大白法

平成15年4月1日号


主な記事

<1〜4面>

<5〜8面>


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法華講連合会第40回総会
於春季総登山会


本年「広布大願の年」の法華講連合会春季総登山会が、3月29・30日の2日間にわたって行われ、全国から一泊・日帰り合わせて2万8千余名が総本山に参詣した。一泊の登山者は、29日午後7時から大講堂において行われた御法主日顕上人猊下の御講義に参加した。

また、30日には法華講連合会第40回総会が行われ、御法主日顕上人猊下御臨席のもと、総監・藤本日潤御尊能化、教学部長・大村日統御尊能化、庶務部長・早瀬日如御尊能化、大石寺主任理事・八木日照御尊能化をはじめ、宗務院各部の部長・副部長、総本山塔中の御尊師方が御出席され、開催された。


一、開会宣言

一、合唱「地涌讃徳」/伴奏・法華講連合会ブラスバンド

一、体験発表

○『父のように折伏を貫く生涯を決意』 法光寺支部・泓華子

皆さん、こんにちは。私は、西九州地方部法光寺支部青年部の、佐世保中央高校夜間部に通う高校2年生です。

私の家族は、6人家族です。父はふだんはすごく優しかったのですが、信心の面では厳しく怖い父でした。そして、母と兄と双子の姉がいます。私たち兄弟は、2才のときから「朝夕の勤行だけは欠かしてはいけない」と父から言われ続けてきました。勤行を怠けたときは、父の大きいげんこつが頭に飛んでくることもありました。

また、中学生の時、父から「お前も、もう折伏せんといかんぞ」と言われたとき、「うん」と答えたのですが、どうして折伏をしなくてはいけないのか、大人になってからでいいのではないかと、自分勝手な考えを持っていました。

御本尊様の功徳で、いつも笑いの絶(た)えない家庭でした。総本山に登山させていただくことも、お寺の法要に家族全員お詣りさせていただくことも、何の問題もなくこの17年間、普通に信心させていただいていました。

しかし、平成13年を目の前にしてある日突然、父が体調を崩し病院に検査に行ってみると、思いがけない医師の診断が返ってきました。「診断の結果は肺癌、余命3カ月」と言われ、一瞬にして家族全員が真っ暗な闇の中へ放り込まれました。

家族全員で信心できていたことを御本尊様に感謝していたのだろうか、今までいかに親の信心に頼り甘えの信心をしてきたのだろう、と初めて気づき、今度は私たち兄弟が、お父さんの分まで信心をがんばっていかなくてはと反省しました。


このような生活のなか、西九州地方部の皆様のお陰で、鼓笛隊も2年間させていただくことができ、御法主日顕上人猊下の御前で演奏する姿を、最後に父に見せることができ、とても嬉しかったです。

平成13年、ある日、だんだん体力が弱っていく父が「華子、折伏に行くぞ、車椅子を押してくれ」と言い、父と折伏に行くことになりました。学会員の家に近づくにつれ、私は車椅子に乗っている父の姿を見られたくない、という気持ちが強くなり、早く家に帰りたくなりました。

車は学会員の家に着き、「華子、車椅子をちゃんと押せよ」と言い、目の前の学会員を力強く破折する父の姿は、今でも目に焼きついています。私は、早く家に帰りたいと弱気になった自分を、すごく恥かしいど思いました。どんな姿であろうと折伏はやりきっていかなくてはいけないと、そのとき初めて知りました。

帰りの車の中で、「華子、よかか、折伏は御本尊様がしてくださるとぞ。お前は題目をたくさん唱え、真剣に祈りさえすれば折伏は必ずできる。華子の側には、いつも御本尊様がついててくださるけん、何も心配せんでどんどん折伏しろ」と父は言い、「うん、判った。絶対に折伏する」と約束しました。

私には健康な体があり、自分の足で歩くこともできます。「私も折伏させていただこう」と、そのとき御本尊様と父に固く誓い、「御本尊様、友達を折伏させてください」と真剣に祈るようになりました。


それから私の「折伏」という目標の日々が始まりました。平成14年8月頃に、同級生の佐野麻由ちゃんが家に遊びに来ていました。麻由ちゃんは、私に悩みを打ち明けてくれました。それは、何年か前に小さな弟を亡くして、その弟の悲しい夢を毎日見るということでした。私は、麻由ちゃんも、亡くなった弟さんが生まれ変わってからも幸せになって欲しいという思いが強くなり、信心の話をしました。その後、桑原御住職様にお話をしていただき、平成14年9月14日、無事、御授戒を受けることができました。

麻由ちゃんは、すぐに弟の優君の塔婆供養をお願いしました。そして、私と一緒に西九州地方部鼓笛隊スタッフに参加しました。そして、これからがんばっていこうというときに、祈祷師をしているお婆ちゃんや親に、信心を猛反対されました。しかし麻由ちゃんは、もうこの信心に、御本尊様に確信を持っていたので、魔に負けることなく、「お婆ちゃんがしている宗教では幸せにはなれない、間違った教えなんだよ」と、入信して間もないのに、一生懸命自分の知っている限りの話をしました。反対はさらにひどくなり、御住職様に御指導をいただきました。

「今、一生懸命信心しているから魔が競っているんですよ。これはあなただけじゃなく、皆にあることです。それに負けずに、しっかりと御本尊様に確信を持ち、あと3年我慢してがんばりなさい。3年後には結果が出ますよ」という御指導を受けました。これからどんなことがあっても、この信心だけは生涯貫くという強い信心を持てる人になれるように、一緒にがんばっていこうと思います。


それから3カ月後、同じクラスで仲が良い永田香織ちゃんが学会員だということを知り、よく話を聞いてみると、母親が『ニセ本尊』を受けていることが判りました。すぐに2人でお寺へ行き、御住職様にお話をしていただき、香織ちゃんは、平成14年11月21日に御授戒を受けました。

その日から毎日お寺へ勤行に通い、「御本尊様、お母さんと一緒に幸せにしてください」という祈りが叶い、香織ちゃんのお母さんは12月12日に『ニセ本尊』を謗法払いして無事、勧誡を受け、今年の1月6日に御本尊様を御下付戴くことができました。


2月に入り、同じクラスの崎元健太君を折伏させていただき、無事2月9日に御授戒を受けることができました。今では法要の設営や準備など、積極的に参加しています。


そして3月7日、後輩の野村智子ちゃんから電話がありました。その内容は、いじめという辛い日々から逃れるため、今通っている高校を中退し、邪宗日蓮宗の学校を受験するという話でした。

受験する前に話をしなければと思い、すぐに野村さんの家に行きました。智子ちゃんのお父さんにも邪宗の恐ろしさを必死に話しましたが、「智子のことを心配してくれて、ありがとう。しかし向こうに行くことは決まっているし、飛行機の切符も取ってある。今さ らとり止めることはできない」と言い切られました。それでも私は、「行かせたくない」という気持ちが強く、心の中で必死に御題目を唱えましたが、お父さんの考えは変わることはありませんでした。

しかし、最後に「もし智子が行き詰まったときは、またその日蓮正宗のお寺に誘ってください」と言われました。そして、もう一度智子ちゃんと会う約束をして帰りました。

私が、もっと早く御本尊様の話をしていればと深く落ち込んでいると、母が「あとは御本尊様への真剣な唱題しかないよ、がんばろうね」と言いました。その言葉を励みにお寺へ向かい、御住職様に御指導を受けました。「順縁逆縁共に信心をする時が来ます。諦めないで実践していきなさい」と御指導いただき、「智子ちゃんを、何年かかったとしても絶対に救っていこう」と決心しました。

これから信心していくなかで、友達にいろいろな魔や苦難があったとき、隣で一緒に御題目を唱えてあげられるように私自身もっとしっかり信心しなくてはと思い、広宣流布のお役に立てるような立派な人材に成長し、また、一人でも多くの人にこの御本尊様のすばらしさを伝えられるようにがんばっていこうと思います。


しかし、こういう気持ちになる前は、父が亡くなったことで初めて知った悲しみ苦しみが、常に心の中にありました。勤行・唱題にも力が入らず、いつもいつも父のことばかり考えていました。

平成13年6月27日、今でもはっきり覚えています。それは早朝5時。早朝にもかかわらず、その日は家族全員が起きていて、父が「御題目を唱えようか」と言いました。朝日が昇るなか父の手を取り、合掌して「南無妙法蓮華経」と御題目を唱えるなか、7時7分に父は静かに息を引き取りました。その臨終は穏やかで、半眼半口でとてもきれいでした。目を開けて今にも起きるのではないだろうかと思うほどでした。最後の最後まで、臨終を通して、私たちにこの信心のすばらしさを教えてくれました。

しかし、父がいなくなったという大きい悲しみは、やはり心のどこかにずっとありました。でも折伏をさせていただくうちに、御本尊様の功徳で、いつの間にか私の心の中の悲しみや苦しみが嘘のように消えてしまっていました。今は父がいたときのように家族にも笑いが戻り、本当に御本尊様に心から感謝申し上げます。


私たちがお寺にお詣りに行くと、毎日、奥様が優しく見守り激励してくださいました。父の月命日の供養に家族全員でお寺にお詣りさせていただいたとき、母が「この平成15年にお父さんがいればね」と言った言葉に、御住職様が、「泓さん、違いますよ、御主人はここにいますよ。泓さんの髪の毛一本一本も含めて子供さんの中にもいます。だから御主人の遺志を継いで、これからもがんばりなさい」という御慈悲あふれる御指導をくださり、有り難く、胸がいっぱいになり家族みんな涙しました。これからは、たった一人しかいない母を、父が信心で私たちを守ってくれたように、私たちがしっかり守っていきたいです。

御法主日顕上人猊下の御指南を身に戴し、『立正安国論』正義顕揚750年の御命題を達成するために、6年後の平成21年をめざして報恩感謝の折伏をさせていただき、御住職様の御指導のもと、法光寺支部青年部員として、勉強に信心に、これから皆でがんばっていきたいと思います。



○『地区が3年間で倍増、30万総登山への波動』 玉林寺支部・鎌田高明(四国地方部登山部長)

皆さん、こんにちは。平成11年の「出陣の年」に、私の所属いたします香川県高松市の玉林寺支部は、170世帯弱の陣容であり、年間の折伏実績は十数世帯という状況でした。そのようななか、第3代住職として御赴任された蜂谷城道御尊師は、法華講は折伏をする団体・広宣流布を進めていく団体であること、折伏をしていくための唱題行であり、折伏を行じてこそ宿業転換・境界の開拓があることを教えてくださいました。

そして、その年の支部総会にて「講中3カ年計画」が発表され、この時、玉林寺支部に東・西・南・北・中と5つある地区のうち、南区という18世帯ばかりの小さな1地区の区長であった私にとっても、他の地区と同様、3年後の平成14年には、世帯の倍増と30万総登山40名以上の御報恩の参詣を達成することが目標となりました。そして、これを完遂することこそ、今抱える一切の問題が最善・最良の形で解決する成仏得道の道、との決意をもって信心活動が始まりました。本日は、平成11年より今日にいたる、4年間の活動を通して得た体験をお話させていただきます。


<平成11年・12年>

「自ら立てた誓願目標は絶対にやる」というのが御住職様の信念・御指導であり、御赴任以来毎日、御住職御導師のもと行われる唱題行を中心とした僧俗一致の活動は、日々折伏弘教の機運を上げ、平成11年、26世帯の支部折伏誓願目標を33世帯で成就、また、平成12年「折伏実行の年」は40世帯の目標を、三谷講頭を中心に御会式御逮夜当日、達成できました。

南区も各年、3世帯、5世帯と目標を達成させていただくことができました。しかし、この両年とも、成就した中に私の折伏は含まれておらず、区長として、達成した喜びはあったものの、どこか気恥ずかしい2年間だったことも事実でした。


<平成13年>

「折伏は、誰かがやってくれるのではなく、自分がやることが大事なのです」「折伏の実践が伴わない唱題行ではいけません。本当に御題目をあげていけば、自然と折伏をしたいという気持ちが起きてきます。そこに縁にも恵まれ、折伏はできます」との御住職様の御指導のもと、平成13年「誓願貫徹の年」は、私にとって分岐点とも言うべき年でした。

年頭、御住職様よりいただいた御指導は、「大きな地区は毎月2世帯、小さい地区は毎月1世帯の折伏成就をめざしてがんばりなさい」とのお言葉でした。しかし、活動するものの、この御指導にお応えできない、折伏ゼロの状態が、半年間続きました。

他の地区の折伏が次々と成就するなか、時に御住職様より厳しい御指導もありました。それに加えて、職場にあっては、人員の削減により3人分の仕事1人でやらなければならない状況となり、家庭にあっても3歳と1歳の子供を抱え、それなりに育児の負担も出てきます。

夏期講習会等、四国地方部34支部の登山部長として、登山業務にも時間をとられるようになった6月頃は、リタイア寸前の状況でした。逃げ出したい思い、楽になりたい気持ちもありましたが、それは自分の本当の気持ちではないように思え、日々唱題を続けるうちに、誓願目標の数にとらわれていたのが、次第に、「この信心は人を救っていく信心であり、折伏とはそのお手伝いをさせていただく菩薩の振る舞いなんだ」と改めて思うようになりました。

そして、この頃より私の勤行・唱題行での御祈念が変わっていったように思います。自分がいかに守られた生活を送っているかを実感し、そしてこの有り難い御本尊様の功徳を思い、自分が唱えるところの御題目を他に回向させていただきたいと、妻子、眷属、親兄弟、講中で共にがんばってくださっている方、お世話になった方、迷惑をかけた人、五濁悪世の世の中で苦悩する一切衆生の幸せを御祈念するようになりました。

そこには何の気負いもなくなり、落ち着いた気持ちで生活するなか、30万総登山の参詣者が支部の目標を超えました。そして10月9日、会社の上司であり学会員でありながらも、私が登山等で休暇を取る際に何かと便宜を図ってくださり、かつて折伏したものの実らずにいた野口真一さんをお寺にお連れし、御住職様のお力添えをいただいて折伏しました。野口さんは、その夜、入講を決意され無事、勧誡式を受けられました。こうして私の折伏は成就できました。

そして、このことが波動となり、有り難いことに南区は6人の班長一人ひとりが発心し、平成13年折伏誓願目標6世帯を、1人が6世帯ではなく、6人が6世帯と、理想の形で貫徹できました。


<平成14年>

さらに、この波動は、昨年の宗旨建立750年「法礎建立の年」に大きな功徳の形となって、30万総登山へ南区より42名の実参詣者をみることとなり、また、私の家族で6世帯7名の方の折伏が成就しました。

御法主上人猊下様の「一行一切行」の御指南を拝し、御住職様の「すべての物事は、唱題・折伏の一行に開かれていく」との御指導を拝し、家族全員が折伏を行ずるなか、ついこの何年間の諸問題・悩みは、かえってそれがあったがためによかったという形で、すべて解決できました。また、この私の体験はほんの一例であり、玉林寺支部全体も各々が発心し、百数十世帯の新たなる地涌の友を得て、30万総登山の参詣目標372名を412名の参詣をもって完遂し、講中は350世帯へと倍増させていただくことができました。

また、四国地方部にあっても30万総登山へ1万1234名の目標を優に上回る方が参詣され、登山部長として、その責務を果たし、この4年間のすべての目標を達成、成就できました。


<平成21年に向かって>

今、世の中はまさに『立正安国論』に仰せの如く、創価学会を最とする正法誹謗の総罰を日本乃至世界中の人が受けています。しかし、その泥沼の時代にあって私たち平成の法華講衆は、宗祖日蓮大聖人様、御法主日顕上人猊下より、平成21年『立正安国論』正義顕揚750年に「地涌の友の倍増乃至、それ以上の輩出と大結集」という未来広宣流布・仏国土建設の因となる使命、御命題をいただきました。

昨年、私が折伏させていただいた2世帯の方々は創価学会員であり、謗法の罪に苦悩する方々でした。一週間前、昨年私が折伏した人の親御さんであり罰の生活を送っている創価学会員を、「大白法」に載っている法華講の方の体験を通し、御書を拝し、猊下様の御指南を拝して折伏していると、「あなたを見ていると、昔の自分を思い出す。私も若い頃、あなたと同じように、同じ言葉で、親兄弟、親戚、友達を折伏していたんです」と言われました。かつては正法に縁し、功徳に喜び、広宣流布をめざしてがんばっていた方です。私たちの周りには、このような方がたくさんいます。

「如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには」(御書 241ページ)

日蓮大聖人様の御金言を拝し,、今こそ、洗脳され苦悩する創価学会員・邪宗を信じる一切衆生に御報恩と慈悲の折伏行の実践を声高く呼びかけ、さらには平成21年『立正安国論』正義顕揚750年に向けての勇猛精進をお誓い申し上げ、私の体験発表を終わらせていただきます。



一、『未来広布への大願を果たす我ら法華講の使命』 法華講連合会副委員長・石毛寅松大講頭

各会場の皆さん、こんにちは。本日は、恐れ多くも御法主日顕上人猊下の御臨席を仰ぎ奉り、未来広布への大願を果たさんと、使命に燃えて開催する法華講連合会第40回総会、まことにおめでとうございます。

昨年「法礎建立の年」、我々法華講は、御法主上人猊下の御指南のもと僧俗一致、大歓喜をもって「法華講30万総登山」を達成し、また、総本山奉安堂の落慶による本門戒壇の大御本尊様の御遷座と、二重の喜びをもって宗旨建立750年の大佳節を慶祝申し上げると共に、仏祖三宝尊に御報恩申し上げることができました。皆さん、本当におめでとうございました。

法華講30万総登山大法要の砌、御法主上人猊下は、「今や全世界の宗教界、思想界の混乱のなかにおいて、本地甚深の妙法広布の大願に基づき、厳然として立正安国の正義を行ずる宗団は、我が日蓮正宗のみであります。かかる重大な意義と地涌の使命を自覚し、日本乃至、世界広布を大目標として、一人より一人への折伏、妙法弘通の大行にいよいよ精進をいたしてまいりましょう」(大白法607号)と、僧俗一同に対し、広布前進への御言葉を賜れました。

また、総本山奉安堂落慶記念大法要の砌には、「この奉安堂の落慶により、まさに日本乃至、世界広布の礎が厳然と確立いたしたと信ずるものであります。この大業の成就を基として、さらに本宗僧俗、一致和合団結して明年以降、いよいよ大法広布に邁進し、大御本尊の大功徳をもって心身の病に悩む世界の一切衆生を救済すべきであり、今やまさにその時を迎えております」(同608号)と仰せられ、「さらに7年間の折伏と育成により、地涌の友の倍増乃至、それ以上の輩出と大結集を」(同)と、平成21年に向かっての、新たな御命題を賜れました。


我々法華講は今こそ、日本乃至世界広布に向かって、大前進する時を迎えたのです。

今、世界の情勢を見るとき、アメリカとイギリスはイラクに対し武力攻撃を開始し、アラブ・イスラム世界は一段と反米感情を強め、さらに、武力攻撃を支持する国や、これに反対する国など、世界はますます混迷の度を深め、また北朝鮮も、核開発疑惑やミサイルの発射実験等で、不穏な動きを示しております。

一方、国内においても、不況による倒産やリストラで失業者は増大し、完全失業率は今や5.5%と、最悪の状態を推移しております。この不況と共に犯罪も増加の傾向にあり、特に、少年による犯罪は全犯罪件数の半分を占めていると言われております。

最近では、メール交換による若者同志の集団自殺など、不幸な事件が相次いで発生しており、日本ばかりでなく外国においても、この種の集団自殺があったと報じられ、今や世界全体が末法濁悪の様相を示してきております。

まさに『立正安国論』に、「世皆正に背き人悉(ことごと)く悪に帰す。故に善神国を捨て、相去り、聖人所を辞して還らず。是を以て魔来たり鬼(き)来たり、災起こり難起こる」(御書 234ページ)と仰せのごとく、これらは、創価学会の大謗法をはじめイスラム教・キリスト教等の邪教が、世界中に蔓延(まんえん)しているからであります。

しかし、大聖人様は『大悪大善御書』に、「大事には小瑞なし、大悪をこれば大善きたる。すでに大謗法国にあり、大正法必ずひろまるべし」(同796ページ)と仰せのごとく、今日の混沌たる五濁悪世の世相こそ、まさに大聖人の仏法が、全世界に広宣流布していく瑞相であると確信します。今こそ大御本尊様の大功徳をもってこの五濁悪世の世界を浄化し、戦争や、心身の病で悩み苦しんでいる人々を救っていかなければなりません。これを救い切っていけるのは日蓮正宗のみであり、日蓮正宗の僧俗だけであります。我々以外にはありません。

我々法華講は、「本門戒壇の願主弥四郎国重法華講衆等敬白」と大御本尊様に認められている由緒と名誉ある法華講であり、忍難弘通の歴史の法華講であります。ここに、我々の使命があるのです。この使命とは、折伏であり、広宣流布であります。

平成21年に向かっての「地涌の友の倍増乃至それ以上の輩出と大結集」も、折伏なくして達成することはできません。また、未来広布への大願も、果たすことはできません。


大聖人様は『種々御振舞御書』に、「一丈のほりをこへぬもの十丈二十丈のほりを越ゆべきか」(同1058ページ)と仰せられております。『立正安国論』正義顕揚750年に向かっての、スタートの「広布大願の年」の本年こそ、全支部が折伏誓願目標を完遂することです。「祈りとして叶わざるなし」の御本尊様をいただき、30万総登山で、「やればできる」ということを実証した我々、法華講であります。今こそ、法華講の底力を発揮し、誓願を完遂して使命を果たそうではありませんか。

『如説修行抄』にも、「権実雑乱の時、法華経の御敵を責めずして山林に閉ぢ籠りて摂受の修行をせんは、豈法華経修行の時を失ふべき物怪にあらずや」(同673ページ)と仰せられております。

我々一人ひとりの力は弱いかも知れません。一つひとつの支部の力は小さいかも知れません。しかし、大聖人様は『衆生身心御書』に、「つゆつもりて河となる、河つもりて大海となる、塵つもりて山となる、山かさなりて須弥山となれり。小事つもりて大事となる」(同1216ページ)と仰せられております。

今、全国の法華講が、御法主上人猊下御指南の御もとに一致団結し、僧俗和合異体同心して、日々夜々、造次(ぞうじ)にも顛沛(てんぱい)にも広布への前進を心がけ、自行化他の題目を実践していくならば、必ず万事を成じ、未来広布へ大前進できると私は確信いたします。皆さん、いかがでしょうか。

さあ皆さん、世界広布の礎が厳然と確立された今こそ、我々法華講は、唱題根本に大折伏をもって、御命題の達成と未来広布に向かって、「広布大願の年」を大勝利していこうではありませんか。



一、御法主上人猊下御言葉

本日、法華講連合会第40回総会が、この総本山においてこのように盛大に執り行われまして、心からお喜びを申し上げるものであります。まことにおめでとうございます。

こうしてお集まりになりました皆様方一人ひとりのお顔を拝見し、その命のなかに篭(こ)もっておる本門下種仏法に対し奉り、また御本仏日蓮大聖人に対し奉る信心の一念を、皆様一人ひとりがお持ちであると拝察いたしますときに、その尊さにおのずから心を打たれておるものであります。

人々は、すべて十界互具であるにもかかわらず、特に過去以来の色々な宿業によりまして、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上界の六道のなかに沈淪(ちんりん)しております。その命そのものは、けっして尊いとは言えません。しかし、この大聖人様の妙法蓮華経を受持して、信の一念をもって生活し生きておられるところの皆様方の一人ひとりは、本当に尊い方々であるということを、まずもって私は本日のこの総会において申し上げたいと思うのであります。

先程から種々のお話がありましたように、今、世間は、ひとことで言えば混迷の一途をたどっております。特に、世界的な不況といい、また様々な思想と思想、宗教と宗教との対立・抗争に基づくところの国家社会の利害関係等が複雑に交錯し、しかもお互いにしのぎを削り合って相手を倒し、自らの立場のみを有利に展開せんとするような混迷の、また修羅の姿が世界中にはっきりと現れておるのであります。

しかしこのことは、釈尊が既に3千年前に「白法隠没・闘諍堅固」ということをもってはっきりと予言されております。末法とは釈尊滅後1万年をもってその期間とすると言われておりますが、大聖人様はさらに、この末法の初めにおいて、謗法の法師どもが一閻浮提、つまり世界中に充満し、それらの邪宗教によるところの多くの人々の悩み、苦しみや天災・地変等が現れてくるということを御書にはっきりとお示しであります。そして、さらにまた、現当二世ということをはっきり御指南あそばされておるところに、我々は常にその正義を拝すべきであります。

先程、体験を発表された方の話のなかで、お父さんが病気で亡くなられましたが、そのようななかにおいて、父から正しい信心をどこまでも受け継いで、本当に大きな功徳を成就したこと、また、お父さんも家族の方々を立派に正しい信心に導きつつ、安祥として逝去されたという話がありました。このことは、大聖人様が現当二世という教えとして、あらゆるところではっきりとお示しになっております。

現世ではその上におけるところの大きな功徳を成就し、そして未来については、我々は永遠の生命を持っておるのでありますから、死ねばなくなってしまうということではなく、その業は必ず六道のなかに散っていくのであります。そして地獄に堕ちれば地獄のなかのあらゆる苦しみを受けます。しかし、末法の大謗法による災害のなかにおいて御本尊を信じ奉り、御本尊を受持していくところに、必ず現世安穏ならびに後生善処として、未来の大地獄の大火炎を免(まぬか)るべしということを仰せであります。よって、この大聖人様の仏法は、ただ今日のみにおける功徳のための仏法ではなく、未来永劫にわたって真の成仏の道をはっきりと開き、頂けるところの教えであることを、まず考えるべきであります。

そして、この混迷の時代に、大聖人様が『立正安国論』においてはっきりとお示しあそばされたところの正義をあらゆるところに顕して、一人から一人へと正法を護持せしめ、救っていかなければならないと思うのであります。

「『立正安国論』正義顕揚」ということを常々、私も申し上げております。この正義顕揚ということは、あらゆる面から、その内容に従ったところの要点をはっきり考えていくということであります。既に皆様も御承知と思いますが、今の世の中はありとあらゆる邪宗教、誤った思想のなかで混迷・混乱をきたし、対立しております。そのなかにおいて、正義顕揚の上からの要点を考えるべきであると信ずるのであります。

仏法以外の、イスラム教その他様々な邪宗教のなかにおける対立と抗争、そして、その混迷の姿を見るときに、その要点はどこにあるのかと言えば、いわゆる仏法をもってこれらの人々を善導していくところに、末法万年に向かっての真の正法広布の意義が存するのであります。したがって、これは「内外相対」におけるところの正義顕揚の要点を、仏法の教えの上から、あらゆる角度、あらゆる面において示していくことが大切であります。

さらに、小乗仏教等によって誤って不幸に堕ちておる人々に対しては、大乗の教えをもってきちんと示していることが、仏法の中における「大小相対」の上からの要点であります。

さらにまた。日本国の中にも禅、真言、念仏等の様々な権教によるところの宗教が胚胎(はいたい)いたしております。これらの誤りが色々な角度から多くの人々の精神のなかに入って、誤った考え方に基づく人生観、世界観を形成しておるのであります。したがって、これらの教えを唯一の正法、釈尊の真実本懐の教えであるところの法華経においてきちんと整理整頓しつつ教導していく必要があります。これはすなわち「権実相対」の上からの要点である立正安国、正義顕揚の意義がそこに存するのであります。

さらに言うなれば、現世の利益のみの在り方、また、そのような形から現れたところの仏の化導のみをもって真実の道と考えておるような浅はかな考えを、正しい人生観の上から永遠の道を示していき、久遠劫来の正しい真実の仏法、妙法の当体を示していくところに正義顕揚としての「本迹相対」の要点・要義が存すると考えられます。

また、この妙法蓮華経は、上行菩薩の再誕として末法に御出現あそばされた日蓮大聖人様の人法一箇の大御本尊に帰し奉るのであります。そこに、いわゆる釈尊の教えが脱益の法であるのに対して、一切衆生の命の根底に成仏の大法である大聖人の下種仏法を示すことが「種脱相対」しての正義顕揚の要点であります。

したがって、正義顕揚とひとくちに申しましても、内外相対、大小相対、権実相対、本迹相対、種脱相対まで至って、そのすべてを包含(ほうがん)した真の妙法受持の一行のなかに、一切を正しく解決していくところの道があるということを、私はここにはっきりと申し上げたいのであります。

その意味において、我々がこの正義顕揚の道をいかにして実践すべきかと言えば、謗法をはっきりと捨てて、そして唯一の正法たる妙法をあくまで受持していくところに、その実証が存すると信ずるのであります。

さらにまた、この正法を受持し、広布を推進していく上においては、一人ひとりがおのずから妙法に値(あ)い奉って「本当に有り難い、よかった」と、心からはっきりと確信して、日々夜々の生活の上においてその現証を示すことが肝要であると存じます。

『撰時抄』という御書において、「法華経の八の巻に云はく『若し後の世に於て是の経典を受持し読誦せん者は乃至所願虚しからず、亦現世に於て其の福報を得ん』と。又云はく『若し之を供養し讃歎すること有らん者は当に今世に於て現の果報を得べし』等云云。此の二つの文の中に亦於現世得其福報(やくおげんせとくごふくほう)の八字、当於今世得現果報(とうおこんぜとくげんかほう)の八字、已上十六字の文むなしくして日蓮今生に大果報なくば、如来の金言は提婆が虚言に同じく、多宝の証明は倶伽利(くがり)が妄語に異ならじ。一切衆生も阿鼻地獄に堕つべからず。三世の諸仏もましまさヾるか。されば我が弟子等心みにに法華経のごとく身命もをしまず修行して、此の度仏法を心みよ」(御書871ページ)という御文をお示しであります。

妙法蓮華経は、大聖人様の建立あそばされた三大秘法に厳然としておわしますのであります。しかしながら、これを我々が信じ奉り、我々の生活の上において真の妙法の功徳をはっきりと顕すためには、ただいま拝読のお言葉の「此の度仏法を心みよ」ということが大切なのであります。

これは、朝晩、ただ単に機械的に唱題をするということではありません。皆様には毎日の生活のなかにおいて、あらゆる面からの悩みごと、苦しみ、あるいは希望、あるいは複雑な精神内容のなかにおけるお考えが必ずおありと思うのであります。そのなかにはうっかりしておりますと、自らを滅ぼすような誤った心もあれば、また自らを本当に否定するような自殺的な行為の元となる心もあります。いわゆる地獄、餓鬼、畜生等の様々な命のなかに、さらに無量の内容を持った迷妄の命も存するのであります。

会社へ行けば、色々な意味の上司と会いますが、その上司と会うのが非常につらいというのは、いわゆる怨憎会苦(おんぞうえく)という苦しみであります。そのほか様々な苦しみがありますが、そのことごとくについて30分、50分、1時間と、妙法をしっかりと唱え奉るその功徳によって、自分自身のなかに「自分にはこのようなすばらしい命があった。この面から見るならば、今まで憎いと思っていたあの上司も、かえってかわいらしいものだ。あんなところで一人で威張っているけれども、大きな慈悲をもって、この人達と共に仏法の功徳において仕事を成就していこう」というような、どこからどう突いても落ち込みのない正々堂々たる大きな心、また清浄な心がおのずから湧いてくるのも妙法の功徳であります。

ですから、その人その人のあらゆる問題について、実際に試みるというところの気持ちをもって、妙法の功徳が自らの命のなかに、生活のなかに実感されるところに、私はこれからの広布の元があると思うのであります。ただ単に「これはよい教えなのです」と言っても、なかなか聞いてはくれないと思います。しかしながら、自分自身に「この問題はお題目の大きな功徳によって、このようにきちんと解決できた」というような実証体験が1つでもあれば、さらに妙法において試みることを続けることによって2つ、3つ、5つ、7つと、あらゆる面においてその実証をはっきりと得られれば、無理に努めるのではなくして、自然な気持ちのなかで「お題目を唱えるとこうなるのです」と、色々な面で苦しんでおる人を見たときに、はっきりとした信念と確信を持って話をすることができ、正法に導いていくことができると思うのであります。

したがって、ただいま拝読した御文中の、特に「亦於現世得其福報の八字、当於今世得現果報の八字」がむなしければ、悪業の衆生が地獄に堕ちることはないけれども、しかし絶対にそのようなことはないのであり、三世諸仏の御照覧のもと、「我が弟子等心みに法華経のごとく身命もをしまず修行して、此の度仏法を心みよ」と仰せなのであります。よって、皆様方一入ひとりの生活のなかにおいてこの意義は非常に大切なのであり、また老いも若きも共に、これを実践する意義をお持ちなのであります。

生きていくための真の功徳を成就していくところに、皆様方が生きていく本当の値打ちがあるのです。そのことをしっかりとお考えいただきたいと思うのであります。

よって私は、冒頭において申し上げたように、この妙法を持たれるところの皆様方が本当に尊い方々であると心から思うのであります。私は常に色々な方々から合掌の礼を受けておりますが、むしろ、私は皆様方一人ひとりの信心に対して心から合掌を申し上げたいと思っておるのです。

ですから、皆様方一人ひとりが自分の信心の尊さをしっかりと自覚していただきたいと思います。この信心をさせていただいたこと、この信心を持つことは本当に尊いのであるということが解れば、今度は自分の周りにいる人々や、総本山に登山して色々な所で会う人々、末寺のなかの様々な会合等において会う人々の信心もまた、本当に尊いということが、おのずから解るはずであります。

ところが、お互いに信心を持っている人のなかで悪口を言い合ったり、「あの人は最近、少し出しゃばり過ぎているから足を引っ張ってやろう」などというのは、いわゆる仏法で言う怨嫉なのです。信心の尊さということが本当に解っていれば、そのような気持ちは絶対に起こりません。したがって、信心の尊さを自分自身が解ることによって、他の方々の信心の尊さを本当に深く拝することができるのであり、そこにおのずから異体同心の真の和合僧の姿が現出し、先程の種々の体験発表にもありましたとおり、その方々の妙法の功徳によって、広布への前進の実証が必ず顕れてくると信ずるのであります。

その意味から、本年は「平成21年・『立正安国論』正義顕揚750年」に向かって出発するところの最初の大事な年であります。ですから、皆様方お一人おひとりには、この大聖人様の大仏法が本当に幸せになっていく道であることを確信していただき、そこに成仏への道、また広布への道が存することを信じていただきたいと思うのであります。

皆様方のますますの信行倍増と御精進を心からお祈り申し上げまして、私の本日の言葉とさせていただきます。



一、挨拶 法華講連合会委員長・柳沢喜惣次総講頭

全山の桜花まさに開かんとするとき、仏祖三宝尊御照覧あそばされる総本山において、恐れ多くも第67世御法主日顕上人猊下の御臨席を仰ぎ奉り、ここに盛大に開かれる法華講連合会第40回総会、各会場の皆さん、おめでとうございます。御法主上人猊下におかせられましては、御法務殊のほか御繁多にもかかわりませず御臨席を賜り、ただ今はまた甚深なる御指南を賜り、まことにありがとうございました。謹んで御礼申し上げます。また、総監様、宗務院・内事部御出仕の各御尊能化様、諸役の御尊師様にも、御法務ご多忙ななかを御出席いただき、まことにありがとうございます。衷心より御礼申し上げます。

昨年は皆様方には、宗旨建立750年慶祝記念法華講30万総登山、そしてまた総本山奉安堂落慶大法要、並びに記念大法要と、法華講連合会は、御法主上人猊下の御教導のもとに、700年来の法華講の面目を保つことができました。皆さん、ありがとうございました。

本年は「広布大願の年」、すでに御承知のごとく6年後の平成21年、『立正安国論』正義顕揚750年に向かって、法華講は新しく御命題を賜り、その御命題の実現に、今僧俗一致して、布教区ごとの広布推進会のもとに全国が一斉に折伏、唱題行と励んでおります。

申し遅れましたが、私は3月25日付をもって、御法主上人猊下の御慈命を賜り、再度、日蓮正宗法華講総講頭の大任を拝命いたし、昨日、辞令を拝受いたしました。もとより浅学非才、徳薄垢重の身でありますが、時局まさに大事なるときに当たり、私は世出に亘りさらなる発心も新たに精進いたしてまいる決意でおります。どうぞ皆様にはよろしくお願い申し上げます。

そこで、皆様方にお願い申し上げたいことが二点あります。一つには、法華講は、今妙法世界広布に向かって大事なときに直面していることの自覚であります。それは申すまでもありませんが、世界中を不安と危機に巻き込み、先行き見通しの暗いイラク戦争と、まだ予断をゆるさない北朝鮮の動き等、現在の国内及び国際情勢の認識であります。

今、これ等の情勢の上に立って私は改めて御命題を拝しますときに、御法主上人猊下は、『立正安国論』を深くお鑑みあそばされ、この書は北条時頼を諫言された国諌(こっかん)の書のみに非ず、日本乃至全世界の人類に、恒久平和の実現と、国を治めていくには正法治国・邪法乱国の大義の上に、一切の悪の根源は謗法にあること、その謗法を固く誡め、正中の正たる戒壇の大御本尊様を顕し弘めていくことの大事を、我らは御教導賜ると拝し奉るものであります。

大聖人様は文永6年12月の『安国論奥書』には、「既に勘文に叶ふ。之に準じて之を思ふに、未来も亦然るべきか。此の書は徴(しるし)ある文なり。是偏に日蓮が力に非ず。法華経の真文の感応の致す所か」(御書420ページ)と仰せあそばされております。

二つには、御報恩の大事なことであります。この恩ということの大事は、根本義が判っていないと、生活の上に振る舞い、行動として顕すことはできません。『生死一大事血脈抄』には、「三世の生死に法華経を離れ切れざるを法華の血脈相承とは云ふなり」(同514ページ)と仰せあしばされております。

人間は生まれてくれば死ぬ。死ねば必ず生まれてくる。このことはまた、三世に亘るのであります。故に、父母の恩の大事は幼年期・少年期から常に外敵から身を護られ、食をもって育まれ、なかんずく母親には大恩があるのであります。そこに、この恩を報ずるか否かで、その果報は畜と人間は分かれるのであり、また一生の間に食と住に困るか否かは、この知恩報恩の振る舞いによるのであることを、我らは教わるものであります。

故に、毎月の御講も、お山の御登山も、また自らの社会生活も、この知恩報恩を行ずる生活が信仰即生活であることの自覚であります。

折伏は以上のようなところに心を配り、我らは一人ひとりが、今こそ深く自らの尊い因縁を自覚し僧俗一致完壁なる団結をもって、広布大願の本年を、ただ今の御法主上人猊下の御指南を心肝に染め、折伏弘教に全国一体となって力一杯、縦横無尽に励んでまいろうではありませんか。

御法主上人猊下のますますの御健勝と御宗門の御隆昌、そしてまた、御出席を賜りました総監様、御尊能化様をはじめ、各御尊師様、さらに皆様方の御健勝と各支部の御発展を心から念願いたし、御礼の御挨拶とさせていただきます。御法主上人猊下、ありがとうございました。さあ皆さん、一年一年を大事に、6年後に向かって心を引き締めて、がんばってまいりましょう。よろしくお願い申し上げます。

 


一、合唱「広布に生きる」/伴奏・大阪地方部鼓笛隊

一、閉会宣言

― 以上 ―     



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