満月の夜に・・・

第一話

【旅立ち】

 俺の名前はバル。性別、男。年は今年で16になる。好き嫌いが無いのと力仕事のおかげだろうが、屈強な体格の男が多い村の中でも、一、二を争うぐらい俺はでかい。腕っぷしも強い。もちろん、村の娘たちにモテモテで、他のやつら男達(ヤツラ)から見れば、うらやましい限りの、楽しい毎日を送っているように見えるだろう。俺も母親の教えもあって、毎日笑顔を絶やさないようにしてるし。
 しかし、こんな俺にも、人に言えない秘密の悩みだってあるんだ。
 ‥‥いや、もし人に相談したとしても、解決しないだろう‥‥と、決めつけているだけかも知れない。常に、前向きに物事を片付ける事にしている俺だがこの悩みに関してだけは、どうも後ろ向きになってしまうのだ。自分ではどうしようも無いまま月日はどんどん過ぎて行く。

 そんなある日の事。俺は、母親と一緒に長老の家に呼ばれた。
 髪の毛は1本も無いのに、真っ白なまゆ毛と床まで広がる長いヒゲで覆われて、どんな表情をしてるんだかわからない長老は、唯一(かろうじて;)見える口をもぐもぐ動かして意外にはっきりした声で語り始めた。
  「我がトツカ村は、知っての通り山と森に囲まれ、隣村まで行くのにも最低十日はかかるヘンピな村じゃ。まあ、木の実やケモノはたくさん獲れるし、皆も畑仕事を熱心にしとるから、食物には不自由せんがな。しかし、一生この村の中だけで暮らしておっては視野もせまくなる。未来の村を担うものは、外の世界を知っておく必要がある。それには自分の目や耳で、肌で感じるのが一番じゃ。
  バル、お前は明日で16歳になるじゃろう。」
 長老はそこで一息つき、俺の目を見た(んだと思う。)。
 俺は大きくうなづいた。そうだ。俺は明日、大人になる日を迎える。この村では16になったらもう一人前として認められる。結婚して一家の主となる事も許されるのだ。横で黙って聞いている母親も、いつもニコニコしている顔を心持ち引きしめて、感概深そうな目で俺を見ていた。
 長老は、「ケッホン★」と、ひとつ咳ばらいをして、また話し始めた。
  「バル、お前はこれから旅仕度をして、明日の朝、夜明けと共にこの村を出て、旅に出るのじゃ。行先は何処でも構わん。都へ行くも良し、諸国を巡り剣の修業をするも良し、ただし、これだけは決まりとして言っておく。多くの人々と出逢い、語らい、時には黙って話に耳を傾けるのじゃ。そして仲間を得るのじゃ。間違いなくそれらはお前のかけがえの無い財産となり、お前を大きく成長させる手助けともなろう。何年かかろうと構わんが、いつか必ず、一回りも二回りも大きくなって、ここに戻って来い。その時にはワシが生きているかわからんがな。」
 カッカッカッ、と、長老は大口をあけて笑った。(今度はハッキリ見えた。あ‥‥歯が4本だけだ;)
 しかし、16になったら旅に出るなんて、しかも、いつ戻って来るかわからない旅なんて初めて聞いた。幼なじみの隣の兄ちゃん達だって、結婚して家を建てて独立してったくらいのモンだったし。俺はとまどって母さんの顔を見た。
 そんな俺の気持ちがわかったのだろうか、母さんが口を開いた。
  「あんたはね、特別なのよ。実は家の男達は代々旅に出ることになってるの。あんたの父さんだって旅に出て、あたしを見つけて一緒になって帰って来たんだから。」
 俺は目が点になった。長老が追いうちをかけるように言った。
  「そうじゃ。お前の父親はワシの息子。お前はワシの孫。いずれはこのトツカ村の長となる者。長といえば皆の頂点に立つもの。それが心のせまい、器の小さい者ではならん。お前の父‥‥、カルは不幸にして病で逝ったが、お前は幸いにしてどんなケガや病にも耐え得るような立派な体に育ってくれた。ワシの後を安心してまかせられると思っとる。」
 俺は、今度こそ目が点になったまま戻らないんじゃないかと思った。し‥‥知らなかった!母さんは、村で生まれて、父さんと一緒のなったんだとばかり思っていた。父さんは俺が5つの時に、胸の病でなくなった。その時だって、長老は‥‥肉親を亡くしたという悲しみはまるで見せず、ただ村人を亡くし、残念だ‥‥みたいな感じで葬式に出てた気がする。この人が‥‥俺のじいさん‥‥。
 俺はまじまじと長老を見つめてしまった。長老はちょっと照れたふうに横を向いて、また「ケッホン」と咳ばらいをして、俺に向きなおった。
  「あいつは昔から体が弱くてな‥‥ああ‥‥食物の好き嫌いが激しくてな。長老の息子だというんで、皆がちやほやしたのもいけなかったんじゃな「大人は皆知っている事だけれど‥‥でも、期待にたがわず、お前は本当にすくすく良い子に育ってくれて、人望も厚くて‥‥母さん、嬉しいわ。本当は、旅になんか行かせたくないけど、外にはお前の知らない事がまだ山程ある。それらを学んで、立派になって帰って来てちょうだい。母さんは、いつまでだって待ってるから。」
 ‥‥母さんは、本当は泣きそうな気持ちだったのかもしれない。目が、少し赤くなって、うるんでたから。でも、いつもと同じ笑顔で、はつらつと言ってくれたもんだから、俺も笑顔で言ってやった。
  「おう。母さんが見てもホレボレするような、良い男になって帰ってくるぜ。」
 母さんは爆笑し、長老もうんうんとうなづいていた。そして、長老は、少し奥に引っ込み、何やら箱を持って出て来て、俺の前で開けてみせた。中に入っていたのは、古ぼけてはいるが精妙に細工をされて、細かく小さい字が刻まれた、丸い首飾りだった。
  「これをお前に授けよう。外の世界、特に山の中にはな、この辺にはおらんような妖物や魔物がおる。この首飾りは、昔、ある魔導士が、我が家に授けてくれたものじゃ。これは、あらゆる魔法攻撃や呪いをはねかえす力があるからな。お前の助けになるじゃろう。肌身離さず、つけているんじゃぞ。」
 俺は、神妙な気持ちで、それを受け取った。手に持ったそれは、一瞬、ずしっ、としたのに、すぐ、軽い感触に変わり、首にかけると、して入るのかいないのか分からない程の軽さになった。ついでに、何だかその首飾りから、体中に力が満ちてくる気がする。俺は、じっとしていられなくなり、席を立った。そして長老の手を握り、言った。
  「長老‥‥じいさん。あなたの言う事は分かった。この首飾りも、ありがたく借りてく。ただ、俺には長になる資格があるとは思えないんだ。だから、きっといつか戻って来るから、その時にあなたが俺を見て、つがせるかどうか判断してくれ。それまで生きてるかどうかなんて言わないで、絶対、生きて待っててくれよ。な?」
 長老は、また、ウンウンとうなづいた。手が‥‥少しふるえている。やだな。長老ともあろうお方が、泣いたりするなよ;;
 そして、俺は母さんにもなにか言おうと思ったが‥‥言葉は出て来なかった。ただ、にっ、と俺が笑ってやったら、母さんも、にこっ‥‥と返してきた。その笑顔の奥にはたくさん言いたい事があるのかもしれない。でも、さっき言ってくれた事で、充分だと思ったから‥‥俺もあえて聞かない。言葉にしなくても、分かりあえるってこともあるんだろう。

 家に帰って、旅仕度をすませ、普通に食事をして、普通に床についた。夜中に物音で目がさめて、母さんの部屋を少しのぞいてみた。
 母さんは、ベッドの上に座りこんで、手をあわせ、何やらぶつぶつと唱えていた。何を言っているのかは聞こえないけど、どうやらお祈りをしているようだ。俺は黙って静かにドアをしめ、ベッドに戻った。
 ほんのりと、胸の中が暖かくなったように思いながら、眠りについた。やけに小さい頃の夢を、いろいろ見てしまった夜だった。

 まだ夜明けというには早い時間に目が覚めた。身仕度をすませると、母さんの部屋に行った。
  「あれ?」
 母さんは、いなかった。台所に行くと、大きな包みを持った母さんが待っていた。
  「はい、おべんと。」
 母さんは、俺にそれを、どんっ、と渡すと、ぱぁん、と俺の肩をたたき、
  「これは、究極のおふくろの味だからね。これより美味しい料理を作る娘を見つけたら、たいしたものよ。」
 と言って、いたずらっぽく笑った。
 俺も、笑った。
  「まかせとけ☆」
 と、胸をたたくと、母さんも俺の胸をどんっ、とたたいた。
  「ぐえっ;ぐーでたたくことないだろう、ぐーで!!」
  「あっはっは☆」
 高らかに笑って、母さんは、俺を送りだした。
  「早く出ないと、皆に気付かれると行きにくくなるからね。後のことは母さんにまかせて、早くお行き。」
 俺は、その時急に母さんを独り置いて行くんだ‥‥ということを実感してしまった。それでいいのか?俺は、このまま、行っていいのか?
  「何してんの。早く、お行き。」
 そうだ。もう決めた事。俺は今日、大人になって、巣立って行くのだ。
 俺は、母さんを抱きしめた。
  「バル‥‥」
 母さんは、胸の中で、じっとしていた。俺は、母さんのおでこに、ちゅっ★とキスをして、離れた。
  「じゃ、な。弁当、ありがと。行ってくるよ。」
 母さんは、今度こそ泣くかと思ったけど、やっぱり、無理矢理っていうのが見え見えの笑顔で言った。
  「ああ。行っといで。」

 外に出ると、夜がしらじらと明けていくところだった。ぴん‥‥とした空気が、俺の心と身体を引きしめる。今まで、悩んでいた事がウソのように心の奥に引っこんでしまって、これから始まる旅に胸をときめかせて、俺は出発した。

第1話  完

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