満月の夜に・・・

第四話

 俺はシンの話を聞きながら、遠い記憶・・・子供の頃の事を思い出していた。

 父さんは身体が弱くってよく寝込んでたから、一緒に遊んでくれた事はほとんど無い。
 その代わり、天気が悪くて外で遊べない時は、色々な昔話や不思議な話を聞かせてくれた。
 まだ俺も小さかったから、全部は覚えてないけど・・・すごく印象に残ってる話がある。
 それは、ある勇者と翼を持ったドラゴンの壮絶な死闘の話だった。父さんの語り口は、まるでそばで見ていた様な臨場感のあるもので、俺はすっかり興奮してしまい、そのあとしばらく勇者ごっこに夢中になったものだった。
 そして、その話の中には、月の申し子っていうのが出てきて・・・。
 月の申し子、という耳慣れない呼び名に興味を持った俺は、あれこれ父さんに尋ねまくった。
 父さんの返答は『月の女神のお使いで、とても人間とは思えないほど美しくて、満月の夜にお祈りすると、どこからか現れるんだよ』というもので・・・。
 それはもしかして・・・。

 俺は、思い切って聞いてみた。
  「なあ、シン。あんたって、月の申し子って奴なのか?」
 父さんの思い出話をしていたシンは、一瞬、へ?という顔をしたが、
  「そう呼ぶ人もいるけど。・・・何で?」
と、ちょこんと首を傾げた。うっ・・・か、可愛い・・☆
  「いや、父さんから何となく聞いた事があって、もしかして・・・とか思って」
  「君のお父さんが言ってたの?ふーん・・・そっか。うん。じゃあ、そう。僕は月の申し子・・・ってことで。」
 な、何か引っ掛かる言い方だなあ。
 シンはくすっと笑い、
  「僕ね、いろんな呼び名があるんだよ。それで、月の申し子って呼んでくれたのは君のお父さんだったから。でも、僕の事は誰にも内緒にしといてねって言ったのになー。」
 はっとした。そうだった。父さんはこう言ったんだ。
  『月の申し子の事は、お前だから特別に教えたけど、本当は誰にもしゃべっちゃいけない事なんだ。だから母さんにも誰にも内緒だぞ』
 えー、昔話ならみんな知ってる事なんじゃないのー、などと思うより、〔お前だから特別に〕という言葉に嬉しくなってしまったおれは、
  『うんっ☆』
 と、思いっきり頷いてしまったんだった。そのせいで、誰にも打ち明けられない悩みを抱え込んでしまうとは、当時4歳の俺には思いもよらなかったけど。
 それでつい、父さんの弁解をしてしまう俺だった。
  「いや、あの、あんたの事って、はっきり聞いたわけじゃないんだ。昔話の中で、何かそれっぽい話があったな、ていうのを思い出しただけで・・・」
 シンは、ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべた。
  「ねえ、それってどんな話?」
  「え・・・、いや、その、内緒なんだ。父さんと約束しちゃって」
 近くで顔を覗きこまれると、何か、ドギマギしてしまう。
  「いいじゃない。もうしゃべっちゃってるようなものでしょ。月の申し子本人だし。特別な人になら、話してもいいんだよね?」
 思い出した。
  「あんたっ、俺がわざわざ口に出さなくても、考えてる事分かるんだろうがっ☆」
  「全部分かるわけじゃないよ。君があからさまに思ってる事は読もうと思わなくても分かるけど」
 それって、さんざんないわれようじゃ・・・。
  「いいからいいから。ね、どんな話?」
 ・・・だめだ。この笑顔には何だか負けてしまう。
  「一応、昔話だからむかしむかしで始まるんだけどさ」
  「うんうん☆」
  「悪ーい魔物を退治してまわってる勇者がいて、ある王様に招かれて、ドラゴンにさらわれたお姫様を助けに行くんだけど・・・」
  シンはちょっと拍子抜けた顔をして、
  「何か・・・割とありきたりの出だしだねえ」
  とか茶々をいれる。そ、そうなのか・・・。父さんがこの話をしたとき、俺なんてもうドキドキして聞いてたけどな・・・。
  「それで、ドラゴンを追って深い森に迷い込んでしまった勇者は、別の魔物に毒攻撃を受けて1回倒れるんだけど、その時空に満月が浮かんでるのが見えたんだ。それで、月の女神に助けてくれ、って祈りながら気を失って・・・」
  「それで気がついたら、そばに月の申し子が・・・」
 思わずシンをにらんでしまう。まあ、その通りなんだけど。
  「そう。世にも美しい月の申し子が立っていて、勇者を助けてくれるんだ。それで元気になった勇者は見事にドラゴンを倒して、お姫様を無事救い出して、めでたしめでたし」
  「それだけ?」
  「うん。さっきのシンの話とは少し違うけど、これって本当の話を作りかえて、俺に聞かせてくれたんだよな、きっと・・・」
 父さん・・。また思い出にひたってしまいそうな俺をシンが現実に引き戻す。
  「それでさ、どこら辺が内緒の話なの?」
 うっ。やっぱ、言わなきゃ駄目?
  「そんなにでっかい図体で甘えた眼差ししてもかわいくないよー。さー、お兄さんに話してごらん☆」
 お、お兄さん・・・。
 父さん、ごめん、俺ってば、意志が強い男だって思ってたけど、どうもシンには逆らえない。
  「・・・勇者は、月の申し子を一目見た途端、あまりの美しさに目を奪われ、恋に落ちてしまったんだ。これからお姫様を助けに行かなくちゃならないのに、思わず結婚してくれとか言ったんだ。だけど、月の申し子は、『私は月のお告げを人々に伝えるのが役目。人間と一緒になることはできません』とか言って、月に帰るんだ。勇者は失恋してしまった訳だけど、気を取り直して姫と結ばれる。でも満月を見上げる度に、月の申し子の事を思い出しながら、一生を終えるんだ」
 シンは今度は黙って聞いている。
  「俺、なんか勇者がかわいそうでさ。何とかならないの、て父さんに言ったんだけど、いくら好きでもどうにもならない事もあるのさ、って、さみしそうに言ったんだ。・・そのあとであわてて『これも母さんに内緒だぞ』って。・・・内緒の話はこれだけ。」
 言いながら、俺はそのころ考えてた事を思い出していた。これはもしかして、おとぎ話じゃなくて、本当に父さんは好きな人がいたんじゃないか・・・。
 でも、もし本当だとしたら・・・。
  「なーんだ、カルってば、この事は一生胸の中にだいじにしまっておくよっていってたのにな、息子には内緒にできなかったんだな−」
 がたーっっっ。俺は思いきりコケた。
  「シンっ。やっぱりこの話、本当なのか?父さん、あんたに・・・」
  「うん。一目惚れだって。一緒に村に帰ってくれって言われた。もちろんすぐ断ったけど。さっきの話、月の申し子のお役目はもちろんだけど、何より僕、男ですからって。なんか可哀想なくらいショック受けてたなー。まあ、そのころは今より少し若かったから、女と間違えても無理なかったかもしれないけど」
 ・・・今でも充分若く見えるけど。
  「父さん、最後まであんたが男だって、信じたくなかったんじゃないかな。だって、話を聞いてて浮かんでくるのって、どうしたってきれいな女の人のイメージだもんなー」
 そうなのだ。俺は父さんの言葉から、月の申し子というのはどんな人物なのか、少ない想像力をフルに働かせて、一生懸命思い描いた。何しろ、お姫様よりも綺麗でなくてはならないのだ。半端な美人じゃないのだー。
 しかし、結局はよく分からないまま挫折した(考えてみれば、綺麗なお姫様自体見たことがないのだからあたり前だが)。それでもう考えるのはやめよう、と思ったはずなのに。は・ず・な・の・に・・・。
 成長するにつれて、同い年の男よりはるかにガタイが良く、力も強く、愛嬌もある俺は、村の娘達に〈押しかけ女房ごっこ〉なんていうのをやられた。
 中には、本当に好きだから、付き合って欲しいって娘もいた。
 だけど・・・。誰にも本気になれなくて・・・。
  「えー、もしかして月の申し子に恋い焦がれるあまりに誰も好きになった事が無くって、自分は異常なのかな−とか、そんな事で悩んでたの?」
 うわあ。
  「シンっ、あんたっ、また勝手に人の心の中覗いたなっ」
 まったく油断もスキもないっ。
  「だって君って、本当に開けっ広げなんだもの。それでよく10年近くも隠し事できたなー、と思って感心してたの。でも逢う前から初恋されちゃうなんて僕ってばすごーい☆どう?イメージより綺麗?」
  「そりゃ・・・想像してたより断然・・・」
 思わず言葉につまってしまう。綺麗って言われて喜ぶ男なんているんだろうか。
  「どうなの?綺麗?」
 しかし、詰め寄ってくるシンの迫力に押され、おもわず頷いてしまった。
  「ほんと?やったー。毎日、月の光で磨きかけてるからなー。これでも努力してるんだよー。」
 杞憂だった。綺麗と言われて喜ぶ男を始めて見た。
  「でも、ごめんねー。僕、魔物は作れるんだけど、人間の子供はつくれないからね。あ、でもそうすると」
 ピッと人差し指をたて、何かひらめいたように目をクルリとさせて言う。
  「僕、親子2代続けて失恋させちゃったんだね。わ、何かときめいちゃうねえ☆」
 ガラガラガラ。
 俺のなかで、何かが音を立てて崩れていった。
 長年、人に言えなかったせいで、ブロックのように固めてしまっていた俺の初恋。
 父さんの淋しそうな顔から思い描いた、優しく美しくたおやかな月の申し子のイメージ。
 子供のころの、初めて感じた切ないときめき。
 それらがみんな、砂のように粉々になって流れていくのを、実感した。
 シンの言う通り、これを失恋というのだろうか。
 心なしか、足元まで砂の中に埋れて行くような・・・・。
  「うわっ!?」
  「あ、だめ、あぶない!」
 間一髪、シンに腕を掴まれて助かった。
 ベッドの下が砂地獄のようになって、真ん中に開いた昏い穴めがけて、砂と化した床が流れ落ちて行く。
  「もう、だめだよほら、男の子がこんな事で落ち込んでちゃ!しっかりしな!」
 シンは俺の両頬をおもいきり引っぱたいた。
 びっくりして、きょとんとなった瞬間、部屋は元通り月の光が差し込んだ静かな場所に戻った。
  「ごめん、バル。君があんまり素直な反応するもjんで、からかいすぎた。」
 優しく頭に手を置かれて、はっと気がついた。
  「い、今の、何が起きたんだ・・・?」
 まだドキドキしてる。
  「うん、言うのが遅くなっちゃったけど、この部屋って、強く念じると思った事がそのまま形になってしまうんだ。君って人は本当に思ってることがぼろぼろ零れてくるからつい、面白くて。でも、さっきみたいのは珍しいよ。余程ショックだったんだね。でも、大丈夫。」
 シンは俺の手を両手で包み込むと、優しく囁いた。
  「世の中、君が考えてるよりうんと広いんだから。僕なんかよりすてきな人、たくさんいるよ。大丈夫だから。今日はいろんなことがあって疲れたろ。ゆっくり、お休み。」
 何だかよく分からないうちにベッドに横たえられて、瞼をシンが撫でた、と思った瞬間、俺の意識はまどろみ始めた。
 なんだか、一つもいい所がなかったな。
 ずっと、悩みなんかないぞ、と明るく振る舞って、みんなに好かれてる、と思ってた俺。
 腕っぷしが強くて、素手で熊を打ち倒して、この辺じゃ1番強いと思ってた俺。
 どんな事にも動じない、強い精神力を鍛え上げて、母さんを守るんだ、と決意してきた俺。
 それが・・・たかだか、失恋なんかで、こんなに脆くなっちまうなんて・・・かっこ悪いことこの上ない。

 眠りながら、夢の中で、気がついた。

 俺は父さんと違って、シンが男だから失恋した訳じゃない。
 子供の頃から頭の中で築き上げてきたものを、シンは何もかも上回り過ぎていて。
 俺っていう人間が、思い込みが激しくて、実は一人では何もできないちっぽけな存在だっていうのを気づかせてくれて。
 それが、酷くショックだったんだ。
 確かに、女の人だと思い込んでた月の申し子にはあえなく失恋してしまったけど。
 俺は、まだシンの事を良く知らない。
 見かけは綺麗だけど、中身はかなり意地悪で・・・。
 でも、すごく優しい面もある。
 不思議な奴だよな。
 なんだか、とても興味が出てきてしまった。
 まだ、好きかどうかもわからないのに失恋なんて、変、だよな。
 それより、友達になれないかな。
 あいつ、ドラゴンぐらいしか友達いないんじゃないかな。
 今日は俺のこと、全部ばらしたんだ。目が覚めたら、今度はあいつのこと、色々聞いてやるぞ。
 そこまで考えて、少し楽になった俺は、そこで夢をオフにして、今度こそ真っ暗な、深い眠りへと落ちていった。

 身体の割に神経が細いと気がついて、今度はそれを鍛えよう、と決意した俺だったが、未練がましくて恥知らず、だったとは、あとあとでシンに言われるまで気がつかない俺でもあった。
 見てろよ。いつかきっと・・・(いつだ・・・)。

第4話  完

まだつづく・・・ごめんなさい・・・★

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