これが利根運河だったって・・・
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東武野田線・運河駅
10時少し過ぎに運河駅に着いた。 家を出て2時間半の”旅”であった。 千葉県在住のOさんとMさんに「遠路はるばるご苦労さん・・」と労われる。 「新幹線なら名古屋まで行ってますね」と言ったが”のぞみ”なら新大阪まで2時間25分だって。 今朝は5時半の起床、7時50分のバスに乗るつもりだったが遅れてきた。その影響で武蔵野線に飛び乗った電車は途中までの東所沢行きだった。 朝の交通機関は遅れることを想定しもう少し余裕を見なければならないようだ。 |
駒形神社
流山街道を南へ少し歩いたところの駒形神社へ向かう。 私は最後尾を歩いていた。狭くても歩道があるのは安心である。 地元のおばさんがわがウオーカーの行列に続いて歩いている。 わたしはお詫び方々クラブの概要をお話しする。 そのおばさんは迷惑がるような雰囲気もなくニコニコと笑顔でペースを落として歩いてくれる。 私たちが駒形神社の前の交差点を右折し神社に入っていくと、そのおばさんは真直ぐ行ってしまった。 駒形神社の社殿は比較的新しい。 信心深い方が多いのか拝殿の前で手を合わせる人が多い。 野田線の線路を越えて東の方へ向かう。 |
東深井古墳の森
鉄道系列の不動産会社が造成したきれいに整備された住宅が並ぶ街並みを抜けると 森の中の公園に入った。 園内には古墳と表示され囲まれた小さな丘がある。6〜7世紀に造られたこの地方の有力者一族の墓だそうだ。 「東深井古墳群」と呼ばれ前方後円墳1基と円墳11基がある。 人物、馬、鶏などの埴輪のほか珍しい魚の埴輪も出土したという。 古墳は当時の様子がわかる貴重な史料であるが、豪族など特定の人のものである。 大半の庶民などは穴の中にまとめて葬られていたのだろう。 |
オランダ人技師ムルデルの碑
木々に覆われた堤に駆け上がる、そこが利根運河だった。 川幅は50mくらいありそうだ、河川敷は草に覆われ底の方にわずかに水が見える。 対岸には中層のマンションが見える。 さしずめ”カナルサイドXXX”と言ったところだろうか。 堤防の上を西に向かって歩く。 やがて見えてきたふれあい橋をくぐり水辺の橋を渡って堤防の上へ。 国土交通省江戸川河川事務所運河出張所といういかめしい建物の1階にある”運河交流館”で運河についての説明を聞き、リーフレットを貰う。 ここは運河水辺公園という、園内に運河を設計したオランダ人技師ムルデルの石碑がある。 公園で運河を眺めながら昼食。 |
校庭が境内を飲み込んだ?
運河沿いに西へ、つまり江戸川に向かって下って歩く。 ややしばらく歩く、大きな水道管の橋が高く上り対岸へ渡っている。 「なぜあれほど高いところへ上げねばならないのでしょう」 運河と別れて点在する住宅の間を抜ける。 みずき公園というこざっぱりとした場所で休憩。 とんとんみずき橋と名づけられた木製ぺデストリアン・デッキを渡る。 遠くに眼をやるとスーパーなどが並ぶモールが、最近はどこの町にもこのような施設が多くなった。 やがて一行は小学校の校庭へと入る、「おいおい、どうしてこんな所へ・・・」みんなそう思ったに違いない。 そこは香取神社の境内でもあった。 おそらく神社の境内が学校の校庭に変わってしまったのだろう。 二十三夜供養塔、道祖神、待道大権現などの石塔が並んでいた。 |
帰りもTXに乗って・・・
狭い道をいくつか曲がると、大きなマンションらしい建物が見えた。このあたりには不似合いなほど高い建物だ。 「大半は空き室らしいね」そう言いながらその角を曲がると瀟洒な駅舎があった。 駅前の高層高級マンションと言ったところ。 あたりを見回すがお店は見当たらない。 「・・・、今日は柏へ行きましょう」 私は柏に向かう野田線4つ目の駅で下車、今日は失礼しよう。 つくばエクスプレスに乗り換えた。 |
ウオーキング
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