雑味館抄 <あいさつ> 2009. 11. 23
この松が三本松の生き残り?
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健歩・下見フォト(阿夫利神社〜見晴台)
随録(冬の近さを)
これが三本松のひとつ?・・・
ご近所の「パソ悠遊会」というメンバー4人の集まりは近くのイタリア系?のファミレスで隔月に開催される。
12時前にお店に入り、軽い昼食のあとテーブルが片付くと話がはじまる。 ここのところ、Kさんが仄聞として記されている、地域の昔の物語が話題である。
八王子市の多摩ニュータウン部分にかって三本松小学校があった。少子化の影響だろうこの小学校は廃校となり、跡地はデジタルハリウッド大学となった。 この学校の近くに「三本松」と呼ばれた場所があったそうだ。
Kさんは、地域の古老や年配者に聞き取りをされて一文をしたためている。 メンバーにメールで送られて来た「三本松・・・」には松の木と送電線の鉄塔が写っている写真が載せられていた。
そしてこの日の集まりには昭和34年のこのあたりの地図を持ってこられた。
テーブルの上に地図を広げ、用意した天眼鏡を使い「ああ、三本松と書いてある」
その三本松の謂れはいろいろあるようだが、道に囲まれて黒いドットが三つ確認できる。
私は国土地理院のアーカイブの昭和22年の空撮を用意し、地図と見比べながらの談笑となった。
空撮では谷戸らしきもの、そのなかを細い道が曲がりくねって登っている。
この道が南北を結ぶ唯一の道だったとか、そして三本松を囲んだ道で南の村と北の村の運動会など交流があったという。
現在はその南北を車で10分もあれば通り過ぎることができる。
21日、私も三本松があったという場所を探した。 高圧の送電線がやや角度をもって曲がっている鉄塔の近くである。
南側にまわって見ると松が一本立っている。 まさしくこの松が三本松のひとつであろう。
松を見上げながら「君が三本松の片割れかい?」。 その松は一瞥もくれず南の方を向いている。
松の木はかなりの長寿だそうだが、 松の根っこまで土手を上がって見る。 そこには少し間をおいて切り株が五つあった。
「なんだ、六人兄弟だったの?」
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久々、大山へ・・・
9日に大山参りをした。 今月26日に健歩クラブの行事が予定されているので、Oさんと下見に出かけた。
昔はこのクラブでも山頂まで登ったらしいが現在ではそれは難しいらしい。 そこでバスの終着から下社まで登り、見晴台まで往復するコースが設定された。
見晴台に着き昼食のあと、Oさんを誘って山頂に登った。 相模平野が一望できる眺めは疲れを癒してくれたが、帰りの表参道、女坂の下りは膝がガクガク・・・、女坂を下っている三人のおばちゃんに声をかける「大山の女はキツイ〜ね」。
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