<その4>
◆全面的に無罪にすると公職選挙法自体が悪であり、さらにそれを認めている最高裁も悪ということになるのであろう。選挙における個別訪問禁止の是非というより、法律と最高裁判決の存在の方がこの社会では問題になるのである。
◆他の意見・少数の意見に寛容ではない社会は民主的ではない。少数意見を言えないようでは民主主義の社会とは言えないだろうし、裁判所もそういう重大な問題で多数意見あるいは体制に向かって異を唱える裁判官が、居辛くなるようなところであってはならないはずである。
私はまだ裁判所が良識の府であることについて楽観的な印象を持っていたのであろう。だがこの楽天性は後で述べる司法官僚統制の中で次第に失っていくことになる。
◆人間が小さい。「歴史に生きる自覚が無い」といえばそういうことになるのかもしれないが、日本の裁判官は裁判官であっても陪席であってもその置かれた位置を問わず何よりも自分の官僚裁判官としての「立場」や「将来」を考える。「意見を表明した結果」、自分に及ぶ影響を考える。
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