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世論応答と専門知の相克―鳩山政権の金融行政をめぐって(第一回)

 

 

はじめに

 

 金融行政についての政治学的、経済学的分析は、金融危機の分析とほぼ重なっている。90年代の日本の金融危機と不良債権処理の「先送り」については、内外で数多くの政治学的、経済学的な検証が行われており、[1] 金融行政についても失敗の原因や教訓が明らかにされ、金融行政の大蔵省からの分離(いわゆる財金分離)も実施された。しかし、その後の金融行政については知見が乏しいように思われる。一般的に、「平時」の金融行政については、政治学も経済学も関心が低くなる。サブプライム・ローン問題に端を発した今回の世界金融危機については、日本の金融システムに大きな毀損は生じていない。しかし、日本では、二〇〇九年に自民党から民主党へと本格的な政権交代が起こった。政権交代という政治の枠組みの大きな変更によって、金融行政が「緊急時」および「平時」にその役割・機能を全うし得るのか、検証しておく必要があるだろう。

 

金融行政は、金融システムの安定性、効率性、公平性を維持・促進することを目的としている。金融システムは、国民経済を支える公共性を担っているにもかかわらず、情報の非対称性やシステム内の相互依存性に起因する脆弱性を持つ。そのため、産業としての金融セクターや金融・資本市場にはどの主要国でも一定の公的規制がかけられている。金融行政には、金融システムをデザインする専門知が必要とされるのである。

 

政治と金融行政との関係を整理すると、以下のようになる。まず、金融システムの維持といった「公共財」に関わる政策テーマは選挙の争点になりにくい。一方、「投資家・預金者保護」「中小企業金融」「消費者金融」等、直接有権者に影響のある政策テーマにおいては、その時々の事件や経済状況によって特定セクターへの支援や規制強化が政治的なスポットを当てられやすい。このように、金融行政は、専門知を必要とするにもかかわらず、政治的無関心や政治の世論応答のために、専門知による検証が欠落しやすい性質を持つ。

 

政権交代は金融行政にどういう影響を及ぼすのだろうか。第一に、民主党は「政治主導」という政治手法を掲げているが、金融行政における「政治主導」は実現されているのか、実現されているとすればいかなる意味において「政治主導」なのか? また、民主党は「国民の生活が第一」へと政策内容を変化させようとしているが、世論・有権者への直接応答を重視する方針が、金融行政に求められる専門知と折り合っているのか?

 

本論考は、

T.「中小企業金融円滑化法」の制定、

U.「改定貸金業法」施行前の見直し、

V.世界金融危機後の国際的な規制強化の動きへの対応、

の三つの政策事案を通じて、鳩山政権の政治手法(政治主導)と政策内容(国民の生活第一)の実態を検証することを目的とする。このうち、V.は、有権者の利害には直接影響しない「公共財」の課題がどのように行政の中でプライオリティを保たれているかを問う事例であり、T.とU.は有権者に直接的に影響を与えるテーマについて専門知の立場から検証がされているかを問う事例である。以下、第1章〜第3章で各事案の事実関係を検証し、第4章でそれらの事案から得られた知見をまとめ、最後に結論を述べたい。


平成二十二(二〇一〇)年五月十五日

 


[1] 代表的な研究としては、村松岐夫・奥野正寛編著(2002)「平成バブルの研究(上・下)」東洋経済新報社、池尾和人編著・内閣府経済社会総合研究所監修(2009)「不良債権と金融危機」『バブル・デフレ期の日本経済と経済政策』第4巻、慶應義塾大学出版、等がある。