渋谷区の税理士 中川尚税理士事務所

 

中川尚の飛耳長目(税理士読書日記)TEL 東京・渋谷 03-3462-6595

 

 大村大次郎「脱税入門」(ビジネス社)
202084日(火)

 

 

<その4>
◆なぜ、日本政府のコロナ対応が後手に回ったかといえば、日本政府には財源の余裕がないからです。いや、日本政府は100兆円の規模を持っているのですが、その予算の使い道は族議員等によってガチガチに支配されているので、いざというときに出せるお金がないのです。

◆日本の予備費は激滅しています。
その推移を見ると、安倍内閣になってから予備費が1兆円〜2兆円減っていることがわかります。もともと2兆円から3兆円しかない予備を1兆円以上も削っているのですから何か起こった時には対応できないのは当たり前の話です。

◆一方で安倍内閣は道路整備事業、湾岸空港鉄道整備事業、農林水産基盤整備事業費などの予算は激増させています。国家に一大事が起きたときのための予備費を削って、自民党の支持基盤に金をばら撒いたのです。


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 大村大次郎「脱税入門」(ビジネス社)
202083日(月)

 

 

<その3>
◆とくにひどいのは、あの朝日新聞なのです。朝日新聞は数年おきに「所得隠し」が発覚しています。最近では、2005年、2007年、2009年、2012年と「所得隠し」などをしていたことが報じられています。

◆朝日新聞は2012年3月31日に異例ともいえる「消費税推進」の社説を発表しました。「高齢化が急速に進むなか、社会保障を少しでも安定させ、先進国の中で最悪の財政を立て直していく。その第一歩として、消費税増税が必要だ。私たちはそう考える。」と記されている。
つまり朝日新聞は国税局の指摘を受けた直後にまるで降参するかのように「消費税増税派」に転向したのです。
しかも、増税派に転向した途端、所得隠しのニュースがぱたりとなくなったことは特筆すべきことです。


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 大村大次郎「脱税入門」(ビジネス社)
2020731日(金)

 

 

<その2> 
◆故金丸信氏は、闇献金問題で世間から散々叩かれて議員を辞職した後に、脱税で摘発されました。
故加藤紘一氏は自民党の執行部に反旗をひるがえしたいわゆる「加藤の乱」を起こし、それが失敗した後、税務調査を受けました。

つまり、彼らは政治的な力を失ったときに国税に入られたわけです。逆にいえば手負いの状態でなければ、国税に入られることはなかったのです

◆非常に残念なことに新聞社は脱税比率が非常に高いのです。新聞社などのマスコミには「取材先の秘匿」という権利が認められています。それをいいことに、新聞社は取材費の使い方が非常にずさんになっていました。国税局のほうも、そういう目をつむってはいられなくなりある程度のメスを入れるようになりました。


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中川尚の飛耳長目(税理士読書日記)TEL 東京・渋谷 03-3462-6595

 

 大村大次郎「脱税入門」(ビジネス社)
2020730日(木)

 

 

またまた大村氏の本である。
本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介していきたい。

<その1> 
◆マルサというのは大企業には絶対に入れないのです。信じがたいことかもしれませんが資本金1億円以上の大企業にマルサが入ったことはほとんどないのです。
◆大企業は顧問として国税OBの大物税理士をつけることが多いのです。かのトヨタなども国税出身の税理士を役員として受け入れています。つまり国税庁側から見れば、大企業というのは大事な天下り先でもあるのです。
◆信じられないかもしれませんが、実はお坊さんも脱税常習の職業なのです。
寺の収入の柱は檀家からのお布施です。葬式や法事などのときに檀家の人がそっと包みを渡す、あれです。それを帳簿に記帳せずにそのまま着服してしまっても、外からはなかなかわからないわけです。
お坊さんという奴らは、もう本当に税金を誤魔化すのが好きであります。私がお坊さんのところに税務調査に行くと百発百中くらいの精度で税金を誤魔化しておりました。


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 生田暉雄「最高裁に『安保法』違憲判決を出させる方法」(三五館)
201691日(木)

 

 

<その10> 
◆情報公開法が対象にしているのは、行政機関であり、裁判所はこの法律の上では対象外となっています。対象外となっている理由は、裁判所の特殊性によるもので、一定の理解はできますが、その一方で裁判所には、普通の企業と同じように総務、経理、人事という組織として運営していくための機能があります。これらの機能、つまり、司法行政についてまで、情報公開しなくてもよし、ということにはなりません。

◆会計検査院は、当然すべき最高裁による裁判官の報酬に関する会計検査を憲法発布以来の70年間にわたって1度も行っていないということです。なぜなのでしょうか。会計検査院が裁判官報酬の会計検査をしない見返りとして、最高裁は公務員の違法行為に対する国家賠償請求訴訟等、官僚の違法行為の裁判を厳格にして、官僚の違法行為を容易に認めないようにしているからだという推測が成り立ちます。

◆自らの違法行為を不問に付しながら、他の公務員の違法行為については不法行為責任を問うことは、さすがにできません。これが、行政事件や公務員の個人責任裁判に対して、最高裁が消極的になっている大本の背景であり、理由です。


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 生田暉雄「最高裁に『安保法』違憲判決を出させる方法」(三五館)
2016831日(水)

 

 

<その9> 
◆「4号から3号に上がるのは、4号裁判官の3分の1」という現実を思い出してください。3分の2は4号のままです。ところが、予算だけは全員分を確保しています。すると、この3分の2の4号裁判官については、3号との差額分だけ、予算は使わないわけで浮くことになります。これがウラ金の源泉となるのです。

◆これを年間に換算すると、65万円×12か月×60人(4号据え置き者)で約1億円になります。2号、1号についても各約1億円のウラ金が約60年間続いているので、全部で180億円もの金額が浮いていることになります(実際は、これに期末手当や都市手当などが加わって、もっと高額になります)。これがすべてウラ金として最高裁に蓄積され、何らかの用途に使われているのです。

◆最高裁は、莫大なウラ金を何に使っているのでしょうか。私は最高裁による裁判官統制の「必要経費」に使われていると見ています。裁判官統制の問題が明るみに出ることを防止するには、司法制度の研究者や学者に異議を述べさせないように、ウラ金を使って、法外な報酬を支払います。


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 生田暉雄「最高裁に『安保法』違憲判決を出させる方法」(三五館)
2016830日(火)

 

 

<その8> 
◆最高裁で確定した判決について再審を認めるということは、最高裁を否定していることにつながります。つまり、出世街道から排除されます。多くの裁判官は、それを恐れて再審開始の決定を下せないのです。

◆人間社会において、相手方を困らせて意のままに動かすもっとも効果的な方法は、相手方の糧道を断つことです。裁判官にとっての糧道とは、その仕事による報酬です。

◆「裁判官の報酬に関する法律」の第3条は非常に大きな意味があります。すなわち、「各裁判官が受ける報酬の号または報酬月額は最高裁判所が決める」と最高裁の裁量が最大限に認められているのです。ある意味、「やりたい放題」ともいえます。


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 生田暉雄「最高裁に『安保法』違憲判決を出させる方法」(三五館)
2016829日(月)

 

 

<その7> 
◆判検交流とは、「判事・検事の人事交流」を略した言葉で、裁判所と法務省の間で行われている制度です。司法と行政は本来、職務上独立した機能であるべきなのですが、両者が互いに人事の交流をしているということは、独立ではなく、一体化して職務を行っていることになります。換言すれば、「癒着」です。

◆刑事裁判では、冤罪を生み、行政訴訟では行政側が勝つに決まっているような裁判を行う判検交流。これには、昔から批判がありまして、天下りよりひどい慣習です。

◆最高裁事務総局にとって、「優秀な裁判官」とは、どういう裁判官なのでしょうか。答えは、「事件を迅速に処理できる裁判官」です。これのみで、それ以外の要素は何もありません。


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 生田暉雄「最高裁に『安保法』違憲判決を出させる方法」(三五館)
2016826日(金)

 

 

<その6> 
◆私は、今、日本の裁判所の歪みを著書で指摘するようなことは、裁判官の仕事に集中していたときも、高松に移って退官する頃にも、想像すらしていなかったのです。最高裁を頂点とする裁判所の根の深い歪みを知ったのは、弁護士になってからです。

◆監視と統制のターゲットになるのは、最高裁が重要ととらえた裁判です。これを裁判所内部では、「報告事件」と称しています。「行政」「金融」「原発」に関することは押しなべて「報告事件」となります。安保法に対する違憲訴訟のように法律の違憲・合憲が争われる裁判も当然、報告事件になります。

◆最高裁自身にウラ金作りという違法な行為が常態的に行われており、その事実を行政が指摘しない代わりに行政の違法性も裁判で指摘しないという暗黙の取引、いわば、「闇取引」が行われています。


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 生田暉雄「最高裁に『安保法』違憲判決を出させる方法」(三五館)
2016825日(木)

 

 

<その5> 
◆最高裁は国家賠償訴訟に対する初めての裁判で、「公務員個人はその責任を負わない」とし、組織のトップの管理責任だけを認めているのです。その結果、公務員の不正が後を絶たない最悪の状況ができあがりました。

◆最高裁の統制が始まってから今日まで、勇気を奮って違憲判決を書き上げた裁判官も少なからずいます。ただし、違憲判決を書くということは、裁判官としての出世の道を放棄する覚悟、場合によっては、自分の生命さえも、賭する決意がなければできません。

◆裁判官の統制・コントロールを具体的に差配しているのは、事務総局です。ヒラメ裁判官がいつも見ている「上」とは、最高裁事務総局の意向にほかなりません。もちろん、事務総局が最高裁長官の意向を受けていることはいうまでもないでしょう。


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 生田暉雄「最高裁に『安保法』違憲判決を出させる方法」(三五館)
2016824日(水)

 

 

<その4> 
◆日本には「憲法裁判所」がありませんが、諸外国にはあります。私の知りうるところでは、第2次大戦後に、新たに憲法を制定した国がおよそ85か国あり、その中の60数か国が憲法裁判所を制定しています。

◆私は、日本に憲法裁判所があれば、裁判を敬遠する国民性が広がらなかったかもしれないと思っています。国に対しても、地方行政に対しても、裁判を通して、自分たちの権利を主張し、正義を守っていこうとする風土が育ったかもしれません。

◆ドイツにおける行政訴訟は年間およそ50万件ありますが、日本では年間わずか2000件程度です。日本では、国民・市民が「勝つわけがないから」という無力感が先に立ち、だれも訴訟を起こそうという気持ちにならないのです。事情を十分しっている弁護士も、代理人になろうとはしません。日本の2000件中、主権者である国民・市民の勝訴は1割程度です。


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 生田暉雄「最高裁に『安保法』違憲判決を出させる方法」(三五館)
2016823日(火)

 

 

<その3> 
◆何が一番困るかといえば、国あるいは行政機関が訴えられる裁判です。その典型的な例が違憲訴訟であり、安保法に対する集団訴訟はその最たるものです。主権者である国民を裁判から遠ざけるために、あたかも国民主権実現の手段が選挙だけであるような喧伝もしてきました。

◆「主権の実現の選挙」という単純な図式が頭にこびりついてしまいました。そして、裁判こそが直接的な主権実現の手段であることなど、頭の中にまったくない国民性ができあがってしまいました。

◆しかし、実際に国政や地方行政などに対する裁判を経験した人はまったく違います。自ら国や行政機関を訴える裁判に関わってみると、意識が変わるのです。裁判を通してそのことの大切さをいやというほど知らされます。


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 生田暉雄「最高裁に『安保法』違憲判決を出させる方法」(三五館)
2016822日(月)

 

 

<その2> 
◆一審の東京地裁は、「安保条約に基づく駐留米軍の存在は憲法9条が禁止する海空軍その他の戦力に該当するものであり、憲法上その存在を許すべからざるものといわざるをえない」と断じました。(いわゆる伊達判決)

◆それに対して、最高裁の田中裁判長は、「憲法9条が禁止する戦力とは、日本国が指揮・管理できる戦力であり、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しない」とし、駐留米軍の違憲性を否定しました。
また、日米安保条約の違憲性については、「高度の政治性を有する」もので「安保条約が憲法に反するか否かの憲法判断は、司法裁判所の審査には、原則としてなじまない。」として憲法判断を避けました。

◆田中裁判官は、実質的な裁判の相手であるアメリカ駐日大使とたびたび密会し、最高裁判決に関わるあらゆる事情を密告しました。この行為は、国家公務員法違反および背任罪に問われてしかるべきものです。


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 生田暉雄「最高裁に『安保法』違憲判決を出させる方法」(三五館)
2016818日(木)

 

 

元大阪高裁の裁判官の方の著作だが、残念ながら、本のタイトルの答えは本書には書かれていない。著者の一番主張したいことは、最高裁は、政治の方を向いているため、政治が変わらなければ変わらないということである。以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介していくこととしたい。

<その1> 
◆現実には、違憲訴訟を起こしても、裁判所が違憲判決を下す確率は限りなくゼロに近いでしょう。事実、2015年に起こされた違憲判決は地方裁判所においてことごとく、「門前払い」となり、控訴しても棄却されています。

◆絶望とは、真実を知らない中途半端な心の状態から生ずる人間の心理です。直面する困難な問題に対して、とことん真実を追究し、目の前に起こっていることの本質を理解すれば、問題を解決していく道筋がわかり、解決の意欲や情熱が自然と湧いてきます。前途に光明が射し、絶望感は解消されていきます。


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 南野森 内山奈月  「憲法主義」 (PHP研究所)
20141219日(金)

 

 

<その3>  
◆戦力不保持規定は、ほかの国にはまずありません。少なくとも大きな国で戦力不保持規定を持っているのは日本だけです。だから問題になるわけです。

◆国民は憲法によって守られている存在であって、憲法によって縛られる存在ではない。これが近代憲法の考え方です。 

◆憲法学の観点から見れば、これまで国家権力ができなかったことを解釈でできるようにすることは、非常に危ない。国家権力を縛る憲法を、国民の判断を経ずに弱めることになるからです。


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 南野森 内山奈月  「憲法主義」 (PHP研究所)
20141218日(木)

 

 

<その2>  
◆改憲派の主張の一つに「日本国憲法には権利ばかり書いてあって、義務が少ないからいけない」という主張がある。(国民の三大義務は、子どもに教育を受けさせる義務、勤労の義務、納税の義務です)しかしながら、憲法はあくまでも、国家権力を制約することによって、国民の権利を守ろうという目的でつくられたものです。だから憲法に国民の義務をもっと加えようというのは、的を外した主張だと私は思います。

◆間接民主制でいちばん大事なのは、「表現の自由」です。人権論のなかでの表現の自由は、人が生まれながらにして持っている権利である以上、保障されなければならないという位置づけでした。


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 南野森 内山奈月  「憲法主義」 (PHP研究所)
20141217日(水)

 

 

大学教員とタレントとの憲法論議である。以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介することとしたい。

<その1> 
◆法律と憲法が矛盾すると負けるのは法律。負けた法律は削除されてしまいます。そして、勝つのはつねに憲法。これが98年の「最高法規」の意味です。

◆勝手に写真を撮っていたからといって逮捕することはできない。損害賠償、要するにお金で解決するしかないのです。その損害賠償額が日本の判例ではとても低い。そうなると、出版社としては、後で損害賠償を100万円取られるのはわかっているけれども、それ以上に売れるから売ってしまえということもあるようです。


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 弘中惇一郎「無罪請負人」(角川書店)
201488日(金)

 

 

<その6>
◆私が感じるのは人間というものの弱さに対する寛容や、人が人を裁くことの難しさゆえの謙虚さが社会で薄れてきたということだ。代わりに「犯罪者」の烙印を押した人間を徹底的に叩きのめすという仕打ちが目立ってきた。

◆弁護士は、あまり「社会正義」などを高く掲げず、被告人の利益を護るという一点にすべて尽したほうが健全だと私は考えている。

◆本書の中で、「面白そうかどうかが事件を引き受ける基準」と書いたが、それは、もはやかなり風変わりな基準になっているかもしれない。弁護士数の爆発的増大による弁護士の経済的地盤の沈下よりも、ネット社会の進展により、あらゆる事件が無機質な記号と化し、また弁護士の側もホームページやブログなどで、取扱業務を記号として発信するようになったことが弁護士業務の大きな変化をもたらした感がある。

◆被疑事実を認めるのか認めないのか、検察官請求証拠に同意するのかしないのか、これが保釈の基準である。保釈を得るために被疑事実を認めれば、ほぼ自動的に有罪となる。


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 弘中惇一郎「無罪請負人」(角川書店)
201487日(木)

 

 

<その5>
◆米国をはじめとする日本以外の先進諸国では、日本のような形での検察官の取り調べをやることはないし、取調べをする場合には弁護士の立ち会いも認められている。拘置所から弁護人に直接、電話を掛けてアドバイスを求めることもできる。法律上の弁護人でなくてもいい。

◆検察は、日本の刑事裁判の有罪率が99%以上であることを誇ってきた。それは1957年以降続いている数字である。有罪率の高さには、3つの原因が考えられる。
1つは、「精密司法」と呼ばれてきたように、日本の検察は、非常に精密な証拠の検討をして、疑わしいものは起訴しない方針を取っている。だから有罪率が高い。
2つ目は、統計処理上の問題だ。交通事故のほか、万引き、覚せい剤といった再犯の多い、争う余地のあまりない事案等の事件を含めるからである。
問題は3つ目で無罪にすべき事件が有罪になっている冤罪が相当あると考えられる。

◆法務省は、重要ポストはすべて検察官が占める特殊な行政機関である。本気で検察を改革する気なら、法務省の土俵以外で、やらなければならない。小沢氏の事件の虚偽報告書問題で、法務大臣の指揮権発動さえ、事前に阻止されたことを思い起こしてほしい。


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 弘中惇一郎「無罪請負人」(角川書店)
201486日(水)

 

 

<その4>
◆マスコミが検察官の一方的な情報だけで書くことは、被疑者の人権侵害につながる。マスコミは起訴後、証拠が開示された段階で弁護人から説明を聞くことで、初めて報道にある程度の客観性が担保できると思う。

◆前章で「警察、検察、メディア、被害者が一体化した時は非常に危険」と述べた。
理性ではなく感情がすべてを支配し、「正義の実現」の名の下に、理不尽な暴力がふるわれることになる。この構図でいえば、薬害エイズ事件で被害者弁護団は、検察権力と同じ側に並んだことになる。

◆2006年、最高裁は、消費者金融会社に対して、利息制限法の上限金利15%〜20%と、出資法の上限金利29.2%の間であいまいだった「グレーゾーン金利」を認めないとする判決を出した。

◆武富士の武井元会長は、一審で執行猶予付きの有罪判決が出た2年後の2006年に肝不全で亡くなった。
消費者金融大手であるその武富士は、過払い請求の増加による業績と資金繰り悪化で2010年に破綻した。消費者金融業界における過払い案件は頭打ちとなり、過払いを当てにしていた弁護士や司法書士は、次の収入源を探さなければならなくなった。


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 弘中惇一郎「無罪請負人」(角川書店)
201485日(火)

 

 

<その3>
◆2005年に安部氏はこの世を去った。安部氏は血友病の患者団体、財団設立など血友病治療と患者の生活向上に力を尽くした医師だった。各紙の訃報は、安部氏の薬害エイズ事件の経緯だけを淡々と伝えるものだった。
このままでは薬害エイズ事件で一体何が問われ、無罪判決が何を意味するのかが、うやむやのまま歴史の闇に埋もれてしまう。私たちは弁護団を中心に、事件の経緯と問題点をまとめた本を出版した。

◆安部氏は亡くなった患者への非加熱血液製剤の投与支持を止めなかった責任を追及されたが、それは1人の患者に対してであり、たとえば、エイズ訴訟原告の川田龍平氏のケースとは何の関係もない。にもかかわらず、安部氏は日本全国のエイズ患者に対する加害者のように報じられた。

◆薬害エイズ事件のような原因が不透明な大きな悲劇が起こった時は、まず関係者の刑事免責をして、その上で事実を率直に話してもらうことから原因を究明するのが本筋ではないか。そして今後の精度の改善・改革につなげていく。特定の個人に責任を押し付けて幕を下ろすことは、逆に言えば、真相に蓋をしてしまうことになる。


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 弘中惇一郎「無罪請負人」(角川書店)
201484日(月)

 

 

<その2>
◆事件の背景にあったのは、メディア社会の膨張だ。経済発展のゆがみが物質に現れたのが公害であり、薬害ならば、情報産業の爛熟は報道の娯楽化、事件の劇場化を促した。それを象徴するロス疑惑は、いわば情報化社会のあだ花だった。

◆私は常々三浦氏から聞かされていた。
「自分は酒も飲まないし、ばくちもやらない。お金で女性を買うなど考えたこともない。着るものは、ジーパン程度。そんな私が何でお金のために妻殺しなんて考えるんですか!」

◆安部氏から話を聞き、資料に当たるうちに、安部氏1人にエイズ薬害の元凶であるかのような報道は、真実とはかけ離れたものだとわかってました。これはおかしい。おかしいことはおかしいと明らかにしなければ、筋が通らない。最終的に私が弁護を引き受けたのは、これは免罪だと確信したからだった。


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 弘中惇一郎「無罪請負人」(角川書店)
201481日(金)

 

 

弘中弁護士による刑事弁護とは何かについて書かれた本である。
以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して、御紹介していきたい。

<その1>
◆「無罪請負人」という風評だけを聞いて、無理な案件を「なんとかしてほしい」と訪ねてくる人もいるが弁護人の仕事は黒を白にする仕事ではない。私はこれまで担当した事件で、無罪判決を得たのは10件程度しかない。

◆私が弁護という仕事に際して心がけてきたことをここで1つだけ挙げるとすれば、「依頼人の話をよく聞くこと」である。

◆前田検事は、取調べ前に主任検事から、「この件は、特捜部と小沢との全面戦争だ。小沢を挙げられなければ、特捜部の負けだ。」と発破をかけられたと、小沢裁判の中で証言している。

◆私はこの際、いったん特捜部をなくした方がいいのではないかと思う。「特別捜査」という看板を掲げた数十人の組織が1年を通じて事件を追っているのは不健全だ。


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 垂水毅「税金に殺されない経営」(かんき出版)
2014725日(金)

 

 

<その2>
◆「取引先に事前連絡もないまま反面調査され、取引先から苦情を受けたとしても、調査官とその上司に説明を求めることはできるが、違法性を主張することはむずかしい。」
自社の調査の裏付けとして取引先の調査を行なうことを反面調査という。自社の税理処理等に何の問題もないのに、反面調査をやったとなれば、それは違法である。不正発見を目的とする調査に該当するからである。

◆「質問検査権をもった調査官の調査いわゆる任意調査には、受ける側に黙秘権はない。黙秘権は犯罪捜査における権利なのである。また黙秘については、罰則規定もある。なお査察官が行う強制調査は脱税犯罪の捜査が目的なので黙秘権が認められている。」
重要な指摘だとは思うがそれであればなぜ不正発見を目的とする任意調査は違法と言わないのだろうか。

◆「税務調査手続きの法定化(平成25年1月よりスタート)の影響で、年間の調査件数は30件から20件くらいに減っていくだろうと考えられる。」
平成25年1月以後実質的に調査が終了してから正式に調査終了するまでの期間が妙に永くなってしまった。一体、税務署の内部で何が行われているのだろうか。

◆「不正所得が500万円以上あった場合には、青色申告が取り消される。そうなると、企業としては、青色申告が取り消された年度から、次に青色申告が承認されるまでの間は、赤字の繰越ができなくなり特別償却もできなくなる。」
まずは、不正所得でもないのに不正所得と簡単に認めないことである。


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 垂水毅「税金に殺されない経営」(かんき出版)
2014724日(木)

 

 

元国税調査官が書いた本である。
以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介するとともに、私のコメントを付していきたい。

<その1>
◆「税務調査において、個人情報の保護が優先するかどうかは重要な問題だが、これまでのところ裁判の場でも、「調査官の調査が優先する」という判断になっている。だから、このようなケースでも、原則的には調査先は、調査官の要求を拒否できない。」
このようなケースというのは、クリニックやエステの個人情報を意味している。確かに個人情報より調査官の質問検査権を優先させないと、税務調査そのものが成り立たなくなってしまうが、かと言って何でもかんでも調査が可能かというとそういうわけでもない。
それは、一般の税務調査は不正発見を目的として行ってはいけないからである。

◆「会社に対する現物確認調査で、社長の承諾がなく、調査官が社長や経理担当者の机の引出しを開けて、中身を確認した場合は、調査の違法性を主張することができる。」
違法性を主張できるとあるが、これは立派な違法行為である。ただ、大事なことは、その場ではっきりと「ノー」と言わないと承諾があったとみなされてしまう場合がある。法律の世界では「ノー」と言わないと「イエス」になってしまうのである。


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 税理士 見田村秀宣「ちょっと待った!!社長!
御社の税務調査ここが狙われます!!」(すばる舎)
2014313日(木)

 

 

<その3>
◆「除外」「脱漏」「不正」「故意」「虚偽」「架空」「装って」などの言葉は、重加算税を前提としています。書いてある言葉の「本当の意味」と納税者が意図していることにかなりの乖離があることがあります。

◆個人的趣味を反映していたとしても、法人の事業用として使用していれば、減価償却資産になるということです。この法人がクルーザーに関して否認されたのは、「接待費、福利厚生用」としての事実を立証できなかったし、記録もなかった。」という、ただそれだけのことなのです。

◆相続税の税務調査があれば、約85%の確率で何らかの否認がされていると言う実態があります。 相続税の税務調査で中心的に調べられるのは、
・被相続人の財産とすべきものが、申告漏れになっていないか?
・税法の特例(評価の減額など)の要件を満たしているか?
・財産の評価方法に間違いはないか?


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 税理士 見田村秀宣「ちょっと待った!!社長!
御社の税務調査ここが狙われます!!」(すばる舎)
2014312日(水)

 

 

<その2>
◆「我々(税務調査官)の仕事は税法を知らなくてもできるんですよ。売上除外や架空人件費などの不正を見つけるうえで、税法は関係ないんです。こういう部分は、大きな否認もできるし、重加算税も取れますしね。人事考課に影響が大きいのは、多額の否認と重加算税なんです。

◆査察部は、脱税案件を扱っている部署であり、1件あたりの平均脱税額(国税)は1億3,000万円ほどになります。

◆税務調査官から「不正を認める申述書を書いてください」と言われたら、「現状では重加算税を課すための根拠が弱く、間接証拠しかありません。だからこれを保全するための直接証拠である申述書を書いてください」と言う意味だと理解してください。

◆「隠蔽」「偽装」がない限り重加算税は「絶対に」かからないのです。そしてその立証責任は否認する側にあるのです。しかし、その立証責任が果たされないまま、納税者や税理士が認めたがために重加算税が課されていることは、本当に多いのです。


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 税理士 見田村秀宣「ちょっと待った!!社長!
御社の税務調査ここが狙われます!!」(すばる舎)
2014311日(火)

 

 

同業者による著作だが本文より興味深い部分を要約して御紹介していきたい。

<その1>
◆平成23年7月から平成24年6月(これを平成22事業年度と税務署では呼ぶ)に行われた税務調査の結果では、約70%の会社が何らかの否認をされたと言うことがわかります。さらに約20%の会社に不正があったことになっています。

◆全体の税務調査の40%以上は、所得が無い法人(=法人税を払っていない法人)に対する税務調査なのです。

◆無所得申告法人に対する税務調査を行えば約10%は有所得に転換するということを、税務調査官は毎年のデータから知っているのです。


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 飯田真弓「税務署は見ている。」(日本プレミアシリーズ)
201426日(木)

 

 

<その3> ◆「えっ、税務調査ってすでに申告している内容について適正かどうかとチェックしにくるものではないの?」と思われた方もいらっしゃるかと思います。しかし現在事業活動を行っている年分も調査の権限が及ぶことが明文化されました。(平成24年9月12日)」

明文化されたというのは法律ではなく通達である。法律についての国税庁の解釈指針が通達である。つまり税務署の調査官たちは通達に従う義務があるが、一般の納税者は何の関係もないのである。法律と通達の違いすら認識できていないとは本当に困った人である。

◆「調査官は納税者とのやり取りから矛盾を導き出し不正を発見しなければなりません。」

この著者は不正発見を目的とする調査が違法であるということを本当に知らないようである。東京の税務署においてはこの常識はみなさん持っている。なぜならば私がそのことで抗議したときその違法調査をやめなかった人は1人もいなかったからである。逆に言えば違法とわかっていてやっているのである。要するに納税者や代理人の税理士の許可をとっているというロジックである。法律の世界ではNOと言わなければYESになってしまうのである。


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 飯田真弓「税務署は見ている。」(日本プレミアシリーズ)
201425日(水)

 

 

<その2>
◆「税務調査の事前通知の有無については長年議論されてきましたが、平成25年1月から税務調査の手続きを定めた法律が施行され、場合によって事前通知なしで税務調査が行われることもあるということが明文化されました。」

この著者は国民主権を定めた憲法上事前通知なしの調査が本当に合法なものと思っているのだろうか。役人時代に教えこまれた正義が絶対的なもので自分の頭では考えたことがないようである。

◆「税法にはプライベートなものを検査してはならないとは書いていません。その担当調査官が調査に必要があると判断すれば検査できるのです。」

国税通則法には税務調査を行う調査官は不正発見を目的として、その調査を行ってはならないとはっきり書いてある。つまりプライベートなものをチェックするという行為(たとえば個人の預金通帳を見ること)は不正発見以外の何ものでもないため違法行為となるのである。税務調査は調査官の裁量に任されているというのは大ウソなのである。


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 飯田真弓「税務署は見ている。」(日本プレミアシリーズ)
201424日(火)

 

 

著者は女性のOB税理士である。長年、税務署で仕事をしていたようであるが、その内容には非常に違和感がある。以下違和感を持ったくだりを指摘するとともに私のコメントを付していきたい。

<その1>
◆「制度上は納税者に対する通知と合わせてその関与税理士に対しても通知となっており、まず税理士に連絡することにはなっていない。」

税務署が民間企業に対して税務調査に入る場合においてその事前通知を企業に対してやるのか、それとも税理士に対してやるのかについて書かれたくだりである。確かに制度上はそうかもしれないが税務調査というものは税理士抜きではうまくいかないものである。それ由、普通の調査官は税理士の方に連絡してくるのである。要は敬意を払うということである。これは制度の問題ではなくマナーの問題なのである。役人と言えども社会常識を持たないと余計なトラブルをつくることになる。


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 伊藤真「憲法問題 なぜいま改憲なのか」(PHP新書)
2014128日(火)

 

 

<その10>
◆じつはワイマール憲法は完全比例代表制を世界に先駆けて採用した憲法でもあります。これを利用して台頭してきたのがヒトラー率いるナチス党です。完全比例代表制のもとでは国民にあまり知られていない小政党も議席を獲得できる確率が高まります。

◆ヒトラーはなぜ国民から絶大な支持を得たのでしょうか。彼は大衆迎合的な政策を打ち出すことに長けていました。たとえばアウトバーン(高速道路)を造る公共事業を打ち出して600万人とも700万人ともいわれた失業者の問題を一気に解決しました。また労働者に長期休暇を取らせたり母子家庭を手厚く保護したりする政策も実施しました。

◆さらにフォルクスワーゲンという国策会社をつくって当時の労働者でも手に入る価格の自動車を製造して販売しました。じつは低価格の自動車を大量生産できたのはユダヤ人を強制的に働かせていたからです。


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 伊藤真「憲法問題 なぜいま改憲なのか」(PHP新書)
2014127日(月)

 

 

<その9>
◆ルネサンスは人間復興ともいわれています。中世では封建制度やキリスト教によって個人の権利や人間性は重視されませんでした。ここに着目して人間の個として自覚を認め合おうという運動が芸術文化全般にわたって起こります。それが14世紀〜16世紀前半に起きたルネサンス運動です。

◆ロシア革命は労働者の革命です。これを見た西側諸国の政治家やブルジョワの人たちは「こちら側に飛び火して来たらどうしよう」と危機感を持ちます。そこで労働者の不満を抑えるために戦争に負けたドイツに対して実験的に現代立憲主義の先駆けと言われるワイマール憲法をつくらせました。ワイマール憲法はロシア革命に対する防波堤であり西側の労働者階級に対するガス抜きの役割を果たしていたのです。


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 伊藤真「憲法問題 なぜいま改憲なのか」(PHP新書)
2014124日(金)

 

 

<その8>
◆戦前の日本は中央集権であり、地方自治は保障されていませんでした。もちろん都道府県という行政単位はありましたが都道府県の知事は現在のように地方の住民によって選挙で選ばれるのではなく中央政府から派遣された役人でした。当時の地方自治体は独立した組織ではなく中央の出先機関にすぎなかったのです。

◆民主主義の本質は「治者と被治者の自同性」にあります。治者とは権力を行使する側で、被治者は権力を行使される側です。この両者がおのずと同じであり、いつでも入れ替わることが可能であることが民主主義の基本になっています。なぜ治者と被治者は同じでなければならないのか。それはみんなの人権を自由を守るためです。

◆現憲法では内閣総理大臣が内閣を代表して職務を行うので総理大臣は閣議決定されていないことを独断で行うことはできません。しかし改憲案では総理大臣は他の閣僚たちから反対にあったとしても行政を指揮監督できます。


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 伊藤真「憲法問題 なぜいま改憲なのか」(PHP新書)
2014123日(木)

 

 

<その7>
◆日本とドイツは市民社会と軍隊が相反する組織であるということを先の大戦で嫌というほど思い知らされました。その反省からドイツは軍隊を民主化することで市民社会に近づけようと工夫しました。たとえば上官の非人道的な命令に背く権利が与えられています。普通の軍隊では考えられない決断ですが、そうでもしなければ市民社会が軍隊を持つことによって矛盾を解消できないと考えたのです。

◆憲法学は地方自治の本旨(本来の趣旨)をどのように考えているのか。それは「住民自治」と「団体自治」の2つです。住民自治は地域住民の声を直接的に吸い上げて地域の政治を行うことを意味します。もう一つの団体自治は中央から独立した組織としての地方自治体が地方政治を行う考え方です。


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 伊藤真「憲法問題 なぜいま改憲なのか」(PHP新書)
2014122日(水)

 

 

<その6>
◆憲法が押しつけであるかどうかについてもうひとつ考えてほしいことがあります。それは誰が戦争放棄のアイデアを出したにしろ国会で審議して可決したのはまぎれもない日本人であったという点です。日本の立法の役割になっているのは国会(議員)です。ただ、日本でつくられている法律の約8割は内閣提出法案であることをご存知でしょうか。内閣提出法案を起草しているのは各省庁の官僚です。つまり、日本の法律の約8割は官僚がつくったという言い方もできる。ただ、それらの法案を官僚の「押しつけ」と受け止めている人はまずいないでしょう。最初に誰がつくった法案であっても最終的には国民の代表である国会議員が審議して採決するからです。

◆たしかに軍隊は「国」を守ります。しかしこのときの国とは国家という枠組みや政府という体制であって国民の命ではありません。軍隊が必ずしも国民の命を守る組織ではないことは沖縄戦で十分に証明されています。たとえば防空壕や野戦病院は軍人優先で市民は後回し。こうしたことが起きるのも国民を犠牲にしても国家を守るという行動原理にもとづいて軍隊が動いているからです。


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 伊藤真「憲法問題 なぜいま改憲なのか」(PHP新書)
2014121日(火)

 

 

<その5>
◆現憲法では原則が戦争放棄で例外が自衛のための実行行使。改憲案では原則が「戦争ができる国」で例外が侵略戦争の禁止。国防軍を持つことによって原則と例外が逆転するのです。

◆戦争になって命を失うリスクがもっとも高いのは最前線にいる軍人です。一方、文民は攻撃を直接受けづらいところで政治を行います。それゆえ軍人のほうが戦争に慎重になり、文民のほうが世論に煽られて好戦的になる場合もあります。

◆マッカーサーが示した三原則とは天皇を国家の元首とすること。戦争を放棄すること、そして封建制を廃止すること。これらを示したメモがマッカーサー・ノートです。


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 伊藤真「憲法問題 なぜいま改憲なのか」(PHP新書)
2014120日(月)

 

 

<その4>
◆改憲案は「個人」から「個」を取って「人」にしてしまいました。「個」を取ったということは人を自立した個人ではなく「人」という集団としてとらえているということに他なりません。「人として尊重される」というのも名前と顔を持った1人の個人として尊重されるのではなく抽象的な「人」という集団の中の1人として尊重されるという意味になります。九条には「戦争放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」という三つの平和主義の要素が盛り込まれています。日本国憲法は単に平和を願うだけでなくこの三要素を入れることで平和主義を積極的に表現することを誓っているのです。

◆自衛戦争を認めたくらいで「戦争ができる国」と呼ぶのは大げさではないかという意見もあるでしょう。しかし歴史を振り返るとそのような認識が甘いことが分かるはずです。日中戦争や太平洋戦争も当時の国民は広い意味での自衛戦争だと考えていました。日本にかぎった話ではありません。これまで行われてきた侵略戦争もその多くは「自らの国を守るため」という大義名分で火ぶたが切られています。


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 伊藤真「憲法問題 なぜいま改憲なのか」(PHP新書)
2014117日(金)

 

 

<その3>
◆じつは近代国家の憲法は多様性を受け止めて共存していくための道具として使われてきました。アメリカは人種のるつぼといわれますが、もともとが宗教的な理由でイギリスを抜け出してきた人たちの集団がつくった植民地ですから、宗教や家族のあり方にも憲法で制約をかけてはいません。フランスは多様な身分階級がありましたがその対立を無くすためにまず平等であることが定められ、イギリスは成文の憲法典を持ちませんが自由放任主義を進展させていきました。ドイツの近代憲法も歴史や伝統、文化などを規定することはありません。

◆運動会ではみんなで更新して右向け右、左向け左とやっています。あれは軍事教練からきたものだと思いますが先生たちが疑問を持たずに生徒を行進させているのは、そのほうが生徒たちをコントロールしやすいと考えているからでしょう。私は中学校のころドイツで過ごしました。ドイツの学校で全員で整列して行進する練習を見たことはありません。そのとき私ははじめて日本の教育の異様さに気づいたのですが、私たちは知らず知らずのうちに奴隷の状態に順応してそれをおかしいとは思わないように教育されているのです。


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 伊藤真「憲法問題 なぜいま改憲なのか」(PHP新書)
2014116日(木)

 

 

<その2>
◆日本の学校ではおおよそ次の流れで憲法を教えます。まずは同和教育問題から出発して人権教育への一環として憲法を教えるパターン。もう一つは戦争や原爆の問題から出発して平和教育の一環として9条を教えるパターンです。

◆憲法は簡単に改正してはいけないものなので、改正要件が多少厳しいのはあたりまえです。世界的に見て日本だけが特別に厳しいわけではないということをおさえておく必要があります。

◆平和主義をうたうことはとてもよいことだと思います。ただかの大戦に触れるのであれば日本を被害者としての立場でとらえるだけでは不十分です。近隣諸国や日本国民に甚大な被害を与えた加害者としての立場にも触れたほうがここに掲げている「世界の平和と繁栄」に近づけるのではないでしょうか。


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 伊藤真「憲法問題 なぜいま改憲なのか」(PHP新書)
2014115日(水)

 

 

<その1>
非常に充実した内容の本である。以下本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介していきたい。

◆憲法によって国家を律して政治を行うことを「立憲主義」といいます。つまり憲法を守るべきは国民ではなく国家のほうであるわけです。およそ近代国家と呼ばれる国はどこでも国家権力に制限をかける憲法を持っていることになります。

◆自民党の改憲案の問題点を整理すると次の4つに集約されます。
@立憲主義から非立憲主義へ
A平和主義から戦争をする国へ
B天皇の元首化と国民主体の後退
C権利拡大には後ろ向き、義務拡大には前のめり

◆「法律と憲法は違います。憲法は国を縛るためのものなので私たちが憲法を守る必要なんてないんですよ。」と説明すると、多くの方はポカンとした表情でこちらを見ています。立憲主義は世間でもまだ理解されていません。


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 船井幸雄「悪法!!「大麻取締法」の真実」(ビジネス社)
201327日(木)

 

 

<その2>
◆諸外国の調査、研究によれば、大麻には軽い精神依存はあります。しかし身体的な依存症状はなく、また長期使用による健康被害もほとんど存在しません。米 麻薬取締局の行政判事でさえ、大麻は「人間の知る治療効果のある物質の中で、もっとも安全なものの1つ」と呼んでいます。

◆アメリカでは1914年、アヘンやコカインなどの麻薬を取り締まる法律の「ハリソン麻薬法」が成立しています。このときには大麻は規制対象には入ってい ません。それが禁酒法の廃止と入れ替わるように成立した「統一麻薬法」(1932年成立)に大麻が組み入れられることになりました。

◆なぜアメリカの連邦麻薬局のアイスリンガーは、根拠のあやしい事実まで持ち出して、執拗に大麻を禁止しようとしたのでしょうか。
1つは、主にメキシコ移民の文化だった大麻=マリファナを禁止することで、移民排斥したいからだと言われています。
別の説としては禁酒法の廃止により、大量に失業することになりそうだった捜査官の雇用確保のために、新たに禁止物質が必要だったとも、アルコールの解禁に乗じた酒類メーカーがアルコールの代替になっていた大麻を禁止するよう働きかけたとも言われています。ただこれらはアメリカ国内の大麻潰しをする理由にはなっても、世界にまで規制網を広げる必要はないはずです。
そこでささやかれるのは、石油資本と結びついた政府、行政による世界戦略に一環となったという説です。その説の根拠として次の実例が挙げられます。

◆1920年代まではアメリカでは、あらゆる織物と繊維の80%が主として大麻繊維で作られていた。

◆1883年まで、世界の全ての紙の75%〜90%は大麻繊維で作られていた 。

◆大麻の実油は、主としてデュポンによって製造される合成の石油化学の油で置き換えることが可能だった。


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 船井幸雄「悪法!!「大麻取締法」の真実」(ビジネス社)
201326日(水)

 

 

<その1>
大麻取締法は戦後アメリカから押し付けられた法律である。その根本問題について記されているのが本書の内容である。以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して、御紹介していきたい。

◆大麻を上手に運用すれば、日本だけで10兆円〜30兆円も経済効果をあげそうです。JT(日本たばこ産業株式会社)が5つくらい生まれる以上の効果まですぐにいきそうです。

◆戦前までは日本で大麻を問題視する声はありませんでした。普通の農業生産物の1つとして全国で栽培されていたもので、いったいなぜ禁止するのか、当時の多くの日本人には理解不能でした。

◆有史以来、大麻は世界的に広く生産され、アメリカ政府自身も産業用として栽培を奨励していました。それが第二次大戦前になって、アメリカは突然、方針を転換。やっきになって大麻の撲滅に乗り出し始めました。


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 村山治「検察―破綻した捜査モデル」 (新潮新書)
20121212日(水)

 

 

<その2>
◆郷原弁護士は物語の中で「悪い情報提供」と「いい情報提供」と書いています。 特捜部の副部長が捜査の環境づくりのために、まだ裏付けがなく冤罪を作る恐れもあった情報を記者に書かせるのが前者。 現場検事がそういう捜査の暴走を阻止するため内部告発するのが後者です。

◆検察が一番いやがるのは、刑事手続きに通じ徹底的に争ってくるプロ弁護士です。 そのため取り調べ検事が被疑者に対して、弁護人をプロ弁護士からヤメ検弁護士に代えるよう示唆し、法廷で問題になったこともあります。


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 村山治「検察―破綻した捜査モデル」 (新潮新書)
20121211日(火)

 

 

<その1>
朝日新聞の編集委員が検察批判かと意外に思って手に取った本ではあったが、批判に鋭さがなく内容は今ひとつである。 それでも参考になった箇所を以下要約して御紹介しておく。

◆相対的に証明しやすい数十億円の粉飾決算などでライブドアのトップを逮捕する一方、 それよりも遥かに規模が大きい日興コーディアルグループの粉飾決算では、刑事事件にする必要がないと判断する。 外からは歪に見える対応も生じてくるのです。


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 石塚健司
「四〇〇万企業が哭いている ドキュメント検察が会社を踏み潰した日」
(講談社)
20121120日(火)

 

 

<その7>
最後に、粉飾決算についての私の意見を述べて締めくくりとしたい。 銀行というところは、会社に対してお金を貸し過ぎるところである。その経営実体からは、絶対に返済できないようなお金を平気で貸し込んでしまうところである。 銀行が中小企業にお金を貸さないというのはウソである。 中小企業への融資には国が保証人になってくれるというシステムがあるため、実は銀行は貸し過ぎてしまうのである。 企業から言えば、粉飾などせず正しく決算を組んでいても借り過ぎてしまうものなのである。 要するに、銀行がお金を貸さないと言い出した時でも、会社をたたむ時期としては遅すぎるくらいなのである。


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 石塚健司
「四〇〇万企業が哭いている ドキュメント検察が会社を踏み潰した日」
(講談社)
20121119日(月)

 

 

<その6>
◆「司法の世界では、多くの人が同じことをやっているからという論理はあまり通用しないのだ。 罪を軽減する理由にならないどころか下手をすると責任逃れの論理として、より心証を悪くしかねない。」
これは弁護側が、なぜ多くの会社が大なり小なり粉飾決算をやっているということを積極的に主張をしてこなかったかについての説明のくだりである。 現実の社会の有様を司法の世界の住人は知らないわけだから、むしろ積極的に主張すべきだと私には思える。


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 石塚健司
「四〇〇万企業が哭いている ドキュメント検察が会社を踏み潰した日」
(講談社)
20121116日(金)

 

 

<その5>
◆「私は今回、銀行をだまし詐欺の片棒を担ぐといった大それたことを考えていたのではなく、 事業を継続するため銀行から資金調達したいと強く望む中小企業を助けたいという一心で、粉飾決算に関与しました。 したがって粉飾に対する対価や資金調達の成功報酬、裏報酬という名目でお金を受け取っておりません。 今後は粉飾決算には一切関与せず、もし知った場合は正当な決算内容にするようアドバイスし、リスケジュールによる事業再建をアドバイスしてまいります。」
これは調書に加えてもらうつもりで財務コンサルタントが書いた反省文であるが、これでは検察庁内では反省していないと考えるよと言われ、調書にはならなかった文章である。
「佐藤(財務コンサルタント)の経験則を信じれば、粉飾を続ける会社が再生するための道は結局のところコストを削るか、売上を飛躍的に伸ばすか。その2つしかない。 コストを削らず売上も伸びないままで粉飾を続けていけば、銀行借入が年々膨らんで利息と返済の負担に圧迫され、会社はいつかは沈没する。」
そうは言ってもコストカットも限界があり、今の経済環境では売上もたいして伸ばせないのが一般的である。


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 石塚健司
「四〇〇万企業が哭いている ドキュメント検察が会社を踏み潰した日」
(講談社)
20121115日(木)

 

 

<その4>
◆「返済は十分に可能でした。返すつもりだから借りたんです。私は今まで返済を怠ったことは1度もありません――」
これは検事の「返済するあてがないのに・・・」に対する経営者の反論である。 いつもなら「ふざけるな!」と怒号をあげる検事が、この時はカメラで録画しているため神妙な顔で聞いているという状況である。


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 石塚健司
「四〇〇万企業が哭いている ドキュメント検察が会社を踏み潰した日」
(講談社)
20121114日(水)

 

 

<その3>
◆「すべての会社に即座に実態を表に出させることをすれば、倒産してしまう会社が続出します。 粉飾決算を続けながらでも銀行借入額を少しずつ減らしていった例はたくさん・・・」 「その考え方がおかしい。粉飾をしている会社は倒産して当然なのではないですか。」
これは財務コンサルタントと検事のやりとりである。

◆「個別の中小企業が粉飾決算をして、資金調達するというだけだったら今のご時世よくある話で、警察でもわざわざ捜査する気にならない話だ。 この事件は半年前の事件と同様に、悪質なコンサルタントがいくつもの中小企業を金儲けの道具に使っていたという図式だからこそ、特捜が出る価値があった。」
これはある検察幹部の発言である。


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 石塚健司
「四〇〇万企業が哭いている ドキュメント検察が会社を踏み潰した日」
(講談社)
20121113日(火)

 

 

<その2>
◆「こちらの事務所のお客さんのうち何割ぐらいが、その・・・粉飾をしているんでしょうか。」 「会社と個人事業主で合わせて百近いお客さんがいますが、大なり小なり決算書を修正するのは、まあ7割、8割ぐらい。 ここ数年は8割より多くなっているかな・・・。」
これは著者が行ったある税理士への質問とその回答である。

◆「みずほ銀行では無謀ともいえる法人への貸出残高目標が設定されており、ノルマ達成のため顧客に粉飾決算を指導していた。 支店長らも実は融資先の粉飾を知っていた。」
これは粉飾して銀行をだましたという主張に対する、融資を受けた経営者の反論である。


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 石塚健司
「四〇〇万企業が哭いている ドキュメント検察が会社を踏み潰した日」
(講談社)
20121112日(月)

 

 

<その1>
本書の内容は私の仕事とも関連しているため、いろいろと考えさせられた。銀行の中小企業への融資が、何年か前から決算書中心主義になってきている。 つまり経営者の経営方針や今後の経営計画をあまり考慮せず、単に過去の数字だけで融資が決まってしまう。 このことにより中小企業がやむを得ず粉飾決算に走ってしまうことは必要悪なんだと、本書の主人公の財務コンサルタントは主張している。 それに対して近年何かと不祥事の多い東京地検特捜部は、この財務コンサルタントを超極悪人に仕立て上げ世間の受けをねらってみたのだが、これもまた大失敗に終わったようである。 ただ裁判所もカッコがつかないと思ったらしく、財務コンサルタントもその指導先である中小企業経営者もともに、無理矢理実刑判決を出してしまった。 というのが本書の大まかなストーリーである。本書の最大のテーマというのは、粉飾決算というものを必要悪と考えるのかどうかである。 (実は検察の世間知らずぶりもかなり大きな問題ではあるが)
それを考える上において参考になりそうなくだりを、何点か要約して御紹介しておきたい。


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 明石昇二郎「刑事告発 東京電力−ルポ福島原発事故」(金曜日)
2012112日(金)

 

 

<その5>
◆2011年3月11日以降、1年間に及んだ取材の結果浮かび上がってきた「原発事故の本質」を一言で言い表せば、 「福島原発事故は、罪を問われるべき加害者が存在する事件だ」ということになる。

◆ここまでルポしてきたとおり、原発の安全対策を「経済性」の一言で切って捨て、実態の伴わない「安全審査」や「安全神話」を錦の御旗のごとく振りかざして、 異論や反論を力ずくで封じ込めてきた加害者の彼らが事故を招いたのだ。迷惑なことこの上ない事件なのである。 一体その「加害者」の中に誰が入るのかは、読者のみなさんが1人ひとり考えてほしい。


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 明石昇二郎「刑事告発 東京電力−ルポ福島原発事故」(金曜日)
2012111日(木)

 

 

<その4>
◆なぜ報道機関は総じて「原発の安全神話信奉者」になったのか。端的に言ってしまえば 原発を所有する電力会社とそれに協力する原発産業は、報道機関にとっての一大スポンサーであり、「原発推進」は当時の自民党政権が掲げる国策でもあった。

◆講演で田原総一朗氏が主張したのは、原発の必要性と日本の原発技術がいかに優れているかということ。 そして「原発輸出」で韓国に先を越されたのは、日本が商売下手だから―ということだったという。まるで太鼓持ちである。

◆現在の日本の法律はかつての時代のものと異なり、被害者自ら手を下す「敵討ち」や「仇討ち」を禁じている以上、 刑事事件の犯人を罰してもらうには刑事告発や刑事告訴以外に目ぼしい手段がなく、 たとえ自分が「言論人」のカテゴリーに属していようが自らリスクを取る必要があると判断したからこそ、敢えて告発しているのだ。


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 明石昇二郎「刑事告発 東京電力−ルポ福島原発事故」(金曜日)
20121031日(水)

 

 

<その3>
◆検察や警察が原発事故の捜査に乗り出す気配は、事故発生から3ヵ月過ぎても一向に見られなかった。 これだけの大事件を引き起こした東京電力やその監督官庁に対し、これまで捜査が一切行われていないのは、 法治国家としてあまりにも不自然極まりない事態だ。―と私は考えた。そして、そんな私の考えに強く賛同してくれたのが広瀬さんである。

◆責任の所在をより明確にするため、告発状は2通作成しました。 まずは放射能事故を引き起こした責任そのものを問うもので、罪状は刑法第211条の業務上過失致死傷罪です。 これには東電の勝俣会長や、班目春樹・原子力安全委員会委員長をはじめとした監督官庁の責任者らを被告発人に据えてあります。 そうしてもう1通が、放射能汚染が広範囲に及んでいる事実を早期に知りながら、子どもたちへの防御策を積極的に取らなかったばかりか、 逆に放置した「放射線専門家」らの責任を問うものです。


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 明石昇二郎「刑事告発 東京電力−ルポ福島原発事故」(金曜日)
20121030日(火)

 

 

<その2>
◆東京電力は「大津波は想定外」との言い訳を繰り返していた。 そもそも「想定外」と言えば何でも許されるのであれば、科学者も原子力安全保安院も原子力安全委員会も必要ないことになる。

◆かつて原発の寿命は「25年から30年」と言われていた。 その「想定」どおり、30年の寿命を過ぎていた福島第一原発一号機から四号機まですべて廃炉にしていれば、今回の事故など起こりようもなかった。

◆ところで日本のマスコミ報道の現場において、原発政策に異を唱える主張を紹介したり、反原発運動を肯定的に取り上げたりすることは長年 タブーだったことを御存じだろうか。ただし反核(反原爆)運動や、原発の「安全性」を語る分には大したタブーはない。


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 明石昇二郎「刑事告発 東京電力−ルポ福島原発事故」(金曜日)
20121029日(月)

 

 

<その1>
広瀬隆氏と明石昇二郎氏が原発事故を起した東京電力を刑事告発しているが、本書はその明石氏の著書である。 以下本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介していきたい。

◆原発事故に詳しい小出裕章助教授は原発事故から身を守る方策として、重要度の高い順に次のようなものを挙げている。
1. 原子力発電所を廃絶する。
2. 廃絶させられなければ情報を公開させる。
3. 公開させられなければ、自ら情報を得るル
   ートを作る。
4. 事故が起きたことを知ったら、風向きを見て
   直角方向へ逃げる。そして可能なら原子力
   発電所から離れる。
5. 放射能を身体に付着させたり、吸い込んだ
   りしない。
6. すべて手遅れの場合には、一緒にいたい
   人とともに過ごす。


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 副島隆彦、植草一秀、高橋博彦「国家は有罪をこうして創る」(祥伝社)
2012920日(木)

 

 

<その3>
◆中田研究員のレポート「重要なのは橋下徹が大阪府知事に選ばれた後の2009年に、彼が世界経済フォーラム(ダボス会議)のヤング・グローバル・リーダーの1人に選ばれているということである。 ・・・そしてダボス会議の理事の1人(つまり日本事務所の理事長)を務めている。」

◆植草発言「橋下徹氏の裏側に竹中氏と南部靖之氏がいて、そのまた後ろにマイケル・グリーン(元米国国家安全保障会議アジア上級部長)がいる。 副島さんの推察通り“新しい流れ”の推進は完全にできあがっていると言っていい。」

◆植草発言「アメリカのカート・キャンベル国務次官補は韓国サイドに対して、小沢・鳩山体制は米国の国益に沿わないので、米国務省は日本の外交窓口を小沢・鳩山から菅直人・岡田克也に替えると言ったのです。 このことはウィキリークスによって暴露されました。」


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 副島隆彦、植草一秀、高橋博彦「国家は有罪をこうして創る」(祥伝社)
2012919日(水)

 

 

<その2>
◆副島発言「日本屈指の生命保険会社で副社長を務め、「将来は必ず社長になる」と言われた人物がいました。この人は愛国者で役員会議などで「アメリカのデリバティブに投資するような、不自然な資金の運用はよくない」と公言していた。 するとある日、植草さん、あなたと同じように痴漢冤罪に陥られて、一瞬のうちに社内の経歴が消えてしまったというのです。他の有名な大企業の役員にも同じ目に遭った人がいる。それこそ何十人もいるのです。」

◆高橋レポート「この痴漢事件が奇異な様相を呈すのは、同一空間、同一時間内に被告人を目撃していた人物が偶然2名いて、それぞれが法廷に登場していることだ。 1人は被告人の犯罪行為を目撃した人物であり、もう一人は被告人が犯罪行為とは無縁だったことを目撃していた人物である。」


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 副島隆彦、植草一秀、高橋博彦「国家は有罪をこうして創る」(祥伝社)
2012918日(火)

 

 

<その1>
本書の柱は2つある。高橋氏は植草事件のウォッチャーで、裁判の内容を検討し、いかにして国家が有罪を創りあげていくかについて克明に記している。 これが1つの柱でもうひとつは、植草事件の時代背景についての植草氏と副島氏との対論である。 以下本書よりインパクトのある箇所を要約して御紹介していきたい。

◆植草発言「私は日本の司法制度には3つの大きな問題があると思っています。・・・二つ目は副島さんが言われた裁量権です。検察官に「不起訴にする権利」を認めています。 ・・・その裁量権は見方を変えれば、罪を犯していないのに犯罪に仕立てあげてしまうという、恐ろしい余地を残しています。」


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 森ゆうこ「検察の罠」(日本文芸社)
2012829日(水)

 

 

<その2>
◆電波独占使用するテレビ局、再販制度に守られた新聞はある意味では最大の既得権益保持者だ。そもそも事実上、新規参入が許されない業界だから。 本気で日本を変革しようとしている小沢一郎がリーダーとなり総理大臣になることでもあれば、自分達の聖域にまで手を突っ込まれかねない。そんな本能的な恐怖が彼等をバッシングに走らせるのかもしれない。

◆事実上、西松建設事件の裁判はもう既にありません。西松建設の担当部長が検察側の承認として出廷し、ダミー団体といわれていたものはダミーではなく活動実態があって独立した存在であると証言したためである。 こういうことをマスコミは全く報道しない。あれだけ大騒ぎしたにもかかわらず。

◆ここに至って裁判所は検察と切った。検察だけを悪者にして自分達に批判の矛先が及ぶのを避けるために、無罪判決を下したのではないか。

◆どんなに注意をして正しく生きていても、相手は証拠や捜査報告書を捏造できる立場である。いつでも罪人にされてしまう。マスコミを利用してスキャンダルを作るのはもっと簡単だ。


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 森ゆうこ「検察の罠」(日本文芸社)
2012828日(火)

 

 

<その1>
小沢一郎グループの森ゆうこ議員の著作で、サブタイトルが「小沢一郎抹殺計画の真相」となっている。小沢一郎に関する一連の事件は100%白であり、検察当局の捏造であることは既に明白となっている。 小沢グループ以外の政治家やマスコミがこの問題をきちんと批判していないことこそが、今日の日本社会の病巣そのものである。以下本書よりインパクトのある箇所を要約して御紹介していきたい。

◆小沢一郎さえ倒せばたとえ政権交代したとしても民主党はまだ若い政党なので、官僚がいいように政治家をコントロールして改革を骨抜きにできる。政権交代を防ぐこと、さもなければ有名無実化すること。それが敵の狙いだったのだ。

◆2009年3月以来、検察批判の論評を張る中で「検察を批判するとは何事か」「森ゆうこは三権分立を知らないのか」といった批判をたくさん浴びた。だがこうした現実を見るにつけ私の使命感は一層強くなった。 三権分立だからこそ立法府の一員として、憲法に規定される「国権の最高機関」の一員として、行政機関かつ準司法機関である検察を国民の代表として厳しくチェックしなければならないのだ。


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 安倍晴彦「犬になれなかった裁判官」(NHK出版)
201288日(水)

 

 

<その5>
◆警察・検察庁と、良心的なごく一部の裁判官を除く裁判所の上層部は三者一体ですね。だから全部情報は通じている。裁判所は本来独立した機関として一線を画すべきだが、警察・検察と共に社会の「秩序維持」に協力しているという一体意識があるのであろう。

◆憲法の趣旨に忠実なあるいは前進させる裁判の出現は、最終的結果はともかくとして裁判官の中で自由に論議することができる状態をある程度実現していったのである。だがそういった状況が、時の政権にある政治勢力の危機感を煽り立てたのである。 そしてあろうことか時の政権を担当する政治勢力は三権分立の憲法上の原則を無視し、裁判所、裁判官の中に芽生えてきたその方向を阻止すべく働きかけてくるのである。

◆司法修習生の中には民主的な感覚に溢れ理想に燃えた清純な人も多いが、中には権威に弱く地裁所長や裁判長の言うことに盲従し、陪席や家裁に対しては手のひらを返すように横柄になる者がいたし、多くなっている。


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 安倍晴彦「犬になれなかった裁判官」(NHK出版)
201287日(火)

 

 

<その4>
◆全面的に無罪にすると公職選挙法自体が悪であり、さらにそれを認めている最高裁も悪ということになるのであろう。選挙における個別訪問禁止の是非というより、法律と最高裁判決の存在の方がこの社会では問題になるのである。

◆他の意見・少数の意見に寛容ではない社会は民主的ではない。少数意見を言えないようでは民主主義の社会とは言えないだろうし、裁判所もそういう重大な問題で多数意見あるいは体制に向かって異を唱える裁判官が、居辛くなるようなところであってはならないはずである。 私はまだ裁判所が良識の府であることについて楽観的な印象を持っていたのであろう。だがこの楽天性は後で述べる司法官僚統制の中で次第に失っていくことになる。

◆人間が小さい。「歴史に生きる自覚が無い」といえばそういうことになるのかもしれないが、日本の裁判官は裁判官であっても陪席であってもその置かれた位置を問わず何よりも自分の官僚裁判官としての「立場」や「将来」を考える。「意見を表明した結果」、自分に及ぶ影響を考える。


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