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第35回 書評:「壁を破って進め」


 これは日本において20世紀最大の疑獄事件、汚職事件である「ロッキード事件」に直接関わったひとりの検察官の物語であり、ドキュメントであり、記録である(著者あとがきによれば「資料的価値はない」ということであるが、少なくとも私は「司法の目的"End of Justice"」を追求した記録であると思う)。

  • 「壁を破って進め」 私記ロッキード事件 上・下 (講談社)
    堀田 力著 ISBN 4-06-209719-2(上巻)/4-06-209720-6(下巻)
    (上下巻とも \1,500+税)

 「ロッキード事件」は既に日本史の中の1ページとなってしまっていているが、学校で教える現代史にはなかなか登場しないと思うので軽く説明したい。

 1972年、当時から輸出黒字という貿易不均衡を是正しろとアメリカ合衆国(以下:米国)からとやかく言われていた日本政府は、大規模な対米輸入を米国に対して約束しなければならなかった。そこで、ハワイで開催された日米首脳会談(日本の総理大臣は田中角栄、米国の大統領はニクソン)において航空機の緊急輸入が合意された(9月1日)。機種はロッキード社製L-1011(テンイレブン)、通称「トライスター」。納入先は全日空。納入候補としては他にボーイング社製B-747(通称「ジャンボ」)、マグダネル・ダグラス社製DC-10が挙げられていた。売り込み合戦としては最後発であり、一旦はDC-10に決まりかけていながら、当時まだ完成もしていなかった「トライスター」になぜか決まった。

 この納入をめぐる疑惑が1976年2月、不正な金銭の授受があるとして米国議会の公聴会に臨まざるをえなかったロッキード社社長コーチャンの発言により初めて表沙汰となる。しかもこれはある日本の「政府高官」が絡んでいると(証言中では名前は伏せられたままであったし、その後田中角栄の逮捕が報じられるまで「政府高官」の名前の正式発表はなかった)。

 これには早くからマスコミが飛びつき、評論家の立花隆氏は「政府高官とは田中角栄だ」と指摘していた。売り込みの手引きに総合商社の丸紅、日本の裏社会の元締め児玉誉士夫、表社会裏社会に通じている小佐野賢治が絡んでいたこともあって当時の日本を震撼させた。賄賂の名目上は「ピーナッツ」、単位としてピーシーズが使われた(証拠物件としての領収書より)ことが報じられたため、「黒いピーナッツ」とも呼ばれた。米国、検察側がなかなか政府高官の名前を公表しなかったため、日米安保条約改訂の時のようなデモ行進が日本各地で行われた。田中角栄に賄賂として動いた金額はわかっているだけで5億円。事件発覚当事は既に「前総理大臣」であったが、事件当時は総理大臣現職であり、現職時の事件を問われて逮捕されたのは日本史上後にも先にも彼だけである。

 おぼろげながら私はこの当時のことを覚えている。小学校に上がる直前であったが、報道の加熱ぶり、日本が揺れているのを感じていた。一部ニュース報道映像も覚えている。余談であるが、当時私は「ピーナッツ」と「落花生」とは違うものだと思い込んでいて、黒いものが「ピーナッツ」、赤茶けた色のものが「落花生」だと勝手に思っていた(あまりにも「黒いピーナッツ」という言葉の響きが頭に焼き付いていたので)。自分の間違いに気が付いたのは小学3年のときである。

 既にこの「ロッキード事件」は誰からも忘れ去られようとしている。このとき納入された「トライスター」全機は全日空からは現役引退し、田中角栄、児玉誉士夫、小佐野賢治は他界してずいぶん経つ(公判中や起訴直後に死去している)。担当した検察官も既に他界している方もいる。田中角栄の保釈金2億円、21人の最強弁護団、そして無罪の主張、これら前代未聞のことすらも過去のことだ。

 現在ではロッキード社自体民間航空機から撤退、納入合戦をしたマグダネル・ダグラス社はボーイング社に合併された。著者は直接この「ロッキード事件」に関わった本人として何かしら書かずにはいられなかったのだろう(法務、検察の職にいて、事件を扱ったことのある者はその事件のことは死ぬまでこれを語らずという暗黙の不文律を覆してまで。それゆえ「私記」となっているのであろう)。そして私はあの「空気」をおぼろげながらに体感したが故にこの事件の真実、いや何が明らかにされて何が明らかにされていないのかを知りたかったのかもしれない。

 完全に余談であるが、私が生まれて初めて飛行機に乗ったのは1987年のときで、ユナイテッド・エアラインであったが、L-1011であった(成田発サンフランシスコ行き)。これがあの「トライスター」なのか、と思いながら写真を撮り、乗ったのを覚えている。何かの縁だろうか(機体は狭いし、機内はうるさいし、乗り心地はすこぶる悪かったことを記憶している)。

 本のタイトルにもなっている通り、著者は検察官としていくつもの「壁」を突き崩して進んでいく。国境の壁、政治の壁、(脱税や単純収賄の罪状では免れきれないところまで来ている「時効」としての)時の壁、(証言を得るための日米間の)手続きの壁、人の壁だ。着手当時既に物的証拠は隠滅され始めており、証拠、証言も有効なものは乏しかった。圧倒的に検察側に不利があった。言わば四面楚歌の状態で捜査の王道を突き進み、貧しい家から己の力でのし上がり、絶大な権力を持ち、一国の宰相となった男を被告席に立たせることに成功したのだった。

 この本は今、様々な壁にぶち当たってもがいている日本への、日本人への応援歌ではないのか。立ちはだかる壁も王道で正面から突き進んでいけば壁は崩れる、破れるのだと。捜査の段階では著者の多彩な人脈、真実を追い求める熱い信念、検察に寄せられる国民からの熱い期待、仮に起訴に失敗したら以後20年間検察の信頼を失墜させるであろうとの切迫感により、様々な壁を乗り越えられたことが記されている。熱い信念、これを忘れなければ壁は突き崩せるものだと私は思った。そして私はこのことを忘れまいと思った。

 検察が米国連邦司法省から入手したロッキード社からの金の流れが示されている「コーチャン・メモ」には田中角栄、児玉誉士夫、小佐野賢治、笹川良一、二階堂進、中曽根康弘等日本の黒い奴の名前が記されている。表があれば裏もある。表裏一体とはよく言ったものだ。「ロッキード事件」とはそれが明らかになった事例の一つなのかもしれない。

 著者の「熱」を感じてしまったのか、最初の1ページめをめくってから最後のあとがきまで一気にぶっ通しで読んでしまった。それだけこの本は面白い。著者にだけしかわからなかった歴史にうずもれていくであろう事実も多分にあった。なぜ今になって出版されるに至ったのか、とは思うが、(自分自身で活字離れが顕著すぎると思っている)今でなければ私はこの本を手に取ろうとは思わなかったであろうし、タイミングというものもあったのだろう。

 私が残念に思ったのは、下巻の大半を占めるコーチャン社長の証言を得んがために嘱託の手続きに関する部分がひどく長かった点だ。著者は実際にこの手続きに深くかかわっており、実際に長い時間をかけたのだろうが、大半の読者にとって見ればもう少しさらりと流して欲しいところだと思う(米国と日本との法律の違い、手続きに関わる日米の検事たちのやり取り、過去の事例との照らし合わせ等々であり、法律用語がたくさん出てくる)。

 それと、物語として面白みを出すために登場させたと思われる「ゆふ」という謎の素性の知れない女性の存在だ。日米のさまざまな友人に折々で有益な情報をもらったのをまとめてひとりの架空の女性を登場させたとはあとがきにあるが、余計だったと思う。この女性の存在がなくても充分物語として面白い。意図が読めない(私の読みが浅いだけだろうか?)。

 日本国民は私を含めて法の番人としての検察への信頼が高いと思われる。また、その信頼に応えうる成果を挙げていると思われる。ただ壁や権限の問題があり、国民の批評にさらされることもあるが、期待がなければ批評することもあるまい。それだけ信頼をしているというものではないだろうか。「検察の今後の活躍に期待する」この言葉でもって(書評から逸脱しもはや「激情」と化している)今回は結びたい。

(1999. 5.29.)

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