玄 関 口 【小説の部屋】 【交響曲の部屋】 【CD菜園s】 【コンサート道中膝栗毛】 【朝比奈一本勝負】

佐渡裕&京都市交響楽団
奈良特別演奏会

日時
2003年9月6日(土)午後5:00開演
場所
やまと郡山城ホール/大ホール
演奏
京都市交響楽団
独奏
ダニエル・ミュラー=ショット(Vc)
指揮
佐渡裕
曲目
ドボルザーク…チェロ協奏曲 ロ短調
ベートーベン…交響曲第7番 イ長調
座席
1階O列26番

はじめに

 去年はシエナ・ウインド・オーケストラとこのやまと郡山城ホールに来てくれた佐渡さんですが、今年は京都市交響楽団を引き連れての登場となりました。
 特に今日するベートーベンの7番は佐渡さん日本デビューの曲で、師バーンスタインに教えを受けた曲なので、きっと思い入れも強いはずです。
 この日も開場前からたくさんの人がホールに詰め寄せ、会場の熱気はかなりのものでした。

指揮のおけいこ

 そのうちホワイエの2階席へと上がる階段の前に人だかりが出来ました。「何だ?」と見に行くと、譜面台が置かれていたので、プレコンサートでもやるのかと思っていました。しかし弦楽カルテットが現れても演奏が始まらないので、不思議に思っていると
「佐渡さんが通られます!」
 とマネージャー(?)の先導で佐渡さんがタクトを持って目の前を横切りました。(おっきい人だわ)
「今日はせっかくの機会ですから、指揮について知ってもらおうと思ってこの場を設けました」
 の言葉からプレコンサートならぬミニレッスンが始まりました。

 指揮の基本は2拍子と3拍子で、今日はそのうち2拍子をやってみようとのことで、会場から3名を募って実際に弦楽四重奏を指揮させてみました。その3人は青年2人におばちゃんでしたが、おばちゃんは明らかにママさんコーラスか何かの経験者、青年のひとりは去年シエナのとき最後にステージに上がって自己主張を振りまいていたやつ、最後はこんなことするのはホントに初めてという初々しいひと、でした。
 最初はモーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークの冒頭を振らせて、
「この曲はセカンドバイオリン以下がリズムを刻んでいるので、最初にテンポを与えてあげると、あとは踊ってようが何しようが勝手に曲が進んでいきます」
 とやった後、ベートーベンの7番から第2楽章と第4楽章の冒頭をやりました。

 レッスンを受けた3人のなかで自分に酔ってるような臭いがプンプンする子が振り出したとき、カルテットがまったく反応しませんでした。
「いま何度やっても彼ら(カルテット)が出ませんでしたね、でも私がこうすると(タクトを降ろすと音が出た)出ますよね。こうしゃべりながらでも(またタクトを降ろすと音が出る)きちんと出ますよね。別に打ち合わせも何もしてません。
 皆さん、じゃんけんするときに『じゃん・けん、ほい!』とやりますよね、指揮するときもこの『じゃん・けん』(予備動作)をきちんと伝えるのが大事なのです」
 要は、指揮者というのは自分から音を出すプレイヤーではない。動作のすべては楽器を持った人に分かってもらうために行うのであって、独善的に(独りよがりで)踊っているだけでは音は出ませんよ、いうことです。
 ちなみに個人的に一番好感を持ったのは、まったくの初めてっぽい青年の指揮で、変な味付けをまったくしない、拍子のキープに集中した指揮ぶりは縦のラインがずれる瞬間はあったもの、大変素直な音が鳴ってました。

 わずか10分ほどのことでしたが、時間が来たようなので、佐渡さんが
「もうじき、また(ステージで)会えますが、ベートーベンはリズム、ドボルザークはとにかく歌を聴いて下さい。また今日ソロをやるショットさんはとてもかっこいい、音もかっこいいひとです。
 あと、先に言っちゃいますけど、今日のベートーベンでは指揮台を置きません。指揮棒も持ちません。高い所から押さえつけるのではなく、僕らの信頼関係に基づいたオーケストラの自発性に任せた音楽にします」
 と締めると、大きな拍手のなか控え室の方へと消えていきました。
 本番が楽しみになってきました。

ドボルザーク…チェロ協奏曲

 さて、開演時間が来て、佐渡さんが今日のソリストであるショットさんと共に登場すると場内からは熱い拍手が起こりました。
 そしてショットさんがさっと椅子に腰掛け、高さの微調整を始めましたが、ここでショットさんの顔が曇りました。何やら椅子の調子が悪いみたいです。最後にはショットさんがお手上げ状態になってしまったので、佐渡さんが舞台袖に目を走らせると、ステージマネージャーが飛んできて、素早くチェロのトップが座っていた椅子と交換しました。
「交換します」
 と佐渡さんが言うと、場内からは笑みがこぼれました。
 やがてショットさんも準備が整ったみたいで、指揮者と目を合わせますと、ドボルザークが始められました。

 冒頭からオケの鳴り方が素晴らしく、オケの状態はかなり良いように思えました。このひとのオケを鳴らし切るテクニックはやはり素晴らしい。
 ソリストであるショットさんの音色は音に芯がなく、やや腰高で少し安っぽく、ソリストらしい華があるものとは余り思えませんでした。
 しかし終楽章のカデンツァでは、最後の音を目一杯に引き伸ばしたロングトーンが引き込まれるように心のツボにはまり、永遠に続いて欲しいと思ってしまうほどしみじみと聴き入ってしまいました。この最後の瞬間だけは非常に素晴らしいきらめきを持った演奏でした。
 曲が終わった後の拍手は大変熱いもので、何度もソリストを呼び出すものでした。ショットさんと佐渡さんは抱き合って、演奏の成功を喜び合いました。

そしてアンコール

 チェロを携えて何度も答礼に現れるショットさんでしたが、すっと椅子に座るとアンコールが掛かりました。
・ブロッホ…プレイヤー(祈るひと)
 最初はなんてことのないものだったのですが、曲の最後でフレーズが長くなり、静かになっていく部分では不思議な吸引力がありました。そしてコーダで消え行くように音が消えた後もショットさんは構えを解かず、長い長い静寂が訪れました。
 やがて一人の拍手から堰を切るように拍手が沸き起こり、ショットさんもこれに応えました。人の心に長い余韻を引かせる才能に長けたチェリストだと感じました。
 ここでひとまずオケが解散すると20分(実際は15分強)の休憩に入りました。

ベートーベン…交響曲第7番

 最初の和音から速めのテンポで、歯切れ良く始まりました。佐渡さんは指揮台を取っ払ってタクトを持たずに指揮を行い、拍を刻むことは余りせず、ステージ中央で動き回ったり跳ねたりしながらオケをあおったりして、感情のコントロールを主に行っていました。
 リピートを行わないストレートな演奏で、第1楽章から終楽章まで、一直線に盛り上がっていくものでした。しかしビートをしっかりと刻む指揮ではなかったため、“舞踊の神化”とまで呼ばれるこの曲で極めて重要なリズムの刻みが緩くなってしまい、それぞれの旋律線が混じってしまって、全体的にぼってりと聴こえてしまったのが残念でした。
 しかし、冒頭からのオケが存分に鳴り渡り、速めのテンポで突き進む終楽章の熱狂はかなりのものでした。

 最後の和音が鳴り響くと刹那の間が空き、開場からワッと弾けるように拍手が起きました。

またもやアンコール

 鳴り止まぬ拍手に応えて、アンコールが掛かりました。
・チャイコフスキー…弦楽四重奏曲よりアンダンテ・カンタービレ
 伸びやかに歌う弦にしみじみと聴き入ってしまいました。押せ押せでない佐渡さんが珍しい。こんな表現も出来るんだ……。(失礼) この曲も終わると一瞬の静寂が流れ、やがて大きな拍手が沸き起こりました。
 佐渡さんが客席に向かって「ありがとうございました」と口パクで言うと、演奏会の幕も降ろされました。
 それにしても佐渡さんのチャイコって初めて聴きましたよ。

おわりに

 地方のドサ回りだと適当に手を抜かれるのですが(される方はたまったものじゃありませんが)、今日の演奏は両曲とも最後白熱したものだったので、行った甲斐があったと思いました。
 客層も豪快にアラームを鳴らしたり、プログラムをがさごそしたりする人がいましたが、曲が終わってもジッと待つことの出来る人が多くて、大都市ではないコンサートにしては高かったのではないでしょうか。
 そう言えばこのコンビ、同じ曲目で10月24日にシンフォニーホールで演奏するんですよね。

 総じて、余韻の良い演奏会でした。

 さて、次回は金聖響&大阪センチュリーによる新世紀浪漫派!の第3弾「シューマン」です。
 交響曲第4番、ピアノ協奏曲、交響曲第2番と言う濃いランナップに今からドキドキしています。


コンサート道中膝栗毛の目次に戻る