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(左) バングラデシュとインドのベンガル語圏 (右) ベンガル語方言の分布 |
ベンガル語の話者数は、2019年時点で2億6500万人、日常会話の言語人口としては、世界で7番目の言語である |
右図、緑色の部分は、ビルマのラカイン(アラカン)州。ロヒンギャ問題の州である。アラカン州は、1824年の第一次英緬戦争によって |
イギリス領インド帝国の一部となり、
1885年の第三次英緬戦争で、ビルマ全土が併合された。1937年、ビルマは、インドから分離し |
英領ビルマとされた。第二次世界大戦では、アラカン山脈で多くの日本人が餓死、病死した。1948年1月、ビルマはイギリスから独立した。 |
イギリスはインド統治にムスリム、ヒンドゥーの対立を煽ったように、ビルマでは、仏教徒と、ムスリムの対立を煽った。 |
ラカイン州
- Wiki
イギリス統治下のビルマ- Wiki
イギリス領インド帝国
- Wiki
バングラデシュの概要と最近の政治情勢【pdf】- 日本大使館 |
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東南アジアの旧正月、4月中旬の水かけ祭りの元になったベンガル暦です。 |
今や、世界中から観光客が訪れる東南アジアの水掛祭は、インドのホーリー祭と同じく、豊作祈願と、悪鬼を追い払うため泥や汚物を |
投げつけるヒンドゥーの祭りでしたが、田植え前の娯楽としての要素が大きくなり、現在のようなものになっていきました。 |
ベンガル暦の開始基準年は西暦593年からです。
したがって、西暦から593を引いた年度になります。(1972 A.D.は1379 B.S.。) |
インドのベンガルヒンドゥー地方では、ベンガル暦は、ネパールと同様に、ヴィクラマ暦の開始基準年と同じ、紀元前57年からになって |
います。PôhelaBoishakh(ポヘラ・ボイシャク)がベンガル暦の正月です。バングラデシュでは4月14日、その他の場所では4月15日です。 |
ベンガル暦またはバングラ暦は、インド亜大陸のベンガル地域で使用されています。 |
ベンガル暦には2つのタイプがあります。 |
改良版はバングラデシュの公式カレンダーであり、1987年に正式に採用されました。旧バージョンのカレンダーは |
インドの西ベンガル州、トリプラ州、アッサム州のベンガルコミュニティで伝統的なベンガルヒンドゥー暦が引き続き使用されています。 |
ベンガル暦の新年は4月中旬。4月13日から4月15日までの(PoylaBoishakh)ポヘラ・ボイシャクで始まります。 |
ベンガル暦の1年の長さは、365日です。しかし、地球が太陽の周りを回転するのにかかる実際の時間は、365日5時間48分47秒です。 |
このために、グレゴリオ暦では、4年ごとの2月に1日が追加されます。旧ベンガル暦には、このうるう年の追加調整がありませんでした。 |
このため、1966年にムハンマド・シャヒドゥラが率いるバングラアカデミーの委員会が下記の勧告を行いました。 |
BoishakhからBhadroまでの1年の最初の5か月は、それぞれ31日。残りの7ヶ月は30日。4年ごとに、Falgunの月に1日を追加する。 |
この勧告は1987年にバングラデシュ政府によって正式に採用されました。 |
2018年以降、最初の6か月は31日、Falgunは29日(うるう年では30日)になり、残りの5か月は30日。に変更されました。 |
グレゴリオ暦に合わせるために、ベンガル暦のうるう年は、グレゴリオ暦のうるう年と同年です。 |
グレゴリオ暦では、1日が深夜に始まりますが、ベンガル暦では、1日は日の出から始まります。 |
ポヘラ・バイシャーク(Pohela Baishakh、ベンガル新年)
Pahela_Baishakh
-wiki |
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13世紀以前に、領土がベンガルにまで拡大したさまざまな王朝は、ヒンドゥー教のヴィクラマ暦を使用していました。 |
ヒンドゥーの学者たちは、天文観察によって暦の改良を重ね、スーリヤ・シッダーンタは、5世紀から10世紀の間に |
完成したとされています。ムガル帝国の時代に、ベンガル暦は帝国全体で実施されました。そして、ムガル帝国の崩壊で、 |
ベンガルを除いて、ベンガル暦は放棄されました。ベンガル暦を、
ムガル帝国のアクバル帝が制定したという話は、 |
バングラデシュのイスラム教徒の神話です。1947年以降のバングラデシュのイスラム化の過程で、バングラデシュのベンガル人知識人が |
この神話を広めました。バンガブダ(バングラ年)という用語は、アクバル時代より何世紀も古い2つのシヴァ寺院にも見られ、 |
ベンガル暦がアクバルの時代よりずっと前に存在していたことを示唆しています。 |
ベンガル暦の月の名前は、スーリヤシッダーンタのサンスクリット語の名前を継承しています。 |
ベンガル語国語化運動
- Wiki /
バングラ・アカデミー
:BDD News /
Bengali calendars
- Wiki / Bangla calendar
- Google 検索
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Akbar Didn't Create Bangla Calendar, Hindus Did Before Christ » Sirf News / Bengali calendar | Calendar Wiki | Fandom |
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Official Bangla Calendar ( Bangla Calendar Panjika ) |
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ベンガル暦の2つのバージョン |
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2種類のベンガル暦 上:西ベンガルの「伝統的なベンガル暦」。
下:バングラデシュの「改良版ベンガル暦」。 |
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バングラデシュ
- Google 検索 / Bengali language movement in India
- Wiki / Bengali language movement
- Wiki |
バングラデシュ・コンサート
- Wiki / ベンガル 宗教分布
- Google 検索 / インド大反乱 発端の地メーラトを見る
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ベンガル分割令
- Google 検索 /
ベンガル語
- Wiki / ベンガル分割令
- Wiki /
バングラデシュ基礎データ
|外務省 |
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ベンガル新年「Pohela Boishakh(ポヘラ・ボイシャキ)」 |
Pahela_Baishakh
-wiki / Bangla Date Today
|Today's Bengali Date / |
ベンガル新年は、ベンガル暦の第一月であるボイシャキ(バイシャーク・ボイシャク・ボイシャック)の初日です。 |
バングラデシュでは、1966年に古いベンガル暦が変更され、
最初の5か月は31日、残りはそれぞれ30日となり、閏年は、 |
ファルガンの月(第11月)が31日とされました。それ以来、新年祭は常に4月14日に行われます。 |
西ベンガル州および他のインドの州のベンガル人の新年は毎年4月14日または15日になります。 |
インドで使用されているベンガル暦は、SuryaSiddhanta(Hindu Vikrami lunar)に基づいています。 |
ベンガル新年の前は、西暦年から594を引いた数、ベンガル新年のあとからは593を引いた数になります。 |
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バングラデシュのベンガル暦は、西暦4月14日が正月です。 |
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月名 | 読み | 西暦 | 日数(Bangladesh, after 2018) | 日数(India) | 季節 |
Bôishakh | ボイシャク | 4月~5月 | 31 | 30.950 | গ্রীষ্ম (Grishshô) 夏季 |
Jyôishţhô | ジョイシュト | 5月~6月 | 31 | 31.429 | (グリッショ)夏季 |
Ashaŗh | アシャル | 6月~7月 | 31 | 31.638 | বর্ষা(Bôrsha) 雨季 |
Shrabôn | スラボン | 7月~8月 | 31 | 31.463 | (ボルシャ) 雨季 |
Bhadrô | バッドロ | 8月~9月 | 31 | 31.012 | শরৎ (Shôrôd) 秋季 |
Ashshin | アッシン | 9月~10月 | 31** | 30.428 | (ショロト)秋季 |
Kartik | カルティック | 10月~11月 | 30 | 29.879 | হেমন্ত (Hemanta) 露季 |
Ôgrôhayôn | オグロハヨン | 11月~12月 | 30 | 29.475 | (ヘモント) 露季 |
Poush | ポウシュ | 12月~1月 | 30 | 29.310 | শীত (Sheet) 冬季 |
Magh | マグ | 1月~2月 | 30 | 29.457 | (シト)冬季 |
Falgun | ファルグン | 2月~3月 | 29 / 30 (leap year)** | 29.841 | বসন্ত (Bôsôntô) 春季 |
Chôitrô | チョイトロ | 3月~4月 | 30 | 30.377 | (ボショント)春季 |
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バングラデシュの祝祭日 |
ベンガル暦新年、Noboborsho(Boishaki)
Noboborsho(Boishaki)- Wiki |
イスラム行事 |
Shab-e-barat(Mid-Sha'ban)
Shab-e-barat
- Wiki |
ジュマトゥルビダ(Jumatur Bida)
Jumatur Bida
- Wiki |
ショベコドル(Shob-e-Kodor)Laylat al-Qadr、Night of Measures、みいつの夜
Shob-e-Kodor
- Wiki |
断食明け祝祭(Eid-Ul-Fitr)
Eid-Ul-Fitr
- Wiki |
犠牲祭(Eid-Ul-Adha)
Eid-Ul-Adha
- Wiki |
アシュラ、Ashura(Moharram)
Ashura
- Wiki |
預言者生誕祭(Eid-E-Milad-un-Nabi)
Eid-E-Milad-un-Nabi
- Wiki |
ヒンドゥー行事 |
ジャンマスタミ、Janmastami、クリシュナ・ジャンマスタミ(クリシュナ生誕祭)
Janmastami
- Wiki |
ドゥルガプジャ、Durga Puja、ヒンドゥー教の女神ドゥルガーを祭る
Durga_Puja
- Wiki |
仏教行事 |
仏誕祭 Buddha Purnima |
キリスト教行事 |
Boro Din
- Wiki / クリスマス Boro Din |
Boro Dinは、バングラデシュ及び隣接するインド東部の西ベンガル州のクリスマスです。 |
キリスト教は16世紀にポルトガルの商人や宣教師によってバングラデシュにもたらされました。 |
バングラデシュのキリスト教徒は人口の0.03パーセントを占めています。 |
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シュクラパクシャとクリシュナパクシャ |
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(c) Fudaraku Voice |
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新月 (アマボシャ、Amabashya) 満月 (プルニマ、Purnima) 白分 (シュクラパクシャ、Shuklapaksha) 新月から満月の期間の月 Waxing Moon |
黒分 (クリシュナパクシャ、Krishnapaksha) 満月から新月の期間の月
Waning Moon |
Tithi
- Wiki /
Purnima
- Wiki /
Paksha
- Wiki / |
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ガジョン祭祀 (Gajan) |
インド、ベンガル地方では、春のヒンドゥー祭祀「ガジョン」が、
ベンガル暦の大晦日 (西暦 4 月13 日 ないし 14 日 )にかけて |
数日間行われる。ガジョンは、東部インドの農耕祭祀や民俗祭祀がルーツであり、
後世に「ヒンドゥー 化」されたと考えられている。 |
このヒンドゥー 化以前からある農耕祭祀が、ベンガル暦正月、そして大陸部東南アジアの正月のルーツとなった。 |
これらの地方は、稲作地帯であり、雨季と共に、農作業が始まり、乾季に入って収穫となる。 |
雨季に入る直前の一年でもっとも高温になるこの時期に、今年一年の農作業の安全と成功を祈って正月が設定されたと考えられる。 |
太陽が春分( 太陽黄径 0度) 3月20-21日で白羊宮に入り、
穀雨( 太陽黄径 30度)4月20-21日で金牛宮に入る。この穀雨に移る前の時期、 |
太陽黄径 22.5度(4月13-15日)がベンガル正月となった。春分から約3週間遅れとなる。 |
世界最初の暦は、紀元前3500年前後のメソポタミア文明で、シュメール人によって作成された。 |
この暦では、冬至から太陽は次第に高くなり、日が長くなっていくことから、冬至が 1 年の初めとされた。 |
北方の古代中国でも、冬至が正月とされていたが、漢の時代に立春正月へと移り、太陰太陽暦のため、立春と合致することなく |
正月の日付が移動することになった。 |
緯度の高いヨーロッパでも、冬至正月(ケルトの冬至祭)であったが、太陰太陽暦のため、移動し冬至祭がクリスマスの原型となった。 |
春分祭はイースターの原型となった。 |
メソポタミア文明の、ウル第三王朝(紀元前21世紀)が定めたウンマ暦を起源とする太陰太陽暦、バビロニア暦は春分の頃の |
新月の直後を元日として、春分を予測するため恒星 カペラの動きを観察していた。 |
古代ローマにおいては、農耕の神を祀り、闇を追い払う冬至祭りが行われた。紀元前153年に「ヌマ暦の改革」が行われて、 |
12ヶ月の順序が現在のものになった。しかし 1 月年初が定着したのは、シーザーのユリウス暦からであった。 |
シーザーは、平年を1年365日とし、4年に1回、1年366日の閏年を設けた。また、奇数月を31日とし、偶数月を30日とした。 |
2月は29日と定めた。これが現在の暦の原型となった。 |
インドは広大で、伝統的な暦には太陽暦も太陰太陽暦もある。タミル・ナードゥ州では月のサイクルを重視し、新年は春に始まる。 |
ケララ州などでは、太陽周期が重視されており、新年は秋に始まる。 |
インドの仏教徒のコミュニティは、ヴェーダ暦、後にヴィクラマ暦を採用した。ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教の暦は、 |
ヒンドゥー暦システムの太陰太陽暦に基づいている。カンボジア、ラオス、ミャンマー、スリランカ、タイの仏暦と伝統的な太陰太陽暦も、 |
古いバージョンのヒンドゥー暦に基づいている。 |
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バングラデシュの名前を世界に知らしめ、チャリティーロックコンサートの先駆けとなった |
バングラデシュ・コンサート |
The Concert for Bangladesh - Wiki /
バングラデシュ・コンサート - Wiki /
The Concert for Bangladesh- さかしたBLOG /
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バングラデシュ ジョージ・ハリスン - Google 検索 / |
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1971年、バングラデシュ独立戦争 |
1820年代からベンガルでも民族運動がさかんになっていった。
これを阻止するため、イギリスはベンガルのインド人勢力の分断を企図。 |
1905年にベンガル分割令を発布し、ベンガルをヒンドゥーの西ベンガルとイスラムの東ベンガルに分割、英領東ベンガルとアッサムが |
成立した。1943年には、大飢饉が起こり150万〜300万人の死者を出した。1946年カルカッタの暴動でムスリムとヒンドゥーが衝突、 |
4000人以上が死亡した。1947年にインドがイギリスから独立する際、ヒンドゥー地域はインド、イスラム地域は、パキスタンとして |
分離独立することになり、東ベンガルはムスリム多数であるためパキスタンへ参加、現在のバングラデシュ地域は東パキスタンとなった。 |
しかし東西パキスタンは、次第に対立し、1971年、東パキスタンは西パキスタンと戦争状態になった(バングラデシュ独立戦争)。 |
この戦争にインドが介入(第三次印パ戦争)。同年、バングラデシュの独立が確定した。 |
バングラデシュは、1970年11月にサイクロンによって甚大な被害を受けており、飢餓とコレラなどの発生もあって、 |
大量の難民が発生、人道的危機に直面していた。この支援のためのチャリティーコンサートであった。 |
このような事情で、バングラデシュの名前を知るものはほとんどなく、このコンサートによって新しい国名が世界に知られることになった。 |
ベンガル分割令
- Wiki /
ベンガル分割令
- 世界史の窓 /
1970年のボーラ・サイクロン- Wiki
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バングラデシュ独立戦争
- Wiki / |
【1970年のサイクロン】
控えめな見積でも20万5000人以上、最大50万人の人命が失われ、
サイクロンとしては史上最悪の犠牲者数となった。 |
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Fudaraku Voice |
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