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第65回 引っ越し顛末記 (其ノ二)


 7月半ばの土曜日の朝、電話が鳴る。出てみると親だった。東京駅にいると言う。来てしまったものはしょうがない(冗談かと思った)。この日はマンションのセキュリティシステムについての説明会。まぁ、急に上京してきた両親には有無を言わせず説明会に出てもらうとしよう。何も言わず建築現場に連れて行く。さすがに驚きを隠しきれてないが別に悪いことをしているわけでもなし、気にしないことにする。ご近所さんとなる方々とは初顔合わせ。末永くよろしくお願いします。

 特別に担当の営業さんに時間を割いてもらって急遽両親に対して説明をしてもらう。自分から説明する手間が省けて助かった。ここでお楽しみの進捗確認である。まだ内装の途中で内壁は4分の1くらいしかできていないが、剥き出しの状態の方がよく見えるというもの。リビングにはシステムキッチンの部材が山積みになっているが、エレベータが稼動していたので移動は楽チン。さらに完成予想状態を見せるために内覧ルームに連れて行く。どうだ、驚け、という感じ。結局何しに上京してきたのかわからないが両親は新幹線に乗って帰っていった(なぜか上機嫌だった)。

 8月上旬。インテリア見積もり会を開くという。マンション販売会社の系列の内装業者からその案内とともに分厚いカタログが送られてきた。しまった。新築は言わば箱を買ったに過ぎなく、その他のものは自分でそろえなければならなかったのだ。勉強不足を反省。とにかく何が標準設備で何がオプションなのかを聞きに暴力的な暑さの中、ショールームに出かける。専属のインテリアコーディネータがいたので相談する。見積もりをもらう分には無料なので、とにかく思いつくものは全て見積もってもらって決断を先延ばしにする。冷静に考えると当たり前といえば当たり前だが、表札も自分で考えなければならない。後から付けるのも面倒なんでこれも見積もりをもらう。今まで自分が買おうと思ったことのないものばかりなので、はじいてもらった金額が高いのか安いのかすらもわからない。先が思いやられる。

 この反省に基づき、家電量販店、家具屋をいくつか回る。見積もりの金額があながち高いというわけでもないことが判明する。窓のサイズが横に広いため、量販のカーテンは帯に短し襷に長し。本棚も天井にぴったりはまるサイズのものは結局造作になる。う〜む、これらはオーダーせざるを得まい。エアコン、照明の金額はヨドバシカメラとさほど変わらないことが確認されたため、ポイント還元を考慮してヨドバシだ(しかも値引きを考えて性能の高い機種にできる)。等々必要部材をリストアップする。この時点で準備する家具リストからダイニングセット、リビングセットを外す。どうせ独り暮らしだ。無くてもいい。実際住んでみてから選んでも遅くはない。

 引っ越し(移送)に時間をかけてられないので、業者に頼むことにする。この業者もマンション販売会社の提携。ド○えもんがトレードマークの会社だ。魔窟のような私の部屋に来てもらい見積もりを出してもらう。「この量じゃ4tですね」。絶句。背に腹は代えられぬ。かくして小さめの事務所移転と変わらない金額が出てくる。物をなかなか捨てられない性格上、仕方がない。

 8月末、管理組合の説明会が開かれる、とのことで久しぶりに我が家(?)を見に出かける。キッチン周り、洗面台周りに若干残作業があったがほぼ出来上がっていた。さっそくメジャーで計測。ここに何を置こうか、あれはどこに置こうかと自然に考えてしまう。実は楽しい。エントランスホールも出来上がりつつああった。そのせいか近隣から「注目」されているそうだ。エントランスホールは実際はさほど広くないのだが、天井の高さが利いている分だけ広く感じられる。なるほど、「注目」されるわけだ。

 1フロア4世帯、それが9階分(1階はエントランス、駐車場なので)で36世帯しかない管理組合だが、あまり関心がないのか私を含めて5人しか来ていない。寂しい。実際マンション管理の素人である我々の手におえるわけでもなく、これも系列の管理会社に一任。このおかげで棟内の警報システムと管理会社の監視システムがオンラインで結ばれるため、万が一のときにも安心なのだ。監視員、警備員を24時間雇うとするとものすごい金額になる。それを一括して頼めるのだから「楽」だ。確かに管理費は若干高めだが、その中にインターネット・プロバイダ使用料(各部屋100Mbps)が含まれているので割安感すらある(マンションまで来ている基幹回線が対応すれば1Gbpsまで速くできるらしい)。これも「楽」をお金に換えている(テレビのCMでADSL12Mbpsが高らかに宣伝されているが、そんな程度でブロード?と思えてしまう)。

 都市生活においてはいかに「楽」を買うのか、体感するのか、が実は重要であると思う。郊外型のマンションではそれがひとつの「街」として機能しなければならないが、都市型の場合、近隣に施設が充実しており既に周りが「街」なので、その近隣にどうアクセスできるかがポイントである。実際徒歩3分で23時まで営業のスーパーマーケット(生鮮食料品だけでなく、家電、家具まで取り扱い)があり、複合商業施設もある上、駅まで行けば飲食店街がある。郵便局、各銀行も駅前にそろっており、水族館まで徒歩10分、一番近い首都高速道路の入り口まで車で3分とかからない。これを「楽」と言わずして何と言おう。

 数日後、インテリア見積もり会に出席したプレゼントとして郵便受けに貼る表札(玄関の表札とは別)が現住所に届く。今届いてもなぁ、どうせなら内覧会とか鍵引き渡しのときに直接手渡しでもいいのに、と思うが届いてしまったものはしょうがない。

 ここにきてやっと現在の部屋の片付けに入る。壊れたスーツケースや使わないPC2台を処分したのだが、一向に部屋が広くならない。困ったものだ。これでは実際の引っ越しのときのワーキングスペースすら確保できないではないか。とにかく片付けられるものからやっておかねば、時間切れになってしまうことが容易に予想される。こつこつと手近なところ、目につくところから処分、廃棄、整理していこう。そうこうしているうちに内覧会(住人が完成確認検査を行う)、引き渡し日の正式な連絡が来る。困った。タイムリミットは迫っている。

 とりあえず手元にあった段ボール箱2つに部屋の中に野積みしている本を詰める(大半がマンガであることはさておき)。本1冊1冊はさほどの重量ではないが、紙という性質上極端に密度が高いため、箱にいっぱい詰めると持ち上げられないほどの重量になる。世の中で一番重いのは紙ではないか、と思うほどだ。よって、いっぱいには詰めず、箱がつぶれないよう隙間には衣料引き出しに入りきれていないTシャツを入れる。ここで驚愕の事実が判明。野積みしている本の山が少なくとも3つあるが、そのうちのひとつ、しかも3分の1くらいしか高さが低くならない。ほとんどまったく部屋の中の様相は変化していないのだ。先は長い。引っ越し当日にワーキングスペースを確保するためには大量の箱が要るらしい。とにかく雑誌などはガンガン捨てる。

 前の会社でお世話になった先輩の結婚式の2次会へ向かっている地下鉄の中で珍しく携帯電話が鳴った。私の携帯電話にかけてくるような酔狂な人間はワン切りくらいで、あとはメールが来るくらいなのだが、マンション販売会社の営業さんからだった。駐車場が取れたそうだ。そもそも予約数が少なく抽選会自体が成立しなかったようで(やはり駐車料金がネックになっていたらしい)、全て希望通りに決定、だそうだ。屋内駐車場が取れなければ車検(10月)を通さずに手放すことさえ考えていたので、まずは朗報。車検を通すことにしよう。任意保険も継続だ(またお金がかかってしまう....)。

 9月半ば。住宅ローンの本契約のために銀行へ。まさか都市銀行の「本店」に足を運ぶことになるとは思わなかった。日頃まったく利用したことのない大手町駅で降りる。大手町は金融機関の「本店」が集まっているエリアである。そのためか、地下鉄5路線が乗り入れていて、ほぼ長方形のブロックに沿うように各路線の駅があるため、対角の位置にある路線に乗り継ぐ、または出口に出る場合、ホームを2つ経由しなければならない、という無茶な構造になっている。にわかには信じがたい。都市計画という言葉がまったく存在しない東京を象徴しているといえよう。

 さてさて、やっとのことで窓口に行って担当の人に説明を受けながら、また景気よく実印を押す。利息は変動だが、マンション購入を決めたときの説明を受けたものよりさらに0.3%下がっていた。「キャンペーン中」なのだそうだ(いくら「キャンペーン中」といえどもそうおいそれとお金を借りれるわけもなし、どれだけの意味があるのか不明)。まぁ、借金時の利息は低ければ低いほどよい(ついでに貯蓄時の利息は高ければ高いほどよい。しかし、この2つは片方が低ければもう片方も低くなる、片方が高ければもう片方も高くなるのが経済の基本。そして貯蓄の利息より借金の利息の方が常に高い)。とりあえずこれでお金が借りれるらしい。本当に払い切ることができるのかはなはだ不安だが、もう後戻りはできない。借りてしまったものはしょうがない。なるようになる。

 頭金の残金、諸費用を景気よく指定された口座へ振り込む(これにより預金残高が一気に減少する)。自宅からオンラインバンキングで振り込みをすると手数料がキャッシュバックされるので、振り込みは常にオンラインである。ATMですら使わない(数年来の習慣である)。24時間いつでもPCがあればどこでも振り込みできるので便利便利。これで、名か実かのうちどちらかが私のものになったハズ。お気楽な思いつきだけでここまできた。

 とうとう来てしまった内覧会の日。期待いっぱいで臨むが、いろいろと内装工事のアラが見つかり、期待していた分だけ落胆も大きい。渡されたチェックリストはすべてクリアされているのだが、そのチェックリストはすべてを網羅しているわけでもないし、人間、他人に指摘されて初めてミスだと気付くことも多いもの。とにかくパラノイアモード全開で施工業者(マンション販売会社が工事を発注した業者)を引き連れてひたすら内装をチェックしまくる。安い買い物ではないのでとにかく挙げられるだけ20点以上指摘し、1週間後に再内覧する、それまでに修正、調整するということで話をつける。直らなかったらどうしてくれよう。基礎工事はしっかりしているのを目にしていただけに残念である。内装があまり得意でない施工業者なのかもしれない。聞くところによると、たくさん指摘する人とほとんど指摘しない人がいるそうだ。私の部屋だけが工事が雑なわけないと思うのだが。やはり私がパラノイアなのか。

 そうは言っても時間の流れは止められないので、引っ越し後の生活のためにいろいろと必要なものを買い込む。エアコン、テレビ、冷蔵庫、照明(蛍光灯)は新宿ヨドバシ本店で購入したのだが、現金を持ち歩かない性格なため、クレジットカードで決済。しかしこの日はレジを通すたびにカード会社からいちいち電話で本人確認させられた。偽造じゃない、本人だというのに。まったく、困った犯罪が横行しているものだ。買い物した金額も金額だし、今度の明細は念入りに見ておこう。ちなみにエアコンは各メーカ秋頃から新モデルの発売が常になっているため、この時期はかなり安いのだ(だいたいトップシーズンの半額)。照明は紐がぶら下がっているのは嫌いなのでリモコン式だ(最近流行りの暖色系ではなく、ひたすら明るさを追求した色温度が高いモデル)。テレビはさんざん迷った挙句、28インチ(デジタルハイビジョンは見送り。ただしD4端子付き)にした。

 さらに家具屋でベッドを買う。8月に下見したときにセミダブルベッドの広さを体感してしまったので、それ以外は眼中になし(フレームは自然木)。マットレスもセルポケットコイル(コイルがすべて独立していて不織布で包まれている)の静粛性、寝心地のよさを体感してしまったので迷わずこれを購入した。ここまできたら布団も羽毛だ。枕も低反発性ウレタンだ。ボックスシーツ等々も一緒に購入。これでとりあえず生活できる。店員が伝票を作っている間、暇なので店内を見ていたらあるダイニングセット(テーブル+椅子4点)に目を奪われてしまった。機能的なデザイン、マレーシア製なので値段もお手ごろ(それでいてけっこうしっかりした作り)、大きすぎず小さすぎず、申し分ない。買うつもりはなかったのにどうしよう、と思ったら先ほどの店員が来て、私の心が動いているのを察したのか説明を始める。おもむろに「ここに小物入れがあるんです」と決定的な一言を。おぉ、これは買うしかない、買うしか。と、いうことでこれも購入。ここもクレジットカードで決済(本人確認は通常のサインのみ)。嗚呼、こうやってどんどんお金が消えていく。

 内覧第二ラウンド。気合い充分、こっちの準備万端で臨む。マンション販売会社本社の管理部の人、施工業者の工事長、現場監督を従えていざ再確認。暗いところは持参した懐中電灯(MAGライト)で照らしながら、それでも見にくい所は持参したデジカメで撮影し、デジカメの液晶ディスプレイで確認する、という気合いの入れよう。施工業者側の顔に緊張が走っているのがわかる。

 前回指摘した20項目以上のうちほとんどは修正できていることが確認できたが、修正不充分なところ、新たに発見されたところを指摘し、判定は保留。管理部の人からは「工事は完了しているのだから確認印を押してほしい」と言われるが、「修正点が残っている以上完了とは認められない」として署名、押印を固辞。引き渡しの際に再々度確認することにする。せっかくやればできることを示しているのだから、もう少し、惜しい、という感じである。確かに9月中に工事完了としなければならない事情はよくわかる(決算等)。が、できていないものを認めるわけにはいかない。こっちにとっては高い買い物なのだ。

 まぁ、入居後2年間は無料修理保証が付くので、いたずらに販売会社、施工業者と関係を悪くしても仕方がない。ちょっとは売り上げに貢献しようと思い、ピクチャーレールを追加注文する(入居時に間に合わなくても生活に支障はないので、急がない、と告げる)。

 いろいろすったもんだの挙句、とうとう来てしまった引き渡し日。会社帰りだったので暗くて詳細は確認できなかったが修正が完了しているということで、内覧第3ラウンドにして「合格」とした。引き渡し時にセキュリティについて再度説明を受ける。このセキュリティについては、全居住者に対してシステムに全てを任せるのではなく、個人個人でも意識を持ってほしい、という「文書」での提示を内覧会のときに要求していたので、それが正式に回答された形となった。この「文書」が存在するかしないかは、実際紙一枚であるが重要で、これにより責任分介点が明確となり、業者側、居住者側双方にメリットがある。ちゃんと対応してくれてありがたい。有名マンション販売会社だけのことはある。

 お気楽な衝動買い、思い付きで来たがもうひと山、である。晴れてこれで居住が出来る。とりあえず何はともあれ何もない部屋に横になってみる。今後大量の物資が搬入されたら出来なくなるかもしれないのでやっておく必要はあるだろう。準備等を考えて、入居を2週間後に設定していたので、その間に新規に購入した電化製品や家具類を搬入する予定だ。

(2002.10.20.)


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