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朝比奈隆 〜入魂のドヴォルザーク〜

日時
2000年4月20日(木)午後7:00開演
場所
いずみホール
演奏
大阪フィルハーモニー交響楽団
指揮
朝比奈隆
曲目
1.チャイコフスキー…弦楽セレナード ハ長調 作品48
2.ドヴォルザーク…交響曲第8番 ト長調 作品88
座席
1階E列11番(S席)

ここはいずみホール

 ここのところ3時までの残業が続き、ずっと現場に泊まり込みの一週間でしたが、この演奏会だけは死んでも行きたかった。這うようにいずみホールへと向かいました。
 さて地獄の底へ潜り込むような地下鉄鶴見緑地線を出ると、ものすごい人波でした。「いずみホールにこんな人数が収容できるはずがないのに」と思っていたら、案の定大阪城ホールへと向かう客でした。エブリリトルシングだってさ。若い奴らの音楽もいいけど、今年92才になるジジイの音楽もいいよ。

 今日の演奏会はいずみホール開業10周年を記念してのものです。普段フェスティバルホールやシンフォニーホールなどの大きな箱で演奏している団体がこのような小さなホールでどういう演奏をするか大変楽しみです。
 受付をくぐりホワイエに着きましたが、そこで人垣ができている場所を見つけました。覗くとそこでCDの即売をしていました。
 それだけなら別に珍しくないのですが、売られているものに少々驚きました。
「朝比奈隆&大阪フィル ベートーベン交響曲第2番」
 はあ? 手にとってひっくり返してみると
「2000年3月10日大阪フェスティバルホール、3月12日愛知県芸術劇場(2枚組)」
 も、もうあの時の演奏会がCDになってんのか? しかも大阪と名古屋の両方。おまけにリハーサル風景付き……。とどめにチクルス中、次の公演までにCD化するってさ。正気の沙汰じゃないぜEXTONよぉ。
 追い打ちを掛けるように「4月21日発売のところ本日先行発売」ってあるし、なんだかな〜って思ってしまった。
 え? 結局買ったのかって? 当然じゃないですか。全9曲すべて揃えさせてもらいますよ、ハイ。(踊る阿呆)

 着席するとすでに何人かの大フィルの団員がステージで調整をしていた。前半はもちろん弦セクションのみですが、椅子の数を数えるといつもと同じ編成で演奏するようでした。
 いずみホールはシンフォニーホールと違ってこじんまりとしたホールなので編成を絞るものと思ってましたが、そんなことはしないようです。これはこれで自分たちのスタイルを貫いた姿勢でしょう。
 やがて会場の照明が落ちると世界の宝とでも言うべきマエストロが舞台下手に現れました。
 このホールはステージと客席の一体感が強く、まるで眼前にいるかのような朝比奈の姿に「うわ〜、こんな近くに御大がいる〜っ」とピントのずれた感慨を抱いてしまいました。この場所で御大の演奏が聴けることに現実感がなく、夢を見ている気分でした。
 御大がかくしゃくと指揮台に上がると息を呑むような緊張感が漂いました。

チャイコフスキー…弦楽セレナード

 冒頭の甘美な旋律が鳴り響くと瞬時にして心を奪われる。すべてのことが脳裏から消え失せ、指揮者とオーケストラの一挙一足に耳と目が集中する。
 いずみホールの素晴らしい音響が全身にチャイコフスキーの音楽を包み込んでくれる。柔らかく芳醇でありそれでいて切れの良い残響はホール全体の空間が自分一人のために音楽を提供してくれるような気分になる。シンフォニーホールの開放感ある響きとは別の密なる響き。今日の大フィルはこのホールを完全に鳴らし切っていて素晴らしい。
 演奏の方も凛とした響きがし、ビブラートのかけ方ひとつにも隅々にまで神経が行き渡っていた。その表現は表面上の派手さや官能性とは縁遠いものであったが、込められた意味はとてつもなく深いように思われた。野太刀の放つ美しさのようだった。
 特に第1楽章が素晴らしく、全体に緊張感が張り詰め、所々に挿入される総休止は息もできない程であった。
 第2楽章が全体のレベルの高さから見るとやや聞き劣りしたが、第3楽章から再び奥深い音楽を聞かせ、第4楽章での全員が熱を込めた演奏は胸にずんずんと迫ってきた。
 チェロとコントラバスの出来が素晴らしく、どっしりとした低音が見事に音楽を支えていた。またコンマスの熱演も凄まじいもので、フィナーレでは半分腰を浮かせて躍り上がらんばかりにオケをリードしていた。
 曲が終わるとワッと拍手が起こり、指揮者を何度もステージに呼び戻したものとなりました。

 弦セレはよく2楽章までが勝負だと言われますが、このような演奏を聞くとそれは単に演奏がヘボかっただけだと断言できます。
 去年の《朝比奈隆の軌跡1999》での演奏をラジオで聞いた限りでは、今日の演奏はやや速めのテンポで進み、全体の構成感をより強固にしたものと言えます。その分音の手触りは麻のようにざらざらとしており、シンフォニーホールでの絹のような滑らかさを持った美演とはまた違ったものとなりました。

ドヴォルザーク…交響曲第8番

 休憩を挟み後半が始まったが、今度は管楽器と打楽器を含めたフルオーケストラ。さすがに倍管にすることはなく2管編成だったが、ステージ上はぎっしりと詰まった感があった。
 冒頭の哀愁がこもった旋律をチェロが思い入れたっぷりに弾く。前半の好調さをそのまま維持したいい歌いっぷり。
 低弦部を中心とした弦セクションが舞台屋根をがっしりと支えているので金管とティンパニが思いっきり演奏できたようだ。ホール全体が震えるような素晴らしい鳴らしっぷりはメチャクチャ気持ちいいものだった。
 朝比奈もオケが非常に好調なのを受けて、とても生き生きとした指揮ぶりで音楽を牽引する。大きな身振りで次々と指示を飛ばしていった。その結果ベートーベンやブルックナーとはひと味違った、スラブ系の音楽で見せる思い切った表現が続出し、生命力に溢れた音楽がドボルザークの旋律に合わせて展開していった。
 しかしカンタービレ一辺倒ではなく、一方で彫りの深い広々としたものも聞かせ、第2楽章ではまるでブルックナーの緩徐楽章のような宇宙的瞑想の世界を描き出していた。この楽章を聞いていたとき自分がドボルザークを聞いていることを完璧に忘れてしまった。
 ただ少し残念なことは終楽章でのアンサンブルがやや粗雑なことであったが、そのバランスに目を閉じてまで追求された迫力が凄まじく、特に金管部隊の大活躍は汗が出るくらいの興奮を味わった。

 曲が終わると同時に割れんばかりの拍手が湧き起こり、指揮者が何度もステージに呼び出される。御大もオケがこれだけ鳴ってくれたことにとても気分が良いらしく、弦楽器の第1プルトの人達と次々と握手し、スタスタとステージ奥に行って管楽器と打楽器奏者を立たせて回っていた。
 舞台袖に引き上げるときも片手を挙げて「よっ、御苦労さん!」てな感じで始終ご機嫌であった。
 フェスティバルホールやシンフォニーホールではうるさいくらい「ブラボー!」の声が掛かっただろうが、今日はみんな歓声の変わりに熱い拍手で気持ちを送っていた。
 オケが解散すると観客も解散し、朝比奈一人のカーテンコールはなかった。これもホールが違うせいか。今日はしてもいいのになあ。

(追記)
 最近になってようやくEXTONレーベルから出ている御大のCDを買いました。そこで今日の演奏と比べてみると演奏の精緻さはCDの方が上でしたが、ホールの響きの良さか、この日の方が音楽(音響じゃなくてあくまで音楽)がクリアーでよりハツラツとしたものでした。しかし両方とも良い演奏なのは言うまでもありません。

おわりに

 この日は特に御大の体調が良かったのかもしれませんが、指揮ぶりが非常に元気で音楽も若々しいものでした。
 全体として弦セレの方が上出来だったと思いますが、どちらも聞き応えのある素晴らしいものでした。
 去年の演奏会で取り上げた時、聞きに行けなかっただけになおさら強く感じたのかもしれません。
 仕事抜け出してまで行った甲斐がありました。(でもこの後再び現場に戻って2時まで仕事したんだよなあ)

 総じて、演奏する方も聞く方も入魂の演奏会でした。

 さて次のコンサートはフェスティバル名曲コンサート第2回として本名&大阪シンフォニカーによるブルックナーの交響曲4番 「ロマンティック」です。京都大学交響楽団とのブルックナーの5番がそれなりに楽しめただけに大変期待して演奏会に足を運びました。レポートお楽しみに。


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