第13回 模倣という人間の習性・毒物連鎖
1998年7月25日、和歌山県園部地区の夏祭りで自治会が用意したカレーからそれは始まった。新興住宅地である園部地区の親睦を深める目的で毎年7月の最終土曜日に夏祭りは催されていた。死亡4名、治療を受けた方67名という大きな事件だった。カレー。小学生の給食の中で一番好きなメニュー。そしておそらく日本人で「嫌いだ」という人は少ないであろうメニュー。手軽にでき、そして煮込み料理であるということから夏場は神経質になる食中毒を回避できるという安心感。信頼を破壊するという面ではインパクトは大きかった(逆に実はカレーはある意味刺激物であり、香りや辛みが毒物に対する感覚を鈍くしてしまうという、犯罪者側からの利点がある)。実際のこの和歌山カレー事件は保険金詐欺疑惑へと進展していくが、この信頼を破壊するということが次の連鎖的犯行へと結びついていった。
砒素、ときいて自分が思い浮かべるのは1955年5月から8月にかけての森永乳業粉ミルク砒素混入事件である。死者138名、被害者1万2千名という戦後事件史に残る大事件だった(この事件の被害者側の弁護を現在住宅金融債権管理機構(住管機構)社長で陣頭指揮している中坊公平氏が担当していた、というのは有名な事実である)。高度経済成長へ突き進む中、母乳より栄養価が高い粉ミルクを(当時母乳から免疫物質が母親から子供へ伝えられる、という面はあまり着目されていなかった)、という時代背景に大打撃を与えた。この事件のインパクトが大きすぎたせいか、その後砒素を使用した事件はあまり聞かなくなり、当初和歌山カレー事件でも取り上げられた青酸化合物や農薬といったものが毒物事件の主流となる。
1998年8月10日、新潟市の木材加工会社で社員が飲むお茶のためのお湯を沸かすポットにアジ化ナトリウムという聴きなれない毒物混入事件が発生する。これも「社員が飲むためのお湯」という信頼の上に安全性が成り立っていたものを破壊した。そして、事件は続く。
8月26日、東京都港区でやせ薬と称して郵送されたクレゾール消毒液を飲んでしまったひとりが重傷となった。この「偽やせ薬事件」いじめの報復ともみられる犯行ということで中学3年の女子生徒が書類送検された。
8月31日、長野県でスーパーマーケットで販売されていた缶入りウーロン茶を飲んだ男性が死亡した。缶の底に穴をあけ、そこから青酸化合物を混入し、接着剤で埋めてその穴を隠す、という手口だ。商品の缶にわずかなつぶれを見つけたスーパーマーケットの店長が、売り物にならないから昼休みに自分が飲むといって、一口飲んだが、味のおかしさにすぐ気付き吐き出し、大事には至らなかったが、実際に飲んでしまった客である男性が死亡したのだった(スーパーマーケットで取り扱う商品にまさか、という信頼の上に安全性が成り立っていたものを破壊した)。
そのほか、自分で毒物を混入し、入院給付金をもらおうとした事件や、親を困らせようとして潤滑油を混入した紅茶を飲んだ事件、自動販売機に毒物を混入した清涼飲料水がおかれており、たまたま同じ種類のものを購入した男性が毒物入りの方を飲んでしまうという事件もあった。自動販売機においてあった不審な缶コーヒーから農薬が発見されることもあった。また、毒物を混入するとコンビニエンスストア、スーパーマーケットを恐喝する事件もあった。ターゲットが特定のものから無差別なものまで、9月に入っても連鎖は続いている(ここまでくるとテロリストとしての意識のないテロ行為が横行しているとも言える)。
一連の事件が続く中で「毒物連鎖」という言葉が連日マスコミから流れてくるようになった。実はこのマスコミが使用する言葉は、「事件が起きる」→「報道する」→「詳しく正しく伝える」→「模倣する」という連鎖をマスコミ自身が生み出している(マスコミが自覚しているのかどうかは不明だが)ということだ。一連の報道から信頼の破壊となり、過剰な反応となり、缶入り清涼飲料水を飲む時も思わず底を見てしまったり、ペットボトルの口が緩んでないか確かめたり、スーパーマーケットで試食ができなくなったり、そして模倣できるほど詳細に報道されることにより次の事件を生む。
基本的に人間は模倣する生き物だ。情報が与えられれば、それを理解し、その情報を「使う」ことができるようになる。こうして過去人間はさまざまな知識を蓄積してきた。物事を学ぶ原点は「模倣」だ。常にそこから始まり、「模倣」から次のステップへ進むことで進歩する。しかしこの「模倣」という行為は諸刃の剣であることは承知の事実だ。人間の行為のあらゆる面の「模倣」ができるがために、犯罪にテロに数多く適用されてきた。
日本には銃や爆薬といった(実際に)血を流すテロ行為の替わりに「毒」(毒薬、毒物)というテロ行為を好む習性があるらしい。サリン事件にしろこの毒物カレー事件にしろ過去の青酸化合物を使用した事件(グリコ・森永事件等)にしろ(血が流れない分、犯罪者の姿が見えにくい分陰湿ではある)記憶、記録に残っている分だけでもけっこうある。ある意味、銃や爆薬には厳重な体制が整ってはいる(アメリカでは銃に関する規制が日本に比べて格段に緩いために銃による犯罪が跡を絶たない。(あまり好ましい表現ではないが)第三世界では爆薬に対する管理が緩いためにしょっちゅう爆弾テロが相次ぐ。日本での発砲事件は暴力団がらみが大半だし、爆薬は基本的に過激派の手作りだ)が、薬に関してはその薬のもつ良い面のために厳重になりにくい、ということもあるだろう。化学に対する知識と機材があれば「毒」を生成させることも可能だ。
この「毒物連鎖」はいつ収束するのか全く不明だ。対象は無差別になり、自分が起こした事件が報道されることに快感を覚え、犯罪意識は薄れ、模倣犯は愉快犯になっていく。そして報道が新たな模倣犯を作り出す。しかし、報道がなければ、報道から流れてくる正しい情報がなければパニックになっているだろう事は想像しやすい(今でさえ過剰反応がパニック寸前ではあるが)。もはや誰にも止められないのではないだろうか。
何のために模倣するのか、それは当事者である犯人に聞かねばなるまい。犯人以外に想像はできないかもしれない。ではどこでこの「毒物連鎖」を断ち切るか。ファーストケース(和歌山カレー事件)、セカンドケース(新潟毒物混入事件)の犯人が逮捕され、その逮捕が報道されることで収束に向かうことができるだろう。
報道によって模倣犯は生まれ、報道によって犯罪は増長し、連鎖し、報道によって連鎖は収束する。逆説的だが否定のしようのない事実なのではないだろうか。(詳細に、わかりやすく)報道するから模倣する。かといって報道によって情報が与えられなければ疑心暗鬼よりパニック、集団的いじめへとつながる。報道されることに犯罪者に快感が生まれる。そして、報道によって事件は収束する。決して報道は真実だけを伝えるものではないし、何でもかんでも報道していいわけではない。検閲はあってはならないが、報道する側に責任を持ってもらいたい、感じてもらいたいものである。「毒物連鎖」の一端を握っていると自覚してもらいたいものである。
とにかく、模倣犯に犯罪意識が生まれるような世論にしなければならない。誰でもが模倣犯になり得る御時世なのだから。
(1998. 9.20.)
<ヒ素・砒素(As)> 通常は灰白色の金属光沢を持つ結晶で存在し、合金や半導体などの材料として使われる。亜ヒ酸など化合物は有毒なものが多く、殺虫剤や殺そ剤、農薬などに使われてきた。毒物及び劇物取締法で毒物に指定されている。吸収すると、急性症状ではおう吐や下痢などを起こし、重い場合は死亡する。肝臓障害や皮膚がんなどの慢性中毒を引き起こす場合もある。
<亜ヒ酸> ヒ素と酸素の化合物(三酸化ヒ素:As2O3)。歯科で神経を抜くときや、ガラス加工に使われるほか、半導体の製造にも用いられる。かつては殺虫剤や除草剤などに使われた。最近は半導体の製造過程などで使われている。強い毒性があり、致死量は1人あたり約100〜300ミリグラムといわれている。
<青酸化合物> 青酸カリ(シアン化カリウム:KCN)や青酸ナトリウム(青酸ソーダ、シアン化ナトリウム:NaCN)などの化合物のことで、めっきや一部の農薬などに使われている猛毒。毒物及び劇物取締法で製造、販売、使用などが厳しく制限されている。飲み込んだり、吸入したりして体内に吸収されると、呼吸が困難になる。致死量は0.15〜0.3グラム程度とされる。わずかな量でも頭痛や吐き気などを起こす。
<アジ化ナトリウム> ナトリウムと窒素の化合物(NaN3)。工場廃水に有害物質のクロムが含まれていないかどうかを調べる際に使用、または自動車のエアバッグを爆発的に膨張させる際に使用(毒性が指摘されつつあるのでアジ化ナトリウムをエアバッグでは使用しないようになってきている)。
参考にさせていただいたWebページ
「朝日新聞社」http://www.asahi.com
「Yahoo! News」http://www.yahoo.co.jp
「日本中毒情報センター」http://ichou.med.osaka-u.ac.jp
「大日本図書」http://www.egg.or.jp/dainippon-tosho/index.htm
「国際化学物質安全性カード(ICSC)-日本語版-」http://www.nihs.go.jp/ICSC/
<後日談>
1998年10月4日、和歌山砒素カレー事件から発展した保険金疑惑で、容疑者が逮捕された。しかし、いまだ数々の事件は解決していない。早期の解決を願う。
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