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ハンガリー国立交響楽団 「マーラー/復活」

日時
1998年11月29日(日)午後2:00開演
場所
ザ・シンフォニーホール
演奏
ハンガリー国立交響楽団/ハンガリー国立合唱団
指揮
小林研一郎
独唱
菅英三子(ソプラノ)/伊原直子(アルト)
曲目
マーラー…交響曲第2番ハ短調 《復活》
座席
2階RA列23番(B席)

感動覚めやらず

これを書いている今もまだ興奮が覚めやりません。素晴らしい演奏会でした。ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに、感動的な演奏でした。

生であんな「復活」が聞けるとは思いませんでした。私の生涯の宝となるコンサートでした。会場にいた全員が同じ気持ちだったと思います、演奏後20分以上にわたって割れんばかりの拍手が会場を包みました。

この日に与えてくれた感動は、演奏終了後のコバケンの言葉が象徴していたと思います。その言葉はレポートの最後の方に書いてあります。

開演5分前

指揮者の小林研一郎(コバケン)はよく”燃えるコバケン”と呼ばれますが、私は今まで彼をバーンスタインのようにロマン色の強い演奏をする指揮者だと思っていました。……違ってましたね。燃えることは燃えますが、その燃焼はストレートで潔く”熱血”という言葉がよく似合う演奏でした。とは言っても彼がシャーマンタイプの演奏家であることは間違いありませんけど。

座席はステージに向かって右横の2階席。ちょうどコーラスのバスの横の席でした。正面の席に比べると音響は今一つですが、それでも充分鑑賞に堪えられる場所です。シンフォニーホールの音響には感嘆させられます。座るとコントラバスは見えませんが他の奏者を後ろから見る形でした。指揮者の表情をたっぷりと見れそうです。

開演時間がやってくるとコーラスの人がステージ後ろの席に入ってきました。第1楽章後に入れる演奏もありますが、私は最初からコーラスを入れる方に賛成です。半分がハンガリー国立合唱団の人で前に陣取り、半分が武蔵野合唱団のメンバーで後ろ半分に座りました。ソプラノ、アルト独唱、オルガン奏者は第2楽章の後から入場して来ました。

オケのメンバーが壇上にそろいチューニングを済ませます。オケにリラックスの中にも緊張が走っているのが手に取るように判りました。集中力の高まった良いコンディションです。聞くところによると27日東京での「復活」は素晴らしい演奏だったそうです。この様子だと今日も期待ができそうです。

チューニングの音が止むとコバケンが足早にやってきました。会場に一礼するとオケにも一礼。なんか腰の低くて誠実そうな印象を受ける。指揮者用の譜面台はなく暗譜でするようです。すげえぜ。コバケンが指揮棒を構えると会場が次第に静かになっていきます。コバケンがオケの前でうつむき目を閉じる……。彼の中で緊張感をグングン高めていっています。目がカッと開かれるとコバケンの唸り声と共に指揮棒がグルグル回り始めました。それに合わせて弦が激しいトレモロを響かせた。

マーラー…交響曲第2番ハ短調 《復活》

普通これだけ長大な曲になると最初からテンション全開で行くことはなくて、途中からヒートアップするものだが、コバケンはそれを許さなかった。もう最初から煽る煽る。しかしオケもそれに無理なく答えている。推進力があってグイグイと音楽が進んでいく。音も中身が詰まっていて実にふくよかに鳴っていた。それにソロも良い、艶やかな美音。

展開部最後の盛り上がりは会場全体が震えるくらいの大音響。う〜ん満足。しかしここから若干テンションが落ちて第2楽章真ん中までそれが続く、少し残念。しかしこれは音楽的にタレる所だから仕方ないか。

あとラストのトランペット3重奏のピッチが定まらずハラハラ。またトップの人がとても年期の入ったものを使っていたのが印象的。私はこのあとトランペットから(色々な意味で)目が離せなくなった。

ひとつの楽章が終わると指揮台から降りてビオラの人にタクトを預け、ハンカチで顔の汗を拭うコバケン。顔を拭き終わると丁寧に畳んでポケットにしまい、タクトを返してもらうと団員に一礼して指揮台の上に登る。なにかコバケンと団員の間で交わされる儀式のように感じた。

第2楽章が終わると独唱2人とオルガン奏者がそっと入場。ささやかな拍手。そしてコバケンはティンパニに自由に出ることを指示。第3楽章がそのティンパニのソロで始まりました。オケを上から見てるので打楽器の特殊奏法がよく判って面白い。大太鼓の胴を竹箒(たけぼうき)みたいので叩いたり(チャチャチャチャ…と音がする)、ティンパニを撥(ばち)の取っ手の部分で叩いたり(アタックがきつくなって、音がバン! と鳴る)。また随所のベルアップ(管楽器のアサガオの部分を観客席に向かって高く上げること)もよく見えた。演奏の方もこの楽章からだんだん熱くなっていった。

第3楽章(スケルツォ)が終わるとアルト独唱がすっと立ち上がり第4楽章(原光)。やはり今まで声のない世界で最初に歌うのは相当なプレッシャーのようだ。ちょっと声に硬さがあった。欲を言えばここは母のような懐深い歌を聞かせて欲しかった。ちなみに独唱も合唱も全員暗譜。やっぱりそれくらい歌い込んで臨まなくちゃ。な、マゼール

「原光」の消え入るようなラストの辺りからものすごい緊張感が高まっていって終楽章の大音響が鳴り響いた。

この楽章は前半絶対にタレるんですが、今日の演奏はそれがない。グイグイとクライマックスに向けて突き進んでいく。すごい。その分最後の審判の描写が少し甘くなったかな? しかし聞いてるときはそんなことは露ほど思わず、ただ音楽に引込まれていくのみだった。

舞台袖の扉がすうっと開いて遠隔オーケストラ(バンダ)が遠い音を響かせる。この曲は遠隔オーケストラにやけに難しいことをやらせるが、今日はちょっと危なっかしい、頑張れ。扉が開いたのは指揮者の姿が彼らにも見えるようにするためだろうか。銅鑼(タムタム)の横にあったTVカメラは何のためだろう? それに私の好みはバンダがもっと遠い方が良い。

マーラーの曲は、編成がやたらめったらデカイくせにソロがたくさんあってしかも難しい、というものだが、ハンガリーシンフォニーの人たちはそのソロを見事に演奏していた。特にフルートとトランペットとオーボエのトップが絶品で、その技巧の確かさと音色の美しさには心洗われる気分がした。

最後の審判のラッパが再び鳴り、鳥の歌が聞こえると合唱が静かに「復活」を歌い出す。バスの横に座っていたためか男声コーラスの声がよく聞こえた。特にバスが最低音でも声に変な倍音を混ぜない奇麗な低音を聞かせてくれた。とてもよく訓練しないとあんな声は出ない。また後ろの武蔵野合唱団の人もこの曲を歌う喜びに溢れた歌を歌っていた。(ある人なんかまるでオペラを歌うような手振りで歌っていた)

合唱が入ってからはコーラスが曲を引っ張り、劇的に盛り上がっていく。私もものすごく興奮してきた、全身から汗が噴き出るのが解る。そして合唱の熱意に負けじとオケも自らの熱狂を爆発させる。なにか神懸かったようなエネルギーがホールの中に膨れ上がる。私は聞いていて頭の中が真っ白になった。合唱後の朗々と鳴る金管のコラールを痺れる心で聞いていた。

最後の和音が鳴り響くと、会場が割れんばかりの拍手に包まれた。「ブラボー!!」の声がひっきりなしにかかる。隣の席の女性は泣いていた。私も思い切り拍手をさせてもらった。心の中が感動で一杯だった。舞台に飛び降りてコバケンに抱き付きに行こうかと思ったくらいだ。武蔵野合唱団の男声コーラスも「ブラボー!!」と叫ぶ。コバケンが感動に満ちた充実感溢れるイイ顔をしていた。

指揮者が舞台の袖に引っ込んでも拍手の勢いは全然衰えなかった。するとコバケンは舞台すそから飛び出して、フルートを吹くジェスチャーをした。それを見てフルートとピッコロの人が起立すると「ブラボー!!」の声と共にものすごい拍手が起った。「今日はこの人たちを誉めてくれ」とばかりにパートのひとつひとつをジェスチャーを交えて立たせていく。そのたびに大きな拍手が沸き起こった。最後は舞台裏のオーケストラや合唱指揮、独唱の2人まで舞台に呼んで全員でカーテンコール。拍手の勢いは衰えそうにもなかった。

スタンディングオベーション

そのうち武蔵野合唱団の男声コーラスが拍手ではなく、手拍子を打ち始めました。するとそれに合わせて会場の人たちも手拍子を打ち始めて、手拍子の大合唱になりました。みんなコバケンの一言を期待しているようです。

コバケンが少し恥ずかしそうな顔をしてステージの方を向くと、会場が静かになってコバケンの一言を待ちました。感動で熱い心をなんとか伝えようとひとつひとつ言葉を探しながら語ってくれました。

(一部記憶に不明瞭な点があり、実際とは違う所があると思いますがご容赦下さい)

「こう……こういうのはあまり得意じゃないんで……上手く言えませんが……えー、今日は……私が指揮をしたという感じじゃなくて……こうゴニョゴニョ(何かかっこいいことを言おうとしたが、聞き取れず)……上手く言葉にできません」

拍手が起こる、しかしコバケンが再び何か言いたそうだったので静まる。

「こう言葉で上手く言えませんが……始める前は最後はこうしようとか色々考えてたのですが……。最後は上から光が(と天井を指差す)すうっと降りてくる感じがして……。だから私はなにも……。(心臓の辺りをキュッと押さえる)今日の演奏はみなさんの暖かいお心がこんな素晴らしい演奏にした、させていただいたと……。

あの……それでアンコールなんですけど、どうしてよいものかと……。(拍手が起こる)私どもがこんなことを言うものなんなんですが……、色々用意して練習もしたんですけど、何をやってもかえってみなさまのお気持ちに水を差すのではないかと思いまして、お願いと言ってはなんですが、今日はこのままみんなでこの感動を家へ持って帰った方がいいんじゃないかと……。(大きく拍手が起こる、深くお辞儀をして)ありがとうございました」

指揮者がお辞儀をしたのに続いてオケのメンバーが全員お辞儀(ハンガリーの人がですよ)。そして右向け右で左の2,3階席のお客に深々とお辞儀。回れ右で私のいる右の2,3階席にこれも深々とお辞儀。それまで座っていた私も思わず立ち上がって拍手をしてしまいました。

その後、楽団の人全員(合唱団の人も含めて)が退場するまでメンバーひとりひとりに暖かい拍手が送られました。合唱団の人達もハンガリー国立合唱団と武蔵野合唱団のメンバーが固い握手を交わしていました。

片づけに取りかかっても一部のお客が拍手を続けるものだから、コバケンが各パートのトップの人をつれてカーテンコール。それでも止まないから舞台上で片づけをしていたティンパニ奏者へカーテンコール。ティンパニの上にコルクのふたを被せていた2人が意表を突かれてビックリしてました。

おわりに

コバケンに人気があるのは知ってましたが、私はちょっとイロモノを見るような気持ちでいました。自分の見識の浅さに腹が立った。彼は次代の日本指揮界を背負って立つ未来の巨匠です。願わくば更にスケールが大きくて彫りの深い演奏へと円熟していくことを熱望します。

総じて、一生忘れることのできない演奏会でした。

27日の演奏が録音・録画されていたそうです。CDが店頭に並べば速攻で購入したいと思います。

次は12月13日はただいま絶好調男ワレリー・ゲルギエフ率いるキーロフ歌劇場管弦楽団の日本公演です。注目の男が棒を振ると言うことで、私はこの演奏会をものすごく期待してます。


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