次の文章へ進む
前の文章へ戻る
「古典派からのメッセージ」目次へ戻る
表紙へ戻る

日本の企業金融における派生商品活用の問題点

 

 我が国企業のスワップ、オプション等派生商品(デリバティブ)の活用状況は近年めざましいものがある。デリバティブの利用目的については、ヘッジ、アービトレージ、そしてスペキュレーションがあるが、企業にとって、デリバティブのもっともベーシックな利用目的は、自らの財務が抱える金利や為替のリスクをヘッジすることである。企業は、自社の本業から必然的に発生する金利、為替リスクをマネージする手段として、デリバティブを利用することができる。

 例えば、輸出企業であれば、常にドル等の外貨収入を円に交換する際の円高リスクを抱えており、リスクヘッジのために、従来から使われているインパクトローンや為替予約のほかに、近年発達してきた通貨オプション等のデリバティブを用いることにより、円高時のリスクは回避しながら円安時のメリットもある程度確保するといった柔軟な条件でのリスクコントロールが可能になる。

 また、装置産業であれば、恒常的な設備投資に必要な膨大な資金調達に伴う金利上昇リスクをいかにマネージするかが最重要課題となり、その企業の資金調達の特徴や金利観によって、金利先物、スワップ、金利オプション等が使い分けられることになる。


 本業との関わりにおいてデリバティブを有効に活用してゆくのであれば、オプションを購入するための支払プレミアムはヘッジコストと割り切ることが必要である。それによって社内設定レートより有利な金利や為替条件が確保されたり、本業の採算が確保されるのであれば、オプションが行使できなかったことによる機会損失は無視する合理的思考が要求される。デリバティブそれ自体の勝ち負け(損得)を問うていては、いつまでたってもスペキュレーションの域を出ることはできない。

 現状の我が国企業のデリバティブ活用状況をみると、デリバティブのベーシックな活用方法である、自社の財務が抱える金利や為替のリスクをヘッジする手段としての利用は比較的少なく、相場が予想した方向に動けば調達コストが下がる、或は運用利回りが上がる式の利用(相場が予想に反した方向に動けば当然損失を蒙るわけで、これはとりもなおさずスペキュレーションとしての利用)が一般的であるように見うけられる。


 例えば、我々の銀行で「為替リンク型ローン」と称している、高金利通貨と円のスワップを中長期の貸出に組み込んだ商品があるが、これは各銀行が様々な名称を付しており、広く企業に浸透している商品のひとつである。高金利通貨として豪ドルを用いた、三和銀行の「コアラローン」が最もポピュラーであろう。

 この金融商品の特徴は、第一に、元本リスクがなく、ミドルリスク・ミドルリターンであること、第二に、取組時以降為替が円安に振れた場合に金利コストが低下する(円高時はコスト上昇する)こと、第三に、円金利と為替相場の相関から、一般的には、円金利が上昇しこのローン以外の借入コストが上昇した場合、円安によってこのローンのコストが低下し、このローンが借入ポートフォリオ全体のコスト上昇のヘッジになると期待されること、第四に、輸入などの当該通貨での支払債務を有する企業にとっては、円安時借入コストが低下することから、為替リスクのヘッジにもなること等である。

 さて、ヘッジャーとしてデリバティブを活用する全うな財務マンなら、この商品を導入する動機として第三または第四の商品特性に着目するであろう。我々もこうした金利または為替リスクのヘッジ商品として売れることを期待してこの商品を送り出したのである。ところが実際には、こうしたヘッジは必要ないような企業も含めて、本商品は第一または第二の商品特性によってのみ、広く本邦企業に受け入れられたのであった。


 この事例に見られるように、我が国企業の財務活動においては、「リスクヘッジ」という概念が根付いていない。オプションにしても、ヘッジのために買う企業よりも、プレミアム稼ぎのために売り手になる企業が多いが、これは、ヘッジということに対する認識が低く、「無駄なカネは使いたくない」とか「確実にキャッシュが手に入る」ことにこだわる体質から来ている。企業にとってオプションはもっぱら買うものであるというのが、企業金融の常識でなければならない。

 デリバティブの活用において、「確実に儲かる」商品を求めるとか、「同業他社がうまくやっているようだから」取り入れるといった甘えや受け身の姿勢は、証券投資において、利回りの「にぎり」や「損失補填」を求める姿勢と共通である。デリバティブにしろ、証券投資にしろ、「財テク」という言葉に何か胡散臭いものがただよう理由は、こうした企業財務の自己責任の欠如や戦略的思考の欠如、しいては「志の低さ」にあるのではないだろうか。

 日本のデリバティブ市場は、その量的拡大にもかかわらず、広範なヘッジャーの存在という基礎の部分ができておらず、砂上の楼閣になりかねない危険があるように思われる。もちろん責任のかなりの部分は我々商品を提供する業者にもあり、はじめに商品ありきではなく、個別企業のバランスシートの分析から商品を薦めるという全うな営業を早急に確立しなければならない。

(一九九一年四月三〇日)