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創作短歌集

 

 江戸時代までの日本人にとって、和歌は今よりずっと身近な存在であった。武士たちはいざという時のために辞世の一首を用意し、本居宣長のような国学者は和歌を創ることを日常生活の一部としていた。僕も一九八〇年代の一時期、会社の短歌クラブに所属し、短歌を一生懸命ひねり出そうとしていたことがあった。その頃創った拙歌には次のようなものがある。

 

飛鳥の古墳にて―

  季節さえ 忘れ主(あるじ)は眠るごと 奥津城の傍(はた)タケノコは伸び

 

浜松の凧揚げ祭りにて―

  この春を 祝えとばかり勇ましく 万里の彼方大凧は舞う

 

全国合唱フェスティバルの最優秀賞受賞に際して―

  照れつつも 賞状高く掲げ上げ 我が友輩(ともがら)の声に応えぬ

  遠征の 疲れも忘れはしゃぐ友 この時のため我歌い来ぬ

 

田舎にて夏の景色を詠める―

  豊穣の 緑は道を覆わんか かくも里には命あふるる

 

九月に詠める―

  とうとうと 波打ち寄する夜の海 東の空にカシオペア見ゆ

 

秋深く―

  武蔵野に 秋見つけたり黒土の 多摩の丘陵(おか)にもすすき揺れ居て

  コルトーの ショパンはゆかし秋風に 流れるレコード神保町歩く

  静謐の 図書室出でて枯れ葉踏む 七五三とて通りは賑わう

 

一月のデート―

  モーツァルト 流るる冬の茶房にて 黄金(こがね)の午後の黄金の陽だまり

 

(一九八〇年代前半)