2000年5月4日(木)
音楽:ツェザール・プニー
台本:サンジョルジュ、プティパ
原作:ゴティエ「ミイラ物語」
指揮:アレクサンドル・ソートニコフ
振付け:ピエール・ラコット(1862年のプティパのモチーフによる)
美術と衣装:ピエール・ラコット
プティパの大作としては初期の作品を、古いバレエ振付けの復元家であるピエール・ラコットが
1862年版に基づいて再現したもの。資料の散逸は免れず、各所にラコットによる
補正があるという。
新演出初日(五月五日)に先立ち、そのゲネプロをみてきた。
ファラオンとはエジプトの王、ファラオのこと。
第一幕
イギリスの貴族、ウィルソンが付け人ジョン・ブルとともにエジプトを旅する。
ピラミッドのふもとでアラブ商人の隊商と出会い、テントに招かれる。すると突然
暴風が荒れ狂い、皆で一番ちかいピラミッドに避難する(第一場)。
最も力を誇ったエジプト王の娘、アスピッチヤの棺が納骨所の奥に祭られているので
静かにするよう、
ピラミッドの番人は招かれざる客たちに命ずる。
アラブ商人たちがアヘンを吸いはじめると、ウィルソンもそれを所望する。
すると幻覚が現われ、納骨堂の壁は消え、生き返ったミイラたちが石棺からでてきた。
その最後に現われたのは大ファラオンの娘、アスピッチヤ。
と同時に、ウィルソンはタオール、ジョンブルはパッシフォントという名のエジプト人
に変身。タオールはアスピッチヤに魅せられてその後を追おうとするが、彼女は
煙の中に姿を消してしまった(第二場)。
タオールとパッシフォントは森へアスピッチヤを探しにでかける。
すると、厚い苔で覆われた岩陰で寝ている彼女をみつけた。
二人はすべてを忘れて、長いことお互いを見つめあうのであった。
そこへ、狩りの角笛が聞こえてくる。
アスピッチヤの付け人、ラムゼヤは見知らぬ者から王女を引き離そうとする。
狩人たちは、ライオンを取り囲み、まさにつかまえようとしたその瞬間、
人垣を飛び越えたライオンはアスピッチヤを襲おうとする。
影に隠れてその情景をみていたタオールは、狩人から弓矢を奪い、ライオンへ矢を射ると、
みごとに命中。
恐怖で意識を失ったアスピッチヤを、タオールは安全な場所へと運んでいった。
ラッパが鳴り、ファラオンとその一行が到着する。
ファラオンは、娘が見知らぬ者に抱かれているのをみて、タオールの逮捕を命じる。
われに返ったアスピッチヤが、タオールが命の恩人であることを説明した結果、すべてを
わかった王はタオールを解放し、宮殿へと招く(第三場)。
第二幕
アスピッチヤのぜいたくな部屋で、タオールは自分が彼女を愛していることを感じる。
ファラオンが高位高官たちをともなって宮殿へ入ってくる。
ファラオンの娘を花嫁としてもらいたいとお願いするためにやってきた、ヌビアの王もその後から現われる。
ファラオンはヌビア王の申し出をみとめ、ヌビアとの友好協定を結ぶ。
それを知ったタオールは絶望する。アスピッチヤは、自分がタオール以外の誰のものにも
ならない、と約束して彼を慰める。
エジプト王は娘の結婚が決まったことを祝うため、パーティーの開催を命ずる。
一方、タオールは嘆き悲しむばかり。
「じゃあ、どうする?」とアスピッチヤがたずねると、
「逃げよう!」とタオールは答える。
宴会の真っ最中にタオールは秘密の扉の鍵を黒い奴隷からうけとり、愛し合うふたりは宮殿から逃走する。
それを知ったエジプト王は激怒し、追跡を命ずる。
ヌビア王も秘密の扉をみつけ、自分の警備兵をともない捜索にでかける(第四場)。
第三幕
タオールとアスピッチヤは、ナイル河のほとりの漁労民族のあばら屋へと身を隠す。
夜になると、漁民たちは魚釣りにでかけ、タオールらもさそわれる。
アスピッチアが疲れたので休みたいというので、タオールのみ出かけることにした。
アスピッチヤが一人になったその瞬間、ヌビア王らがあばら屋へ姿を現す。
王女は驚き、もしヌビア王と結婚したら、愛するタオールとは二度とあえなくなると
考え、窓からナイル河へ身を投げる。
そこへタオールとパッシフォントがもどって来る。
彼らはヌビア王によってアスピッチア誘拐の咎で拘束された(第五場)。
河中の王国の主、ナイル王は、
アスピッチヤを歓迎し、彼女がエジプト王の娘であることを知る。
しかし、王女が想うことはただ一つ、タオールと再会することである。
河の王は願いをかなえてやり、タオールの姿があるいは岩場に現われ、あるいは透明
な河の水の流れの中に現われる。
アスピッチヤは愛するものと結ばれたいという思いから、河の王に地上へ帰らせてくれと頼む。
ナイル王もその願いを聞き届ける(第五場)。
ファラオンの宮殿で。
エジプト王は絶望に沈んでいる。アスピッチヤがどこにいるかを言わせようとするが、タオールは知らない。
そこで毒蛇による死刑執行を命じる。
ちょうどその時、アスピッチヤをみつけた漁民が一緒に宮殿にやってくる。
アスピッチヤは王の抱擁を拒み、自分の災難のこと、タオールを愛していること、
ヌビア王に迫られてナイル河へ飛び込まされたことを王に語る。
エジプト王はヌビアとの協定を破棄し、ヌビア王を追放する。
アスピッチヤはタオールの釈放をもとめるが、エジプト王は娘を誘拐した罪を許すことができない。
それなら愛する者と心中する、アスピッチヤは宣言し、聖なるヘビにかまれようと進み出る。
驚いたファラオンは何とかそれをとどめ、娘の胸中を察し、タオールを許す(第七場)。
宮殿のあった場所にふたたびピラミッドが出現する。
ウィルソン卿は目を覚まし、驚きながらあたりをみまわす。
壁の奥にファラオンの娘の石棺があることに気づき、今までみていた不思議な夢を思い出す(第八場)。
舞台はエジプト。アラブの隊商は例の雰囲気、背後にはピラミッド。
ウィルソン卿にふんしたツィスカリッゼが、ネクタイをしめ、帽子をかぶったサファリルックで登場するところに、
今回のバレエの演劇的な要素を予感する。
嵐が起こり、舞台がピラミッドの中になりアヘンを吸いはじめると、中央によこたわっていた
石棺がグィーと縦になり、煙幕のたちこめるなかその中央からグラチョーヴァ
が登場。と、知らぬ間にツィスカリッゼもエジプトやアラブ地方の格好に変身して、
舞台は第三場に移る。
そこでは、ライオン狩りがあったり、おさるがうろうろとでてきたりして、
プティパの想像したエジプトというのは、どうもジャングルのようである。
おさるはツィスカリッゼからえさをもらおうと知恵くらべ。後ろでに隠したえさを奪う、というところで勝負は終わる。
この役は岩田守弘がふんしていたが、さるをかなり観察したのか、本物と見まごうばかりの演技。
休憩時間にも何人かのひとが「あれは誰がやっていたの?」とビュッフェで話題になっていた。
第二幕の宮殿は、豪華で立派。でもそれはある意味で想像の範囲をすぎないし、
二つの国の代表が平和協定を結ぶ、というのもあたりまえの演出。
白馬が登場して、二人を乗せて本物の馬車としての働きをするというのが当時のはやりでもあり、現在もウケル演出なのであろうか。
むしろ、第三幕の漁民の部落や、ナイルの河の国に、舞台をみる楽しさを感じられた。
ナイルの王に扮したモイセーエフは、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」のような貝殻から、登場。
ひげをはやし、地の顔がほとんどみえないメイクアップ。ヴィーナスを想像していると、杖をもった髭づらの爺さんがでてくる、という意外性がおもしろい。
また、地底(河の国なので)にあるということで、グラチョーヴァが地上からするすると
「降りて」来たり、帰る時に「昇っていく」のは視覚的にも演出的にも合目的的。
ここで踊られる三つの河の踊りの衣装は虹色を基調に三人とも少しずつちがっていて、
地底の雰囲気、河の雰囲気、美女の踊りの雰囲気をちょうどよく表象していた。
この出し物を取り上げようと提案したのは、バレエ監督のファジェーチェフだというが、
ラコットによるプティパ版再現は、ヴァシーリエフ時代になってからの「大きく明るく豪華」路線にぴったりの舞台。
登場人物は多く、主人公はほとんど場面転換ごとに衣装をとりかえるし、家来や奴隷と
してふんだんにコールド陣が使われている。
というわけで、バレエというよりお芝居の舞台をみたような印象が後に大きく残るのは
パントマイムによるところが大きいのだろうが、それは逆にこの演目がレパートリー
からはずされた理由にもなるのだろう。
ゲネプロということもあり、平土間中央の廊下(9列目くらい)にファジェーチェフが
陣取り、舞台に「もっと前にでて」「その登場は早すぎる」「もっと恐く」「それはいらない」
などの指示を送っていた。
オーケストラも、普段は温和に見える指揮者ソートニコフが上着を脱いで「そこはフォルテ!!!」
と大声で叫んでいた。
モスクワ・ペテルブルクの劇場1999-2000に戻る
ぜいたくはすてきだに戻る
モスクワどたばた劇場に戻る