2000年3月1日(水)
女王:アナスタシーア・ヴォロチコヴァ、
その息子(世継ぎ):コンスタンティン・イヴァノフ、
女王の寵臣:マルク・ペレトーキン、
世継ぎの妻:エカテリーナ・シプリナ、
世継ぎの父の幽霊:R.R.アリフーリン、
仮面舞踏会:A.V.ヴォロビエフ、R.N.スィマーチェフ、V.A.ジドコフ、
皇太子の劇場:S.V.マクシメンコフ、M.P.カラリョーフ、A.V.バフティン、
幽霊の幻影:K.V.ニキーティン、A.V.バルセギャン
指揮:M.F.エルムレル
演出:バリース・エイフマン
音楽:ベートーヴェン、マーラー
2000年3月3日(金)
女王:マリヤ・アレクサンドロヴァ、
その息子(世継ぎ):ルスラン・プローニン、
女王の寵臣:ドミトリー・ベロガロフツェフ、
世継ぎの妻:アナスタシーア・ヤツェンコ、
世継ぎの父の幽霊:R.R.アリフーリン、
仮面舞踏会:A.V.ヴォロビエフ、R.N.スィマーチェフ、V.A.ジドコフ、
皇太子の劇場:S.V.マクシメンコフ、M.P.カラリョーフ、A.V.バフティン、
幽霊の幻影:K.V.ニキーティン、A.V.バルセギャン
指揮:M.F.エルムレル
演出:バリース・エイフマン
音楽:ベートーヴェン、マーラー
ロシアン・ハムレットとは、女帝エカテリーナの息子、パーベル1世のことである。
皇帝として能力のない父親が母であるエカテリーナとその愛人に殺されたところを目撃した。その母は皇太子であるパーベルに全く関心も愛情も持たない。しかもロシア女帝として絶大な権力を握った母エカテリーナはその権力を実の息子のパーベルにも渡そうとはしない。
彼の幼い頃は可愛く、聡明に生まれたが、権力をめぐる策謀、監視などにより、彼の精神的な自由は奪われ、ついには、殺された父親であるピョートル3世の幽霊を見たり、被害妄想に陥っていく。その自己の存在をかけた精神的な苦悩と孤独は、絶望的である。
宮中の中の皇位をめぐる策謀、おべっかそして追随。その権力、愛憎をめぐってバーベルに起きた肉体的、精神的悲劇が、彼をロシアのハムレットと呼ぶにふさわしく仕立て上げられて行った。
プロローグ:エカテリーナは夫であるピョートル3世が皇位にふさわしくないと考え、愛人と謀ってその人を亡き者とする。それを幼いパーベルは偶然目撃していた。
1幕:18世紀、宮殿の一室ではパーベルは、へつらいやゴシップ、そしてたわいもない悪意に満ちた噂話の中で育てられている。その雰囲気をエイフマンはゆりかごに見立て世話をやかれ、甘やかされているが、決して孤独という殻からも抜けられないパーベルを表わす。
ごう然と構える女帝エカテリーナはその愛人と権力を欲しいがままにしている。自分の息子には関心さえ示さない。彼が権力につくことをはばもうとするのである。愛人はパーベルに宮廷での乱痴気騒ぎや遊びを教え込もうとするが、それは失敗に終わる。
女帝はそんな彼に、皇位を継ぐ意志を持たせないようにと早く結婚させる。
ところが、パーベルは妻とともに皇位への夢を抱くようになる。そして二人で、帝座につきロシアを統べるという大志を抱く。これを知ったエカテリーナは義理の娘を、死に追い込んでいく。
この死に先立ち、パーベルはエカテリーナ方の側近や宮中の噂:妻がエカテリーナの愛人と通じているという心無い噂を聞き疑心暗鬼に陥る。
パーベルの妻に対する対処、それに前後する宮廷での陰謀はパーベルを激しい恐怖に陥れていく。
2幕:愛する妻がパーベルに二心を持ち、しかもその咎によって殺されるという経験をしてしまったパーベルは、何が現実でなにが幻想なのかさえ定かな状態ではない。宮廷で彼を取り巻くのは敵意。それ以外のものはない。パーベルは母の強い監視の元、完全にコントロールされきってしまう。子どものようにおもちゃの兵隊を操って軍隊ごっこをするパーベル。おもちゃに向かってだけは彼は独裁者であり、自己の意思をはじめて顕現しえた。
しかし、パーベルはこの力はただの遊びであり、想像でしかないことを悟る。パーベルははじめて母に反抗を企てようとする。
ただ、幼い頃からその繊細な精神的を痛めつけられた彼には、自己の意思を遂行するという力が欠けていた。そこで黒い衣装を纏ったナイトに取り巻かれた彼の殺された父の幽霊を見る。父親を殺害した女帝に対するパーベルの怒りが燃える。
宮廷では仮面舞踏会が行われている。仮面舞踏会のテーマは妻とその愛人が夫を殺すというものだった。エカテリーナがピョートル3世にして来たことについてなぞらえられているかのようだ。
女帝は怒りに燃え、妻役をやってた者の仮面をはがすと、それが何とパーベルだったのである。
エカテリーナの心の平衡感覚は麻痺しかけていた。
彼女はあまりにも権力に執着するために余りにも多くの闘いを自分に強いてきた。絶大なる権力を持つ女帝の心の中は決して平和で穏やかなものとは言えない。また彼女の愛人も、自分の地位に危うさを感じ、心を掻き乱されていた。女帝の寵愛は最早過去のものとなり、宮廷を去る時が来たのであった。
遠い異国の地で女帝の愛人はピョートル3世の幽霊に抱かれて死んで行った。
パーベルの心の中に、エカテリーナを剣で刺し、彼女の時代にとどめをさす時が来たのだという思いが去来するが、パーベルはどうしてもそれが出来ない。
女帝は、今やただ一人。孤独の中に権力だけを手にして歩いていく。それが帝位を勝ち取るために彼女が払った大いなる代償であった。
パーベルは帝位を継承するが、それすらも彼を孤独からは解き放たない。その上、彼は母であるエカテリーナを超えることは出来なかったのである。彼は自身の夢の影でしかなく走馬灯のように去来する自己の思いの反映でしかなかったのである。
一幕目は、エカテリーナとその子パーベル、愛人とパーベルの妻とが歴史的事実にしたがっていかにその最高権力の座をめぐって争い、策謀に渦巻く宮廷のあり方を描いている。
結婚した当初の若い妻が夫をそそのかし、まんざらでもないパーベルは王位の椅子に座る。
可憐で無垢な若い妻が徐々に宮廷生活によって権力を渇望し、夫とともにそれを夢見る子悪魔的な若いシプリナの演技が光る。
紛れもなく、その心の底には単純な権力への憧れが垣間見られる。
幼い頃から、母の愛情に見捨てられ、周りのおべんちゃらに囲まれた宮廷生活に明け暮れ、はじめてみる自身の夢。妻はそれを駆り立てていく。
その受け身で芯がなく常に迷いを持ったパーベル役を見事に演じきっていたのは、イヴァノフである。頼りなげで品の良い、しかも充分に野心的なものを持った皇太子役を上手く演じている。
エカテリーナはごう然と、権力の高みからそっとパーベルや妻が皇帝の椅子に戯れる様子を見ている。そして、その結果・・・。
若き二人は策謀に操られ、破滅へと導かれていく。そのバレエの表現たるや権力の椅子に対する4者の確執が鋭いほどに描かれている。
この幕のエカテリーナの演技は、品格を伴い、権力という重みを衣装に表わし、他に追随を許さないくらいの意志の力を持つ強い女性を演じるのが大切だと思われる。
それは舞台に立つだけでも匂い立つように美しく気高くその完璧なバレエの技術のヴォロチコーヴァ、演技の中に重みを秘め、身体全体が気品を演技するアレクサンドロヴァ、両者とも遜色はない。
2幕目、エカテリーナの宮殿は豪華で遊蕩三昧の日々である。仮面を被った道化役者が2回の桟敷で芝居をしている。それを見ていた女帝。その女帝の心の葛藤。怒りから苦しみに身悶えしていき、そしてそれが疑心と変わり、その後の孤独との対決。
一人、苦悶に身悶えするエカテリーナ。
その内面を存分に見せ付けてくれるのはアレクサンドロヴァ。
内面の苦しみと孤独、そして権力の重み。そうした者を一身に背負って女帝はそれでもなお且つ頭をもたげ、毅然と生きていかなければならない。
それを派手ではないバレエで感じさせてくれたのが彼女、アレクサンドロヴァであった。彼女の手の一振一振が苦しみと威厳そして女帝としての自意識を表わしている。
ヴォロチコーヴァのエカテリーナの2幕目を見た時には、このバレエはプリマとしての見せ場とか派手さが少なく、女帝としての威厳のために動きが少ないのでとても難しいバレエであろうと想像させられたが、アレクサンドロヴァのを見ると、それは現代バレエの粋とでも言えるような心理描写バレエとなって現われて来ていた。
このバレエの解釈そして理解、アレクサンドロヴァのそれは深く、繊細に舞われていた。
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