八坂(はっさか)/宝憧寺坂


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八坂は”はっさか”と呼ぶ。つい”やさか”と呼びたくなってしまうが、”はっさか”である。
この坂、もともとは宝憧寺坂、あるいは伊予殿坂と呼ばれていたようである。その頃、八坂(旧八坂)はこの坂の先に別にある小さな坂であった。それがまとめて八坂と呼ばれるようになったらしい。

名前の由来であるが、この近くに樵が使う坂が8つあり、まとめて八坂と呼んでいたことによる。8つの坂、これはだんだんなくなり、最後に残ったこの坂が八坂と呼ばれることになったという。
8つの坂、どこにあったのだろうか? 現在の八坂は、尻垂坂(兼六坂)の、旧奥村家の土塀に突き当たる角から始まっている。尻垂坂(兼六坂)を少し降りたところから始まる坂は小尻谷坂であり、ちゃんと名前がついている。八坂の名残とは思えない。また、尻垂坂(兼六坂)から分かれるとすると、8つの坂を作るには間隔が狭くなり、また急坂になるので、ここに8つも作るか?ちょっと疑問もある。では、旧八坂では? こちらもそれほど広くはない。八坂の名の由来は疑問が残る・・・。

さて、八坂であるが、尻垂坂(兼六坂)が折れ曲がるところ、兼六園の角のところから始まる。石引通りから来た場合、兼六園に突き当たって左右に分かれるが、右側の道はすぐに左に折れて坂を降りる。この坂は尻垂坂(兼六坂)であるが、左に曲がらずにそのまま真っ直ぐに行くと八坂になる。尻垂坂(兼六坂)は崖を斜めに降りることで勾配が緩くなっているが、八坂は真っ直ぐに降りる。 このため、勾配は急である。坂自体は自動車の通行も可能な幅はあるが、許可車と指定車のみ通行可となっている。私個人としては、たとえ通行可能であったとしても迂回したい急坂である。

八坂は、歩行者用に片側は階段となっていてところどころに椅子もある。寺院の塀もあり、また見晴らしもよく、風情ある坂となっている。また、旧奥村家の敷地内から流れ出ている水の流れもある。尻垂坂(兼六坂)という、交通量の多い幹線道路のすぐ近くなのに、坂を折り始めるととても静かになる。ちょっと不思議である。

坂を降りきる前は、松山寺(しょうざんじ)への参道と並ぶ。参道とは低い柵で仕切られているし、脇の水路もあるので別の道なのだが、同じ勾配で寄り添って進む2本の坂道。なんだか鉄道の複線みたいで面白い。

坂を降りたところは、小立野寺院群の端にあたる。ここから南には寺院が立ち並ぶ。
全てを見て歩くのは無理だが、いくつかを見ることをお勧めしたい。

八坂の隣、松山寺の土壁がみえる。
落ち着いた感じになっている。
松山寺への坂と並ぶ。
同じ勾配でもあり、複線みたいな雰囲気になっている。
坂の上の部分を見下ろす。
掘割みたいな感じになっている。
写真右側は旧奥村家(現国立病院)。
八坂にある椅子。
このほかにも木の椅子などもある。
坂の模様?
滑り止めの模様のようにも見えるが、それにしては数が少ない・・・?

雪の八坂

階段部分は雪があるが、坂になっている部分は融雪が効いて雪がない。
この融雪、側溝の水をせきとめ、斜面に流すというもの。水温が低いので溶かすことは難しいが水量が多いので、積もる前に流してしまう
融雪のない部分は、やはり雪が多い。
滑りやすいので、脇の階段がありがたい。