満月の夜に・・・

第二話

 ずいぶん深い森だった。
 小さいころから入口付近で遊んでいたことが多かったから、こんなに奥深いとは思わなかった。
森を抜けて向こうにある山を越えて、隣村のリヴァ村にたどり着くまで、ベテランでも10日はかかるっていうけど・・・。
 俺はもう1週間、森の中を歩いてる。
旅に出た朝、母さんが持たせてくれた弁当もとっくに無くなり、木の実をとって食べては飢えをしのいでいたが、それで満足するには俺の身体はでかすぎた。
いいかげん歩き疲れてきたころ、少し先に泉があるのが見えた。もうじき日も暮れる頃だろうし、身体を休めるためにもそこで野宿をしようと決めた。

 俺の名前はバル。
 1週間前、16歳になる前の日のことだ。村の長老に呼び出されて、生まれて初めて聞かされた事実。
 長老は実は俺のじいさんで、俺は死んだ父さんの代わりに、将来このトツカ村の長を継がなければならないこと。
 そのためには外の世界へ出ていって、さまざまな事を学び、かつ一生を共にする伴侶を見つけなければならないこと。
 俺は特につきあっている娘はいなかったし、父さんの遺志を継ぐってこともあって、素直に受けとめた。
なにより、父さんも旅したっていう外の世界に出て行くことに、今まで感じたこともないくらいわくわくしてしまったんだ。
 女手ひとつでここまで大きく育ててくれた母さんを、ひとり残して行くのは少し心配だったけど、笑顔で送り出してくれた母さんのためにも、必ず帰ってくることを約束して家を出てきたんだ・・・けど。

 泉は遠くから見た感じより大きくて、ちょっとした池みたいな感じだ。水はきれいに澄んでいてすくってみると手が切れそうに冷たい。まだ雪は降ってないけど、もうじき冬がおとずれるころなので、けっこう気温も低くて寒い。飲んだら身体が思いっきり冷えそうな気がしたけど、なんだか異常にノドが渇いてる。いいや、少しだけ 飲んじゃえ。
  「うめぇーーっ!」
 水はおたけびをあげてしまうほどうまい。うーん、生き返るようだ。・・・もう少し飲んでもいいか。もう少しだけ・・・・・・。
 気がつくとむさぼるように飲んでいて、止められない。飲むほどにノドが・・・身体中が渇いていく気がする。どうしたんだろ。
 生き返るのを通り越して死にそうなくらい水を飲んで、やっと満足した頃には、おぼれたカエルみたいに腹をふくらませて、身動きひとつできないで転がっている俺がいた。
まぶたが重くなってきて、うとうとしてきた。やばい。このまま眠るわけにはいかない。この辺りは魔物が少ないとはいえ、野宿するためには焚き火をして、おまじないの粉で周りに円陣を描かなければならない。一応俺自身は長老にもらったお守りのペンダントを首にかけているから、魔物も手を出せないだろうとは思うが、万が一ってこともある。荷物だけ持って行かれちゃうかもしれないし。
 なぁんてことを、頭の中では一所懸命考えてるんだけど、身体は全く言うことをきいてくれない。本格的にやばい。
 あんなに意気揚々と出て来て、1週間でくたばっちまうのかなぁ・・・。母さん。ごめん。俺、もうダメかも・・・。
 何がやばいって、楽観的な俺がこんなに悲観的になってんのが1番やばいんだ。何かの罠にかかったのかもしれない。うわぁ、情けないぞ。こんなんじゃ先が思いやられるぞー。起きなきゃー!
 心の叫びとは裏腹に、無情にも俺の身体は暗い眠りに落ちていった・・・。

 眠りの中で、誰かが遠くでしゃべっている声を聞いてた。
 やがて、ふぅわりと身体が浮き上がる様な感じ。
 空を飛ぶ夢は、子どものころからよく見ていた。小さな村を飛び出して、見たことも無い景色を見下ろしながら自由自在に飛びまわるっていうのは、なんともいえずに気持ちがいいもんで。夢ならいつまでも覚めないでくれと思ったもんだった。そう、夢なら。
 今日の夢はやけにリアルで・・・、身を切るような風を感じるんだ。夢ではありえない、本当に飛んでるんでなきゃ感じない、身体のシンまで凍りそうな寒さと浮遊感。もしこのまま目覚めなければ死んでしまう・・・、そんな恐怖感が、俺のしびれたように重くてしかたがないまぶたを開けさせた。
 目を開けてびっくり。俺は今本当に空を飛んでる。何で?と思ったら、何かに身体をがっしりとつかまえられてて、その何かが大きな翼を羽ばたかせながら夜空を飛んでいるんだ。何とか正体を見極めようとしたが、下向きに掴まれてるもんでうまくいかない。暴れてみようかとも思ったけど、この高さから落とされたら命がないと気がついて、やめた。さっきまでやけに冷たくて濃い霧だと思っていたら、上にいくにしたがって、下には白い綿の絨毯が広がっていくのが見えて・・・雲の上を飛んでるんだってことがわかったから。
 下にいるときは真っ暗でわかんなかったけど、雲の上はずいぶん明るくて、そういえば今夜は満月だったっけ・・・とか思ってたらそのうち雲の上に俺を運んでる奴の影が映った。こいつはずいぶん大きな翼と大きなしっぽを持ってる、竜みたいな奴らしい。やっぱり魔物か。このまま巣に連れてかれて食べられちゃうのかな。くっそー、じいさんのうそつき。このお守り全然役にたたないじゃないか。

 ぶつくさ文句をつぶやいているうちに、いつの間にか目の前にはひょろっとした塔がせまってきていた。下は雲の中に消えている。どんな高さなんだっ。と、俺を掴んだ何者かは、塔のてっぺんへと近づいていく。
 塔はレンガなんかを積み上げて出来ているらしかった。その先端はたまごのカラみたいに丸みを帯びたとんがり頭だった。ぐるっと1周して、窓が1つあるのが見えた。
 すると、中に人影が現れてこっちに向かって手招きした・・・ように見えたとたん。
  「うわぁぁっ」
 どさっ、と俺は窓の中に放り込まれたんだ。
  「・・・っってぇー・・・」
 身体が冷えきってたもんで、うまく受け身をとることも出来ずにモロに頭を床にぶっつけてしまって、頭を押さえてうずくまってしまった。うー、がんがん痛いっ。・・・情けねぇなぁ。そんな俺の頭の上で、
  「くすっ」
 笑い声がしたから、思わず目の端に涙をにじませたまま見上げると、そいつはにっこりした顔で言う。
  「いらっしゃい☆」
 ・・・その瞬間の俺は、ずいぶんなアホ面をしていたんだろう。目の前に立っている小柄な人物は、抜けるように白い手で口を覆うと、くすくすと静かに・・・でも心の中で爆笑しているのがみえみえだったから。なのに俺は怒ることもできずに、だたぽかんと口を開けて見ていることしかできなかった。
 こんな綺麗な人間(だよな・・・)を見たのは初めてなんだ。
 床まで届く長い髪は、窓から差し込む月明かりに照らされて、かがやくような銀色にきらめいていて、その髪に覆われた小さな顔のなかでは、つぶらな瞳が同じように銀色に光っている。
 鼻もバラ色の唇も小さくて、薄衣をまとった身体はどこもかしこも折れそうに細っこくて、信じられないほど色白で・・・・・・だけど、やけに落ちついていて妙な威厳があるもんで、軟弱な感じはしないんだ。
 うちの村の娘たちはみんなよく陽に焼けた肌だったし、髪も黒か焦げ茶色で、腕も足も太くてどっしりした奴が多かった。とにかくこんな奴見たことないぞ。
 やがて、笑いをおさめると、
  「ごめん。そんな所にいたらカゼひいちゃうね。こっち来て」
 そう言って俺の手を取り、意外な力で引っ張って立たせてくれて部屋のすみにあるベッドのほうに連れて行った。立ってみると俺より頭2コ分くらい低いけど・・・子どもじゃないよなぁ。
  「うん。子どもじゃないよ。一応、世間の数え方だときみより1歳年下の15歳ってことになるけどね。それに、さっき村の女の子と比べてたみたいだけど、僕は男だよ」
 ベッドに座らされながら、また、まじまじと見つめてしまった。こいつ・・・俺の考えてる事がわかるのか?
  「あんた・・・何者だ?」
 思わず剣呑な声がでてしまう。彼は苦笑して、答えた。
  「ごめん。自己紹介がおくれたね。僕はシン。よろしく、バル。おっと、怖い顔はなしなし。満月の夜の僕はね・・・何でもわかっちゃうんだよ。もっとも、きみのことは昔からよくしってるけどね。」
 ・・・なんだてぇ?ますますわからなくなったぞ。
  「そんなあせらないで。夜は長いよ。じっくり話して聞かせてあげるから☆」
 うっ。そんな色っぽい顔されても・・・って、男だっけ☆
 とりあえず、悪い奴ではなさそうだ。まあ、いいか。話とやらを聞いてみよう。

 これが、月の申し子シンと俺との、初めて出会った夜だった。

第2話  完

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