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第42回 コラム:安全神話は責任放棄のあらわれ


 1999年9月30日午前10時35分、場所は茨城県東海村原子力発電所用のウラン精製工場。そのときチェレンコフ光を肉眼で目撃したものが3名。そこから大事故は始まった。作業員は嘔吐を繰り返し、痙攣していた。設計通り、科学技術庁へ申請した通りの手順さえ守っていれば起こらない「はず」の事故だった。

 自然界には大多数の安定同位元素と少数の放射性同位元素がある。放射性同位元素は不安定であるため、放射線を放出し元素が崩壊する。このときエネルギーをもった放射線が放出される。この放射線が別な放射性同位元素に衝突するとこの放射性同位元素も放射性崩壊する。これが連鎖的に繰り返される状態のことを(核分裂反応の)臨界という。当然放射性同位元素の密度(濃度)が上昇すれば臨界が発生する確率も高くなる。(事故を起こした)会社の直径約50cmの沈殿槽では(18.8%の)ウラン溶液約8kgで臨界に達する計算となるらしい。そこに約16kgのウラン溶液を流し込んだ。

 事故が発生してから1ヶ月が経ち、事故当時、高速増殖炉用の高濃縮ウラン(通常の原子力発電所用のウランは5%以下)を精製していた会社の安全管理上の問題、科学技術庁の監督問題が発生の原因、ということで一時期の風評被害も含めて事態は収束に向かっている(観光業者にはまだ風評の余波が続いている)。

 ここで私が疑問に思うのは、原因は事故を起こした会社、科学技術庁「だけ」にあるのか、ということだ。「問題」だったのはあくまでも「一部」であって「全体」ではない、ということを示したい「全体」の情報操作に我々は巻き込まれているのではないのか、ということだ。実は我々一般市民側にも原因はあったのではないだろうか。

 「原子力発電は安全だ」誰が言い出したのかは不明だが、日本の政治家はよく口にする(そしてそのような政治家を選ぶのは国民だ)。その理由、根拠は明確ではない。きちんとした管理をしているから、というのが通説であるが、「本当に安全なのか」と問いただしても納得できる答えが返ってくるわけでもない。そもそも「安全」という基準が漠然としすぎてはいないだろうか。一般の人は放射線というものをよく知らないのではないだろうか。

 太陽や太陽以外の天体、宇宙空間、地球上にある放射性同位元素の数々から放射線が常に放出されている限り、人間(そして地球上の全てのもの)はどんなところにいても放射線を浴び続けている。これが日本では年間平均1.4mSv(ミリシーベルト)程度であるといわれる(地域によってこの値は異なる)。これがどんな量かといえば、年間1千万本強の放射線が人間の体内を通過する、という計算になる。1時間あたり1,500本強の放射線を普段どんなに暮らしていても我々は放射線を浴びている(当然細胞が傷つく)。数字を見ると一瞬ギョッとするが、これだけ浴びていても身体がおかしくならないのは細胞分裂による回復力のおかげだ。

 しかし、一度に大量の放射線を浴びると急性効果と呼ばれる細胞の回復力が追いつかないで臓器や組織に障害が起きる(細胞分裂の活発な造血器官、生殖腺、腸、皮膚などは放射線に対して感受性が高く、肝臓や筋肉や脳などは感受性が低い)状態に陥る。(一部では誤解があるようだが)当然伝染はしない(しかし生殖器官に異常が発生した場合は遺伝する)。今回の臨界事故の作業員は障害が発生する量(感受性の高い生殖腺に5Sv)の数倍(一番被曝量が多かった作業員で17Sv)の放射線を浴びた。これで「重体」で済んでいるのは最先端の医療技術の成果である(全身に7Sv以上の被曝で100%死亡と言われている)。

 科学的には年間数mSv程度は健康上問題がない、「安全」ということになっており、それが「信頼」されている。感情的には放射線が目に見えないものでありなおかつ人体に影響を与えるものであるので、通常量以上は「安全」ではない、と思うだろう(そもそもこの通常量というのがあまり知られてはいない)。この意識のずれが不安、風評を増長させる。

 きちんと、「核エネルギー」とは何か、管理技術とは何であるのか、安全をどう考えるのか、を一般の人も「難しいから」、「怖いから」といって逃げたりせずに、知識として持っているべきではないのか。自治体や研究機関、監督省庁、取り扱う会社に他力本願している間は不安、風評が絶えないと私は思う。それは責任放棄なのではないのか。まずは一般知識として今回参考にさせていただいた文部省高エネルギー加速器研究機構「暮らしの中の放射線」(http://ccwww.kek.jp/info/kurashi/contents.html)を見てもらいたい。逃げているだけでは問題解決にはならない。

 必ずしも全ての技術が安全ではないし、万が一のことを考え出したらきりがない。だから管理をするし、均質な対応が取れるようマニュアルが整備される。それが最低限の当たり前のことだ。

 だが、その管理、運用をするのは人間であるし、人間はミスをするし、すぐ楽をしたくなる(そもそも臨界状態にある原子力発電所用の対策、放射性廃棄物管理箇所用の対策は用意されていても、ウラン精製過程では臨界は運用上起こり得ないとして対策が用意されていなかったのは行政側の問題だろう)。私は機械万能主義でもないし、人間至上主義でもないが、完全機械任せではなく、イレギュラーかつ最終判断であり重要性を帯びているものは人間が分担せねばなるまい、自動化できることは機械でもって自動化すべきと思っている(そもそも数ある放射線のうちアルファ線やベータ線を防ぐ防護服はあるが、中性子線を防護する服はないと言っても過言ではない)。

 困ったことに、日本は機械を信用していないのか、それとも機械の費用対効果を想像できないのか、人間をえらく信用しているのか、そもそも人件費という考え方が著しく欠落しているのか、いつでも人海戦術がお家芸だ。ウラン精製過程然り、漏れた原子炉内一次冷却水の除去作業然り、原子炉定期点検の際の洗浄作業然り挙げていけばきりがない。職業上の被曝に対する年間の最高線量限度は50mSv。1回の作業でいくらこの限度以下だとしても、数回作業すれば簡単にこの数値を超える。

 日本の悪しき風習として、新しい技術を創造する、それをもって製造をするときには惜しげもなく専門家、技術者を投入するが、いざそれが運用段階に移ると、運用者、メンテナンスを行うものにはろくに教育もせずにいきなり現場に投入しがちである(今回の臨界事故もまさにそれだ)。これは「維持する」という重要な使命を帯びている人間に対して、それを軽視するという紛れもない「差別」だ。マニュアルがあれば事足りる、ということでもないだろう。

 結局発電を原子力に頼るのは「電気エネルギーを安定して供給するため」という大義明文、「(化石燃料)資源が乏しい日本において効率のよりよいエネルギー源」という面もあるだろうが、一番の理由は、発電所自体が大きな装置でありなおかつコンクリートを大量に必要とするので土建業が儲かる、運用に人手が必要なので雇用が確保できる、ではないだろうか(だから人海戦術体制がなかなか改善されない)。

 なおかつ電気エネルギーを得るために原子力に依存している現実を示す電力供給割合の数字がある。

各国の電力源

  石炭 石油 天然ガス 原子力 水力 その他 全発電量(1兆ワット時)
日本 18.2 21.0 20.2 30.1 8.0 2.4 1,003.2
アメリカ 52.7 2.6 13.2 19.6 9.6 2.3 3,652.0
カナダ 16.2 1.6 2.9 16.3 62.4 0.7 570.6
ドイツ 55.0 1.4 8.7 29.1 4.0 1.8 550.6
フランス 6.1 1.5 0.8 78.2 12.8 0.5 508.1
イギリス 42.4 4.0 23.6 27.3 1.0 1.7 346.3
スウェーデン 3.0 5.2 0.3 52.5 36.9 2.1 139.6
ロシア 18.3 9.2 40.1 11.6 20.5 0.3 859.0

注:数字は四捨五入。ロシアの数字は1995年のもの。発電量以外の数値はパーセント。
出典:OECD(経済協力開発機構)、1995年‐1996年のOECD加盟国のエネルギーバランス

 全発電量はそれだけの電気エネルギーを必要としている、ということである。原子力発電を止めた場合に、必要とされている電気エネルギーを他の手段で今すぐ確保できると考える方が現実離れしていることがわかる。化石燃料を源とする発電は二酸化炭素排出、資源枯渇の問題もあり、これ以上の依存は困難だ。「その他」と分類されている代替エネルギーが微々たるものである事も明らか。既に望む、望まないに関わらず、我々(世界)は原子力発電に依存する体質に慣らされている。それが「いいこと」なのか「悪いこと」なのかの判断は現時点ではしない方が賢明だろう。

 核関連施設で安全基準違反が存在したと発覚したのは日本だけではないらしい。1999年10月25日(月)の朝日新聞の記事に「イギリスの日曜紙オブザーバーによればロンドン郊外にある核弾頭工場で核分裂反応を誘発させないためのウランやプルトニウムを大量に一箇所に集めた安全規則違反、施設外への放射線汚染、落雷回避のための施設未使用(落雷は核分裂反応に影響を与える可能性があるため)があった」というものを見つけた。この工場が弾頭そのものを製造していたのか、弾頭に用いる核物質を製造していたのかの記述はないが、「民間」会社であるらしい。さらに工場側はこの報道を認めていないらしいが、「軍」に関する民間会社が本当に安全基準違反を行っていたとすれば、いざ臨界となった場合の被害は東海村の比ではない。

 そもそも「核エネルギー」利用技術はたかだか開発されて50年足らずである。多少楽観的ではあるが、もっと時間が経てば技術も枯れてきて今現在山積している問題も解決の方向に向かうのではないだろうか(廃棄物の問題も含めて)。現在はそうなるまでの過渡期である、技術も日々進歩していると信じたい。

 「安全」は「神話」であってはならない。そして「信頼」も「依存」であってはならないと思う。現実世界に生存している我々としては、そこから目をそらさずにいることが最低限責任放棄を免れることなのではないだろうか。

(1999.10.30.)

  • チェレンコフ光 電気を持った粒子が水分子を通過するときに出す光
  • 放射性崩壊 放射性同位元素が放射線を出して壊れること
  • 放射性同位元素 安定で自然に崩壊しない安定同位元素よりも中性子の数が多い不安定な元素
  • 元素 元素を構成する粒子には陽子(電気極性:プラス)、(原子核の周りをまわる)軌道電子(電気極性:マイナス)、中性子(電気極性:なし)がある(陽子と中性子で原子核を構成する)
  • アルファ線 放射性崩壊により核子(陽子と中性子)が分裂し放射線となったもの
  • ベータ線 放射性崩壊により電子が放射線となったもの
  • ガンマ線 放射性崩壊などにより原子核から発生する高エネルギーの電磁波
  • エックス線 放射性崩壊などにより原子核の軌道電子から発生する高エネルギーの電磁波
  • 中性子線 中性子が放射線となったもの
 

今回参考にしたWebPage

  • 「暮らしの中の放射線」 http://ccwww.kek.jp/info/kurashi/contents.html
  • 朝日新聞 http://www.asahi.com/
  • 「I didn't know...」 http://www.ikeda.osaka-kyoiku.ac.jp/~higuchim/index-j.html
 

後日談

 1999年12月21日(火)、23時20分、茨城県東海村原子力発電所用のウラン精製工場の社員、つまり臨界事故を引き起こしてしまった作業を行っていた作業員が死亡した。最先端医療である造血幹細胞移植を行っても彼を生存させることはできなかった。

(1999.12.25.)


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