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バッハ・オルガンツアー2001「写真館」 in 「VIVA! BCJ」 (3)

 8月21日〜31日に行われた第2回の「バッハ・オルガンツアー」のレポート、大変充実したものですので(南部さん他お手伝いいただいた皆様、ありがとうございます!)、閲覧の便を考え 28日分以降のレポートをこちらのファイルにまとめさせていただきました。(01/10/15:8/21分改訂、03/07/31完結!)
 文中の時間の表記はすべてドイツ現地時間。サマータイム期間中のため、日本との時差は7時間です。 
*オルガンの仕様は(III/P/65)のようにあらわします。この例では 手鍵盤の数が3/ペダル鍵盤有/ストップ数65を示します。

2001年 8月
 ・21日(火)、・22日(水)、・23日(木)、・24日(金)、・25日(土)
 ・26日(日)、・27日(月)、・28日(火)、・29日(水)、・30日(木)、・31日(金)



  2001年 8月28日(火) 〜第8日〜



*ルート概要:
アイゼナハ:バッハ・ハウス、(ルター・ハウス)、
       ゲオルク教会(8:30〜11:00)
ハルツ山脈をバスでドライブ
グラウホフ:クロスター教会のトゥロイトマン・オルガン(1735) (15:30〜17:30)
      夕食後 [コンサート] 演奏:ハラルド・フォーゲルさん (20:30〜21:30)
→《ゴスラー泊》
アイゼナハのバッハ・ハウスにはバッハに縁の品々や当時の楽器が展示されています。
バッハ・ハウスは当初バッハの生家と考えられていましたが、実際は別の場所にあったことが判明しています。
2Fに展示されている1715年製のチェンバロを弾く雅明さん。4つのピッチ(392、415、440、462ないし465Hz)が選択できる。コアトーンのチェンバロが存在したということは・・・ ポジティフオルガンを弾くフォーゲルさん。他にもスピネット、クラヴィコードなども展示されており当時の音楽生活がうかがえます。 オルガンの鍵盤は裏側にあり奏者は窓から前を見る仕組みになっています。
当時の雰囲気を再現した中庭(奥の建物はアンブロージウス・バッハの住居)と厨房。(左)

金管楽器群(右)
これからの行動予定について説明を聞くツアーのメンバー ルターハウス(正面)の前を通ってゲオルグ教会へ向かう。
ルターは1498〜1501年、のちにバッハも学んだ
ゲオルグ教会教区学校へ通った。
バッハは1685年3月23日にゲオルグ教会で洗礼を受けた。 バッハの父の従兄弟のヨハン・クリストフがオルガニストを務めていたオルガン
バッハが洗礼を受けた洗礼盤
(全体は昨年のレポートを参照)
今日のランチボックスは特にボリュームたっぷり。食べ切れません。

今日の締めくくりはゴスラー近郊グラウホフの修道院の聖堂にあるトゥロイトマン・オルガン(III/P/42)です。
300年前に建てられたカトリック修道院は宗教改革後も領主の庇護により内部を変更されることなくそのまま残されていました。
このオルガンは1730年代の最後の巨大オルガンであり、この後大作曲家はもはやオルガンのための作品を書かなくなっていきました。
一旦ゴスラーのホテルでの夕食後、フォーゲルさんによるコンサートが行われました。

クーナウ:聖書ソナタ第1番
J.G.ワルター:Jesu,meine Freude
ベーム:プレリュードニ短調
クーナウ:聖書ソナタ第2番
J.S.バッハ:トッカータとフーガニ短調
オルガンのある修道院の聖堂の外観(左)と
イタリア・バロック様式の祭壇(右)
トゥロイトマン・オルガン
(ほとんどオリジナルの状態で残されています)。
オルガンバルコニーの右端にはクーナウの聖書ソナタに登場する
「竪琴を弾くダビデ」像(右)があります。
心憎い選曲でした!
オルガンのふいご 廊下の長さで聖堂の大きなことが分かりますね。全容はここを参照。 中世の城壁を改装したゴスラーのホテルは超〜豪華!
フォーゲルさんが新婚旅行で泊まられたホテルだそうです。


  2001年 8月29日(水) 〜第9日〜



*ルート概要:
リューネブルク:ヨハニス教会(1551-53,ニーホフ&ヨハンセン、1715 ドローパ) (12:15〜13:30)
       [デモンストレーション]
         ミヒャエル教会(1553) (13:50〜14:10)
シュターデ:コスマエ教会のフス、シュニットガー・オルガン(1668-75)と市庁舎訪問(17:00〜18:30)
        [コンサート] 演奏:鈴木雅明さん
       ヴィルハーディ教会のビールフェルト・オルガン(1737) (20:30〜22:20)
→《シュターデ泊》

ゴスラーの町は銀と鉛を産出したランメルスベルグ旧鉱山とゴーゼ川を挟んで相対する形でつくられた古い町です。12世紀の歴史的町並みは10世紀から1988年までの1000年に及ぶ歴史をもつ鉱山とともにユネスコの世界文化遺産となっています。
この3枚は仲村啓子さんからご提供いただきました。
有難うございました。
ゴスラーの町を後にしてバスは北へ約150km、リューネブルグを目指します。今までで一番長い移動距離になります。

とうとう最後のランチボックスになってしまいました(右)。

リューネブルグの二大教会の一つヨハニス教会は108mの高さの塔をもち、1300年から80年の歳月をかけて建てられました。
ヨハニス教会のオルガン
(III/P/51)16-18世紀のパイプが一つの箱に納められている。
バッハのリューネブルグ時代、ゲオルグ・ベームがオルガニストを務めていた。
ヨハニス教会の横の一角はバッハ時代そのままに残されている(上)。その一角にゲオルグ・ベームの家(右上)がありました。ベームは長い説教の合間を抜けてコーヒーを飲んでまた演奏に戻ったそうです。
リューネブルグの町並。
チューリンゲンの町と異なり教会も含めレンガ造りの建物が圧倒的に多くなります。
リューネブルグのもう一つの教会、
ミカエル教会です。
バッハは1700年4月〜1702年8月までミカエル教会の「朝課合唱団」で歌っていました。ベームのレッスンを受けたり騎士学院の先生に連れられてツェレでフランス音楽に触れたりとバッハにとって実り多い少年時代であったことでしょう。
ハンブルグの西約30kmにあるシュターデは塩の交易で栄えた町でリューネブルグ同様中世の町並みが残っています。シュターデはオルガンアカデミーの開催を始めとして歴史的オルガンを利用し町興しを計画しています。日本からオルガンのために大勢やって来たことが「町興し」運動の格好の宣伝材料になるということで我々は市庁舎へ招待されゲストブックに全員記帳してきました。
鈴木雅明さんの演奏曲目
1.J.P.Sweelinck:Fantasia Cromatica (スウェーリンク:半音階的ファンタジー)
2.S.Scheidt:Canto belgica mit Variationen "Ach du feiner Reiter"
  (シャイト:ベルギーの歌と変奏「ああ汝素晴らしき騎手」)
3.M.Weckmann:Komm Heiliger Geist
フス、アルプ・シュニットガー作のオルガン(III/P/42)。
フスの弟子であったシュニットガーは師の死後このオルガンを完成させした。その後改変されましたが1975年アーレントにより修復されました。時代を遡ってくるとリュックポジティフが一般的になっています。
玉葱型の屋根のコスマエ教会
 シュターデ市庁舎 挨拶する副市長のヘムケさん。 ギリシャ料理店「ディオニソス」で夕食
ヴィルハーディ教会
シュニットガーの後継者と言われているビールフェルト作のこのオルガン(III/P/40)は今まで見てきた中部ドイツとは異なるルーツをもつドラマティックなオルガンの価値観に従っているそうです。
コスマエ教会のシュニットガーオルガン同様、パイプ群が独立した箱に納められた17世紀北ドイツオルガンの構造的デザインを示しています。特にヴィルハーディのオルガンは教会の建物と一体になって造られています。


  2001年 8月30日(木) 〜第10日〜

 

*ルート概要:
シュタインキルヒェン:シュニットガー・オルガン(1687) (8:30〜)
ハンブルク:聖ヤコビ教会のシュニットガー・オルガン(1693) (10:30〜)
       [参加者によるコンサート] (15:00〜) 
ハンブルク:Museum fuer Kunst und Gewerbe で
        オリジナルの鍵盤楽器を鑑賞 (16:30〜)
→《ハンブルグ泊》
 
シュターデからハンブルクに向かう途中の小さな町シュタインキルヘンにある聖マルティン教会には、シュニットガーが1685年から87年にかけて製作したオルガン(II/P/28)が設置されています。シュニットガーは16世紀初めの古いパイプと1581年Hoyer作のパイプを一部流用しています。
オルガンの正面には詩編150編の一節「笛の弦もて神を賛美せよ、鳴らせシンバル、響けシンバル主を賛美せよ・・」が記されている。 コンソール
手鍵盤(上)

足鍵盤(下)
ショートオクターブについて

17世紀に使われていたミーントーン調律では、歪みが多く使えない調がでてきます。そこで低音域の使えない半音キーを省略して太い低音パイプを節約する工夫が行われていました。これをショートオクターブと呼びます。右の上下の鍵盤は左図のように音が割り当てられています。このような鍵盤では左手でより沢山の和音を弾けるメリットもあり、この時代に一般的に使われたそうです。
 
教会外観 教会庭の考える人?の像 祭壇
シュタインキルヘンの保育園(左の2枚)

砂場が船の形をしているのは
ハンザ同盟の町シュターデや
ハンブルクの近隣だからでしょうか。
   
オルガンツアー最後のオルガンとなりました。ハンブルクの主教会であるヤコビ教会のシュニットガーオルガン(IV/P/60)。
 1255年に起源をもつ教会。
1993年アーレントによって修復されたオルガンのパイプは、第二次大戦の戦火を逃れ疎開していました。 手鍵盤。こちらもショートオクターブキーで構成されています。
15人の方々による参加者コンサート。左手(勝山さん)、右手(柳沢さん)、ペダル(近藤さん)によるBWV709の息のあった演奏(左)。助手のお二人もご苦労様でした。そしてツアーの最後を今井奈緒子さんがBWV545のフーガで力強く締めくくられました(右)。
バッハのカンタータのルーツ

教会の側壁にかかる肖像画の主は、ヤコビ教会の主任牧師を務めたエールトマン・ノイマイスター(1671-1756)です(残念ながら写真は時間がなく撮影できませんでした)。彼は1714年に聖書の言葉以外の自由詩を宗教曲の歌詞として使う当時としては大胆な試みを行い、バッハ他の作曲家のカンタータの歌詞にも使われた歌詞集を出版しました。「バッハのカンタータ(バッハは宗教的作品、セレナータと呼んだ)のルーツ、ここに在り」と熱く語る雅明さんの言葉が印象的でした。
ペダル・ヴェルクの内部 ツアー中ホームページ作成を手伝ってくださった仲村さん、原さん、宮本さん(左から)。有難うございました!
 
 ヤコビ教会を後にした我々のツアー最後の訪問先、Museum fuer Kunst und Gewerbe でオリジナルの鍵盤楽器を鑑賞しました。この博物館には音楽学者でレコーディングエンジニアのBeurmann氏が収集した、個人によるものでは最大規模のオリジナルの鍵盤楽器のコレクションがあります。1Fのフロアは主にチェンバロ、ヴァージナル、2Fにはフォルテピアノのコレクションがあります。それらが演奏可能な状態に保たれています。我々は1Fの銘器でフォーゲルさんと雅明さんが代わる代わる行った即興演奏の競演に聞き惚れたのでした。フォーゲルさんが「オルガンを聴いたあとのデザート」とおっしゃっていましたが、10日間オルガンの笛を聴いてきた耳はオリジナルの撥弦楽器の繊細な音色にほっと安らぎを覚えました。
 このように室内で耳を澄まして繊細な音の連なりに耳を傾けていると、チェンバロやヴァージナルが個人として楽しむ楽器であること、それに対してオルガンが教会の礼拝のための公的な楽器であることがはっきりとわかりました。
セレスティーニ作のヴァージナル(1587)を弾く雅明さん。世界に9台現存するイタリアの名工 セレスティーニの楽器のうちの5台がこのコレクションに含まれているそうです。
 
すべての予定が終了し、最後にホテルで晩餐会が開かれました。
フォーゲルさんご夫妻と雅明さん パーティ会場。ここでもテーブルが船の形をしてます。さすがハンザ自由都市ハンブルク! 挨拶される雅明さん。ここで訪れたオルガンの人気投票が提案されました。
 
人気投票は各人のベスト1、2を集計、ベスト1の1票に1点、ベスト2の1票に0.5点を掛算した合計得点で争われました。1位、2位は、僅差ですが他を圧倒してグローセンゴッテルンとシュタインキルヒェンが選ばれました。どちらも去年訪れなかったオルガンです。
順位 得点 オルガン名
12.5 グローセンゴッテルン:トロスト・オルガン(1716)
12 シュタインキルヒェン:シュニットガー・オルガン(1687)
7.5 グラウホフ:クロスター教会のトゥロイトマン・オルガン(1735)
7 シュテルムタル:ツァハリアス・ヒルデブラント・オルガン(1722-23)
ナウムブルク:ヴェンツェル教会のヒルデブラント・オルガン(1746)
6 レータ:マリア教会(1722)のジルバーマン・オルガン
5 ブランデンブルク:大聖堂のヨアヒム・ワーグナー・オルガン(1722-25)
デルナ:ヴェンダー・オルガン(1700)
4 アルテンブルク:シュロス教会のトロスト・オルガン(1739)
10 3 シュターデ:コスマエ教会のフス、シュニットガー・オルガン(1668-75)
11 2 レータ:ゲオルク教会(1721)のジルバーマン・オルガン
ハレ:マルクト教会
ワルタースハウゼン:市教会のトロスト・オルガン(1735)
ハンブルク:聖ヤコビ教会のシュニットガー・オルガン(1693)
15 0 ライプツィヒ:聖トーマス教会の新バッハオルガン(ジェラール・Woehl)
アルンシュタット:バッハ教会のヴェンダー・オルガン(1703)
ポーニッツ:ジルバーマン・オルガン(1737)
リューネブルク:ヨハニス教会ドロッパ・オルガン(1715)
シュターデ:ヴィルハーディ教会のビールフェルト・オルガン(1737)




  2001年 8月31日(木) 〜第11日〜



*ルート概要:
ハンブルクで解散:帰途につきます!〜成田 (9/1)  

最後の宿泊は Hotel Norde。ここでツアーは解散です。ヨーロッパに残る人、南回りで帰る人などさまざまです。 小生を含む成田直行組は時間があるので、地下鉄でハンブルク市内へ買物にでかけました。
ハンブルク・オペラに近いシュタインウェイの店の前で
開店を待つ(左)
ピアノのフレームを運込む職人さん(右)
ハンブルク・シュタインウェイの地下の楽譜売り場(ヤマハ銀座店のようなものです)でオルガンの楽譜を探す一行。
  

オルガンツアーに参加して
 
オルガンツアーに参加したのは、どちらかというとオルガンよりもバッハ縁の地を訪ねることの方に重きがありました。しかし、最初にジルバーマンを聴いた瞬間から歴史的オルガンの魅力にとりつかれてしまいました。オルガンが他の楽器と異なり教会の楽器として唯一残り、神学的、社会的な影響を受け変遷していくさまの一端を現地で実感できました。オルガンについてはまったくの初心者で、その構造、ストップ、オルガン音楽などほとんど知らずに参加した私でありますあるが、「宇宙の調和」とも言えるオルガンをもっともっと知らなければならない必要性を痛感しました。私にとってこのオルガンツアーはそのスタートラインとなりました。いろいろ書きたいことはありますが、時まさに次のオルガンツアー2003が目前に迫っています。幸い、再び参加できることになりました。今度は南ドイツ、スイス、オーストリア、アルザスのオルガンを巡ります。中部、北ドイツとはまた異なった文化圏のオルガンに接することになります。また異なる印象を受けると思います。本レポートはこれにて終了し新たな気持ちでオルガンツアーへ旅立とう思います。ツアーでお世話になったハラルド・フォ ーゲルさん、鈴木雅明さん、横田宗隆さん、オルガネウムの皆様に感謝申し上げます。 (2003.7.29)
 
参考文献
オルガンについて予備知識のなかった私が帰国後読んだ本のなかから行く前に読んでおけばよかったと思った本をご紹介します。(3)は絶版になっていますが公共図書館には蔵書されている場合があります)

1)パイプオルガン 歴史とメカニズム
  秋元道雄著 東京音楽社(2002)
2)オルガンのすべて
  ハンス・クロッツ著 藤野 薫訳 パックス ビジョン(1991原著第10版による再改訂増補第3版)
3)オルガン音楽のふるさと
  NHKオルガン研究会著 日本出版協会(1975)
4)風の歌−−パイプ・オルガンと私

  辻 宏著 日本基督教団出版局(1988)
5)響きの考古学−−音律の世界史

  藤枝 守著 音楽之友社(1998)

(03/07/31)


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