書名:散り椿
著者:葉室 麟
発行所:角川書店
発行年月日:2012/3/3
ページ:355頁
定価:1700円+税
葉室麟の作品は和歌、漢詩などが必ず出てくる。そしてその和歌、漢詩がその作品のキーワードになっている。この作品でも五色八重散椿と
「くもり日の影としなれる我なれば目にこそ見えね身をばはなれず」
という和歌。和歌の解釈はその人の感じ方でいかようにも変わるところも面白い。普通椿の花というのは花全体がぽつりと落ちるので武士からは忌み嫌われている花。でもこの散り椿は花びらが一片一片散る花。そして色も赤、白、赤と白のまだらの花を咲かせる。ひっそりと咲き、散っていく。
一刀流道場の四天王の一人と謳われた瓜生新兵衛、妻・篠は山国の小藩扇野藩を出てから18年。流浪の果てに、京都京の地蔵院の庫裡に身を寄せて3年になる。病床に伏す篠が「もう一度、故郷の散り椿が見てみてみたい」そして瓜生新兵衛にある頼み事を託して亡くなる。その妻の思いを果たすために扇野藩六万五千石の地に戻る。
瓜生新兵衛は18年前上役の不正を訴えたが、認められず藩を追われた。その瓜生新兵衛が戻って来たことで、この静かな小藩に波紋が、18年の時を経て過去の真相が暴かれていく。中年になった一刀流道場の四天王たち、甥の若き藩士、坂下藤吾、藤吾の母里美(篠の妹)などが登場。藩では側用人に出世していた榊原采女と家老・石田玄蕃の対立が先鋭化していた。瓜生新兵衛が過去の不正、澱のように淀んだ秘密、暗殺犯を白日のもとに暴いていくストリー。読み応えのある本です。
本書より
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篠殿は、お主を生かすために心にもないことを言わねばならなかったのだぞ。そのつらさが、お主にはわからんのか。
新兵衛、散る椿はな、残る椿があると思えばこそ、見事に散っていけるのだ。
ひとには自ずと宿命がござる。それが嫌ならば家を捨て、国を出て生きるしかござりませぬ。欲しいものが手に入らぬからといって、無闇に謀をめぐらすのは武士のすることではござりますまい。
主君が魚であるとすれば、家臣、領民は水でござるぞ。水無くば、魚は生きられませぬ。このことをおわかりくださらねば、いたしかたござらぬ。