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第37回 コラム:時間と空間を演出する場所「国立西洋美術館」


 人には誰しも「お気に入りの場所」というものがあると思う。それが自分の家だったり、どこかの風景だったり、海の中だったりするだろう。私の場合、いくつかある「お気に入りの場所」のうちのひとつが東京の上野公園内にある国立西洋美術館だ。

 初めて訪れたのは多分小学校2年のときだったと記憶している。当時まだ東北新幹線は開通しておらず、寝台特急を使って岩手から上野まで、ある展覧会(内容は既に忘れてしまった)を観るために両親に連れられて出かけたのだ。当時の自分には美術の鑑賞は退屈以外のなにものでもなく、なんでここまでして出かけなければならないのか、という疑問でいっぱいだった(寝台列車のベッドは狭くて堅くて、しかも車内はうるさくて結局眠れなかった)。しかも美術館内は人でいっぱいで背の低かった自分はまともに絵を観ることはできなかった。

 私の両親には美術鑑賞という共通した趣味がある。しかも、父は油絵を描き、写真を撮る。母は日本画を描き、彫刻を創る。両親の書棚にはピカソやルオー、モディリアニといった有名な画家の画集や美術解説書、ルーブル美術館(フランス・パリ)やエルミタージュ美術館(ロシア・サンクトペテルブルグ)といった有名な世界の美術館の収蔵品を紹介する本などがたくさん並んでいた。よって、両親はどこそこで何の展覧会をやっている、という情報を聞きつけると(専門の情報誌を定期購読していた)、都合をつけて家族で出かけたものだ。私の中で一番古い美術館に出かけた記憶、というのは小学校に上がる直前に行った仙台だ(仙台の何という美術館なのか、何の展覧会だったのかは既に忘却の彼方だ)。

 これだけ美術に関連するものに囲まれて育っていながら、しばらく美術は私の興味の対象ではなかった。芸術が何であるのかわからなかったということや、中学の時分の美術教師があまりにも押し付けがましい人間だったため、それに対する反発もあったのであろう。それと、私の手先が不器用でしかも短気であったため、頭の中では何かしらのイメージが存在したとしても、それを自分の手足を使って紙やキャンバス、工作物へと表現することがうまくできず、何度かやってうまくいかないので飽きてやめる、ということが多かった。今でも「練習する」という行為がひどく嫌いであるため、本番一発勝負でやってみてうまくいかなかったらそれは自分には向いていない、と勝手に決め込むようになっている。写真に関しては自分のイメージ通りのものが得やすいので、高校の時分からわりと撮るようになっていた。

 美術に対するものの見方が大きく変化したのは大学に入ってからである。それまで自分で絵が描けなければ、美術に関する知識がなければ退屈なだけだ、と思っていたのが、実はもっと単純で、自分の好き、嫌いというシンプルな視点だけで観てもいいのではないのか、と思い始めたことによる(世の中には多様な価値観が存在するはずであるし、それであればその価値も観る人が勝手に決めてもいいのではないか、それだったら知識がなくても充分楽しめるのではないのか、という論理)。これは大学に美術専門学群という美術を学ぶ専門の学群(普通の大学でいうところの学部)が存在したため、美術が身近であった、専門科目以外に一般教養科目として美術の科目を履修していた(一般教養科目のため作品を創らなくてもよい)、という点が大きく関与している(そもそも何かに追いたれられ続けるという小中高時代と違って時間的に余裕があったことも関与していたかもしれない)。

 そういう自分自身の変化があって、大学時代に中学の修学旅行以来5年ぶりくらいに国立西洋美術館を訪れた。ルネサンスの頃から写実主義、印象派へと時代が移り変わっていく様子を示した展覧会だったと記憶している(私は写実主義や印象派の絵が好きだ)。美術館自体になんとなく中学の頃に感じたのとは違う印象を受けた(自分の背が伸びている、ということも関与しているだろう)。

 たいていの美術館の場合、企画展用の特別展示室とその美術館所蔵作品を展示する常設展示室がある。当時の国立西洋美術館の場合、奥まった本館(1959年完成)が常設展示用の建物、手前の新館(1979年完成)の方が特別展示用の建物となっていた。

 その入り口を入ってすぐにとてつもなく天井の高い第一展示室があり(たいていこの第一展示室にはその特別展示の目玉となる大作が展示される)、第二、第三展示室があり、階段を登って第四、第五展示室へ進む。ここで新館から本館へとつながる扉があるのだが、実はこの国立西洋美術館の設計のすばらしいところは、この第五展示室からこの扉へ向かう廊下のようなところから第一展示室を見下ろすことができる、というところである。そう、第一展示室の天井がとてつもなく高いのはただでさえ高い美術館の天井二階分の高さがあるからだ。そして第一展示室では多くの観客でさえぎられていた作品たちも、この廊下から眼下に見渡すことができるのだ。

 この発見は自分にとって新鮮なものであり、美術に対する新しい視点を与えたといってもいいだろう。そしてそれ以来この場所が私の「お気に入りの場所」となった。その後機会がある毎に何度か訪れるようになっていた。

 年々増える収蔵作品量に対して美術館が手狭になってきた、耐震改修が必要ということで1997年に国立西洋美術館の建物の大改修工事が完了した。横に拡張することが困難な上野公園だけに、なんと前庭の地下に新しい展示室を6室も設けたのである。どう広くなったのか、あの「お気に入りの場所」はどうなったのか気にはなっていたが、いつでも行ける、と思っていてついつい行きそびれていた。そこで、今年(1999年)の3月から開催していた、エルミタージュ美術館所蔵作品をもとにした「イタリア・ルネサンス美術展」が6月20日(日)に最終日を迎えるというのを思い出し、出かけることにした(6月19日)。

 拡張部分が地下、という制約もあるのだろう、いささか狭さを感じたが(それは観に来ている人が多いというのにも起因しているのかもしれないが)、他の美術館に比べれば、展示室だけでも一部地下2階、地上2階、という広さはさすが国立、というべきものであろう。地下は企画展示室、地上は常設展示室、と分けたのはよいことだと思った。

 内容も、構図を重視するフィレンツェ派と情感の表現を重視するヴェネチア派が対比できるような視点から展示してあったのもさすが、というものであったし、500年以上も前の作品の保存状態がすばらしく良い(思わず手を触れたくなるほど瑞々しい)、ということにも感心させられた。さすがエルミタージュ、是非一度行きたいものだ(美術館内がとても広いので一通り観るだけでも3日かかると言われているが)。ルネサンス期は絵画の技法的にも遠近法が確立され始める頃で、とても美術史にとって重要な時期であるが、いささかキリスト教の宗教色が強いので私としてはあまり好きな部類ではない。しかし、すばらしい内容であった。

 ではあの「お気に入りの場所」はどうなったのか。ちゃんと健在だった。ただ、拝観順序が変更されていて、改修以前は第一展示室(新館)→常設展示室の順序だったのだが、地上階が全て常設展示となったことにより、新館の入り口を入るとすぐ2階へと登ることになっていて、(元)本館→第5展示室→第一展示室→出口という順番になっていた。第一から進んで第五展示室をすぎて振りかえる、という行為自体が好きだっただけに少し残念ではあったが、場所が残っていただけでも安心感のようなものを感じた。

 国立西洋美術館は日本の中では収蔵作品量、展示量が多い方だと思う(といってもエルミタージュ美術館の300万点には遠く遠く及ばないが)。そして中世から現代まで幅広くまんべんなく収集されている。一代で財を成した人間が収集したコレクションは何か節操がない感じがするし、企業や地方の自治体の美術館では一点豪華主義のようなコレクションに出会うこともある(これでは作品に対してある種の興ざめのようなものを感じる)。

 それを考えると、美術を志すもののためを第一に考えられた国立西洋美術館の元となった松方コレクションの幅広くまんべんなく収集する、という姿勢によって集められた作品の数々の歴史的価値がいかに高いかをうかがい知ることができる。そういう視点から考えてみるとこの国立西洋美術館という場所は人類の歴史、いや人類が生きてきた時空を西洋美術の観点から演出しているのかもしれない。

 美術に関心があってもなくても、ふらりと国立西洋美術館に寄ってみることをお勧めする。きっと前庭にあるロダンの「地獄の門」が迎えてくれるだろう。

(1999. 6.25.)

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各美術館のWebPage

  • 国立西洋美術館 http://www.nmwa.go.jp/index-j.html
  • ルーブル美術館(日本語) http://www.louvre.or.jp/
  • エルミタージュ美術館(ロシア語/英語) http://www.hermitage.ru/

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