オーキング
04. 3. 22
ウォーキング (in多摩出身・新撰組隊士のルーツ)

1.はじめに

  2003年度最後の、京王沿線ウオーキングに参加した。今回は京王堀之内駅から多摩出身の新撰組隊士にゆかりのお寺などを巡り、多摩境駅までの約12kmである。
前回に続いて私にとって馴染み深い地域である。
コースには、神社仏閣があわせて5つ。保井寺は斎藤一諾斎の墓所、大法寺には横倉甚五郎の墓所があると記されている。保井寺は訪れたことはないが、側を通ったことがある、また大法寺の霊園には我が家の墓所もあり、昨日、墓参に来たばかりだ。
2004年度も京王沿線ウオーキングは企画され、4、5、6月は新撰組隊士ゆかりの土地を訪ねる。
このほか私鉄5社リレーウオークというのが企画されていることを知った。第6回というから結構、歴史のあるウオーク・イベントである。

● 実施日 : 2004. 3.20(土)

● コース : 京王堀之内駅→保井寺→地蔵堂→永林寺→富士見台公園→上柚木公園→絹の道資料館→大法寺→小山白山公園→多摩境駅(約12km)


2.ひとこと

この日は、朝から雨が降っていた。この地方の天気予報も一日中雨、気温も最低4度、最高気温が8度であった。
あまりウオーキングには適していない日和であろうと思いつつ、なかば諦めの気持ちで出かけた。
いつもながらこのウオークには私より高齢の方も参加されている。その方たちより多少、体力的には条件が良いであろうから、頑張らねばと思った。
保井寺、地蔵堂、を通り過ぎ永林寺に向かう「里山道」(勝手にそう称している)は10年以上昔、一度通ったような気がする。
永林寺も初めて訪れたが、このように大きな禅寺だとは知らなかった。
1550年ごろ大石氏の居館があったといい、寺の奥には「由木城址」の碑が建っていた。
娘たちが通った中学校の側を通り、富士見台公園、上柚木公園を経由して絹の道資料館を通る頃には雨に白いものが混じり始めた。八王子バイパスの側道では横殴りの雪となっていた。大法寺には我が家のお墓があり、昨日墓参したばかりだ。雪の春分の日はお墓参りの人たちでごった返していた。
ここから多摩境駅まで雨の中、単調な道を黙々と歩く。天候は最悪であり、あらためて忍の字を学んだ22000歩、約17kmのウオーキングだった。

保井寺の椿
永林寺・山門
横倉甚五郎の墓<大法寺>
農村のなかに静かにたっているお寺である。本堂の裏手には新撰組隊士、斎藤一諾斎の墓所がある。
一諾斎は江戸で幕臣の子として生まれ、仏門にはいった後、近藤勇に協力を求められ新撰組に入隊、仙台で離脱後、当地に住み晩年を終えた。
山門脇の椿(写真)は五色八重散椿といわれ樹齢400年だそうだ。
永林寺は大石源左衛門尉定久公の居館(由木城)であったものを、定久公が滝山城主として移るに至り、叔父の一種長純和尚に譲り、1532年(天文元年)3月永鱗寺として創建された。
その14年後、七堂伽藍が完備された大寺院が完成した。
1581年(天正19年)徳川家康が当寺に巡拝した折、朱印十石、公家格式十万石を授け、赤門の建立を許可した。永林寺と称した。
寺名は寶祐山大法寺といい、天正年間に開かれたというから同様に歴史を有し、鑓水に移築された。
大きな墓地を持ち日本式の庭園がきれいである。
新撰組隊士、横倉甚五郎の墓所がある。甚五郎は今日ウオークしてきた八王子市堀之内の出身である。大法寺には斎藤茂吉の歌碑もある。





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