第63回 コラム:本当の敵は自己の外側に存在しない
どうも釈然としない「事件」が起きた。アクション映画と見まがうような衝撃的な映像に言葉を失った人も多いだろう(私もそのひとりだった)。とても現実の光景のようには見えなかった(思いたくなかったのかもしれない)。
鉄筋コンクリートで身を固めた、地上110階建て(地上高約420m)のツイン超高層ビル、世界貿易センターは、北棟南棟ともに旅客機の「特攻」を受け、パンケーキ現象を起こし無惨にも(およそ45分から100分の間で)ほぼ完全に崩壊(圧壊)した。世界経済の中心地というニューヨーク市マンハッタンの背景からぽっかりと穴の開いたようになっている。
2001年9月11日午前7時59分頃(現地時間)、ボストン・ローガル空港発ロサンゼルス行きアメリカン航空11便(ボーイング767型機)が離陸。午前8時01分頃、ニューアーク空港(ニューヨーク近郊)発サンフランシスコ行きユナイテッド航空93便(ボーイング757型機)が離陸。午前8時10分頃、タレス空港(ワシントン郊外)発ロサンゼルス行きアメリカン航空77便(ボーイング757型機)が離陸。午前8時14分頃、ボストン・ローガル空港発ロサンゼルス行きユナイテッド航空175便(ボーイング767型機)が離陸。これで今回の「事件」の4機がすべて空に旅立つ。
午前8時45分頃、世界貿易センタービル北棟にアメリカン航空11便が激突。そのときは事故かテロか判断が難しかったが、続いて南棟に午前9時03分頃、ユナイテッド航空175便が激突した瞬間にテロと確定された。北棟の「事件」を聞きつけてマスコミが大挙して押し寄せたために、南棟の衝撃映像を撮らせたとも言える。
いち早くテロを予感した、アメリカ合衆国(以下米国)国防総省(通称ペンタゴン)長官、ラムズフェルドは緊急体制を敷く。その矢先、3機めのアメリカン航空77便が午前9時40分頃そのペンタゴンビル西側に激突する。そして4機めのユナイテッド航空93便が午前10時頃ペンシルバニア州ピッツバーグ郊外に墜落する。
間もなくして(午後0時30分頃)米国大統領ジョージ・ブッシュはルイジアナ州の空軍基地で声明を発表、テロに報復を辞さず、の姿勢を示す。さらにしばらくして中央情報局(CIA)が、約3週間前にテロを予感させるような通信を傍受していたとの声明を発表。翌12日には連邦捜査局(FBI)が、乗客名簿から犯人と見られるアラブ系の男性数人を割り出し、空港の駐車場に停めてあったレンタカーから、アラビア語で書かれた航空機操作マニュアルを押収。ざっと9月11日当日、翌12日の経過を時間に沿って挙げてみるとこうなる。
私が釈然としない理由は、数千人規模のFBI(連邦捜査局)捜査員を動員して緊急体制を敷いていることも起因しているのだろうが、どうも事後の動き(背後関係を洗ってから実行犯の同定まで)が速すぎると思えるからだ。さらに「事件」の早いうちから、国際的に指名手配を受けている「テロリスト」オサマ・ビンラディンの名前が挙がっていたことにもよる。
もともと米国はオサマが現在身を寄せていると伝えられている、アフガニスタンを実効的に支配しているイスラム原理主義のタリバン政権に対して身柄の引渡しを要求していた。あからさまに反米を唱えるタリバンに対して米国は国家の運営体としての政権を認めてこなかった。冷戦終結後唯一の超大国となった米国に対して、ほとんどの国家が平身低頭する中で(ほとんど隷属する国、日本も含まれる)、タリバンは敢然と反意を示す数少ない集団であった。それ故米国の右派はタリバン自体を「テロリスト集団」と決めつけてきた。
戦争の形態も国対国が総力でぶつかり合う旧式の戦争から、ゲリラ的な姿を隠す「顔の見えない」テロ行為を散発的に繰り返す形態に変化しつつある。それを改めて感じさせた「事件」であった。テロに対する報復というある種テロリズムとも言えなくない武力の行使故にテロが横行している、という逆説的な見方もできる。
どういうような背景があったにせよ、なぜ情報を予めつかんでおきながらそれを防止できなかったのか。CIAの情報収集力に対して疑問を投げかける声も出て入るが、最近予算の縮小を迫られているCIAの限界を突きつけているのか。イデオロギーの対立という冷戦の終わった現在、諜報機関の存在理由がテロの防止であるが、その諜報機関の存在自体がまたテロを生むという矛盾に耐えられなくなったのかもしれない。
米国の右派が掲げるアラブ=テロリストという単純図式は間違っているのだが、横行している。既に一部の心無い人たちが米国内で罪もないアラブ系移民、イスラム教徒たちを襲撃(リンチ)する、という痛ましい事件も数件発生している。それだけ米国民の恐怖の傷が深いということなのだが、あまりにも短絡的過ぎる。リンチや嫌がらせは米国にとどまらず、アラブ系移民の多いオーストラリアでも報告されている。
テロの恐怖から離れ傍観してみると疑わしい点が出てくる。ボストンのローガル空港に停めてあったとされているレンタカーは本当に犯人が停めたものなのか。また、車内に置き去りにされたとされる、アラビア語の航空機操縦マニュアルは本当に存在していたのか(航空の世界では英語が共通語で、当然訓練も英語で行われる。故にわざわざアラビア語でマニュアルを用意する必要がない)。家宅捜索された犯人の住居とされる部屋から押収されたという、フロリダの民間航空学校へ支払われていたクレジットカードのレシートは本当に存在していたのか。はたしてこの手の同時多発テロに必要とされる組織と資金と強力な指導者が存在していたのか。実行犯の遺書が押収されたとの報道もあるが、どうも胡散臭い。疑い出せばきりがない。
実行グループが民間の航空学校で操縦の訓練を受けていたことが報道されたが、はたして数ヶ月の小型機を使った訓練だけで中型/大型機の操縦が出来るのだろうか。操縦のいくつかは自動化されているとはいえ、超高層ビルに突っ込むくらいの低高度では自動操縦が利かないはずだ。となるとマニュアルで操縦するしかない。訓練では万が一を想定して自動操縦を使わないマニュアルのものがあるが、あくまでも空港に無事たどり着くためのもの。ビルに当てるのとはわけが違う。
基本的に飛行機はまっすぐ飛ぶよう設計されている。北棟に激突したアメリカン航空11便がほぼ直進しているのに対し、南棟に激突したユナイテッド航空175便はテレビの映像を見る限り、旋回しながら幅63.4mのビルの外壁に正面から衝突している。これは高度な操縦技術が要求される。
衝突の映像には離着陸時に主翼からせり出すフラップが映っていない。飛行機が一番揚力を必要とするのは速度が低い離着陸時である。そのため、少しでも効率よく揚力を得られるよう翼面積を増大させるためにフラップがある。映像では微妙に降下をしていることから巡航速度(時速約800km)よりは遅いのだろうが、離着陸時の速度(時速200〜300km)よりは速いはずだ。飛行機は大型になればなるほど飛行安定性が増すが大きな旋回半径が必要だ。
ピンポイントの操縦のしにくさを想像するとき、例えば、人間は自動車の運転免許を所持していてある程度の運転歴があろうとも車両感覚を見誤ったり、カーブを曲がりきれなかったり曲がりすぎたりすることを思い出してもらいたい。それでも道路には道の幅を示す指標やカーブを示す指標がある。当然のことだが空にはそれがない。
また、速度が上がれば上がるほど状況を認識してから対処するまでの時間が短くなる。戦闘機であれば(コンピュータ制御を借りた)運動性能である程度の対処遅れのカバーができる(または戦術的にそのような状況を作り出す)が、旅客機にはそのような運動性はない。基本動作に徹するしかないのである。冷静な判断力と技術が要求されるのである。巡航速度よりも低いが充分高速でいながら、自機の幅よりも狭い場所ほぼ中央にマニュアルで旋回しながら突っ込むのである。にわか仕立てでできるような芸当ではない。
しかも、ペンタゴンに激突する様子を伝える映像はないが、これも高度な操縦技術、飛行経験が要求される。飛行機は高度が下がれば不安定になるし、旅客機の低い運動性能では急降下もできない。ただ操縦桿を握っていればよいわけではない。
ピッツバーグ近郊に墜落した機体がどこを狙っていたのか不明(ホワイトハウスを狙っていたとも大統領専用機、エアフォース・ワンを狙っていたとも伝えられる。仮にエアフォース・ワンだとしても4機存在するのでこの報道は疑わしい)だが、乗客、乗員の抵抗があったのかもしれないが、一番考えやすいのは他の3機と比べて操縦技術が未熟だった、ということだろう。
実行犯と伝えられている20人程度のうち、7人がパイロットの資格を持っていたというが、中型/大型旅客機の飛行経験があるかどうか疑問だ。シミュレータを使って数時間で飛ばすことは可能、との報道もあるが、それでは飛ばすことはできても当てることはできない。その疑問を補うかのように米軍で訓練されていたという情報もあるが、疑わしい。
パンケーキ現象を起こして圧壊した様子に、ビルの構造的欠陥を指摘する筋違いな意見もあったが、そもそもオフィスビルの設計は航空機の激突やミサイルの攻撃を想定していない。当たり前である。NORAD(北米防空指令部)のような核攻撃下であったとしても建造物としての機能、指令部としての機能を失わないようにつくられたものではない。そんな万が一のことを想定しては建造コストがいくらあっても足りない。
もともと世界貿易センターのようなチューブ状構造(ビル外壁がその重量を支える構造)は、フロアの中に太い柱が通らないことでテナントには人気が高い。地震の心配がない地域では超高層向きである上にランドマークになって観光名所になる。摩天楼が立ち並ぶニューヨークのマンハッタン島も地震が少ない地域である。確かに、外壁に対し巨大な衝撃があった場合(さらに火災によって高温になり鉄筋がもろくなったと推測されるが)、チューブ状構造では床に重量を支える機能がないため、圧壊を起こしやすい(台湾中部地震やトルコ大地震の映像を思い出してもらいたい)。が、あくまでもそれは設計想定外の衝撃があった場合のことである(もしくは台湾中部地震やトルコ大地震の場合のように手抜き工事など)。
日本の高層ビルの場合はラーメン構造といって、外壁が重量を支えずに編みの目のようにある柱(鉄筋)が重量を支え、床もある程度の重量を支える構造になっている。阪神大震災で圧壊したビルでも全体の崩壊にならなかったのはこのためだ。日本ではチューブ状構造の高層ビルはほとんどない。
私には米国側の発表は情報が少なく(量は多いが一方的で質が少ない)、どうしても「大本営発表」に聞こえる。今回のテロでパールハーバーを連想してしまうのも、「事件」の2ヶ月前に公開され、問題となった映画「パールハーバー」の影響もあるのではないだろうか。仮にあの映画がなかったとしたら、ここまでパールハーバーを思い起こさせる報道はなかったとも思うし、「パールハーバー以来の....」というような報道を耳にする度に、これは「大本営」側のプロパガンダか、と思ってしまう。
私は、アラブ=テロリスト、という考え方も持っていない。タリバン政権に対する敵意も持っていないし、イスラム教に対する恐怖心もないが、イスラム教を信じる気もない。ニュートラルなつもりである。そういう観点からこの「事件」をとらえると以下のような推測ができる。
推測1:CIAは「事件」を予測してはいたが、これほどの規模になるとは想定しておらず、軽視していた。
約3週間前に国家安全保障局(NSA)が運営する、自己増殖を続けるかのような巨大な通信傍受システム、エシェロン(Echelon)に記録されていた通信から、ハイジャックが行われることは察知していたはずだ(現に傍受していたと発表もしている)。従来の考え方では、ハイジャック=乗客を人質にした何らかの政治的要求が出てきて然るべし、となるだろう。テロリストが多数の民間人の乗る旅客機をハイジャックしたところで、燃料補給時を狙った交渉、時間稼ぎをしながら突入部隊を投入し、犯人を射殺してしまえば解決となる。こう考えていたのではないだろうか。だから事前にCIAは動かなかった。対処はすぐできる、とたかをくくっていたのだろう(既にこの時点で犯行グループの同定はできていたのだろう)。
また犯行グループ側も、ビルのどてっ腹に突っ込んだ時点で目的達成であり、崩壊するとは思ってなかったかもしれない。いくら目的達成のためとはいえ、あの崩壊は惨すぎる虐殺行為だ。
そもそもどうやってハイジャックできたのか。ナイフで客室乗務員を殺すか脅した、という目撃談が入っているが、そもそもナイフを機内に持ちこむことがなかなか難しい。2年前に私が米国出張した際に、名刺入れやベルトのバックルにさんざん金属探知器が反応して閉口した記憶がある。また日本国内であるが、つい最近出張で飛行機に乗った際、何気なく鞄の中のペンケースに入れていた文房具の小型カッターナイフ(鉛筆削りとして利用)が、危険物として取り上げられた経験を持つ。その際、X線透視検査装置のモニタ映像を見ていたのだが、バッグの小物までくっきりと映る(前述のペンケースに入れた小型カッターナイフでさえ形がはっきり見えた)。なにかに包んであったとしても透けて見える。同等の装置が米国の空港にあったとすれば、ナイフを手荷物に隠し持つ、というのは著しく困難だ。最近開発されたプラスチック製の拳銃でさえも、銃身(バレル)と弾丸は金属だ(しかもテロリストなどが武器を調達するマーケットには流出しない)。探知されてしまう。
考えられるとすれば、最近はやりのマグネシウムやチタンをケース使ったノートPCだ。改造すればナイフが入るくらいの隙間を作れ、かつ金属ケースの中なので、探知されにくい。鞄を開けられたとしても外面がノートPCなら怪しまれにくい。
もし、機内からの目撃報告を疑うとすれば、実行犯が最初からパイロットとして乗っていた可能性がある。コクピットはハイジャックに備えて内部からロックしている。ハイジャック対策の基本として、いくら客室乗務員が殺害されたとしても犯人をコクピット内に入れないはずだ。客室乗務員も女性だけではなく男性も数人乗務しているので取り押さえることもできたはずだ(女性でもハイジャック対策の訓練を受けているはずだ)。とすると機長自らがハイジャックする、という想定外の事態も考えられるのだ。流暢な英語を話していたという情報と高い飛行技術も説明がつくし、既存の概念では盲点だ。あながち可能性としてはゼロとは言えないだけに、実行犯像を見えなくさせる。
その可能性も確証はない。朝日新聞の9月15日の報道によるとノースウェスト航空の職員が客のふりをしてナイフとドライバーを機内に持ち込めるか、社員証なしにコクピットにたどり着けるかという実験を空港閉鎖がとかれた(もっとも警備が厳しいはずの)9月13日に行って2つとも成功してしまい、充分に安全が確保されていない、とフライトを欠航した、とある。
いずれにせよまだ判断がしにくい段階であり、単純にアラブ系の犯行説を鵜呑みにはできない。
推測2:もともと米国はオサマ・ビンラディンを抹殺し、タリバンをも掃討する明確な理由を欲していた。
オサマ・ビンラディンは、サウジアラビアの建設業を母体とする富豪の家に生まれ、1979年ソビエト社会主義共和国連邦(以下ソ連)がアフガニスタンに武力侵攻した際に、CIAの反共産主義工作によって集められたゲリラ義勇兵として、CIAからパキスタンの秘密訓練施設で軍事訓練を受ける(「義勇」でもあるが、資金はオサマと米国から出ていた)。ベトナム戦争の痛手から世情的にまだ立ち直っていなかった米国は、表立って武力行使することができず(また行使してしまったら全面核戦争ともなりかねない情勢下ではあった)、イスラム教の傘をかぶり、共産主義国家と代理戦争をしたのである。
その後ソ連が崩壊し、明確な「敵」がいなくなったアフガニスタンでは政治腐敗と政情不安の日々が続いた。そこで登場するのが「平和を知らない子供たち」であるタリバンである(実際にはアフガニスタン侵攻時は青少年なのであるが)。イスラム教と戦争しか知らない彼らは実効的にアフガニスタンを制圧するも、政治には疎かった。それに加えパレスチナを舞台に、反イスラムを掲げ武力侵攻しているイスラエルに対して優遇政策をとる米国が苛立たしかった。
米国はソ連が倒れたあと、アフガニスタンを含む各地のイスラムゲリラには用がなかった。さらにゲリラの中にある急進的な過激派が邪魔だった。そこで彼らを一方的にテロリストと決めつけ弾圧を始める。そういう米国のご都合主義的な自国中心的な姿勢が、世界中のイスラム原理主義者の反感を買う。さらに米国は米国に対して反感を持つものが許せない。テロと報復の応酬の始まりである。
オサマ・ビンラディンはアフガニスタン義勇兵時代は米国の手飼いの駒だった。が、時代の流れでそれが邪魔になった(オサマが1991年の湾岸戦争の折にイスラム教の聖地であるメッカがあるサウジアラビアに米軍が駐留したことに反発したことから反米意識を持つ(結果彼は母国の国籍を剥奪、追放される))。オサマは義勇兵時代に身につけた組織力と軍事力で勢力を拡大していたからだ。米国は散発的なミサイル攻撃による報復だけではオサマの首を取ることができなかった。しかも米国の言うことを聞かないタリバンの傘の中に入っている。しかし、事実上国としての形態を持つアフガニスタン(タリバン政権)への軍事侵攻は、簡単には世論が納得しない。だから理由を長い間欲していた。
あくまでも推測であるが、そう考えると米国のすばやい行動も、容疑者を別件逮捕(しかも不法入国を理由に)してゲロさせるという横暴な手段も、身元割り出しのすばやさも、早いうちからのオサマ名指しも、出来レースのようなシナリオも筋が通る。しかしこの出来レースのために何千という無関係な民間人が虐殺された事実自体は揺るがせない。米国は過去の政策の誤りを誤りとして受け取らなければならない。武力で対処療法的に報復してもまたテロを生むだけだ。
報復は次のテロを生み、静観もまたテロを増長させる。爆薬や銃もミサイルも用いない新しい形のテロに強大な軍事力は意味がない。このようなテロには特効薬はないが、解決策は米国の独り善がり的な政策を誤りと認め世界に目を向けることである。報復は何も解決しない。根を深くするだけである。多数の人名が犠牲になった悲しみも理解するが、ひとたび報復の連鎖が始まってしまえば断ち切るのは著しく困難だ(パレスチナとイスラエルの報復合戦を見れば明らか)。世界の指導者を自認するなら、ここは良識を以って即時の報復はするべきではない。真の敵は内側にある。
(2001. 9.16.)