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ボナールの絵、フォレの音楽、そして精神

 

 ボナールの絵を見ながら、フランスの美しい風景と病弱な妻を見守りながら、中庸で堅固な精神を持った男が八〇年生きてきた歴史を僕は思ってみた。そうすると、僕の頭の中にはたちまちフォレの舟歌が鳴り出した。ボナールの絵、これはまるでフォレの音楽といっしょだ。そんな思いが胸を去来した。

 ボナールとフォレに共通する精神とは何だろう? 彼らは「芸術家」というよりむしろ「職人」であった。「芸術家」という人種は、日常生活と関わりのないところで、珍奇な美を追い求め、或いは人の耳を驚かす大音響を構築する。こんな人種が生存するようになったのは勿論一九世紀後半以降のことである。ボナールやフォレも一九世紀から二〇世紀に生を受けた人たちだったが、彼らは決して日常生活を軽蔑なぞしていなかった。日常生活を軽蔑するほど彼らは子供でもなかったし、何かしら欲求不満な革命家でもなかった。

 例えば冬になり、庭の木の葉が散るのを見る時、彼らにはそれがやさしい黄金(こがね)の舞いに見えたはずだ。ボナールは絵画の現代的潮流などにあまり意を払っていなかった。むしろ彼の頭の中は、発明されたばかりの「自動車」という機械を乗りまわしてみたいものだ、というような無邪気なことがらでいっぱいだった。彼らには黄金(こがね)の日常生活があった。

 彼らにとって絵や音楽は、人々に安らぎと喜びを与えるための手段である。ボナールはたまたま絵に、フォレはたまたま音楽に才能があったというだけのことである。彼らは人を啓蒙しようとか、驚愕させようとかいった自意識過剰な企図は無かった。だから我々は心を澄ましてボナールの絵を見ようではないか。黄金(こがね)の精神を以ってフォレの音楽を聴こうではないか。

(一九八〇年一一月六日)

 

ボナール(一八六七年〜一九四七年)

ナビ派の代表的画家で、フランス印象派の最後の画家とも呼ばれる。風景、静物、肖像などの日常的な題材をとりあげながらも、その光彩は独特の生き生きとした輝きがあり、日本の浮世絵版画に深く傾倒した跡がみられる。また、彼の残したデッサンも一流の諷刺となっている。

フォレ(一八四五年〜一九二四年)

フランス近代音楽の祖。サン=サーンスらの国民音楽協会に参画、パリ音楽院の院長も務める。「レクイエム」が有名だが、歌曲、ピアノ曲、室内楽曲にも、晦渋な中に独特のリリシズムが輝く傑作が多い(僕は個人的には、ピアノのための十三曲の「舟歌」、弦楽四重奏曲、ピアノ五重奏曲第一番あたりが大好きだ)。