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朝比奈隆の軌跡1999
ブルックナー交響曲第7番

日時
1999年11月19日(金)午後7:00開演
場所
ザ・シンフォニーホール
演奏
大阪フィルハーモニー交響楽団
指揮
朝比奈隆
曲目
ブルックナー…交響曲第7番 ホ長調
座席
1階E列28番(A席)

はじめに

 前回の「朝比奈隆の軌跡1999」で演奏されたチャイコフスキーの弦楽セレナーデですが、このコンサートに行けなかった私はラジオで聞くことができました。これが超絶的な名演で、宇宙のような深遠な響き、厳しい造詣、虚空を漂う美しさ、こんなセレナーデは聴いたことがありません。
 今更ながら、どうしてこのコンサートへ行かなかったのだろう、と地団駄を踏みました。このコンサートを生で聞けた人は大変ラッキーだと思います。

 嬉しいことに「この演奏はぜひともCDにしなくてはならない」という声が関係者の間で上がっていて、ひょっとしたら日の目を見るかも知れません。fontecから発売された東京都交響楽団とのブルックナー8番や12月10日に発売される同じくブルックナー7番のようにCD化されることを期待しましょう。
 (結局、弦セレは自主制作という形で関係者のみに配られて終わったようです。残念)

ブルックナー…交響曲第7番 ホ長調

 会場に滑り込むとかなりの客が席を埋め、会場は異様な熱気に包まれていました。今日の演奏に懸ける期待の高さが如実に伝わるものでした。
 ステージを見ると、この演奏会の模様は録音、録画がされるらしく「グレイト」の時と同じだけのテレビカメラが並んでいました。しかしマイクの方はサブマイクの数が少し多いような気がしました。
 やがて開演時間が来てオーケストラのメンバーが全員そろいましたが、やはり自分たちのブルックナーは世界一だという自負があるのでしょうか、ずいぶん緊張した面持ちです。
 客席の照明が落とされると朝比奈御大がゆっくりとした足取りで登場してきました。ものすごい拍手が湧き起こりました。しかし御大が背を向けるとすうっと止んで、会場を静寂と緊張が包みました。

 最初のトレモロからなにか宗教的な厳粛さが会場を包む、いきなりブルックナーの世界に連れて行かれる。5日前にもこのオケの音を聞いたが、その時の音とはまったく様が違う。低音部からがっちりと鳴らし切っており、ゴリゴリとした重厚な音が響く。そして弦の後ろのプルトからも充実した音がして、まさにオーケストラが鳴り響いていた。
 またその音の彫りの深さは言葉にし難く、荘厳な巌を見る気持ちになった。
 テンポについていうとかなり早いと言える。あの聖フローリアンのCDを聞き込んでいる耳には「もうちょっとゆっくりやってくれ」と言いたかった。具体的には92年の大フィルとの全集録音の演奏に近い。
 3つの主題は比較的さらりと奏でられ陶酔するような情緒は付けられていなかった。しかし展開部に入るとテンポを落とし、この楽章に溢れているカンタービレを利かした演奏になった。再現部に入るとすぅと自然にもとのテンポに戻るところはさりげなく効く隠し味のようだ。
 97年に録音された大フィル自主制作のCDの方がゆっくりとしたテンポで聖フローリアンを彷彿とさせる陶酔感があったが、あの演奏では曲想が転換するところで妙にリタルダントがかけられてそれが少し鼻についたが、今日の演奏ではリタルダントはほとんど押さえられ、それでいながら曲想の転換がはっきりするという良く練り込まれたものだった。
 第1楽章のコーダではまだ楽器が温まっていないのか、金管のヴォリュームは押さえられ豪快なヤマは作られなかった。しかしここで聞けた輝きはとても良いものだった。

 続く第2楽章のテンポはさすがにちょっと早すぎだ。第1部では第1ヴァイオリンがこのテンポに追いていけず、弓を充分使い切ることができてなかった。そのため伸びやかに歌うことができておらず、幾分浅い音楽の呼吸だった。
 第2部に入っても速いテンポは変わらなかった。しかしオケの方がこのテンポに慣れたのか、第3部、第4部になるに従って深いものを聞かすようになっていった。
 第5部の盛り上がりではハース版を使用しているため一切打楽器は鳴らない。たしかに打楽器が鳴った方がインパクトは強いが、この部分の金管の音型が天に向かって魂の救済を切実に訴えてるように感じるので、それを濁してしまう打楽器の使用は個人的には反対だ。
 この第5部のコーダで初めてテンポが大きく落ち、金管のコラールが瞑想的な荘厳さを出した。まさに全曲の頂点で、ここに至って哀しみにくれる魂は救済される。最後のピッチカートにもっと深さが出れば申し分無しだったが、厳粛な空気を醸し出していて素晴らしかった。
 この楽章の最後の方で御大が咳き込んでハンカチを口に当てていたのが少し心配になった。体にはお気をつけて。

 スケルツォが素晴らしく、大フィルの方もやっとエンジン全開になった感じで、うねるようなチェロとコントラバスがゴリゴリとした岩石のような厳しさとたくましさを表出していた。
 どの楽器も音の粒をくっきりと出せていて、切れの良いダイナミックさは非常に男性的でかっこよかった。(男のダンディズムを感じた)

 終楽章に入ると非常に喜びに溢れた音楽が展開される。なにしろアダージョのラストで神の福音を得られたため、ここではもう第8番のフィナーレのような葛藤はいらないからだ。ここでは最初から喜びに溢れている。
 テンポはフィナーレでも早く進められた。しかしここでの第1主題を耳にした瞬間、いままで腑に落ちなかったテンポ設定の意味が解った。この楽章では子供のような無邪気な喜びが溢れていたのだ。しかし第3主題など驚天動地の地響きがするような響きを聞かす所などがあって一筋縄に行かない。
 弦セクションの集中力がここに来て最高に高められて、トレモロひとつ取っても中身がぎっしりと詰まった充実感があった。金管はもちろん全ての楽器がフルパワーを出し、最後は会場の空気がなにか輝くような光に満ちて全曲の幕が下りた。

おわりに

 最後の和音が響きわたり、残響が静かに消えていくのを堪能してからとても大きな拍手が起こりました。ほんのちょっと拍手の早い人が2人舞台後ろの席にいましたが、まあこれは仕方ないでしょう。
 オケが解散した後でも拍手は続き、拍手に応えるため指揮者一人で舞台に現れてくれました。
 他の指揮者ならウルトラブラヴォー級なんですが、朝比奈隆ならもっと凄いのもやれるはずだと思ってしまいました。でもこれはないものねだりで、フィナーレの出来が5番や8番と比べて格段に落ちる7番だからしょうがないのかも知れません。

 総じて、深遠な響きにこの身を浸らせきった演奏会でした。

 今日の演奏会の模様は2000年1月3日午前5時から6時25分にABCから「新春 クラシック スペシャル」としてテレビ放送されます。私もビデオをセットしてもう一度聞いてみたいと思います。

 さて、次回はリトアニア国立交響楽団の演奏会です。バルト3国からやってくる彼らはどんな音楽を聞かせてくれるでしょうか? 大変楽しみです。


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