アコールの理論・Q&A

Q1~Q25>>Q26~Q50>>Q51~Q75>>Q76~Q100>>Q101~Q110

Q101
 退行と治療的退行とは、違うのですか。 
Q102
 治療的退行は、固着まで到達することで終わりになるのでしょうか。
Q102-2
 固着が連続するとはどういうことですか。
Q103
 傷(固着)を何度か再体験するという、くり返しは必要なことでしょうか。
Q104
 本人が何か「納得」し安心する必要があるのですね。
Q105
本人に納得してもらおうとするあまり、子供などには甘やかしてしまうことはありませんか。
Q105-2
 ベビーブレスでは、心の傷の再体験、つまり無意識を意識化することや治療的退行をくり返して納得することで、心理トラブルを解決するということですね。
Q106
 心の傷を再体験して、せっかく抑えていた感情などを解放することになると、実生活で感情に抑えが効かずに、困ったことになることはありませんか。
Q106-2
 例えば、攻撃的な気持を母親にぶつけて、それでどんないいことがあるのですか。
Q107
 感情をベビーブレスの会場で他人にぶつけてしまうことはありませんか。
Q108
 他人に感情をぶつけることが治療に役立つのですか。
Q109
 そのような感情は、治療者側からは迷惑ではありませんか。
Q110
 ベビーブレスで退行し無意識の意識化をくり返して行うことで、最終目的地はどのようになるのでしょうか.。
 
Q1~Q25>>Q26~Q50>>Q51~Q75>>Q76~Q100>>Q101~Q110
Q101
 退行と治療的退行とは、違うのですか。 
A101
 すでに(A11で)簡単に、意図的な退行を治療退行、制御できない退行を病的な退行としましたが、少し詳しく説明します。
精神医学にしたがうと退行には、病的退行、健康な精神生活に見られる健康な退行、精神療法の過程で見られる治療的退行に、があります。そして、精神療法適用上の基準として、退行をみずから観察でき、そこから回復する能力が保たれるか否かなどがなどがあげられます。【14】p551
<ベビーブレスでも重要。>
Q102
 治療的退行は、固着まで到達することで終わりになるのでしょうか。
A102
 ベビーブレスでは、一度固着へ退行する経験をすると、何度か満足するまで退行をくり返すことを望むようです。また、満足するまで何度か固着を体験し、その後に人生を再構築する経験をする人もいます。また、固着はいくつかあるのが普通で、見方によれば、それらは連続しているようにも見えます。
精神分析でも同じようです。木田女史によると、精神が退行してゆきその人の人格が形成された歴史をさかのぼり、問題点(固着)を拾いあげながら赤ちゃんの最初まで行きつくと、再出発が始まって問題点をできるだけ修正しながら現在に立ち戻ります。そして、症状の古い人などは、問題点の箇所が何度もくり返し取り上げられた後、ようやく治癒します。【10ー2】p26~27
Q102-2
 固着が連続するとはどういうことですか。
A102-2
固着はどこかに単独で存在したり、複数箇所に離れ島のように独立しているのではなく、自分たちの経験では連続して存在し、まるでなだらかな複数の土山のようです。一番高いところが、一番大きな固着ですが、固着はそこだけではありませ。例えば乳児期に大きな固着がある人は、多かれ少なかれ幼児期にも胎児期にも固着はあるように思えます。同じく、一人の人間の中に、抑圧的部分も分裂的部分も躁鬱的部分もあるように思えます。神経症的な部分も阿闍世コンプレックスの部分も死の本能的な部分もあるように思えます。その人によってどの部分が一番、大きく固着しているか、濃度が濃いかが違うだけのような気がします。
 このようなことが起きる原因としては、ほとんどの場合、子供は胎児期、乳児期、幼児期を通して一人の重要人物、つまり母親に連続して育てられるためであると思われます。
【くり返し】
Q103
 傷(固着)を何度か再体験するという、くり返しは必要なことでしょうか。
A103
そうだと思います。
 これは、ベビーブレスなどの療法の不完全さというよりも、治療はそういうふうにしか進まない、ということだと思います。このくり返しは、私たちの心が傷付いたときに自然に行われるプロセスのような気がします。
 木田女史も、完全な解決のためには、感情の発散と解釈を分析中に何度もくり返し行われる必要がある、とします。【10ー2】p25
 また、女史が扱ったあるクライアントは、仕事で行う計算の結果を、間違ってはいないのに何度も確認せずにはおれないしつこい症状に悩みましたが、女史は精神分析を通してその原因を、どんなに自分が正しくても母親から自分(クライアント)がまちがったことにされたつらい体験がたくさんあって、母の愛情を切りもなくたしかめることにあると、分析しました。その際、女史はこのクライアントに三つのフロイトの意見を話しました。

(1)幼児が不快体験を遊びでくり返す理由は、受け身な体験を自ら能動的に行うことによって、不快な体験を自分で支配するという修正を加える作業であるという意見。

(2)外傷性神経症の人が、その精神的外傷の局面を夢でくり返し体験してうなされるが、その理由は、精神的外傷は不安を持っていないときに突然に強烈な刺激の来襲を受けて刺激保護が破綻を来した結果であるから、夢の中で不安をもってその場面にくり返し直面することで、刺激を統御しようとする刺激保護の力を回復しようとするのだ、という意見。

(3)現実生活で難題にさしかかっている際にくり返して見る、試験ができなくて苦しむ夢は、実際には受かっているその試験に、夢の中ではできなくて脂汗を絞っているが、さて目が覚めてみるとその試験には成功しているので、ああ良かった何も案じることはないのだと、ほっと安心し慰めを得るために見るのだという意見。【10】p218~219
<このうち(1)については林さんの娘さんの話が例としてあげられると思います。
 林さんの娘さんは直枝といいますが、彼女はまだ言葉も十分に話せない1歳の頃に、深く傷付くことがあって、その傷付き体験を母親とくり返し話をしました。林さんは仕事で首に怪我を負い、治療のために飛行機で九州に行き、一週間ほど彼女を残したまま家を留守にしました。怪我が重かったせいもあり、林さんは彼女にていねいに話して聞かせることをしないまま、彼女を家に残してしまいました。林さんが家に帰ってきたとき彼女は深く傷付いており、あえて林さんの顔を見ず、林さんが彼女を抱き上げたときに爆発したように泣きました。彼女は捨てられる体験をしたのでした。その後、しばらく林さんはそのことを忘れていましたが、彼女が2歳になり言葉を覚えたときに、びっくりしました。空を飛行機が通る度に、「ママ、痛い痛い、飛行機ブーン」というのだそうです。林さんはその度に彼女にくり返して、残していったことを謝りました。
 また、直枝のもう一つの例があります。彼女が少し大きくなり、乳歯が抜けないうちに永久歯が生えてきて、歯がうまく整列しておらず二列になっている部分があり、歯医者で何本かを抜くことになりました。
 彼女が納得しないうちに歯医者は「歯は一列です」と言い放ち、彼女がどんなの(器具)でやるのと聞いても、歯医者は器具を背中に隠して彼女にはみせずに、治療を決行しました。抜歯がとても痛かったこともあって、彼女は傷付きました。後日が大変でした。彼女は林さんの上に馬乗りになり、鉛筆を器具のように背中に隠し「歯は一列です」と言って、林さんの口を開かせました。林さんも心得ていて、彼女が歯医者で叫んだように、自分も思いきり叫びました。こんな遊びを、彼女は納得するまでくり返したそうです。
(3)については、同じような夢を私が何度も見ました。現在もたまに見ます。大学の卒論の試験や、仕事で必要だった国家試験の夢です。ひどい場合には、未だに小学校や中学校、高校の授業を受けている夢で、不思議なことに受けている自分や周りの人たちは、現在の年齢なのでした。どうも、その時の県の教育長が手続きを間違えたので、自分たちはもう一度、授業を受けなければならないのだという設定です。その度に、自分は現実の困難さをそれほど嘆いているのだなあーということを、逆に自覚させてもらったものです。
【納得】
Q104
 本人が何か「納得」し安心する必要があるのですね。

A104
 そのようです。納得するまでくり返して治療的退行や夢を見ることが、傷を癒すことには必要なようですね。治療的退行や夢に限らず、現実でも「納得」ということは重要なことのようです。自分自身が納得してはじめて、次の段階へ進んで人間的に成長すると言うことはあります。
 木田女史は、いいます。0歳人には、酒やタバコへの耽溺がある人もいます。この耽溺は、自己破壊であり、同時に防衛でもあり、欠損(母乳の飲み損ないなど)の補充でもあります。例えば断酒をさせるなら、それに代わりにやさしい柔らかい抱擁がが必要です。でなければ、嫌な顔しないで黙って飲ませ、本人自身が快く享受できればその段階に「納得」がゆき、そこに縛り付けられた状態から脱却できるのです。「母なるもの」を十分に与えるのが治療のポイントです【10】p125~130、203

Q105
 本人に納得してもらおうとするあまり、子供などには甘やかしてしまうことはありませんか。
A105
 そのことは本当の愛情を必要とすることで、本当の愛情があれば甘やかしも過保護も厳しすぎることも発生しえないと思います。
木田女史も、母なるものと甘やかしなどとは、まるで質が違うし、甘やかし、溺愛、過保護などは、親の側の未熟や干渉によるものである、といっています。【10】p204
Q105-2
 ベビーブレスでは、心の傷の再体験、つまり無意識を意識化することや治療的退行をくり返して納得することで、心理トラブルを解決するということですね。
A105-2
 だいたい、そういうことです。
 しかし、そのような説明は理屈による説明であって、本当のところは十分に説明できません。仮に十分な説明をしようとしても、説明はもともと言葉によるものであり、体験的なものではありえません。したがって本当に分かったことにはなりません。「なぜ自分の心の傷、人生の暗部を観ることがいいのか」と疑問をのべる人もいますが、どんなに説明をしても本当には満足しません。
 これに対し、実際にベビーブレスをやれば、何をやっているのかが体感的に分かり、自分の成長に必要だということが、自分で感覚的に分かる可能性があります。しかし、疑問をのべる人は、ベビーブレスをやっていないので、そのように自分で答えを得る可能性も期待できません。疑問者がベビーブレスを体験すれば、その後で、ある程度満足のいく説明をすることができるが、そのときには、そのような「なぜ」は既に消えているので、「答えること」はできなくなっています。
 そして、実際にベビーブレスをやり、自分で答えをつかんだ人は、本人が自身のことをわかるようになります。それまで自身のことが全くと言っていいほどわからなく、ベビーブレスの必要性もあまり感じなかった人が「まだ何かがある」「まだ1/3しか出ていない」「ようやく始まりです」などと、信じられないような感想を述べます。
【緩んだ感情の反撃、攻撃的】12
Q106
 心の傷を再体験して、せっかく抑えていた感情などを解放することになると、実生活で感情に抑えが効かずに、困ったことになることはありませんか。
A106
 ある意味でイエスであり、別の意味ではノーです。
 イエスの意味では、何十年もの長い間抑えに抑えていたものを解放することになりますので、例えば、それまで母親の支配に耐えに耐えてきていた人が反撃を行い、母親がショックを受けるということはあります。ですが、その人が自分を取り戻すことの重大さを考えると、その程度のリスクは母親は引き受けて欲しいと思います。
 この部分の事情は、精神分析の効果でも同じようです。木田女史はいいます。分析をしていると・・抑圧されていた怨みや憎悪が湧きあがって、ちょうど振り子が反対側に触れるように非常に攻撃的になったりします。分析者は悪い挑発者として親たちから怨まれなければなりません。・・当事者が幸せになれば、こちらが悪者になるぐらいはお安いご用だというくらいの気持にならないと、他人の心に深入りする仕事などできるものではない。あるクライアントなどは「先生のところから帰った日はとても気持が楽になっていますが、二、三日するとモヤモヤといろんな感情が湧き起こってきて・・・後の一週間が大変です。」母親などにも攻撃的な電話をかけたりするので、逆に、母親に電話して「私がもしもしというと母親は、・・電話器をぱーんと投げ捨てて・・二度と出ないんですよ」ということもあるそうです。【10】p71、72、73
しかし、別のいくつかの意味ではノーです。
 一つは、本人が自分のことをコントロールできなくなることはない、ということです。母親に反撃するときも自分が何をしているかはよーく分かっています。自分を取り戻していることを理解しています。 
 二つ目は、ベビーブレスは、精神分析のように分析者の言葉を介して洞察するのではなく、もっと直接的に(A95参照)傷を、感情を体験するので、その場で完結できやすく、後でモヤモヤというのは、効果の割には、少ないと思います。
Q106-2
 例えば、攻撃的な気持を母親にぶつけて、それでどんないいことがあるのですか。
A106-2
その攻撃が十分に受け止めらえれば、不思議なことに、母に対する愛はより深まることが体感されるでしょう。

【両価性(アンビバレンス)とは、”等しい”ことを意味しない】

 例えば、私たちを苦しめる母に対する憎悪と愛情は両価性の典型的なものと思われます。
私たちは、ほとんどの場合に、憎悪の方を抑圧して生きてきます。母に対する愛情もまた本物だからです。しかし、この抑圧は、実際には全体的に行われ本当に母を愛することもできません。そして私たちは苦しんで生きていくハメになります。
 そしてベビーブレスをやって自分の気持ちがはっきりしてくると、母に対する愛情と同時に攻撃も目覚めます。この場合の両価性は本当には”等しい”ことを意味しないように思われます。なぜなら、ベビーブレスで憎悪や殺意を十分に味わうと、意外にも母に対する愛はより深まることが体感され、したがって母に対する両価性を深く認識でき、この認識を通して自分自身の人間的な成長を感じることができのです。まるで、二つの目で見ることで、はじめて、ものごとを立体的に認識できることに似ています。そして不思議なことに、憎悪や殺意は、気が付かないうちに影をひそめはじめます。
 しかし逆に、一部のセラピーの手法のように、母に対する愛を強調し十分に味わうと、母に対する憎悪や殺意は味わわれないまま意識からは消え失せる傾向になり、心の奥に内在化させてしまい、両価性を認識できなくなります。そして、私たちを苦しめるものの正体を遠い闇のむこうに押しやってしまうのです。闇に押しやられたものは、決して消えてしまわず、いつか復讐の機会をねらいます。
 したがって両価性は、両価ではあっても等価ではないのです。この不等価性は、何を意味するのでしょうか。あたかも、憎悪や殺意は、私たちによって理解され消化されることを待っているように思われるのです。
【転移・逆転移】
Q107
 感情をベビーブレスの会場で他人にぶつけてしまうことはありませんか。
A107
 ベビーブレスは、分析者もカウンセラーも介在しない、個人的な作業ですから、他人に感情をぶつけるということはきわめて少ないです。しかし、まれに、スタッフや、その場に一緒に参加していた肉親に、感情をだすことがあります。また、ベビーブレスの前後には、参加者が自分の気持ちを話す機会がありますので、その時に、感情を出す可能性はありますが、現実にはほどんどありません。
 しかし、そのように感情を出すときには、状況が許す限り感情を十分に出してもらうようにしています。治療に有効だからです。
Q108
 他人に感情をぶつけることが治療に役立つのですか。
A108
 そうです。
 そのような感情の動きを「転移」といいます。転移の本来の意味は、過去、ことに子供時代に重要な人物、とくに両親に対して経験した感情、思考、行動、態度を現在の対人関係の中にある人物へ置き換えることをいい、転移が起こることが治療可能であることのめやすにさえなっています。
また、この転移に対し逆に治療者側が反応することを「逆転移」といい、フロイトは純粋な転移を生じやすくするために、この逆転移は治療者が克服しなければならないものとしています。しかし他方で、逆転移は治療上積極的な意義を持ち、積極的に生かして行くべき事象であるという考え、ひいては患者と治療者との間には無意識と無意識のコミュニケーションがあり、逆転移はその治療者側の現れであるという考えもあります。【14】p566、577、154。
 概して、「転移」「逆転移」は治療上役に立つというのが今日的な考えであると思われます。
Q109
 そのような感情は、治療者側からは迷惑ではありませんか。

A109
 ベビーブレス中の感情は、治療者(スタッフ)に向かうものではありませんので大丈夫です。しかし、スタッフに直接に出してくる場合などには、こちらも真剣に対応しないと、耐えられません。
 フロイトは、催眠法の最中に患者の激しい個人的な感情(転移)を体験し、それが動機になって自由連想法などの手法に切り換え、うまく精神分析療法に発展しました。【14】p566
<激しい感情に嫌になったんでしょうか。ベビーブレスは、この患者の激しい個人的な感情を出し切ることに、根本的な治療効果があることに着目しました。>
【悟りの境地】

Q110
 ベビーブレスで退行し無意識の意識化をくり返して行うことで、最終目的地はどのようになるのでしょうか.
A110
 子供のようになるのだと思います。
 心の傷の再体験は、過去に向かって進んでいきます。例えば、始めは職場の人間関係のトラブルで悩んできても、やがて実は幼児期における父親との心の傷が問題であったことが判明し、そのことに納得すると次に、乳児期に母親から受けた傷がより深いことが分かり、その気付きに満足してもっと深く退行すると胎児期に自分自身産まれたくなかったことに気が付きます。胎児期にも深さがあって、より早期の胎児は自他の区別がないぶんだけ傷の度合いがひどいでしょうし、その傷の再体験が十分になされて納得がいけば、自他の区別のない満足がやってくるでしょう。
 仏教の修行僧などは悟りの境地を目標にするのかもしれませんが、まだ悟りなど経験もしたことのない人がどうして、きっと悟りという境地があって到達できるに違いないと、思うのでしょうか。それは、胎児期の何の心配もない宇宙と一体になったかのような境地が原型にになっているのでは、という説をどこかで聞いたことがあります。
 木田女史もいいます。胎児が何もしないで母胎内に生かされている状態は、何一つ不足がなく何の努力も必要としないで、万能感に満たされている状態といいます。・・すべての欲から超脱した人が、無欲のゆえに不足がなく、自由闊達の境地に遊ぶようなものでしょうか。【10】p139
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【【自分たちの理論を裏付けられる文献資料】】
文中の番号 文献資料
【1】【分裂病の起源(ゴッテスマン)日本評論社】
【2】【分裂病の心理療法(角野善宏)日本評論社】
【3】【最終講義・分裂病私見(中居久夫)みすず書房】
【4】【精神分裂病入門(シルヴァーノ・アリエティ)】
【5】【精神分裂病の世界(宮本忠雄)】
【6】【精神分裂病の解釈I(シルヴァーノ・アリエティ)みすず書房】
【7】【分裂病は人間的過程である(サリヴァン)みすず書房】
【8】【幼児体験(鈴木秀男)北洋社】
【9】【赤ちゃんには世界がどう見えるか(ダフニ&チャールズ・マウラ)草思社】
【10】【0歳人、1歳人、2歳人(木田恵子)太陽出版】
【10ー2】【子供の心をどう開くか(木田恵子)太陽出版】
【11】【症例の研究(フロイド選集 小此木啓吾訳 日本教文社)】
【11ー2】【精神分析入門下(フロイド選集 井村・馬場訳 日本教文社)】
【11ー3】【続精神分析入門(フロイド選集 古沢平作訳 日本教文社)】 
【12】【胎児は見ている(トマス・バーニー 小林登訳 詳伝社)】
【13】【(メラニー・クライン)】
【14】【新版精神医学事典(弘文堂)】
【15】【「精神医学が分かる」精神科教授岩崎徹也AERA,Mook(朝日新聞社)】
【16】【自己発見の冒険(スタニラフ・グロフ)春秋社】
【17】【本当の自分をつかんだ人々の記録(意識教育アコール)】
【18】【トランスパーソナル・セラピー入門(吉福伸逸)平河出版社】



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