満月の夜に・・・

第三話

 雲を突き抜け、月にも届くかというような高い高い塔の、1番上にちょこんと乗っかった卵のような部屋の中。
 たった1つしか無い窓から、溢れんばかりに差し込む月の光が、俺の前に立つ少年の、床に届くほどの長い銀髪を輝かせている。

 俺の名前はバル。旅の途中で、しばらく風呂にも入ってないから髪の毛はボサボサだし、さっきまで地べたに倒れてたもんだから服とかも泥だらけだし・・・なんて、普段は絶対に気にしないことが、やけに今は気になってしまう。
 それぐらい、今俺の前に立っている少年・・・シンは、綺麗なんだ。男どころか、女にも見えないぐらい。何者なんだ。

 透き通るような白い顔の中で、とても目立つバラ色の唇が開いて言った。
  「とりあえず、体に毒が廻ってるみたいだから、浄化するね。少しの間、目を閉じていてね。」
  「え・・・、毒?さっきの泉の水、やっぱりそうなのか?」
  「そう。普通の人なら死んでるよ。君は人一倍体もでっかいけど、運も良かったんだ。なにしろ今宵は満月だもの」
  「え・・・」
  「ごめん。少しの間、口も閉じていて」
 口調は優しいんだけど、その時のシンの言葉は有無を言わせない力がこもってて・・・。俺は黙って任せることにした。
 シンは右手の指先を俺のおでこにつん、と当てると左手を俺の口許に当て、何やらぶつぶつ呟きだした。
 なんか、身体中が温かくなってきた・・・と、思った瞬間、血が一斉に逆流したような感じがして、胃から口にこみ上げてきたものがある。うっ、やばいっ、なんか吐きそうっ・・・★
  「はい、いいよ、吐いて」
 ええっ。だめだ、こんな白くてきれいな手、汚せねえっ。
  「大丈夫だから。ほら」
 うわあ。耳元で囁くなっ。(そこは唯一俺の弱点だっ。)
 たまらず、口を開けてしまった。途端、中から何かが飛び出してきた。
  「げッ★」
 何だ、こりゃ?

 俺の腹の中から飛び出して、シンの左手の上にころん、と転がっている物は・・・、少し緑色がかって、水色の斑模様が入ってるけど、紛れもなく卵だった。
  「はあい、よく頑張って産みましたね、お母さん☆」
 頭をなでなでされて、はっと我に返る。
  「誰がお母さんだっ。な、何だよそれっ、俺いつそんなもん飲み込んでたんだっ」
 思わず知らずわめいてしまった。シンは落ちつき払って言った。
  「これごと飲んでたんじゃないよ。これは、君の身体中に廻ってた毒水をぎゅーっっと1つに凝縮して創ったの。毒だけじゃなくて、死にそうなくらいの寒さもブレンドされてるから、後でどんな魔物が生まれるか楽しみだねえ」
 なに〜っ。
  「そ、そんなもんから、魔物が生まれるのか?」
 恐る恐る聞いてみると、シンはにっこり極上の笑みを浮かべる。
  「大丈夫。僕、育てるの上手いから。君を連れて来てくれたキラも良い子に育ってくれたし。優しかったでしょ」
 その時、窓の外から、ちらっ、とドラゴンが覗いて、飛んで行くのが見えた。そう、ドラゴンだった・・・。アレガ、キラ?
  「あ・・・あんなの、育てたのか?」
  「うん。月の光で育てたから、月以外食べないから人は襲わないよ。あ、そういえばキラはねえ、君のお父さんから出てきた毒から生まれたんだよ。君とは兄弟みたいなものかもしれないね」
 兄弟みたいなって・・・そんな・・・。
  「あそこの泉は、人間大好物の魔物が、旅人を見つけると作っちゃうんだよ。若い時の君のお父さんもそれにひっかかってね。あの時はドラゴンと一戦交えた後で、大怪我してて大変だったよ。牙が、心臓に食い込んでてね。半分、ダメになってたから、まだ息があったドラゴンを説得して、心臓を少し分けてもらってお父さんにくっつけたんだ。あ、その時は僕も現場に行けたんだけど・・・」

 あまりにも淡々と語られるその話は、俺に〔本当はお前いくつなんだッ〕と突っ込む隙も与えず、そして心に突き刺さって来た。
 母さんにも言えなかった俺の秘密の鍵・・・見つけた気がする。

第3話  完

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