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大阪フィルハーモニー交響楽団 新庄公演

日時
1999年11月14日(日)午後3:00開演
場所
新庄町文化会館(マルベリーホール)
演奏
大阪フィルハーモニー交響楽団
独奏
田部京子(p)
指揮
ギュンター・ピヒラー
曲目
1.モーツァルト…交響曲第40番 ト短調
2.モーツァルト…ピアノ協奏曲第24番 ハ短調
3.ベートーベン…交響曲第4番 変ロ長調
座席
う列12番(一般席)

どさまわりの旅芸人

 これなんだか判りますか? 実は11月に大フィルが出演する演奏会のスケジュールなんです。プロなんだから当たり前と言ったら当たり前なんですけど、ものすごいですよね。こんなに引っ張りダコのオケなんて大阪じゃ他にはないだろうなぁ。
 この中には今日のものを含めて、都心から明らかに離れた小さな会場でするコンサートがあります。このようなどさまわりでの演奏がいったいどのようなものになるのか楽しみです。

マルベリーホールてどんな感じ?

 マルベリーホール(新庄町文化会館)は奈良県北葛城郡新庄町にある屋敷山公園に隣接しています。近鉄新庄駅から近く、2車線の県道にも面していますのでアクセスには問題はありません。しかしその大通りをひとつ入ると車一台が通れるだけの幅しかない道が続出し、ミニ開発の住宅地が点在する他は田圃と畑が広がっています。
 二上山と金剛山が眼前に迫り、なかなか雄大な風景です。まあ簡単に言うと田舎ですね。何にもない所です。
 とても良い天気だったので周りをブラブラしましたら、ホール裏の駐車場に大フィルのトラックが止まっていて、さらにマイクロバスと楽員の車らしい大阪や京都ナンバーの車がたくさんありました。そしてその駐車場すみの日当たりの良いところで大フィルの人達が円くなって談笑をしていました。ホント良い天気です。

 図書館と同じ建物の中にあるホールの中に足を踏み入れると明るいクリーム色を基調とした軽やかな感じが出迎えてくれた。建てられてそれほど年月が経っていないため、また新しい感じがします。
 700人強を収容できて、傾斜の付けられた客席は1階のみ。サイド席はありません。どの席も充分に舞台を見ることができます。
 座席はお尻がずってしまうもの、前がゆったりとしていて膝が前の席に当たることはありません。
 残響は余りありませんが、音の響きはデッドではなくクリアーな方で、ウエットな音がステージ正面と天井近くからやってくると言った感じです。音響的に悪くはありません。
 またホールの職員は町役場の人がやっていたため、非常にアットホームな雰囲気が漂っていました。

今日の指揮者ってもしかしてあの人?

 “ギュンター・ピヒラー”って名前、どこかで聞いたことがあるなって思っていましたら、プログラム見てビックリしました。あのアルバン・ベルク四重奏団の1st.ヴァイオリンの人ではありませんか。この人が指揮もするなんて初めて知りました。
 すると今日の演奏も弦のアンサンブルを中心に据えて、各声部をきっちりと鳴らした精緻なものとなるのでしょうか? 期待が否応なしに高まっていきます。

開演前のひとコマ

 10分前に席につくと、ステージ右端に置かれたピアノを調律士が調整していた。その人がポロンポロン弾いていると、客もゾロゾロと席に着き始めました。しかし後ろの方はガラガラで大体半分強の客の入りでした。ほとんどが家族連れでしたが、女子中学生がやや目立ちました(中学生の野郎がいなかったのが情けない)。
 地方でのコンサートということで客層もかなり違うようです。その顕著な例が開演間際にやってきたおばちゃんで、今畑仕事を切り上げて駆けつけた感じで腰に手ぬぐいをぶら下げてやってきました。このおばちゃんは最前列に腰を下ろし、演奏が始まるや否や食い入るようにステージを見つめました。そして曲が終わると夢中で拍手を送ってました。
 また乳飲み子を抱えたお母さんは会場内に入れないため、ホールのロビーに置かれたテレビの前に座り「せめてここからだけでも」とホールの中を映し出しているそのテレビにじっと耳を傾けていました。
 こういった中でコンサートが始められました。

モーツァルト…交響曲第40番 ト短調

 オケの編成は弦が4−4−4−3−2プルトの2管編成。クラリネットが入っていた。
 演奏の方はキビキビとした音の運びで、弦を均一に積み上げていく期待通りの音構造をしていた。(やや1st.Vnを強調してメロディを浮き上がらせていた) これで弦セッションがピシッとそろっていたなら何も問題はないのだが、そこはやっぱり大フィル。提示部での第2主題の頭で縦のラインがそろわなかった所などずっこけそうになる箇所があった。元来、重厚でくすんだ音色を持つオケだけに指揮者の求める明晰さとは相容れなかったのかもしれない。でも今日はそれが良い意味のスリリングさに継がっているように思えた。
 第1楽章ではややぎこちなさが見受けられたが、第2楽章になってからメロディが歌い出し、第3楽章ではそれにスピード感が加わった。そして堰を切ったようになだれ込んだ終楽章ではメロディに力がこもり、なおかつ疾走感にも溢れ、心地よい響きのなか曲を締めくくった。
 モーツァルトの短調が持つ心の中に一瞬吹き抜ける寂寥感が感じられなかったのは残念だが、最初から心のこもった演奏には大変満足した。

モーツァルト…ピアノ協奏曲第24番 ハ短調

 シンフォニーが終わると1st.Vnが一時退場してステージの隅にあったスタンウェイのピアノをホール職員が中央に押してきて準備を行った。この際ティンパニとトランペットが入場して、ビオラが1プルト退場した。弦はこれで4−4−3−3−2プルトとなった。
 準備が済むとコンサートマスターがピアノのラの音を叩き音合わせを行う。そのあと指揮者とソリストが入場してきて暖かい拍手が起こった。しかしここでティンパニの人(おっちゃんの人)がバチを忘れたのに気が付いて、トランペット(だったかな?)の若い人に取りに行ってもらっていた。その若い人が慌てて舞台裏に駆け込み、バタバタ靴音を響かせて帰ってきたときは指揮者や他の楽員、事情の判った客がニヤニヤと笑いをこぼしていた。ご苦労様でした。
 さて、この曲は大フィルのメンバーにとってほとんどやったことのない曲らしく、コンマスなどが楽譜に食い入るようにして弾いていたのが目に映った。そのせいか思い切りよく引けていない安全運転な演奏となっていた。後の楽章になるに従ってその傾向が強くなっていったのが残念だった。
 一方、ピアニストの方は優しく繊細なタッチでデリケートに演奏していた。右手の表情付けなどは研ぎ澄まされた感があって大変好ましいものであったが、左手がそれに追いつかず、やや切れに欠けたものだった。また第2楽章での雲間からすうっと射し込む陽光のようなはかなげな平穏さが表現できれば言うことはなかった。
 演奏を一言で表現すると、「プチ内田光子」と言ったところか。この人にはシューマンが似合うのではないかと思った。(……と書いたら同じ月にシューマンのCDが出ました。今度買って聞いてみようかな)

ベートーベン…交響曲第4番 変ロ長調

 15分の休憩を挟んで後半が始められました。自動販売機さえないので結構暇を持て余した。
 さて後半のベートーベンだが、序奏から速めのテンポで進められ、音の立ち上がりをくっきりと出すキリリとした演奏。大フィルも自信のあるベートーベンであるためどの音にも迷いがなく、分厚くてダイナミックにオケが鳴っていた。前半のモーツァルトとは音の作り方が違うため、2倍くらいの音量が出てる気がした。特にティンパニなど床が振動するくらいの迫力だった。
 先にも述べたが、速いテンポでグイグイ進められるため、繰り返しをすべて省略したことも合わせ、非常に劇的でスピード感溢れるものだった。ただその速すぎるテンポのせいで第2楽章ではしみじみとした情緒に欠け、第4楽章では音楽が上滑りを起こしてしまっていた。
 朝比奈の演奏と比べると終楽章など3割増しぐらい速いと感じたが、大フィルもこのテンポになんとか追いていった。それだけに内容が薄くなってしまったのが残念だ。例えばフィナーレのファゴットソロも破綻なく吹ききったのだが、ほとんど気にも留まらず通り過ぎて行った感じだ。
 それでもオケの音楽への集中力とその結果生まれた高揚感が素晴らしく、曲が終わった後たっぷりと余韻を味わってから熱い拍手が湧き起こった。

おわりに

 拍手の中、舞台袖から制服に身を包んだ女子中学生が花束を持って登場し、指揮者とコンマスにぎこちない様子でその花束を手渡していました。(前半終了時にもピアニストに渡していました) これはホールのすぐ横に中学校があるためなんですが、こういう所に地方特有の暖かさが表れてていいなと思いました。
 今日の演奏会は仮に客席が全部埋まっていても大赤字でしょうが、普段クラシックを聞きたくても聞きに行けない人や大阪まで足を運ぼうと思うほど関心がない人にも本物を聞いてもらう良い機会になったと思います。
 この新庄町の催しも今回で8回目だそうですが、ぜひとも根気よく続けて欲しいと思いました。

 総じて、行って良かったと思った演奏会でした。

 さて! 次回はついに、ついに聞けます朝比奈隆のブルックナー! もう今のうちからドキドキワクワクして夜も寝れません。


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