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マーラー「千人の交響曲」

日時
1999年7月25日(日)午後5:00開演
場所
フェスティバルホール
合唱
大阪新音フロイデ合唱団・武蔵野合唱団・大阪フィルハーモニー合唱団・大阪第一合唱団・大阪すみよし少年少女合唱団
独唱
菅英三子・六車智香・秋吉邦子・竹本節子・片桐仁美
伊達英二・青戸知・田中勉
演奏
大阪フィルハーモニー交響楽団
指揮
小林研一郎
曲目
マーラー…交響曲第8番 変ホ長調「千人の交響曲」
座席
1階G列L1番(S席)

来たで! 騒々しくも清廉と

 夏休み到来! と言うことで学生の皆さんはいろいろと楽しい思いをしていることでしょう(今のうちだけだぞ)。フェスティバルホールへ向かう電車の中は甲子園の予選に出場した野球部員や、この日は天神祭だったため浴衣を着た女の子をたくさん見かけることができました。

 それにしても、暑い! 梅雨が明けた途端バカみたいに暑苦しい天気が続きますね。空を見渡すと入道雲がニョキニョキとたくさん立ち上ってました。しかし私が子供の頃と比べて夕立の数が随分減ったような気がしますが、どう思いますか? あの頃は毎日、雷雲が発達する様を見て、あと何時間で夕立が降るか予想して、それを待ち望んでいたのですが……。雷様もさぼってっとリストラされるぞ。

連なる歌手にええ声あれ

 開演前に合唱団が雛壇に上がりましたが、ゾロゾロと砂糖に群がる蟻のようにその列は途切れることがなく、やかてステージ上は黒山の人だかりになってしまいました。しかも椅子があるのは児童合唱とソリストだけで、ほとんどの人がこれから2時間、ギュウギュウ詰めの場所に立ちっぱなしとなるようです。大変だな。

 ここで今日の演奏に何人の人が参加したかとプログラムを元に見てみると、声楽陣として混声4部合唱が左右2つ、真ん中に児童合唱1つ、その前にソプラノ3人、アルト2人、テノール、バリトン、バスの計約660名。
 オーケストラはピッコロ2,フルート4,オーボエ4、イングリッシュ・ホルン、変ホ調のクラリネット2,変ロ調のクラリネット3,変ロ調のバスクラリネット,ファゴット4、コントラファゴット、ホルン8,トランペット4,トロンボーン4,バスチューバ、ティンパニ2,打楽器(大太鼓、シンパル、タムタム、トライアングル、低音グロッケン、グロッケンシュピール)3,チェレスタ、ピアノ、ハーモニウム、オルガン、ハープ2,マンドリン2、弦楽5部(12,10,10,10,8)、遠隔オーケストラ(トランペット4、トロンボーン3)、指揮者、計110名。
 合計約770名。……こりゃすごいわ。

 合唱とオケが全員出そろうと、ソリストに続いて指揮者が登場。ものすごい熱気に包まれた拍手が起こる。観客の演奏に対する期待の程が伝わってくる拍手でした。
 ここで気が付いたのですが女声ソリストが一人足りない。ステージには7人しか立っていませんでした。どうしてかな? (この疑問は後で劇的な形で解けました)
 そして、指揮棒が上げられるとステージ上と観客席の緊張が一気に高まりました。

第1部

 低音楽器が荘厳な響きを出すと合唱が一斉に“Veni,Veni,Creator Spiritus!”(来たれ、来たれ、創造主たる精霊よ!)と歌い出した。意外なスローテンポでビックリする。しかしこのスローテンポは最近の小林の特長で、先ほど発売されたチェコフィルとのマーラーの1番のCDでも同様に遅いテンポが取られていた。
 噛みしめるように音楽を展開する。これにもっと濃厚な味わいが出れば文句無しだが、まだそこまでには至っていない。でも、遅いテンポというのは巨匠の第1条件なので(笑)良しとしよう。
 また指揮者の指示は大部分が合唱に対して行われ、オケに向かってはほとんど出されていなかったようだ。その分オケも慎重に演奏していたのか、ずいぶん音が硬く、マーラーの精緻な対位法を表現できているとは思えなかった。オケの調子が悪い、特に低音部の木管については強く感じた。
 一方合唱の方も自分のパートを音にするのが精一杯で、各声部を絡み合わせるまで行かなかった。それは展開部の頂点であるダブルフーガの所で露呈してしまい、まったくフーガの体をなしていなかった。明らかに練習不足で、指揮者がオケを放って置いてもコーラスに集中する訳が解った感じだ。
 しかし再現部で再び“Veni……”と歌うところは何とか調子を取り戻せたようだった。
 児童合唱が“Gloria,Gloria……”(栄光あれ、栄光あれ……)と歌う場面から音楽が昂揚していったが、コーラスにうねるような音響感が欲しかった。しかし児童合唱について出来は申し分なくこの日一番の冴えを見せていたのではないかと思う。
 コーダで左二階席から遠隔オーケストラがファンファーレを吹くところは意表を突かれて驚いた。CDばっかり聞いてるとこう言うことが判りにくくなる。生を聞く醍醐味を感じた。

第2部

 第1部が終わるとそのままの形で小休止。指揮者は指揮台を降りるが舞台袖には引っ込まずじっとしていた。
 この間に遅刻してきた客が入場してきて、全員席についた頃、小林は指揮台に上がった。そしてタクトを上げ、ヴァイオリンが構えたが、まだ会場内がざわついていたため一度指揮棒を降ろした。やがて静かになったので小林はタクトを構えると、それを振り下ろした。

 オケだけによるアダージョはノリが悪く、寂寥感に乏しかった。やがてコーラスも加わったが、ppにびびって声が出ず弱々しかった。ここはppでもアクセント記号がついているのでボリュームは小さいが言葉は弱く歌ってはいけないのだ。そうしないと神秘的な雰囲気が出ない。

 ここで妙な音に気が付いた。ものすごく遠いところで大太鼓がロール打ちをしているのだ。こんな所で大太鼓が鳴るはずがないので不思議に思っていた。しかしこれが何回も繰り返される内に「あ、雷か」と思い至った。そういえば今日いい感じの積乱雲があったよな。外は嵐だ。

 ソリスト達による長いソロの部分に入るが、テノールのマリア崇拝の博士にもうすこし頑張って欲しかった。たしかにマーラーはテノールにかなりの高音を要求するが(大地の歌でもそう)あれだけ高音でかすんでしまうと残念だ。
 オーケストラについてはハーモニウムがコードを響かせる中、マンドリンが出てくる所の音の晴朗さが素晴らしかった。まあ、特に仕掛けがある部分ではないが、今までとは異質な音が挿入されたことにより清涼感を感じたのだ。ここはマーラーの設計の巧妙さを讃えるべきだろう。

 贖罪の女による長いソロが展開されていく中で、次第に音楽はクライマックスに向かってヒートアップしていく。この時、指揮者が突然客席の右上を指差した。右側二階席にスポットライトが浴びせられるとそこには真っ白いドレスを着た栄光の聖母が立っており、“Komm! Komm!”(おいでなさい、おいでなさい)と歌ったのだった。
 余りにも劇的な登場だったため、思わず鳥肌が立ってしまった。この瞬間までまったく出番がなかった分、美味しい所をひとりでかっさらって行った感じだ。
 この目も覚めるようなアリアによって、第2部に入ってからくすんでいたようなオケやコーラスが一気に息を吹き返した。観客以外に演奏者にもかなりのインパクトを与えたようだった。

 マリア崇拝の博士の“Blicket auf zum Retterblick”(悔い改むる優しき方々よ)から神秘の合唱に至ると、やっとたどり着いた山頂のように清々しい気分になったのか、第2部に入ってから元気のなかったコーラス全体から声がやっと出始めた。これにオルガンが加わると今まで溜まっていたうっぷんを吹き飛ばすようなフルパワーが聞けた。ここから演奏が白熱して爆発するような効果が生まれ、私はカタルシスを感じ音楽に没頭することが出来た。(逆説的に言えばここだけ良かったってこと)
 合唱が消えた後のオケだけによる後奏は大フィルによるパワー全開の演奏が鳴り響き、ここにいたってようやく指揮者の本領が発揮できた形となった。
 バンダの響きが目も眩むようだった。そして素晴らしい高揚感を持ってこの長大な大曲が終わりを告げた。

おいで、もっと中央に上がってらっしゃい!

 大きなクライマックスが築かれると、会場中から熱い拍手と歓声が飛び交いました。(拍手をしない人もいました) 合唱団の人々も大きな事をやり遂げた充実感に溢れた顔をしていました。「ありがとうございました〜」と弦楽器のトップと握手して回るコバケン。武蔵野合唱団の男声コーラスがいつものように後ろから「ブラヴォー!」を飛ばす。女声コーラスの中には泣いている人もいました。
 指揮台周りの譜面台や椅子が奥に詰められるとコバケンは独唱陣に前に来るよう指示しましたが、勘違いしてみんなステージ奥に引き上げてしまいました。「お〜い、こっちこっち」とコバケンが呼んだのに気付いたステージマネージャーが慌てて彼らを呼び戻しました。それでも女声陣がシナリ、シナリと出てくるものだからコバケンが「駆け足、駆け足」とジェスチャーを入れて急かしてました。
 そのあと各合唱団の合唱指揮者も交えて観客の拍手に応えてました。特に大阪すみよし少年少女合唱団の先生が嬉しそうでした。
 独唱陣と指揮者が引き上げたのに続きオケが解散すると、合唱陣もぞろぞろと退場していきました。

 話は変わりますが、今回合唱の人数がとんでもない数なんで、観客の中にもその関係者が多かったと思います。
 この演奏会にいた人なら「あ〜、あいつらか」と膝を叩くと思いますが、……おい! RサイドE列1番と2番のバカ中年夫婦! てめぇら、知り合いがコーラスのいたかも知れないが、演奏中に「どこ? どこ?」 「ほら、あそこ」とくっちゃべるはどういうことだ。とどめに「え〜、見えない」と立ち上がるに至ってはどういう了見なのか聞かせて欲しい位だ。周りの観客ばかりか、大フィルの人もそっちの方見てたぞ。しかも何回も、何回も立ちやがって。前後左右の人も注意しろよ、あれはちょっと異常だぜ。
 え〜、……おほん。観客が自分一人ではないことは重々承知の上ですが、今回のは度を超えていたと思います。うっかりミスで携帯を鳴らしてしまうのとは次元が違います。こうにだけはならないようにお互い注意いたしましょう。

ここに書いてあることはすべて、これ比喩なるものに過ぎず

 総じて、「よくやった」 と言える演奏会でした。

 それにしても、この感想を書くのには迷いました。楽譜を見ただけでクラクラするこの難曲(マーラーの複雑で精巧な対位法を合唱・独唱にそのまま要求している)を歌えただけで立派だと思うんですが、お金を取って人に聞かす以上、プロだろうとアマだろうと「出来ただけで満足」などと言う精神じゃダメだと判断して上のように書きました。
 ホントこの曲は特別な曲で、一生に一度きりと言う意気込みがないと成立させることのできない記念碑的な大曲なんですね。

 フェスティバルホールを出ると道路が濡れていて、夕立が降っていたことが判った。やっぱり演奏中の大太鼓のロール打ちは雷だったのか。
 そう思いつつ地下鉄に乗ってJR天王寺駅にたどり着くとホームにアナウンスが流れていました。
「柏原駅の落雷事故のため、大和路線は現在柏原駅までの折り返し運転になっております。大変ご迷惑を……」
 なぬ? 私はその先に行かなきゃなんないんだぞ。いったいどうすんだ?
 ―――結局、鶴橋まで行ってそこから近鉄に乗り、生駒を回って王寺にたどり着きました。そこから先も大変で、帰宅まで2時間近くかかってしまいました。
 私に降り注いだのは神様の祝福ではなく、雷様の鉄槌だったようです。……ぐすん。

 さて、この日から5日後に行われた大阪フィルハーモニー交響楽団の第330回定期演奏会もアップしていますので、そちらも方も興味があればご覧になって下さい。


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