金沢は、加賀百万石の城下町であり、町の中には武家屋敷の土塀が残り、狭い曲がりくねった道にもかっての城下町の雰囲気が残っている。そして、金箔や加賀友禅などの伝統工芸が盛んな場所でもある。そんな金沢には、魅力ある博物館もまた少なくない。今回は日本三名園のひとつ、兼六園を中心にした博物館を紹介しようと思う。

まずは金沢の繁華街、香林坊。ここからスタートしよう。ここへはJR金沢駅や郊外からのバスが集中する。スタートするには一番便利な場所だと思う。この香林坊の交差点、ここを東に向かう。片側3車線の広い道路の中央には桜の並木があり、用水が流れる。一見普通の川であるが、これは用水。作られた流れである。 余談ではあるが、金沢の街中はこれらの用水が縦横に走る。用水のおかげで金沢は水がとても豊富である。この道路の左側、中央公園の中に石川近代文学館がある。

石川近代文学館は、泉鏡花、徳田秋声、室生犀星ら金沢出身の文豪のほか、石川ゆかりの作家たちの著書や原稿、愛用品などが展示されている。展示されている作家は40人以上。かなりの数である。展示に工夫されているものの、室生犀星など著名な作家以外はあまり記憶に残らないような気もする。 とはいえ、意外な作家が金沢とつながりがあったりすることをしることができる。このあたりの発見もまた面白い。
この近代文学館は旧制第四高等学校の校舎を利用している。重要文化財に指定されているこの建物も是非見て欲しい。ただ、そういう建物だからか、冷房はない。真夏にゆくと、うちわを貸してくれるが、それではとても足りなかったりする。ちょっときつい、というのが本音である。

 道路を横断し、市役所横の道に入る。細く曲がりくねった道だが、こ ういう道も金沢の特徴のひとつである。その先に金沢市ふるさと偉人館がある。ここは、金沢の生んだ世界に誇れる「ふるさとの偉人」と言える人物を人、紹介している。天文学者の木村栄氏、仏教学者の鈴木大拙氏、化学者の高峰譲吉氏、国文学者の藤岡東圃氏、思想家・評論家の三宅雪嶺氏である。記念館的な内容であるが、その生涯や業績などを紹介し、また映像展示もあり、楽しめる展示となっている。これは、分野の違う偉人を選んだことも理由のひとつだろう。意外と楽しめる博物館である。 

 この偉人館の住所にもある“本多”。これは加賀藩の家老本多氏から来ている。家老といっても5万石。大名以上なのである。その、本多家の庭園がMRO文化会館の奥にある。庭園の中には自由に入れないのだが、入り口までなら行くことができる。ちょっとよってみるのもいいだろう。ここから兼六園向かう途中にあるのが金沢市立中村記念美術館である。中村栄俊氏収集の茶道美術の名品を中心に書、絵画、古九谷などの陶磁器、蒔絵などが収蔵され、季節に合わせて展示されている。美術館の敷地の一角には茶室もある。

 ここから兼六園に向かって歩く。兼六園は日本3名園のひとつである。園内には見所も多いが、ここは中に入らずに、茶室横の”美術の小径”を登ることにする。脇を小川が滝のようになって流れている。これは、兼六園手まで分水した辰巳用水である。なお、一度石浦神社の先まで進み、坂道を登るのも良い。ここも桜並木が続き、開花すると桜のトンネルのようになる。
石川県立美術館には野々村仁清氏作の国宝、色絵雉香炉が展示されている。このほかにも古九谷や加賀前田家に伝わる文化財、明治以降の絵画や彫刻などが数多く展示されている。また、特別展も頻繁に開催され、数多くの人を集めている。常設展だけでもゆっくり見ているとあっという間に時間が経ってしまう。

 ここからさらに道沿いに南へ向かう。公園の木々の向こうに石川県立歴史博物館の煉瓦造りの建物が見えてくる。そこへ急ぐ前に、手前の藩老本多蔵品館にも寄ろう。ここは前に紹介した加賀藩の家老、本多家ゆかりの品が展示されている。太刀などの武具のほか、工芸品、衣装なども展示されており、江戸時代の文化や歴史を知る上でも貴重な資料が展示されている。

 石川県立歴史博物館はレンガ造りの建物3棟からなる。元は旧陸軍の武器庫であり、戦後は金沢美術工芸大学として使われていた。明治から大正にかけて作られたこの建物は重要文化財に指定されている。煉瓦の深みのある色は、周囲の木々とも調和する美しい建物である。特に雨に濡れた色はいっそう深みが増し、より美しいと感じる。

 石川県立歴史博物館の展示は、まず石器や縄文から始まる。歴史系の博物館ではよくある展示ではあるが、やはり地元石川独自の展示、一向一揆や加賀万石の展示は興味深い。そして、大正昭和にかけての展示も充実している。金沢の郊外、内灘にあった粟崎遊園。これは、北陸の宝塚とも呼ばれる娯楽施設であった。少女歌劇団もあり、非常に大規模なものであったそうだ。このあたり、内灘へ向かう電車の車内も含めて展示してあり、とても興味深い。

 このほかにも、文化に関する展示、産業や科学の歴史といった展示、江戸時代の食事や生活に関する展示もあり、とても充実している。最後の展示室などは、古陶や金属加工の道具類など、細かな展示品が数多くあり、そこにたどり着いた頃には“もういい”なんて思ってしまうほどである。展示以外にも歴史体験コーナーなどがあり、ゆっくり見れば半日以上の規模である。展示を見ているとのども渇き、空腹を感じたりするのだが、喫茶などがないのはちょっと残念である。(無料の給茶機などはある)

 ここからさらに先に道沿いに進むと石引にでる。ここは、金沢城の石垣に使われる石、これを引いて運んだことからつけられた町名だという。ここに、民俗文化財展示館がある。この建物は明治32年に出来、中学校として使われてきた。ほとんど原型どおりだそうで、建物自体もゆっくり見たい。展示されているのは、道工具のほか、工芸品、身の回りの品や日用品、農具や漁具などである。11点は高い価値のあるものではないが、総数17千点。市民から寄付されて品が中心である。これだけの数が揃えばそれだけでもみごたえがあり、そこから価値も出てくると思う。

 ここは兼六園の裏側。道路脇にはやはり用水がある。これは辰巳用水である。金沢の高台のひとつ、小立野台地の北端にある兼六園、そして金沢城の水源として使われている。この用水は、兼六園から城へ水を流す際に逆サイホンが使われ

ている。その水管は、石川県立歴史博物館の水のモニュメントにも使われているし、博物館にも用水自体の展示もある。展示を見た後に実際に用水を見るのも面白い。

 兼六園の入り口には石川県立伝統産業工芸館がある。石川県の伝統工芸と言えば九谷焼。そして輪島塗が有名である。さらに金箔や加賀友禅、といったところだろうか。しかし、それ以外にもたくさんある。水引や太鼓、和紙、加賀竿、加賀毛針・・・。能登花火や竹細工。こんなにあるのか、と思わず言いたくなる。ここにはそれらの伝統工芸が展示されている。あまりにも種類が多すぎて、なんだか絞りきれないような感じさえあるが、これも加賀万石の文化なのだと納得しよう。

 石川県立伝統工芸館は兼六園の入り口。そのまま兼六園に入ってしまうのも面白いが、ここは博物館めぐりを続けることにしよう。兼六園を左に見ながら坂を下りる。兼六園の木々を見上げ、石垣を見ながらのこの坂。ゆっくり歩くもの又良い。その坂の途中をちょっと右に外れたところに加賀友禅伝統産業会館がある。加賀友禅といえば友禅流し。犀川や浅野川の清流で糊を洗い流すのが有名であるが、現在は河川への影響も考えて工場内で洗い流している。ここでは、加賀友禅の工程や作品を見ることが出来る。加賀友禅には手書きのものと型紙を使ったものの2種類がある。これらの製造過程をビデオで見ることができる。その周囲には、友禅の着物が展示されているのでつい見比べながらビデオに見入ってしまう。ここでは手書き友禅の実演を見ることもできるし、着物なども多数展示されている。一部の着物などは販売しているのだが、そこは手書きの友禅。いいな、と思うものは値段も相当である。が、着物は無理でもハンカチやネクタイなどは比較的手軽に買える。手軽、とはいってもそこは手書き。いいものはそれなりに値が張る。これは地下の売店で買うことが出来る。

 ここから先は兼六園から少し外れることになる。その前に金沢城を見るのも良いし、兼六園に入るのもよい。では、ちょっと足を伸ばしてみよう。百万石通りを浅野川に向かって歩 く。この通りの右側に大樋(おおひ)美術館がある。ここは大樋焼きの本家十代長左衛門窯がある。窯の見学はできないが、大樋焼きの作品は美術館で見ることが出来る。ここには初代から現在までの作品が展示されている。楽家より送られた飴釉などが並んでいる。同じような作品でも代が違うとまた変わっている。このあたりを見比べるのも面白い。また、入り口にはギャラリーがあり、大樋焼きを購入することも出来る。ちょっと見てみるのもいいだろう。

その先、左に折れて尾張町に入る。ここは泉鏡花の生誕の地である。ここには、泉鏡花記念館がある。泉鏡花は作家であるから、展示も文学関係となる。文学関連の博物館、というと展示は著書や原稿、となるのだが、ここはちょっとちがう。鏡花の本は、装丁が美しいものが多い。そんな本の美しさを強調した展示や口絵なども展示されている。そして鏡花の世界を目と耳で体験する。そんな展示もある。文学だから、と思って入ると意外な展示に驚かされる。

 泉鏡花記念館の隣、というよりここへ入る途中にあるのが石川県菓子文化会館である。金沢の和菓子は有名であるが、その菓子に関して展示されている。菓子の歴史と伝統、生活の中の菓子、製菓道具などが展示されているほか、工芸菓子の作品も展示されている。工芸菓子の美しさは格別であるが、なんとなく食べ物を無駄にしているように感じるのは私だけだろうか? また、ここでは菓子作りの実演や販売もされているので、そちらも楽しめることだろう。

 このすぐ隣には金沢蓄音機館がある。蓄音機が500台以上、レコードが2万枚以上、収蔵されている。今のCDなどとは違い、個性のある蓄音機を見るのもまた面白い。 一日に3回程度、何台かの蓄音機でレコードを鳴らしてくれる。現在のCDとは全く違った音である。また、同じ蓄音機でも方式によって音もまた違ってくる。是非聞き比べてみて欲しい。

 さて、兼六園周辺を中心として博物館を紹介した。その数 13館。これは1日ではとても回りきれない。やってやれないことはないだろうが、個性的な博物館も多いので印象がまとまらないだろう。特に県立美術館と歴史博物館は、ゆっくり見るとこの2館だけで1日が必要な規模である。金沢が初めてなら、やはり兼六園も見て欲しいところだ。そして、金沢城もまた魅力がある。日程と好みも合わせて見る博物館を絞るのがいいだろう。この周辺は公園などもあるし、休む場所には不自由しないと思う。ちょっと一休みしながら、急がずに回る。それでも、金沢の歴史と文化を十分楽しめることと思う。