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「古典派からのメッセージ・2009年〜2010年」目次へ戻る
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世論応答と専門知の相克―鳩山政権の金融行政をめぐって(第七回)

 

 

第3章 政策事案V.世界金融危機後の国際的な規制強化の動きへの対応

 

第1節 ピッツバーグ・サミットからバーゼル銀行監督委員会の市中協議文書公表まで

 

サブプライムローン問題に端を発した世界金融危機に関し、危機の再発防止と強固な金融システムの構築に向けて国際的に連携・対応していくことは、鳩山政権が前政権から引き継いだ継続事案であった。

 

鳩山政権発足後の経緯は図表11のとおりである。政権発足直後の2009年9月24日、25日にピッツバーグで開催されたG20首脳会合では、@銀行の自己資本規制や流動性規制の強化、Aヘッジファンドや格付会社への規制導入、B金融機関の経営幹部らの報酬制限、Cシステム上重要な金融機関への対処、D店頭デリバティブ取引の清算機関利用等が首脳声明に盛り込まれた。

 

 こうした国際的な規制強化の動きに対しては、金融庁には、外交交渉と国内体制整備の両面での対応が求められる。外交面では、国際連携に則りつつも、日本の国益も主張して一方的な規制強化のconvergence(収束)に巻き込まれないことが重要な課題である。国内的には、そうした外交成果を踏まえながら、日本の金融システムをより強固なものとするために必要な制度整備を行わなければならない。

 

図表11

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 外交面では、政権交代直前の日本を取り巻く状況は、以下の報道のように、厳しいものであった。


9月6日、スイスのバーゼルに日米欧など27カ国・地域の中央銀行・監督当局の首脳が集まり、金融危機の再発を防ぐにはどんな規制が望ましいかを話し合った。米国などは「普通株」による調達を中心にした資本の充実を主張した。金融危機に追い詰められた欧米の大手銀は公的資金注入や増資を実行し、結果として普通株中心の資本が充実した。邦銀の自己資本はそれに比べると見劣りする。無理に自己資本比率を高めようとすれば、銀行が抱えるリスクを減らそうとして貸し渋りを招く。出席した金融庁の三国谷勝範長官は「実体経済への影響を十分に考えるべきだ」と訴えたが、「この機会を逃してはいけない」との声のほうが大きかった。「金融危機で痛手を被った彼らは、成果を出そうと焦っている。日本だけ反対はできない」(金融庁幹部)。実体経済の回復を妨げないよう段階的に導入との条件付きながら、「中核資本の主要な部分は普通株式および内部留保で」と発表文に明記された。[1]

 

日本の金融関係者には、BISの一律の国際自己資本規制が90年代末に金融機関を分母減らしに走らせたために大規模な貸し渋りを発生させたとの苦い思いが強い。次のような発言は日本の金融関係者の共通した思いであろう。

 

邦銀の自己資本力の脆弱さは、これはこれで対応しなければならないが、一方で、BIS規制を相対化して眺めることも必要である。例えば、グローバル金融機関だけではなく、地方金融機関にまでBIS規制が強く影響を及ぼしているのは是正すべきであり、欧米銀行がSIV(特別目的会社)によってBIS規制の抜け穴を利用したことや、そもそもヘッジファンドやプライベート・エクイティ・ファンドなど「ノンバンク」には全く規制がかからないのもおかしい。日本の金融当局は、バーゼル銀行監督委員会でより柔軟な自主ルールを認めさせるように金融外交力を発揮すべきである。[2]

 

10月から11月にかけて、野村ホールディングス、三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャル・グループといった大手金融機関が次々に増資を発表、規制強化に備えて普通株による自己資本増強の動きが広まっていた。

 

国民新党の代表である亀井大臣は、その支持基盤である中小企業の利益を守る見地から、金融庁三点セット(BISの自己資本規制、時価会計、ペイオフ)の凍結、廃止を党の方針に掲げていた。国際的な規制強化に対する外交において、亀井は、「我が国の立場」を強く主張する方針を鮮明にした。国会での所信表明の中で、亀井は次のように述べている。

 

金融規制改革については、その後、欧米でさまざまな新たな提案がなされております。こうした改革に当たり、各国が可能な限り協調することは望ましいと考えておりますが、各国がその実情に応じ、主体的に取り組むことも重要であります。今後とも、国際的な議論の場において、我が国の立場を積極的に主張してまいります。[3]

 

また、バーゼルでの交渉に向かう長官以下に対して、亀井は次のように督励した、と述べる。

 

出発前から、日本としては、我が国の経済の実態、金融機関の現在の状況を踏まえて、アメリカが言っているような、そういう規制に歩調を合わせる必要はないと。むしろ、「アメリカは(自分の)頭のハエを追え」と、これは言葉が悪いけれども、私はいつも言葉が悪いのですけれども。ヨーロッパ等に対して、そういうのはアメリカが言っているわけですけれども、まず自分の国の、そうした意味での金融秩序を含めて、そういうものをきちんとやることが先決であって、我が国は我が国の事情もあるわけですから。もちろん将来的には、一つの国際的な基準、協調、それが一つになっていき、それが、それぞれの金融機関の体質強化、そういうものを目指したものになるということは、私どもは異存がないことですけれども。今、日本においての状況から見て、「アメリカが言っているような、そういうところに合わせていくような状況ではないということを主張しろ」と私は言いました[4]

 

大塚副大臣も、交渉の経緯に触れて、

 

(欧米の金融機関が相当先取りして、リスクアセットを抑えたり、自己資本を増強したりということで、市場の需給が壊れたり、貸し渋りが起こったりということがあって、日本でも、増資競争に大手金融機関、大手証券が巻き込まれ、市場の需給がかなり悪くなったりするとの)懸念はあったのですけれども、秋口以降、相当、日本もきちんと交渉の場で主張もし、欧米の民間金融機関も事の重大さにだいぶ気が付いてきたので、年末にかけて少し方向が変わりますから。[5]

 

と述べた。

 

こうした交渉を経て、銀行の自己資本及び流動性の強化に関して、12月17日、バーゼル銀行監督委員会より市中協議文書(The Consultative paper issued by the Basel Committee on Banking Supervisionが公表された。市中協議文書では、日本の主張も反映され、具体的な規制内容は、市中協議や定量的影響度調査を十分踏まえて決定するとともに、経過措置等を充分に長期にわたり設定するとされた。大手金融機関が迫られていた普通株増資の緊急度が、当面は薄れることになった。[6]

 

第2節 金融・資本市場に係る制度整備

 

 一方の国内制度整備については、2009年11月13日に、「金融・資本市場に係る制度整備」についての検討項目、検討方法を政務三役名で発表した。

検討項目は、

@店頭デリバティブ取引の規制(清算機関への集中等)、

Aヘッジファンドへの規制、

B証券決済・清算態勢の強化(国債レポ取引等)、

C証券会社の連結規制、

D投資家保護・取引の公正の確保(デリバティブ取引等)

である。

 

検討方法としては、自民党政権時代からこの問題を幅広く検討してきた「金融審議会基本問題懇談会」からこれまでの検討結果の報告は受けるものの、今後は審議会を停止し、政務三役が関係者に意見聴取してとりまとめる、とした。ここでも、金融審議会で専門家に議論させて報告を受け、その正統性に基づいて政策立案し国会に法案を提出するという自民党政権時代のプロセスは凍結して、原案作成段階からの政治主導という形式が採られたのである。ただし、「まずは事務方に市場関係者等からのヒアリングなどを行ってもらいまして、検討を事務方で進めていただいて、その上で、政務三役の判断のもと、制度整備案の骨子なり論点整理を公表させていただきます」と田村政務官が述べている[7] ように、実際にはヒアリングや原案検討は金融庁官僚に委ねることになった。

 

 約一ヶ月後の12月17日には、「金融・資本市場に係る制度整備についての骨子」が発表され、同時にパブリック・コメントの募集が行われた。この一ヶ月間、政務三役の誰がどう骨子作成に携わったのかは明らかにされていないが、骨子に挙げられた項目は11月13日発表の検討項目とおおむね同じで、内容的にも、それまでの金融庁の政策体系や金融審議会での議論を引き継いだものとなっており、大臣はじめ政務三役が特に内容に介入した形跡は見られない。おそらく、田村政務官が述べたとおり、官僚による作業の積み重ねが反映されたのであろう。記者会見での亀井大臣の次のような発言からも、この問題については、大塚副大臣以下に任せてあったことが伺える。

 

善良な投資家とかそういうものが、そういうバブルに踊って不測の事態に陥らないようにするために、デリバティブ商品等の取引等いろいろなこと、先物等を含めて、世界的にそういうものを、今、一つのルールというか、そういうものが妙に間違った過熱をしないようなあり方。今、世界でそういう空気にもなっていますから。日本も今、この二人(大塚副大臣、田村大臣政務官)を中心に、私は頭が悪いから、そんな舌を噛むような、デリバティブ商品か何か知らないですが、頭の中でごちゃごちゃ分からないようになってしまうけれども、こういう緻密な頭脳を持っている二人(大塚副大臣、田村大臣政務官)を中心に、金融庁の長官以下みんなと、この間、そういう問題をどうちゃんとしていくか、ということを検討してくれているので、通常国会辺りで、その一つの成果と言ったらおかしいですが、出てくれば、それを法案として出していくということもあり得るということで、今、頑張っているでしょう。[8]

 

12月24、25日には、大塚、田村が出席して、利害関係人や識者から意見を聞く場が設けられた。そこでは、市場関係者からはできるだけ規制強化を避けてほしいとの要望が出される一方、弁護士などからは、デリバティブ取引全般に対し不招請勧誘を禁止すべきだといった業者規制強化の要望が出された。

 

 翌1月21日には、パブリック・コメントや関係者等からのヒアリングを踏まえて、「金融・資本市場に係る制度整備について」が公表された。内容は12月の「骨子」と大きな違いはないが、法改正が必要な事項については、「金融商品取引法等の一部を改正する法律案」を今国会に提出することとした。法案に含まれるのは、店頭デリバティブ取引等に関する清算機関の利用の義務づけと証券会社や保険会社のグループ規制の強化等である。デリバティブ取引の不招請勧誘を禁止すべきかどうか等、投資家保護に係る利害調整が必要な事項についての決定は先送りされた。

 

 与党プロセスは、1月22日の第六回与党政策会議を皮切りに、政策会議とその分科会が計4回行われ、「金融・資本市場に係る制度整備について」と「金融商品取引法等の一部を改正する法律案」について議論された。議事の詳細は不詳だが、議員から出た意見は、デリバティブ取引の不招請勧誘禁止についての賛否両論と今後消費者庁などを入れて議論するのかといった質問や、市場関係の出身議員からの規制強化への懸念や、清算機関についての様々な質問といった内容であった。[9]

 

3月9日、第174回国会に「金融商品取引法の一部を改正する法案」が提出されたが、4月10日現在では法案について国会で審議はされていない。

 

第3節 小括

 

以上、国際的な規制強化への対応から、以下のようなことが観察された。

 

1.金融審議会を停止して政務三役が原案作成を担うとし、「政治主導」の形は整えた。

 

しかし、審議会プロセスが欠如する分だけ、透明性、正統性をどう確保するか(専門知の検証をどう確認するか)を説明する責任が政務三役にはある。単に「国民の負託を受けた」政治家が直接携わるから、どのように原案を作成しようと一切任せてほしい、では通用しないだろう。これは、政策事案T.〜V.共通に言えることである。今後の連立政権の課題である。

 

2.亀井大臣は、おおむね副大臣以下にこの問題を任せた。

 

亀井は、国益重視の立場から外交交渉の基本方針を示して交渉に当たる官僚を督励したのみで、国内体制整備の委細は副大臣以下に委ねた。個別利害に関わらない「公共財」についての専門的な議論では主導権をとる必要は無いためであろう。

 

3.バーゼル銀行監督委員会など、最近の国際会議で金融庁長官らが積極的に国益を主張していることは注目される。

 

佐藤隆文前長官は、博士論文[10] で、自己資本規制のpro-cyclicality(景気変動を増幅する性質)の問題を日本の経験から指摘しているが、日本の経験から世界は学習すべきだとの意見には国際的にも説得力があるに違いない。

 

平成二十二(二〇一〇)年五月十五日



[1] 「朝日新聞」2009910

[2] 倉都康行「金融vs国家」ちくま新書、2008年、p219〜p222を要約

[3] 174回国会・衆議院財務金融委員会(2010217日)における大臣所信表明より

[4] 金融庁ホームページ中「活動について」の20091217日亀井大臣の記者会見記録(記者クラブ向け)より

  http://www.fsa.go.jp/common/conference/minister/2009b/20091217-1.html

[5] 金融庁ホームページ中「活動について」の20091217日亀井大臣の記者会見記録(雑誌・フリー等記者向け)より

  http://www.fsa.go.jp/common/conference/minister/2009b/20091217-2.html

[6] 「日本経済新聞」2009年12月17日

[7] 金融庁ホームページ中「活動について」の20091113日田村政務官の記者会見記録より

  http://www.fsa.go.jp/common/conference/parliamentary_secretary/2009b/20091113.html

[8] 金融庁ホームページ中「活動について」の20091217日亀井大臣の記者会見記録(雑誌・フリー等記者向け)より

  http://www.fsa.go.jp/common/conference/minister/2009b/20091217-2.html

[9] 金融庁ホームページ中「活動について」の第6回〜第8回「金融庁政策会議の概要」を参照

[10] 佐藤隆文「信用秩序政策の再編」名古屋大学国際経済動態研究センター叢書9(2003年)、第6章