満月の夜に・・・

第五話

  バルの寝顔を月明かりが照らしている。
  本人かなり疲れてたし、僕の催眠暗示も結構強力だから、熟睡しているはずなんだけど。
  なんとなく眩しそうに顔をしかめてる気がして、窓から差し込む月明かりを少し抑えた。
  今度は安らかな顔になった。
  僕は胸にためていた息を、ほっと吐き出した。

  僕の名前はシン。
  肩書きというものを敢えてつけるとするならば、バル親子の呼ぶところの月の申し子というのが気に入ったので、そういう事にしておこう。
  なんか、綺麗な感じがするし・・・。
  今夜は、何もかも本当のことを話してあげようと思っていたんだけど、バルのあまりにも純粋な思い込みや夢に圧倒されて言い出しにくくなっちゃって、つい意地悪しちゃった挙句、強引に寝かし付けてしまった。
  ごめんね、バル。
  僕は、そんなお綺麗な奴じゃないんだよ。
  でも・・・これからの事を考えると、隠す訳にもいかない。
  「あ〜ん。どうしよう〜〜☆」
  思わず呟いて、眠っているバルの胸に、ぱふっ、と頭をもたせ掛けた。
  とくん、とくん、と規則正しい心臓の脈打つ音が、直接耳に響く。
  なんだか、落ち着いてくる。

  人間は、母親の胎内でこの音を聞きながら育つから、生まれても覚えていて、胸に抱かれたりすると安心できるんだろう。
  でも僕は、母親を知らない。っていうか、そもそも人間じゃない。
  なのに、なんだかとても安らかな気持ちになってきた。
  「なんでかなぁ・・・。」
  バルの顔に指先を触れてみる。
  「こんなに大きくなっちゃってさ。」
  バルの事は、生まれた時からずっとここから見守ってきた。
実際に触るのは今日が初めてのはずなのに、そういう気がしない。
  「そりゃそうですわ。バルはあのカルの息子なんですもの。いわば同じ気を受け継いでいるのですから。」
  「あっ、そうか・・・って・・・★」
  思わず頷きかけて、声の聞こえたほうを振り向く。
  「ルナ!いつの間に!」
バルの足元の毛布の上に、たまごを抱えて寝転がっていたのは僕以上に性悪の妖精、ルナだった。
  「さっきからずっといましたわ。いつもクールなシンさまが、珍しく熱心に人間の坊やなんかをからかって遊んでいるな〜と思ってたら、今度は心まで開けっ広げで考え事してるんですもの。面白くて目が離せませんでしたわ。」
  しまった・・・、失態だ。
  こいつに弱みを握られると、後々までやっかいだな。
  「あら、もう心を閉ざしてしまうの?つまりませんわ。」
  あ・の・ね。
  「何しにきたのさ。僕は忙しいの。君と遊んでる暇はないんだけど?」
  「あら、そうなんですの?なんだかここのところ沈んでいたみたいだから、慰めてあげようと思って来たんですのに」
  「からかいに、の間違えだろ」
  「まあ、失礼ね☆なんてね。その通り。よくわかってらっしゃるわ。」
  「そりゃあね。長いつきあいですから。」
  「たしかに。」
  そこでお互いの目を見つめ合ってニヤッとかほほ笑みあう僕たちの関係って、きっとバルにはわかんないだろう。
  なんだかんだ言っても、親友なんだよね。(悪友かな。)
  「お察しの通り、僕はここのところ元気がなかったかもしれない。なんでだか、君にはわかってるんだろ?」
  ルナからたまごを取り返し、手に包んであげながら、聞いてみた。
  「やっぱり、そうなの?」
  ルナは、少し顔を引き締めた。
  「あの日が近づいているのね?」
  僕は頷く。
  「そう。そのために、バルをここに連れて来たんだ。」
  そして僕はバルを見た。・・・なんて幸せそうに眠ってるんだろう。
  「遠くから見てるだけじゃわからなかったからね。今日、実際に会ってみて確信した。彼は、たしかにカルの血と共にこれの血も受け継いでいる。」
僕は、ルナの前にこぶし程の大きさの石を出現させた。
石は見る間に膨れ上がり、人の頭ほどの大きさになった。
キラリと光ると、中に小さなドラゴンの入ったドラゴンストーンになった。
  と言うか、大きいドラゴンを中に封印してあるんだけどね。
  「そろそろ目覚めるんですわね?」
  「うん。」
  そう。約束だったから。カルに心臓をわけたとき、運悪く、僕は女神さまに見つかってしまった。
  僕は月の女神さまの大のお気に入りだったから、何をしても許されると思っていたんだけど、唯一のご法度を犯してしまった。 人の生死に関わる事だけは、女神さまの許しを得てからでなくてはならなかったのに。
  そんなのにかまってはいられなかった。なんとしてでも助けたかった。後でどんな罰を受けようとも。
  そして僕は想像もつかなかった罰を受け・・・。現在、この塔に幽閉されているのだった。
だけど、それでも僕が文句も言わずに罰を受けたので、女神さまは条件付で許してくださることになった。
でも、それはやはり僕には辛い条件だった。

  僕がまた考え込んで黙ってしまったので、ルナはドラゴンストーンをいじくりまわしはじめた。
  あの時瀕死だったドラゴンは、この石のなかに封印されてから、それこそ死んだように眠っていた。
  そして、心臓を半分に分けて回復のために眠りに入ったドラゴンが目覚めるとき、膨大なエネルギーを必要とする。
  そのためには・・・。
  ふと、バルを見やった僕は、またしても回りの事をうっかり失念するほど考え込んでいたのに気が付いて、恥ずかしくなると同時に、声を張り上げていた。
  「こらーっ!だめだよみんな、バルから離れて・・・・・・、やめんかーっっ!」
  バルは、僕がたまごから育て上げたペットたちに、舐め回されていた。やばいよ、起きちゃうじゃん♭。
  ・・・ごめんね、バル。もう少し寝ていて。決心が固まったら、今度こそ、本当の事、話すから。

第5話  完

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