結婚をめぐって―友Yへの手紙
拝啓
先日はK君ともども歓待していただき、どうもありがとう。また、素敵な彼女をも紹介していただき重ねてありがとう。一見ニヒルでぶしつけだが、中身は暖かく情熱的な女(ひと)と見た。今までとは違うパターンだが、いやそれゆえにこそ、末永くうまくいってほしいと心から願う。
結婚をめぐる出来事は、往々にして、男を大きく成長させる転機となっているようだ。近くは米国のキッシンジャー。神経質で臆病な「学者先生」であった彼を、国際政治の荒波を乗り越えるたくましい男に変えた転機は、第一の妻との別れであったという。
昨年の試練が君を大きく成長させることを期待したい。
さて、二冊の本を同封したので、暇な時にでも読んで下さい。一つは、僕が大学二回生の頃から一つの理想と考えている三浦綾子の夫婦論。勿論この話の中には、彼女のクリスチャンとしての信念が底流にあるわけだが、クリスチャンでない僕にとっても共鳴できる、普遍的な知恵が盛られている。
一番感動したのは、二人でクリスマスの夜に、繁華街で道行く人々にキリスト教のチラシを配った話。
「二人の共通の思い出の中でも、特にあの夜が忘れられないというのは、二人で心を合わせて、他に向かって呼びかけようとしたからではないだろうか。二人で外に向かう時が、最も夫婦が一体となる時ではないだろうか」(三浦綾子「愛すること信ずること」八九ページ)
三浦さんは、ただ当人たちが「いちゃつく」だけの仲の良さではなく、二人で一緒に外に働きかけようとする共通の「志」や絆――いわば同志愛的な夫婦愛の素晴らしさを説いており、僕も大いに共感する。また、お互いに「相手の悪いところを挙げつらわず、良いところだけを見つめあう」という深い知恵は、僕にとっては限りない心の栄養になっている(実際の我ら夫婦は、むしろこの逆ばかり演じているのだが…)。
大学二回生の頃、S君と三人で美濃の大興寺という禅寺へ行ったことを覚えていますか?
あそこの井川師夫妻も、この三浦綾子的な愛情に包まれていたと思う。機会があればまた訪ねてみたいものだ。もう一冊の方は、勝田龍夫氏著の歴史ノンフィクション「重臣たちの昭和史」。骨太な文体で、敗戦までの昭和前半の政治の実相が、悔恨を込めて語られている。政治権力の中枢に近い人が書いているが、文体は完全に歴史家のそれだ。僕が近頃読んだ本の中でも、日本の運命を深く考えさせられた本の一つだ。
最近はどんな本を読みますか?
面白いものがあったら感想を聞かせて下さい。きょうはとり急ぎお礼まで。(一九八五年一月四日)
三浦綾子(一九二二年〜一九九九年)
小説家。北海道旭川市生まれ。人間の原罪や、神と人との関わりなど、重いテーマを真摯かつ平明に表現するキリスト者作家。代表作は「氷点」「塩狩峠」「積木の箱」など。夫はクリスチャンでアララギ派歌人、三浦光世氏。
〈参考にした文献〉
三浦綾子「愛すること信ずること」(講談社現代新書)