8000系では貴重な「字幕車」(クハ8021・22)が新しい行先を掲げて快走 (妙蓮寺-白楽 2004.2) [Nikon D100, AF-S Nikkor ED 80-200mm F2.8D, ISO 200] |
2004年2月1日、東急東横線は横浜高速鉄道みなとみらい21線 (通称みなとみらい線: 以下MM線) への相互直通運転を開始した。一般の人にとっては新地下鉄の開業とこれに伴う横浜〜桜木町間の廃止、ファンにとっては「廃止」「初乗り」に加えて3日間で2回も行先が変わる珍しい事態に注目が集まる、にぎやかな週末となった。
東急における営業区間の廃止は、2000年8月の 田園調布〜多摩川園間 (0.8km) 以来。目蒲線を営団南北線・都営三田線への乗り入れを機に目黒線と東急多摩川線に分割し、同区間の二重戸籍を解消したことによる。これは特殊な例だから、それ以前とすると軌道の玉川線・砧(きぬた)線廃止 (1969年) にまでさかのぼることになる。
並行区間が存在するとはいえ、大都会にある大手私鉄幹線の経路を完全に変え、旧線の駅を廃止しレールをはがしてしまうのは珍しい。廃止反対の声も上がるなど、さすがに一般の関心・注目度も高かったようだ。
ちなみに首都圏で最近廃止された区間 (旅客線) は、2003年9月に正式に廃止されたらしいドリームランドモノレール……は別にすると、2001年2月の小田急・向ヶ丘遊園モノレール (1.1km : 2000年2月から休止)。
1日目: 廃止
ひと夜の賑わい
きょう限りの「桜木町」 (元住吉) |
2004年1月30日――横浜〜桜木町間最終日。
桜木町はなんども通ったところだし、混み合う時期にわざわざ記念乗車や撮影などしなくてもいいかと思ったが、それでもやはり最終日となれば様子が気になる。勤め帰り、夜も遅くなってきたがまだ行けると思い立ち、22時すぎの下り各停に飛び乗った。
翌朝より地下駅に切り替わる反町(たんまち)あたりから撮影組が増えはじめ、横浜ではお名残り乗車の人々も加わり、いつもとは違った様子。高島町に停車。狭いホームはカメラを持つ人々で混み合っていた。
到着する電車に群がるカメラ | 大混雑の桜木町駅 |
終点桜木町は大混雑。ホーム付け根では到着する電車の「桜木町」表示を収めようと、カメラ・デジカメ・それにケータイが群がっている。
手持ちの携帯がバッテリーも少なくなったので、撮影もそこそこに改札を出ると、券売機には長蛇の列。110円区間のきっぷを手売りする臨時の窓口までできていた。
帰宅の都合ですぐにJR根岸線で折り返したが、最終電車の出発までこの混雑ぶりは続いたという。