済理論の出現?

 

 

民主党の経済政策への批判

 

民主党の経済政策については、「マクロ政策が見えない。マニフェストさえやればよいという“マニフェスト原理主義”では困る。ミクロ政策の積み上げの結果、国債残高の対GDP比等の四年後の財政の姿はどうなるのか?」(吉川洋東京大学教授@「週間東洋経済」一〇月二四日号)といった「マクロ政策不在」との批判がある。また、「CO2の二五%削減」を掲げながら排ガスを増やすような「高速道路無料化」を公約するなど、政策が首尾一貫していないとの指摘も多い。

 

経済政策と経済理論

 

 しかし、政策は、経済パフォマンスが改善したと認められる「結果」を出すことが目的である。どんなにマクロ経済理論的には矛盾を孕んでいようと、結果が良ければそれを後付けで説明するために「新しい理論」が「出現」するのではないだろうか。ルーズベルトや高橋是清は、後に「ケインズ主義」と呼ばれる政策をケインズの著書から学んで採り入れたわけではない。また、レーガノミクスやサッチャリズムも雑多な自由主義的理論の寄せ集めであり、個々の政策に矛盾もある。「理論」は、現実に起こったことを事後的に説明するに過ぎない。

 

新しい経済理論の出現?

 

 民主党の経済政策が成功した場合のイメージは、「CO2の二五%削減がラップどおり進捗し、高速道路無料化や子ども手当が奏功して年平均一〜二%の名目経済成長、物価上昇率も〇〜一%と安定、失業率は四%を下回って格差是正も進む。そのうえ歳出の徹底的な見直しによって国債残高の対GDP比も増えない。持続可能な社会保障体系が確立し、そのための消費税増税等の国民負担についても広く合意が得られる」といったものであろう。

 

 この「成功」を説明するための「理論」づくりを早くも試みているのが、小幡績慶応義塾大学准教授(一〇月二一日「日本経済新聞」の「経済教室」)である。その論旨は以下の通り。

 

イ.「生活が第一」「コンクリートから人へ」とのスローガンは、「公共事業や供給側改革による経済成長」モデルの否定→「ゼロ成長下での消費者優先政策、官民保有資産の有効活用」モデルである。

 

ロ.「ムダの根絶」とのスローガンは、「政府の失敗を強調し民間への介入を最小限にする“量的”小さな政府」モデルの否定→「消費者に手厚くすることで消費者が資源配分を決定する“質的”小さな政府」モデルである。

 

ハ.「官僚主導から政治主導」とのスローガンは、官僚主導による既得権益を打破して政府への信頼を高め、その信頼を基に将来消費増税などを行うシナリオであり、長期的な財政戦略と整合的。

 

悲観主義の克服を

 

 この「小幡理論」のように、「理論」は「結果」を後追いして、いかような「結果」をも説明し得る。あまり政策に「整合性」や「理論的一貫性」を求めるのは意味がないように思われる。経済は「理論」に従って動くのではなく、不可測の世界環境と国民の気持ちや意思とが交差して演じられる台本無き演劇なのだ。民主党政権にできることは、政策に信頼を寄せてもらうべく、国民を鼓舞し説得することである。とかく悲観的な論調になりがちなメディアや理論家たちの言説を克服して、国民が民主党に信頼を寄せ続ければ、経済も自ずから順回転するかも知れない。政治は不確実性の中での「賭け」の連続であり、「結果」がすべてなのである。

 

平成二一(二〇〇九)年一一月七日