玄 関 口 【小説の部屋】 【交響曲の部屋】 【CD菜園s】 【コンサート道中膝栗毛】 【朝比奈一本勝負】

ベートーベン 交響曲第3番《英雄》

( この曲について

ベートーベンが第9を書く前に「自作の中では5番以上に私の1番好きな交響曲」と語った曲。この曲のスタイルは発展した形で第9に採用されます。それ故この曲の持つ深さは「合唱」に劣るものではありません。
《 あ行 》
《 か行 》
《 さ行 》
《 た行 》
《 は行 》
《 ま行 》
《 や行 》
《 わ行 》

《 あ行 》

朝比奈/大阪フィルハーモニー交響楽団(1977年) < Victor VDC-5528 >
お薦め度 ★★★★☆
朝比奈が大フィル結成30周年として東京文化会館で77年10月6日に行った演奏会の録音。朝比奈2回目のベートーベン全集にも収録された。
この時朝比奈は69才(2001年末の時点で小澤征爾の66才よりまだ年上)で、まだ24年も人生を残しているように大変生命力溢れ、曲全体に力が漲っている演奏だ。それと同時に雄大なスケールと厳しく張りつめた響きが素晴らしく、大フィルも渾身の演奏を繰り広げ、グイグイと音楽に引きずり込まれる。第1楽章の雄々しさ、第2楽章の劇的な深刻さ、終楽章の吹き上げる情熱、どれも絶品だ。
後年の力みない深遠さも良いが、この頃のたくましさも代え難い魅力がある。

朝比奈/新日本フィルハーモニー交響楽団(1989年) < fontec FOCD 9002 >
お薦め度 ★★★☆☆
新日フィルと89年にライブ録音された朝比奈4回目の全集からの1枚。この演奏会が催されたのは2月5日のことで、当時官房長官であった小渕元首相が額に入れた「平成」と書かれた文字を掲げた少し後だ。
そういう空気があって第2楽章の悲痛で沈み込むような響きはまさに葬送行進曲であり、お涙ちょうだい的な小細工を全く施していないのにこれほどの哀しみを感じさせる演奏は他に存在しない。
演奏全体としてはいつもの遅いテンポでじっくりと奏でられ、聞いていて時間を忘れさせるような壮大なものである。ただ弦がきれいなハーモニーを聞かせているのに録音のせいか今一つ心に迫って来ず残念だ。
96年に録音された大フィルとの演奏があまりにも素晴らしいものなので「どちらか1枚」となれば、両方とも良いものだが96年盤の方をお薦めする。

朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団(1996年) < Pony Canyon PCCL-00417-3 >
お薦め度 ★★★★★
大阪のシンフォニーホールで収録された朝比奈の6回目になるベートーベン交響曲全集からの一枚。
遅いテンポを基調とする堂々とした演奏だ。70才台の演奏と比べるとかなり力みが取れ、枯れたと言っても良いくらいだが、踏みしめるようなテンポ感がしっかりしているので、遅いテンポを感じさせない推進力がある。また全パートを同等に鳴り渡らせる響きは雄大なスケール感を与え、その懐深い世界にどっぷり浸らせてくれる。
どの楽章が良い、とは特に言えない均質的な出来だが、第1楽章の雄大さと、終楽章での心が浮き立ってくる躍動感とコーダ直前の深々とした感銘が特に素晴らしい。
「楽譜に忠実に」はこの指揮者のモットーだが、この演奏ではそれが一番徹底されている。第1楽章コーダのトランペットのように一聴して判る所だけでなく、スタッカートやスラーの有無など実に細かいところまで明確に描き分けている。楽譜(ブライトコフプ版)と比べながら聞くのにも最適な演奏だ。

朝比奈/大阪フィルハーモニー交響楽団(2000年7月8日 大阪) < EXTON OVCL-00026 >
お薦め度 ★★★☆☆
朝比奈が2000年に行った一連のベートーベンチクルスから、7月8日大阪ザ・シンフォニーホールでの演奏。ちなみにこの演奏会の模様はこちらにあるのでどうぞ
曲全体のイメージは15日後行われた東京と同じなので、メインはそちらをごらんになってもらって、ここにはそれと異なると思われる部分だけ述べる。
まず曲全体に満ちている気迫が東京に比べて薄く感じる。特に終楽章の気概が大きく劣る。大フィルは東京へ行ったときの方が良い演奏をしているような感じがするが気のせいだろうか?
またこの年のエロイカは3回あったが、その演奏会のうちこれが最初ということもあり、オケと指揮者が腹のさぐり合いをしている感じを受ける。超スローテンポにもがっちり追いていった東京とはやはり聞き劣りしてしまう。

朝比奈/大阪フィルハーモニー交響楽団(2000年7月23日 東京) < EXTON OVCL-00026 >
お薦め度 ★★★★★
朝比奈が2000年に行った一連のベートーベンチクルスから、7月23日東京サントリーホールでの演奏会の模様。
前回である96年の演奏よりさらに枯れて、弛緩していると言ってもいい遅いテンポとゆったりした音運びは、力みとか熱というものをまったく感じさせないものとなっている。しかし懐の大きなスケール感は健在で、また不思議なことに音色に艶があり、その柔らかい響きが非常に美しいものを醸し出すと共に包み込むような包容力を持っている。
どの楽章も突出した所はなく、96年の演奏でもそうだったが、さらにそれが徹底された感がある。敢えて述べるとするならば、最遅と言える第2楽章だろう。この緩徐楽章の第3部ではこのテンポを存分に生かし、各声部をじっくりと克明に聞かせていくところなど最大の聞き所となっている。オケもよく最後までこのテンションを持続したものだと感心してしまう。このテンポを持ちこたえた所だけでなく、金管の放つ輝かしい音色などがこのオケの最近における充実ぶりを示していると思う。
このスタイルは他に比べるものはなく、この演奏は朝比奈の最終境地と言って良いものだ。朝比奈ファンなら問答無用で所有すべきCDだと思う。

アルブレヒト/読売日本交響楽団(1999年) < EXTON KJCL-00008 >
お薦め度 ★★☆☆☆
アルブレヒトが読売日本交響楽団と99年にサントリーホールで行った定期演奏会を録音したもの。このコンビでは1番、8番のCDがすでに発売されていて、行く行くは全集になるそうである。
演奏の方は最近の古楽器オーケストラによる演奏を参考にしたのか、速めのテンポですっきりとしたものとなっている。一方オーケストレーションなどは第1楽章コーダのトランペットが代表するように慣用的なものとなっている。
しかしベートーベンが曲に込めた意志の力が伝わってくるものではない。これに演奏スタイルは関係ない。実際ジンマンはアルブレヒト同様に200年の時を経てこびりついた垢を削ぎ落としながら、パッション溢れる演奏をしている。ただ、端正なフォルムをした演奏は好感を持てる。
ついでながら新興レーベルであるエクストンによる録音は、実演を聞くような音の繊細さ、ホールトーンを見事に生かした自然な残響音が心地よく、かなり優秀な音作りをする。日本発のレコード会社として頑張って欲しい。(ポニーキャニオンやカメラータ・トウキョウも良いですよ)

飯守/東京シティフィルハーモニック管弦楽団(2000年) < fontec FOCD 9160/4 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
2000年3月16日に東京文化会館で行われた演奏会のライブ録音。日本人初のベーレンライター版によるベートーベン全集。
ベーレンライター版が古楽器演奏の潮流を受けて生み出されたものであるためか、この演奏もテンポが速く、音を歯切れ良く切るものとなっている。最初こそややもたつきを感じさせるが、やがて音楽が興に乗ると安定したリズム感でスイスイと進んで行く。
楽譜には愚直なくらい忠実で第1楽章のトランペットなどもそのまま演奏している。一方、弦の響きが薄く聞こえ、エロイカに求める力強さや雄大さが弱いのが少し心許ない気がする。
この曲をあくまで古典派の曲として捉えるのなら、この小気味よくて構成がしっかりしている演奏は大変好感を持てる。
フィナーレは結構盛り上がるのだが、ベートーベンにはそこからはみ出たものも確固としてあるはずなので、その点を期待すると期待はずれになるかもしれない。

イッセルシュテット/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1965年) < LONDON KICC 8478 >
お薦め度 ★★★☆☆
私はこの指揮者のことはあまり知らない。しかしベートーベンの交響曲と言えば必ずこの人のディスクが挙げられている。特に第8番は名演で知られる。
演奏の方はシャキッとした音の洒落た演奏である。しかしフォルテが豪快に鳴り響く所などが一筋縄でいかないものを感じる。
そして指揮者の個性などは出さず、ただ曲の魅力だけをストレートに伝えてくれる。
イッセルシュテットの他の演奏は廃盤になってもベートーベンだけはカタログに残っているのはそんな理由からだろう。

岩城/オーケストラアンサンブル金沢(1994年) 自主制作< ASAHI SHINBUN RIKYU-95001 >
お薦め度 ★★☆☆☆
オーケストラアンサンブル金沢が自主制作した、94年に東京の浜離宮朝日ホールで行われたベートーベンチクルスのライブ録音。コンサート道中膝栗毛で述べていたCDです。
演奏は岩城らしくきびきびとしたテンポで進む歯切れのいいものである。アンサンブルの方も小編成に必要な精度のいいカチッとした演奏を聞かしてくれる。
ただ個人的には強弱の幅をもっと大きく取って欲しかった(小編成では難しいか?) また旋律を瑞々しく歌う岩城節があまり聞かれなかったのが残念だ。
しかし全員が「この曲を知り抜いている」 という自信溢れる演奏は聴いていて気持ちいい。ちなみに小編成だからといって古楽器オーケストラのように原典主義ではなく慣習通りの演奏だ。
このCDを手に入れるには直接オケの事務局に連絡を取るか、演奏会々場の即売コーナーに足を運ぶしかない。このオケの演奏会に行った折りにはちょっと覗き込んでみてはどうだろうか。1,2,4番がこの全集の中ではお薦めである。(セットと分売の両方あり)

ヴァント/北ドイツ放送交響楽団(1989年) < RCA BVCC-37219 >
お薦め度 ★★★☆☆
ヴァントとNDRとが行った89年のライブ。
近年とみに高名なヴァントであるが、78才時であるこの演奏はまだまだ元気で、音楽がテキパキと進行していく。響きがややこじんまりとしているもの、きめの細かい音作りが施されている。
全編に力が漲り、一切緩んだ所がなく、終楽章コーダに向かって登りつめていく構成力の確かさはさすがである。
また頑固一徹のヴァントらしく、オーケストレーションは楽譜のまま(例えば第1楽章コーダのトランペットや第2楽章での第3ホルンのソロなど)行っているのが彼らしい。

ヴァント/ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団(1994年) < EN Larmes ELS 01-121 >海賊盤
お薦め度 ★★★★☆
ヴァントがチェリビダッケ存命中のミュンヘンフィルを94年2月4日に振った演奏会の模様。海賊盤。
絶頂期のヴァントは力強くキリリとオケを締め上げ、速めでキビキビしたテンポで進みながら、各パートの透明さと緻密さが一分の隙もない音楽を展開させる。それに加えて、80年代の彼にあったこじんまりとまとまった所がまったくなく、堅固な音の響きに大きなスケールを併せ持つ演奏だ。

ウェラー/バーミンガム市交響楽団(1988年) < CHANDOS CHAN 7042(5) >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
88年に録音された全集からの一枚。ちなみにこの全集はバリー・コーパが発見・補筆した第10番の第1楽章が収録されているので有名。
演奏の方はただひたすらに穏やかなものだ。細部は結構端正に磨かれているが、どこにも力んだ所がないので、音楽に引き込まれてしまうようなことはない。しかしその音楽に身をゆだねてしまうと、この演奏が持つとうとうした流れが意外と心地よい。また終楽章のコーダが結構盛り上がるので、「聞いていたら、なんとなく終わっちゃった」と言う演奏でもない。
何度聞いても耳障りじゃない穏健なエロイカが聞きたい人はぜひ。

宇野/アンサンブルSAKURA(1996年) 自主制作< U.R.F URFR-0001 >
お薦め度 ★★★☆☆
音楽評論で有名な宇野功芳とアマオケであるアンサンブルSAKURAが96年に石橋メモリアルホールで行ったライブを録音したCD。fontecから少数販売されたものと同じであるが、これはリマスタリングされた自主制作のCD−Rだ。彼らの大阪公演の際に買い求めたもの。
オケの方はアマチュアであるため技術的には未熟な(というか笑える)面が多々見受けられるが、1回限りの演奏会ですべて出し切ってしまおうとする情熱や気迫がひしひしと伝わってくる演奏は大変素晴らしく、プロオケ(へたするとアマオケですら)の“音楽をする喜び”に欠けた演奏が腹立たしく思えてくるほどだ。
正直言って聞き始めは何度聞いても苦笑いを浮かべてしまう。しかし楽章を追うに従って彼らの情熱に引き込まれて、最後には夢中になっている自分を発見してしまう。
しかし、指揮者である宇野氏の音楽作りにはまったく賛成は出来ない。特に第1楽章での近視的で場当たり的な表現がベートーベンの設計した5部形式的なソナタ形式のフォルムを台無しにしている。第2楽章以降がそれほどひどくないのでオケの表現力が絡んでいるかも知れないが、それを考慮に入れても納得することはできない。
色々書いてしまったが、音色がきれいなだけのたるくてチャラチャラした演奏がクラシックの正しい姿だと思っている“なんちゃってブルジョア”の方々には強烈な頓服(とんぷく)となるに違いない(死んじゃったりして)。

宇野/アンサンブルSAKURA(2000年) 自主制作< U.R.F. URFC 0006/7 >
お薦め度 ★★★☆☆
音楽評論家宇野功芳とアンサンブルSAKURAが2000年7月9日に大阪いずみホールで行った演奏会の録音。この演奏会の詳しい模様をこちらに掲載しているので合わせてどうぞ。
技術的に云々は酷なのでやめる(といっても96年のものよりはずいぶん上手くなっている)ので、指揮者の解釈についてだけ述べることとする。
で、その演奏だが、ほぼ96年盤と同じと見ていい。全体的に遅めのテンポを基本とするがあまり安定はしない。特に第1楽章ではグロテクスなまでに異形の姿を見せる。聞いていると過去の大指揮者をモザイク状に切り張りしている感じを受け、どうしても納得することはできない。
しかし第2楽章以降はまあ普通に遅めのテンポとなるので、先に挙げた点はあまり気にならなくなる。終楽章の最後に込めるオケの気合いは96年盤以上で、その輝きはほんのちょっとだけ奇跡がかっている。
録音の方もいずみホールが持つ空気をよく捉えていて素晴らしい。音は良いし、演奏しやすい、このホールがこの日の演奏の出来に大きく貢献しているのは間違いないと思う。そして曲が終わった後一瞬の静寂の後に飛び出した「え〜どーっ」の掛け声は心底見事だと感心してしまう。なかなか耳にすることのできない掛け声だ。
補足ながら、このCDのライナーはうがった物の見方をすれば大変おもしろいので、アンチ宇野派の方もぜひ一読して欲しい。

エッシェンバッハ/北ドイツ放送交響楽団(2002年) < Sounds Supreme 2S-051 >海賊盤
お薦め度 ★★★☆☆
速いテンポで熱狂的に駆け抜ける演奏だ。アクセントが辛口に効いていて、力強い推進力に満ちている。そしてハイテンションな曲の進行は有無を言わせない迫力がある。その一方、第2楽章ではしっかりと地に足が着いた重さがあり、決して軽々しいものではないのが大変良い。フィナーレも畳みかけるような熱さがあり、高い集中力と共に大変聞かせる演奏となっている。
音質は非常に鮮明で、バランスも良い。

オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団(1980年) < RCA BVCC-38111 >
お薦め度 ★★★☆☆
オーマンディ没後15年を記念して発売されたシリーズのひとつ。80年9月29日の収録で、珍しいことにデジタル録音されている。
全楽器が鳴り響く、ゴージャスなフィラデルフィア・サウンドは健在だが、心なしか低音がぶよぶよしているのは、この頃オーマンディから音楽監督を引き継いだムーティの影響だろうか。
演奏の方は力強くオケを鳴らしているもの、音符いっぱいに伸ばされた音のせいでシャカリキになって進む印象はなく、このコンビ特有の音色も合わさって、ある種の優雅さを感じさせる。
聞いていて非常に心地よい演奏だが、終楽章にもう少し燃えるようなものがあればもっと良かったにと思う。

《 か行 》

カヒッゼ/トビリシ交響楽団(19??年) < HDC INF1 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
36年生まれでグルジアの重鎮であるヤンスク・カヒッゼと手兵トビリシ響との録音。たぶん90年代後半の録音。
重心の低い堂々とした音運びをし、やや遅めのテンポを採るが、決してもたれることなく歯切れ良く音楽が進行する。音色が柔らかいためインパクトは弱いが、そのスケールの大きさはなかなかのものでタイプで分類すれば朝比奈やザンデルリンクに近い。ただ2人のように突き抜けた所がやや薄いのが残念だ。
しかし終楽章のコーダなどぐっと来るものが感じられるのでこれからに期待したい指揮者と言える。
また一部の人に先入観としてある、デフォルメの極みを尽くしたゲテ、といった印象はこの演奏からは感じられない。

カラヤン/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(1984年) < GRAMMOPHON F00G-27026 >
お薦め度 ★★★☆☆
ベートーベンをたくさん残しているカラヤンだが、これは最後のものとなった4回目の全集からだ。
カラヤン特有の美意識(カラヤン節)に驚異的な合奏力でベルリンフィルが答えている。カラヤン存命中はこのカラヤン節を嫌う人が少なからずいたが、今となっては彼のようなアクの強い演奏をする者もほとんど死に絶えてしまって、彼の演奏がかえって懐かしい。
演奏の方はとても速いテンポで力強く曲を進めていくダンディズム溢れたものだ。奇数楽章などは聞いていてたれる所があるが、各偶数楽章後半からのぐいぐいと盛り上げていく手腕には素直にすごいと思ってしまう。
ただこの曲に込めたベートーベンの思いが伝わってくる演奏ではない。
このCDも初心者の方にお薦めだ。

クナッパーツブッシュ/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(1941年) < TAHRA TAH 311/312 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
クナッパーツブッシュがベルリンフィルと41年に行った演奏の録音。モノラル。
クナと言えば思い出されるのは化け物じみたスケールの巨大さだが、さすがに53才の当時はそれほど老成はしておらず。後年のスタイルしか知らない人はかえって驚くだろう。
速めのインテンポを基調としてきりりと締め上げた音楽を形作っているが決してこじんまりとはせず、がっしりと腰の据わった造詣はスケールの大きい素晴らしい演奏で、後年のスタイルに通じるものがある。
それでもこのはつらつとした演奏は50年代のクナにはない魅力を持っていて、この指揮者の違った一面が見れる演奏だ。

クナッパーツブッシュ/バイエルン放送交響楽団(1950年) < SEVEN SEAS K30Y 1037 >
お薦め度 −−−−−(評価はナシ)
吉田光司氏によるクナッパーツブッシュディスコグラフィーよれば、50年というのも、バイエルンというのも間違いで、これは53年12月17日に行ったミュンヘンフィルとの演奏なんだそうだ。
と言うわけで、クナッパーツブッシュ/ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団(53年)を参照すること。
それにしてもクナってこんなのばっかりだ。

クナッパーツブッシュ/ブレーメンフィルハーモニー管弦楽団(1951年) < TAHRA TAH 217 >輸入盤 & < URANIA URN22.217 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
クナッパーツブッシュがブレーメンフィルハーモニー管弦楽団と行ったライブの模様を録音したもの。モノラル。
基本的な解釈は50年のCDと全く同じである遅いテンポで堂々と進む演奏だが、オケがクナの棒に過剰に反応してしまい、拍子の頭で不釣り合いなほど大きなアクセントが付いてしまっているのが時々耳に付く。それでも終楽章のプレストではみごとな雄大さが築かれ、大きな満足感が得られるあたりはさすがだ。
大きなスケール感と無骨さはここでも健在で、オケとは今一つしっくりいってないもの、この指揮者の魅力は充分に出ている演奏だ。
ウラニア盤はターラ盤と比べてやや過剰なエコーが加えられているが、メタリックなざらつきが減少していて臨場感ある音場をしている。

クナッパーツブッシュ/ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団(1953年) < TAHRA TAH 294 >輸入盤 & < RE! DISCOVER RED38 >海賊盤
お薦め度 ★★★★☆
クナッパーツブッシュがミュンヘンフィルと53年12月17日に行った演奏会のライブ録音。モノラル。ちなみにこの演奏会の客席には朝比奈隆がいて、クナが「ズボンのポケットに手を突っ込んでいた」とか「背中を掻いていた」のを目撃した演奏会。
この指揮者らしい遅めのテンポで悠々と進んでいく演奏だ。しかしミュンヘンフィルが芯がかっちりとしておきながらしっとりとした音を出しているので、この指揮者で感じてしまうあまりにもゴリゴリとした無骨さがうまく包まれてて表に現れてこない。
スローテンポが全曲を支配して音楽は悠然と進行していくが、音の中身は凝縮され、曲の最期まで緊張感が持続する。それに重いリズム感が合わさって異常なほどのスケール感、重量感を獲得しているのが驚異的だ。それに加えて音楽に枯れた所は一切なく楽想の隅々にまで気が張っていて大変素晴らしい。
ターラ盤はややこもり気味で全体的に平面的だが、中低音がずっしりとして音に迫力がある。ゴールデンメロドラム盤はスッキリとした音でノイズが少ないが、線が細く繊細だ。ディスカバー盤は音像が遠く、こもり具合はターラ盤より少し強い。ただし臨場感には一番優れている。そして、キング盤は音に奥行きがあるもの、細部がほんの少し潰れ気味だ。

クナッパーツブッシュ/ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団(1955年) < GOLDEN Melodram GM 4.0040 >輸入盤
お薦め度 −−−−−(評価はナシ)
とある情報筋によるとこの演奏は53年と同じなんだそうだ。実際、聞き比べてみるとやはり同じのようだ。
よって批評はクナッパーツブッシュ/ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団(53年)を参照すること。

クナッパーツブッシュ/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1962年) < LIVING STAGE LS 4035148 >輸入盤
お薦め度 ★★★★☆
1962年2月17日に行われた演奏会。ライブ録音。
拍手の最中に演奏を始めてしまうのが、まったくこの人らしい。最初こそややぎこちなさを感じさせるが、すぐにこの指揮者独自の重くゆっくりとした音楽の歩みに馴染んでくる。
さすがにクナも最晩年に差し掛かり、以前はあった音符ひとつひとつに漲る力感や緊張感が大きく減衰しているが、音楽のつながりの良さは非常に優れており、テンポの変化を一貫して抑えた中、ツボを心得た起伏が無理なく音楽を展開し、一時も集中力が途切れることはない。
最後まで保たれた大きなスケールが大変心地よい演奏だ。

クーベリック/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1971年) < ORFEO C 587 022 B >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
1971年8月13日に行われた演奏会のライブ録音。
腰の据わったテンポで堂々と進められるが、重く引きずるような所はなく、キレの良いパリッとした響きをしている。またテンポの変化は我慢しているかのように極力抑えられ、若干響きが軽いもの表現そのものはシリアスで、特に第2楽章が深く胸に染み込んでくる。
カチッとした構成をしているが、音楽の流れはスムーズで、曲の最後まで聞き入らせるものとなっている。終楽章のクライマックスの立派さは非常に聞き応えがある。

クレンペラー/ケルン放送交響楽団(1954年) < RARE MOTH RM 439/40-M >海賊盤
お薦め度 ★★★☆☆
クレンペラーがケルン放送交響と54年2月8日に行った演奏会を収録したもの。海賊盤。モノラル。ヒスがあるもの音質は時代を考えれば非常に良い。
この頃のクレンペラーはまだ健康で、この演奏も速めのテンポでキリキリ進んでいく。硬質で切れ味の鋭い響きをしていて、甘ったるいところは皆無だ。ただ、後年と比べてスケールの大きさを感じさせず、終楽章がややセカセカした感じを受けるのが物足りない。
しかしこれはこれで十分魅力的な演奏なので、クレンペラー好きにはお薦めできるディスクだ。

クレンペラー/デンマーク国立放送交響楽団(1957年) < TESTAMENT SBT.2242 >輸入盤
お薦め度 ★★★★☆
1957年9月26日に行われた演奏会の録音。モノラル。
晩年のクレンペラーに比べると速いテンポで進んでいく。音楽は明確なリズムを刻み、響きには重量感と力感があり、推進力に富んだ曲運びとなっている。
インテンポを守り、硬質でクリアーな音色を出しているが、冷たさは全くなく、情熱を感じてしまうほどだ。また曲の構成も万全で、音楽の進行に緩む所は一切なく、終楽章ではテンポをほとんど動かさずに熱狂的なクライマックスを形作っている点など大変素晴らしい演奏だと言える。

クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団(1959年) < EMI TOCE-3197 >
お薦め度 ★★☆☆☆
クレンペラー59年のスタジオ録音。この年近辺に行ったベートーベン交響曲チクルスからクレンペラーの円熟が始まった。
演奏はいつものクレンペラー。しかしゆっくりとしたテンポがあだとなったか、緊張感が伝わらない演奏となってしまった。しかし第2楽章はグッとくるものがあるし、終楽章の盛り上がりは同年のライブ盤以上だ。第5、9番のスタジオ録音が絶品なだけに少し惜しい気がする。
また録音された時代のLPだと気付かないだろうがCDの時代になってデジタルリマスターされてしまうと、演奏がパンチアウトされている所がはっきりと解ってしまう。音質が上昇しても良いことだけとは限らないと言うことか。ちょっと気になるだけに残念だ。(でもビートルズのものよりはマシ)

クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団(1959年ライブ) < EMI 7243 5 66793 2 0 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
クレンペラー・レガシーとして発売された59年録音のライブ盤。
クレンペラーと言うと悠然としたテンポで無骨なまでに素っ気ない音楽、悪く言えば遅いだけの抑揚のない音楽だが、迷い無く鳴り響く音とその中に溢れる悠然とした時の流れがかけがえのない魅力となっている。
このライブ盤には同時期のスタジオ録音があるが、両者の解釈はまったく変わらない。しかしライブ特有の高揚感があり、こっちの方が伸びやかに歌っている。
終楽章のポコ・アンダンテに入る手前の盛り上がりはスタジオ盤に譲るが、全体の出来としてはこちらを取りたい。

クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団(1960年) < MUSIC & ARTS CD-886/890 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
これはクレンペラーがフィルハーモニア管と60年にウィーンで行ったベートーベン交響曲全曲演奏会の模様を収録したもの。
他の録音に比べてほんの少し速めのテンポを採っているような気がするが、全編にわたってゆるみのない構成は大変見事に思える。一方、音楽の厳しさがここでは薄味に聞こえてしまうが、他の録音にないまろやかさが感じられ、その点が好ましく感じる。
また録音のせいか、この指揮者独特の重厚な響きや明晰な対旋律の積み重なりを心ゆくまで味わうまでに至らないことがやはり残念だ。

クレンペラー/フィラデルフィア管弦楽団(1962年) < RE! DISCOVER RED66 >海賊盤
お薦め度 ★★★☆☆
1962年11月19日に行われた演奏会の録音。モノラル。海賊盤。
落ち着いたテンポで進められるが、愚鈍な印象はなく、音符のひとつひとつをクッキリと刻みつけて演奏している。
曲に一貫して流れる推進力は一切のゆるみがなく重いもので、テコでも動きそうにない安定感がある。それに加えてフィナーレでは熱のあるものとなっており、聞き終えたときの充実感は十分に得ることが出来るものとなっている。
音質は完全にこもりがちで、音も左の方へ寄ってしまっているため、聞くのには覚悟が必要だ。

クレンペラー/ニューフィルハーモニア管弦楽団(1970年) < Pandora's Box CDPB 202 >海賊盤
お薦め度 ★★★☆☆
クレンペラーが生涯最後に行ったベートーベンチクルスの模様を収録したもの。残念ながらモノラル。海賊盤。
非常にゆったりとした歩みで実に堂々とした音楽が展開される。しかも微に入り細に入る対位法の処理が素晴らしく、大きな編成のオケのはずなのに、普段は聞こえにくい木管のフレーズが無理なく聞こえてくる様は信じがたいくらいだ。
構成の確かな所や甘さを感じさせない造型はもちろんのこと、まったく力みが感じられないのにここぞという時のフォルテッシモの強靱さは85才という年齢を感じさせない。
惜しむらくは録音状態がよろしくなく、低音域がしょぼしょぼで、トランペットの強奏では音が割れ気味なのが残念だ。

ケーゲル/ドレステンフィルハーモニー管弦楽団(1983年) < CAPRICCIO 49 097 5 >輸入盤
お薦め度 ★★★★☆
全集からの1枚。
非常に透明な音色で、繊細な音をしているが、響き自体に脆弱な感じはせず、ピンと一本の筋が通った音楽となっている。音符いっぱいに楽器に音を出させ、次の音符へとなだらかにつなげていくのに、シャープなイメージを与えるのが不思議である。
全体的な印象もロマンティックな感情を排したものであるのに、細かく聴くと要所ではテンポを結構動かしているのが面白い。
フィナーレが透明さを保ったまま大きな盛り上がりをみせ、クールなままで終わらせないのが非常に良く、聞いた後に大きな満足感を得られる演奏となっている。

《 さ行 》

ザンデルリング/フィルハーモニア管弦楽団(1981年) < DISKY BX-704642 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
トーマスじゃなくてクルト・ザンデルリングの81年録音の全集からの一枚。しかしこの全集は謎な全集でカップリングされた第1番は終楽章が収録時間の関係でカット(だったら一枚に入れようとすんなよ)されて第9と一緒にされていたり、第4番が編集ミスでブランク(これはあとで修正版を無料配布するそうだ)があったりする。まあタワーレコードで無茶苦茶安かったから仕方ないか。
それで内容の方は刺激的な所はないが旋律が実にふくよかに鳴り渡る堅実な演奏である。エロイカだからと言って肩肘を張らず、曲全体が穏やかに流れていく。
普通だったらつまらない演奏だろうがこれはしみじみと聞き入ってしまう。すべての音に思い入れがダップリ込められ、どの楽器(特に金管)も伸び伸びと歌っているからだろう。
フィナーレの盛り上がりは胸に迫るものがある。いつまでも飽きが来ない演奏と言える。

シェルヘン/ルガノ放送管弦楽団(1965年) < PLATZ PLCC-686 >
お薦め度 ★★★★☆
65年にライブ録音された全集からの1枚。
それにしても、怒鳴ってるよ……。曲が始まってすぐに指揮者が大声でオケを叱咤激励する。ライナーを読んだときは誇張だと思ったが、本当だった。フィナーレでも「1,2,3,4! 1,2,3,4!」と激しい声が飛んでいた。
第1楽章ではまとまりの弱いアンサンブルだなと感じたが、飛んでくる声に象徴される指揮者の激しいパッションに応えようと、楽章を追うに従って楽員がひとつとなって燃え上がっていった。その結果、第2楽章からが良く、終楽章に至ってはものすごい情熱を込めて演奏しきっている。これはきれい事では済まされない生々しい音楽で心にガンガン迫ってくる。
全体的にテンポが速くて激しく少し乱れがあるもので、繰り返し聞くのには適さないが、たまに聞くとガツンと良いパンチをもらうような刺激に溢れた演奏だと言える。

シュタイン/ベルリン・ドイツ管弦楽団(2000年) < GNP GNP 79 >海賊盤
お薦め度 ★★★★★
現在半引退状態であるホルスト・シュタインによる2000年4月24日に行われたライブの模様。海賊盤。
じっくり進められる音楽の歩みが実に堂々とした様相で素晴らしい。特に第2楽章など朝比奈(2000年大阪)とほぼ同じタイムを要する超スローテンポながら、その構成の確かさはこの葬送行進曲に心の底まで浸り込んでしまうものとなっている。
雄大なテンポと非常に大きなスケール、そして少しの優しさを見せながら音楽が結末へ向かってどんどん昂上していく。終楽章で得られるその感銘の深さは過去のどんな名演奏と比較してもまったく遜色はない。演奏が終わったとき、水を打ったように静まり返る客席がそれを如実に物語っている。
最新の研究による現在主流の歯切れ良い演奏スタイルから見ると“古くさい”と評する人がいても不思議ではないが、これだけのものを前にすると、演奏のスタイルなどは所詮“方法”であって“目的”ではないことを痛感する。
音質はフィナーレに1カ所音飛びがあるもの、質自体はものすごく良い。

シューリヒト/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(1941年) < Archipel Records ARPCD 0088 >輸入盤
お薦め度 ★★☆☆☆
1941年に行われた演奏会の録音。モノラル。
シューリヒトにしてはとても遅い(標準から見てもやや遅め)のテンポで進む。また音色が大変マイルドで柔らかい口当たりをいていて、その軽い響きは往年のシューリヒトが持つ透明度の高い鋭角な切れ味を持つそれとはまた違った味わいをしている。
決してこじんまりとせず安定したもので、曲の最後まで聞かせるものとなっているが、今ひとつこちらに迫ってくるものが(第2楽章を除き)ないため、聞いていてそれほど楽しいものでのない演奏と思う。

シューリヒト/シュトゥットガルト放送交響楽団(1952年) < URANIA URN22.211 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
1952年2月29日(閏日だ)に行われた演奏会の録音。モノラル。
かなり速いテンポでシャキシャキ進んでいるのに、急いでる感じや突進する感じがなく、落ち着いた感じさえ与える。音楽には人間くささをまったく感じさせず、響きは硬質でクリアーなもので、不純物が混じっていない純度の高い透明感を持ちながら不思議な優しさがある。
シューリヒト独壇場である緩徐楽章は今ひとつだが、第1楽章が特に良く、ライブのシューリヒトが聞かせる急激なテンポの変化が抑えられているのに劇性に溢れた演奏となっている。
音質はこもり気味で、終楽章で一瞬ドロップした箇所があり、結果的に悪くはないが良くもない。

シューリヒト/パリ音楽院管弦楽団(1957年) < EMI CZS7 62910 2A >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
シューリヒトがパリ音楽院管弦楽団と57年に録音した全集からの1枚。モノラル録音。
シューリヒトらしく速いテンポの中、無駄のないすっきりとした音楽を聞かせている。といってもトスカニーニのようにインテンポを堅持するものではなく、要所要所でけっこうテンポを動かしている(特に終楽章)ものだ。
オケがフランスのものであることもあって、音色は開放的で明るく指揮者の芸風にマッチしている。軽やかではあるが決して浅薄にはならず、しっかりと腰の据わった演奏になっているのには見事だと思う。特に第2楽章が速いテンポで進んでいるのに胸が締め付けられるような気持ちになるのは、まさにこの指揮者の面目躍如といった所だ。

シューリヒト/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1961年) < ORFEO C 538 001 B >輸入盤
お薦め度 ★★★★★
シューリヒトがウィーンフィルと61年に行った演奏会の録音。モノラルだが、ステレオ録音と比べても遜色はない。
すばやいテンポでキリリと締め上げた音楽は一切夾雑物を感じさせない。晴朗でありながら熱い情熱を感じ、大見得を切るようなことはまったくしていないのに、ひとたびその演奏に耳を傾けると思わず引き込まれてしまう。
シューリヒトにはパリ音楽院管との全集もあるが、こちらはVPOとのライブということもあり、クライマックスに向かってグイグイと盛り上がって行く感じがする。ブルックナーといい、このコンビには格別の味が生じる。
シューリヒト好きならぜひお薦めしたい演奏だ。

シューリヒト/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(1964年) < Tresor FTS 0105-3 >輸入盤
お薦め度 ★★★★★
“シューリヒトの芸術2”として発売された3枚組のCDから。モノラル。
これまでのシューリヒトが持つイメージとは違うゆったりとしたテンポで曲を進めて行き、意外なことに比較的インテンポを守ったものとなっている。
それでも曲の構成に緩みはなく、金管の鳴らし方などこの指揮者らしい所は充分にある。それなのに騒がしいと感じさせる所は皆無で、非常にストイックに進められる様は深い味わいに溢れている。特に第2楽章の胸にひたひたと迫り来る切なさと終楽章全体に満ちた心躍る躍動感が大変素晴らしい。
最晩年に達した境地をうかがい知ることの出来る演奏だ。

ショルティ/シカゴ交響楽団(1989年) < LONDON POCL-5054 >
お薦め度 ★★★☆☆ 《 For Beginner!
ショルティ2度目の全集からの1枚。USAの音楽機甲師団シカゴフィルを相手にショルティらしい筋骨隆々たるエネルギッシュな演奏が繰り広げられる。
彼の演奏は音楽の背後にある作曲家が秘めた想いには目を伏せ、ただ楽譜に書いてある音符のみを音に換えようとする。しかし生まれてくる音楽は非常にドラマチックで、こぶしにグッと力のこもる熱いものとなっている。
この辺が巷に溢れ返る百凡の指揮者と違うところだ。
はっきりとした弦のアタック、すごい迫力の金管、弦の音量に負けない木管(これはマイクの位置のせいか?) 個人的にシカゴフィルの持つ音色は大好きである、バレンボイムになってからのシカゴフィルは聴いたこと無いけど。
ちなみに繰り返しはすべて行い、第1楽章での例のトランペットは楽譜の通りにやっている。
曲の背景をばっさり切っているのでその分ねちっこさがなくこの曲の初心者にまず最初にお薦めできるCDである。しかし同じ理由のため演奏に深みが足りないので、このCDを入り口として様々な演奏を聞いていくといいだろう。

ジンマン/トーンハレ管弦楽団(1998年) < ARTE NOVA 74321 59214 2 >輸入盤
お薦め度 ★★★★☆
直筆譜や初演時のパート譜を洗い直して新たに作られたベーレンライター版を用いてデイヴィッド・ジンマンがチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団と98年に録音した演奏。
従来の版との違いは述べないが、慣習によって変更されていた所は全て直っている。その他にもこの版独自の所があり、聞いてみると面白い(第2楽章のターン音型とかやっぱりあったかオーボエソロとか終楽章の弦楽四重奏とか)ので興味のある人はどうぞ。
演奏の方は楽譜のメトロノームに近いテンポで進められる。オケが必死になって弾いているのが伝わる。しかしベートーベンのメトロノームは全くあてにならないのが定説だが、最近の古楽器オケやこういう演奏を聞くとそうでもないことが解る。第1楽章などまさにアレグロ・コン・ブリオだ。当時こんなテンポでは全く理解されなかっただろう、これは現代のロックのテンポと言える。彼の音楽は200年先を先取りしていたのだ。
話が逸れた。話を元に戻すと、テンポの小気味よさも手伝って疾走感とパッション溢れる演奏だ。まったく新しいベートーベン像を聞かせてくれる。しかも現代楽器なのでしっかりと芯のある音だ。ただ、ベーレンライター版を勉強するのには全く向かない。アレンジが入りすぎているからだ。
また個人的にはこの曲が持つ精神性を出して欲しいが、このテンポでは技術的にまだ無理だろう。そこまで人間は進化していない。

《 た行 》

高関/大阪センチュリー交響楽団(2000年) < ライヴノーツ WWCC-7385 >
お薦め度 ★★★☆☆
大阪センチュリーとそこの音楽監督である高関健とが2000年から2002年にかけて行っているベーレンライター版によるベートーベンチクルスから、2000年4月7日大阪いずみホールでの第1夜の模様。
現代的な速いテンポでキビキビと進んで行くが、決して音楽が上滑りすることはなく、しっかりと腰の据わったものを聞かせる。
なによりジリジリと上がっていくテンションが素晴らしい。それなのにテンションが上がりきった末の暴走とかは一切なく、最後まで理知的にコントロールされているのが非常に良い。
ただ尻上がりに好調となるため、第1楽章に少しアラが見受けられるのが幾分マイナスとなってしまっている。

チェリビダッケ/シュトゥットガルト放送交響楽団(1975年) < Great Artists GA4-21 >海賊盤
お薦め度 ★★★☆☆
1975年3月21日に行われた演奏会の模様。海賊盤。
中庸的なテンポでキビキビと進んでいき、厚い響きながらキレの良い音運びは非常に男性的でたくましい。特に偶数楽章それぞれの中間の盛り上がりはカタルシス溢れる大変素晴らしいもので、胸にグッと迫るものがある。ただ終楽章において、中間部での昂揚感と比べてコーダでのそれがいまひとつツボにはまらないのが残念に思う。

チェリビダッケ/ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団(1987年) < EMI TOCE-55042 >
お薦め度 ★★★☆☆
チェリビダッケと言えば海賊盤。海賊盤と言えばチェリビダッケ。でもこれは正規盤。87年に録音されたライブ。
晩年であるミュンヘン時代での彼の特徴は異常なほどのスローテンポが挙げられるが、このエロイカについては朝比奈の96年盤とほぼ同じでまったく気にならない。終楽章ではやや朝比奈の方が遅い部分があるくらいだ。
チェリビダッケ特有の粘りを持ちながら分厚く悠然と音楽が進行する。ただ通常の音楽が持つ音の密度を時間軸に沿って引き延ばしたような演奏で、曲に対するメリハリに欠けていると思う。
劇性をあおり立てるアッチェレランド(テンポの急加速)などはいらないが、要所ではパチン! とむち打つような響きが欲しい。個人的にはメリハリに欠けて抑揚の乏しい、顔料を油で溶かしすぎた絵の具で描いた絵のように感じてしまった。
しかし、それが他の指揮者にない独特の魅力になっているのは紛れもない事実である。

チェリビダッケ/ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団(1996年) < RE!DISCOVER RED17 >海賊盤
お薦め度 ★★★☆☆
チェリビダッケ死の年である96年1月16日にミュンヘンフィルと行った演奏会の録音。
この年にチェリは他界するが、音楽にはいささかの衰えも感じさせず、チェリビダッケ美学が全開する。絶美の音響美の中、非常に遅いテンポを最期まで緊張感以て持続する。また確かな構成感は破綻なく曲を最期まで聞かし、ひとつひとつのフレーズに付けられた表情は微に入り細に入り徹底されている。
この音響が鳴り響いている間、その中に浸りきっていることは至上の感覚的幸福を感じる。しかしこの演奏、最期の最期ではそれなりに盛り上がるが、終わってみるとこの人が言いたかったことが心に何も残らない。
個人的には肌に合わないが、EMIの正規盤よりは数段に良い演奏なので、チェリのベートーベンに興味がある方は一聴をお薦めする。(しかしチェリだと文章も妙に理屈っぽくなるなあ)

コリン・デイヴィス/ドレステン国立管弦楽団(1991年) < PHILIPS 434 120-2 >輸入盤
お薦め度 ★★☆☆☆
91年に録音された全集から1枚。
C・デイヴィスらしく非常に落ち着いたテンポで進められる。全体に醸し出されるマイルドさはドレステン・シュターツカペレの渋い音色と合わさって味わい深いものになっている。また細かい所まで注意が行き渡っていて、堅固な構成感を持っていて端正である。
しかしベートーベンに必要な意志の強さが聞いていて伝わっては来なかった。同タイプの朝比奈やザンデルリングの演奏が持つひとつ突き抜けた所が欲しかった。

テンシュテット/ロンドンフィルハーモニー管弦楽団(1991年) < EMI TOCE-9677 >
お薦め度 ★★★☆☆
98年に癌で倒れたテンシュテットの91年に収録されたライブ録音。この人の残したディスクではマーラーが一番質・量ともに揃っているが、その他にもベートーベンやブルックナー等にも優れたCDがある。
この人の音楽はかなり田舎臭い響きがするが、曲に対する心からの共感が溢れていて聞いてると心地いい。それでいて曲の構成をしっかりと捉え、ドラマチックな表現をする。ライブだとかなり思い切ったことをする時がある。
演奏はテンポを大きく動かしたものであるが、第1楽章では不屈の精神、第2楽章では魂の深淵、終楽章ではフィナーレに向かって登りつめていく歓びを描き出そうとして闘っている姿が見える。ただもうちょっと突き抜けたところがあれば文句無しだった。(特に終楽章)
しかし彼のベートーベンのシンフォニーはこの3番以外には6番、8番のディスクしかないのだろうか? 私は他の曲も聞いてみたい。

トスカニーニ/NBC交響楽団(1949年) < RCA 74321 55835 2 >輸入盤
お薦め度 ★★★★☆
これは49年にNBC交響楽団とライブ録音したもの。音源はモノラルだが、弦の音が艶やかに収録されていて少しも苦にならない。
さて演奏の方だが、鮮烈なリズム感が素晴らしく、速めのテンポで颯爽と駆け抜けていく。そして同時代の指揮者達に共通する濃厚なロマンティズムが皆無で、音の贅肉を全て削ぎ落としたものとなっている。トスカニーニはただ楽譜に書いてある音のみをえぐり出しているだけだ。しかし今の世の中に溢れ返っている辟易するくらい無味乾燥な「楽譜忠実主義」と標榜する演奏とは別次元のもので、ロマンティックな部分が全くないにもかかわらず炸裂するパッションと燃え上がる情熱が心へストレートに響く。
それにしてもトスカニーニというとインテンポで突進するイメージがあったが、実際聞いてみると第1楽章の展開部終盤でグッとテンポを落とし、再現部での次なる爆発に備えて緊張を弛める瞬間があってハッとする。またこの手のタイプの演奏は緩徐楽章がつまらないものが多いが、この演奏では第2楽章のミレーネ後や終楽章のポコアンダンテなども非常に雄大なものとなっている。
ちなみにムラビンスキーも同タイプの指揮者だが、トスカニーニはムラビンスキーの恐怖を感じさせるほどの緊張感はなく、虚飾を一切排除した冷徹な演奏ながらラテン人らしい華やかさを持っている。

《 は行 》

バルビローリ/BBC交響楽団(1967年) < バルビローリ協会 & DUTTON CDSJB 1008 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
67年にバルビローリがBBC交響楽団とスタジオ録音した演奏。
とても遅いテンポでじっくりと進んで行くが、深刻にはならずゆったりとした音作りとなっている。バルビローリらしい艶のある歌い回しは存在するのではあるが、どの楽章も最初は興が乗らないのかどうも面白みに欠けている。しかし中盤以降は音楽に力がこもり、特別なことはなにもしていないのに、演奏に聞き入らせるものとなっている。

バレンボイム/ベルリン国立歌劇場管弦楽団(1999年) < TELDEC 3984-24838-2 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
バレンボイムがベルリン国立歌劇場管弦楽団(ベルリナー・スターツカペレ)と99年に録音した全集からの1枚。
最初の和音が鳴るとビックリする。どうしてかと言うとフルトヴェングラーにそっくりだからだ。彼がフルベンの信奉者だということは知っていたが、これほどそっくりな音を出すとは思わなかった。
が、それだけで、音楽はのっぺりと進行し何一つ心に迫ってくるものがなかった。フルトヴェングラーと比較して、同じようなオーケストラサウンドを出していてもメロディーラインに抑揚が乏しく、全体にしなやかでバネのある躍動感が不足しているので、曲に引きずり込まれるような求心力がないのがいただけない。結局は凡庸な演奏となってしまっている。
 
まあ色々ケチをつけたが音楽は堂々としており、ドイツ風の味をきちんと出しているのは評価できる。この点はAバドやO沢を筆頭に他の現役指揮者とはひと味違うものとなっている。これは手兵シカゴSOを使わなかったことも大きいだろう。しかし中身が薄いことは五十歩百歩だ。
ちなみにフルベンと違うのは、第2Vnを右に配置した対抗配置にしていることと、第1楽章の提示部をきちんと繰り返していることが挙げられる。
 
フルトヴェングラーの音楽が素晴らしいのはああいう音を出したからではなく、音楽に込められた何かを表現したいがためにああいう音を出したから素晴らしいのだ。この差はわずかなもののようだが、深くて大きい溝が横たわっている。

バーンスタイン/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1978年) < GRAMMOPHON 413 778-2 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
バーンスタインがニューヨークフィルの音楽監督をやめヨーロッパに活躍の場を移した頃の最初の成果、78年の録音。
ここで聞かれる演奏はまさに水がしたたり落ちてくるような瑞々しい生気に満ちあふれたものだ。バーンスタインが万感の想いを込めて旋律を歌い上げている。
第2楽章では悲しみを切々と歌い、最後は後ろ髪を引かれるように終わる。そして終楽章はこの曲の解決らしく歓びを爆発させたような演奏が繰り広げられる。
かなり個性的な節回しが至るところにあるが、この演奏では全てが上手くいっている。聞く者を暖かい気持ちにさせる演奏だ。

プフィッツナー/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(1929年) < NAXOS 8.110910 >輸入盤
お薦め度 ★★☆☆☆
今では作曲家として名を残すプフィッツナーによるベルリンフィルとの演奏。モノラル。
やや速めを基調として伸縮の激しいテンポで進んで行くが、そのもっとも速い部分ではなにか先へ先へと急いでいるかのように感じる。終楽章の後半ではさすがに盛り上がって引き込まれるものがあるが、それ以前がほめられたものではないのでとりわけ魅力あるディスクではない。

フルトヴェングラー/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1944年12月16or18日) < TAHRA FURT 1031 >輸入盤&< Serenade SEDR-2002 >自主制作盤&< TAHRA FURT 1034/35 >輸入盤
お薦め度 ★★★★★
ウラニアのエロイカとして有名な44年12月16、18日にウイーンフィルと録音されたライブ。モノラル。
Serenade盤は盤鬼平林直哉氏が程度の良い“ウラニアのエロイカ”そのものを見つけてきて収録した、執念の自主制作盤でCD−Rだ。
TAHRA盤もなかなかの音質だったが、Serenade盤の方はヒスノイズはあるもの音のヌケが良く、音場の広がりが段違いで各パートの分離も申し分ない明晰さだ。ホントに戦時中の録音か? と疑ってしまうほどだ。ただffで音がビリつくきらいはある。
この度TAHRAから「大戦中のフルトヴェングラー」と銘打たれた6枚組みのCDが発売されたが、FURT1031と比べると音がクリアーになっていて力強さが出ている。Serenade盤と比べると生々しさでは大きく劣るが、ノイズが非常に少ない。
53年にスタジオ録音されたものと同様に劇的で壮大な演奏だが、音にしなやかさがあって、力強さの中にも美しさを感じるものとなっている。この特徴は第1楽章で顕著に表れて、数多くある彼のエロイカの中でも堪えがたい魅力を放つ楽章になっている。
スタジオ録音にはない感情の盛り上がりがあり、鬼気迫るほどのものである。しかし後年のフルトベングラーが持つ深遠さをまだ獲得しておらず、その分半歩遅れをとっている。

フルトヴェングラー/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1947年11月10〜17日) < TAHRA FURT 1027 >輸入盤
お薦め度 ★★★★☆
敗戦後の演奏禁止処分が解けた47年、その11月10〜17日にウィーンフィルとスタジオ録音されたもの。モノラル。
フルトベングラーのエロイカは訳が解らなくなるほど沢山のディスクが出ているが、どれひとつとっても同じ演奏がないというのが面白い。この演奏での特徴は全編にわたってスローテンポが支配することで、この曲が持つ雄大さが前面に出ている演奏だ。特に第2楽章がこのスローテンポと相まって非常に聞かすものとなっている。また終楽章が彼にしてはテンポの緩急が少なく、個人的にはとても好ましいものになっている。
SP用に録音された演奏なので彼特有の情熱は控えられているが、その分理性的で端正な造型をしている。まだ後年の深遠さには至らないが、それでも並の指揮者には表現できない内容を持っている。またCDの復刻が素晴らしいため52年のスタジオ録音より格段に音が良く、ずっと聞きやすいものになっている。
ちなみに同ディスクには、第2楽章が長すぎてSPに入りきれない、との理由で49年2月15日に取り直した前半部分(冒頭からマッジョーレ手前まで)が収録されている。演奏はほんのちょっとテンポが速いくらいで違いはほとんど解らない。

フルトヴェングラー/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(1950年6月20日) < TAHRA FURT 1030 >輸入盤&< 独フルトヴェングラー協会 TMK 6949 >輸入盤
お薦め度 ★★★★☆
フルトヴェングラーがベルリンフィルと50年6月20日に行った演奏会のライブ録音。モノラル。
ターラ盤、独フルヴェン協会盤、共に素晴らしい音質で甲乙付けがたい。簡単に違いを述べると、響きの美しさと力強さのターラ、音の生々しさと明晰さそして広がりの良さは協会盤が良い。
演奏の方は速めのテンポを基調として力強い推進力で進んでいく。第1楽章ではあまり大きく音楽を動かさず無駄のない筋肉質なものを聞かせているが、コーダに向かっての加速は曲に引きずり込まれてしまうものとなっていてさすがだ。
うって変わって第2楽章では超スローテンポで押し切り、一歩一歩踏みしめるような足取りだ。その造型の厳しさは大変聞かすものである。その反面、地獄が見えるような深遠さが薄いことも事実としてある。
楽しさに溢れたスケルツォは伸び伸びとしていて心地よい。ただ段々とテンポの落ちるトリオが不気味で一筋縄にはいかない。
何よりジリジリと熱くなっていく終楽章が素晴らしく、彼の魅力が全開となっている。クライマックスでの大きなスケール感とダイナミックさは《エロイカ》を聞く醍醐味をたっぷりと味わわせてくれるものだ。

フルトヴェングラー/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1950年8月31日) < EMI 7243 5 67422 2 2 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
フルトヴェングラーが50年8月31日にザルツブルク音楽祭でウィーンフィルを振ったときの演奏。モノラル。今回世界初出となる。
出だしがクナッパーツブッシュばりに遅くて驚く。だが指揮者はまずいと思ったらしく、途中でツツとテンポを上げて以後その速さを基準とした。基本的な解釈は2ヶ月前のベルリンフィルとの演奏とほぼ同じ印象を持たせるが、音楽の造詣の厳しさは一歩引いた感を与える。
オケがウィーンフィルということがあって、流暢さがありながらバネの効いた音を出している。しかしオケにいつもの燃焼がなく、指揮者との間にやや距離が開いているような演奏をしている。
やはり初登場の音源だけに(EMIが発売するだけに)他のディスクのようなみごとなマスタリングがされていないのが残念だ。EMIの版権が切れた頃に別のCDが出ると思うがそれに期待するとしよう。ひょっとするとこの演奏のイメージも一変するかも知れない。

フルトヴェングラー/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1952年11月26、27日) < EMI TOCE-8437 >&< EMI TOCE-3003 >&< EMI 7243 57417327 >輸入盤
お薦め度 ★★★★★
この演奏は52年11月26、27日にスタジオでモノラル録音されたものだが、エフェクターを通して疑似ステレオ化している。そのお陰でモノラルといえどもけっこう楽に聞けるものとなっている。なお純粋モノラル< EMI TOCE-8437 >の復刻が上手く行っていないせいもあるが、ブライトクランクを用いた盤< EMI TOCE-3003 >のほうが楽器の生々しさや真に迫る感じがして断然聞きやすい。ただちょっと音像がぼやけた気がするが。また疑似ステレオと言っても、これよりひどいステレオ録音が世の中にはあるので気にする必要はない。
ところで、フルトベングラーと言えばリアルタイムで聞いていない世代にとっては、何か大時代的で異様な遺物といった印象を持っている人が多いと思う。私もそうだった。しかしそれはとんでもない間違いであると私はあの5番(ベートーベンの5番で詳述)に出会って気付いた。彼の魂の塊を叩きつけられる様な演奏を聴くと、現在主流である(良く言って)流暢な演奏が実に中身のないどうでも良い音楽なんだと思い知らされるのだ。
で、この演奏だが終楽章での吹き上がる様な力感を描き切っていて聞き終わった後の充実感がすばらしい。もちろん終楽章だけでなく他の楽章もすばらしい。特に第2楽章の深淵さは言葉では上手く言い表せない。
しかしライブでこそ燃え上がる彼の特性が発揮できているとは言い難く、この深さに劇性が加わればどれほど素晴らしいものになるかと思ってしまった。ただ音楽の深遠さについては他のあらゆるディスクを上回っている。
なにぶん古い録音なので今のデジタル24Bit録音とかに慣れた人には少々辛いが、それでも挑戦するに値するCDだと思う。
2002年になって発売された、紙ジャケットの全集セットはブライトクランプではないのだが、音が非常に鮮明で分離が良く、中低音が充実しており大変良い。これならブライトクランプは必要ない。EMIの録音には常に不満を持っていたが、今回の復刻はそれを払拭できるものとなっている。

フルトヴェングラー/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1952年11月30日) < TAHRA FURT 1076-1077 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
正規盤では長い間表に出てこなかった演奏で、EMIによるスタジオ録音直後のもの。モノラル。
メリハリのあるリズムで情熱的な演奏であるが、晩年のフルヴェンに共通する得も言われぬ寂しさのこもった蠱惑的な音色に満ちており、引き込まれるものがある。
しかし第2楽章の辺りからややぎこちなさが出て、スケルツォでは覇気のないものになってしまうのが残念だ。ただ終楽章では再び力を取り戻し、大きく盛り上がって行く所はさすがだと言える。

フルトヴェングラー/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(1952年12月7日) < TAHRA FURT 1018 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
フルトヴェングラーがベルリンフィルと52年12月7日に行った定期公演1日目の録音。モノラル。2日目(52年12月8日)の演奏会を録音したディスクがあるので注意すること。
オケがベルリンフィルということで男性的な音作りがされているが、彼の演奏としてはややおとなしい印象を受ける。魂の塊を叩きつけるような燃焼が聞けず、枯れた音楽だといえる。
と、いっても第1楽章コーダでのティンパニ強打による凄まじい迫力や葬送行進曲後半(ホルンが活躍するフーガの所)での響きの深さなど、並の指揮者が束になってもかなわない表現を聞かせるのはさすがだ。
それにしてもフィナーレでのポコ・アンダンテ直前に付けられた大きな間にはビックリさせれた。録音テープが欠損しているのかと思った。
フルトヴェングラーのディスクならすべて揃えなくては気が済まない人ならともかく、それ以外の方には取り立ててお薦めする必要のないCDだ。

フルトヴェングラー/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(1952年12月8日) < MUSIC & ARTS CD-869 >輸入盤&< TAHRA FURT 1054/7 >輸入盤
お薦め度 ★★★★☆
フルトヴェングラーとベルリンフィルによる52年12月8日の定期演奏会2日目の録音。モノラル。初日の模様を収めたCDもあるので混同しないように注意すること。
表現の内容は初日である52年12月7日の演奏と全く同じであるが、2日目ということで音楽も大分こなされていて比較的伸びやかに演奏されている。7日の演奏では「枯れた」という表現を使ったが、この日のものは特に終楽章が生き生きとしており、胸の中が晴れやかに広がっていってみごとだ。
とはいってもフルベンのエロイカではもっと凄いのがあるので、これが一押しになるわけではない。しかし平々凡々の指揮者のものと比べると段違いであることは言うまでもない。
なお、このディスク< MUSIC & ARTS CD-869 >ではCDへの復刻が上手くいっていて音に生々さがあり、良好な音質で聞くことが出来る。一方、ターラの方(フルヴェンのベト3・5・6・9番とブラ1番の4枚セットもの< TAHRA FURT 1054/7 >)はM&Aのに比べてメタリックな高音の硬さが減少している。また音像もぐっと広がりを持ち、ダイナミックレンジも広く、聞きやすくなっている。

フルトヴェングラー/ルツェルン祝祭管弦楽団(1953年8月26日) < MUSIC & ARTS CD-1018 >輸入盤<&< 仏フルトヴェングラー協会 SWF 961/62 >輸入盤
お薦め度 ★★★★★
フルトヴェングラーが53年にルツェルン音楽祭でルツェルン祝祭管弦楽団を振った時の演奏。モノラルのライブ録音。たくさんある彼のエロイカだが、このCDに収められている演奏がこの人最後のエロイカだ。
晩年の深遠さに実演の情熱が加わり、他に類比のない生命力に溢れた音楽が全編にわたって展開していく。彼のトレードマークとも言える激変するテンポは一貫して押さえられ、要所で少しの変化を行うだけとなっている。しかしその少しの変化が与える意味の深さは絶大。しかも雄大なスケール感と格調の高さそれと熱狂とが高い次元で融合して、魔力を放つように演奏に引きずり込まれる。オケも指揮者の棒に陶酔しきっていて、全身全霊を込めた演奏を繰り広げている。
フルベン後期のスタイルを伝えるエロイカが52年のスタジオ録音しか良いのがなかった(52年のライブはどれも理想よりは今一つ)のが口惜しかったが、これでやっと溜飲が下がった思いがする。なによりこの演奏、聞いていて楽しい。
 
惜しむらくは録音状態があまり良くないことだ。さすがに音質はモノラル最後期なため生々しさは充分で、EMIでのスタジオ録音におけるペラペラな響きからはかなりの向上をみせている。しかし録音テープの回転数が一定を保てず、途中何カ所かピッチがガクッと落ちてしまう所がある。これなら戦時中であったウラニアのエロイカの方が断然安定しており、この当時のドイツの録音技術が奇跡的高水準にあったことを痛感する。
またこの演奏は現在このレーベルでしか販売されていないはず(海賊盤は関知せず)で、しかもCD4枚組なため非常に入手が困難だが、それでもその壁を乗り越えて手に入れる価値があるCDだと思う。
MUSIC&ARTS盤は仏フルヴェン協会盤のコピーらしく、両盤はまったく同一音源のようだ。そのため基となった仏フルヴェン協会盤の方が中低音の押し出し感がすごく、高音も自然に伸びる良バランスとなっている。MUSIC&ARTS盤は中音域にこもり気味だ。ただ協会盤は終楽章コーダにラジオの混線らしきノイズが入っている。

フルネ/東京都交響楽団(2000年) < fontec FOCD 9151 >
お薦め度 ★★★★☆
フランス音楽界の巨匠ジャン・フルネが都響と2000年5月23日に東京芸術劇場で行ったライブの模様。
当時指揮者は87才だったが、その年齢をまったく感じさせない力のこもった音楽が展開されていく。フランスの人らしく、都響から引き出す音にはガチガチに凝り固まった硬さはなく、厳しさがありながらどこか優しさを感じさせるものとなっている。しかしフランスの音楽につきまとう小洒落た(もしくはちゃらちゃらした)音楽という悪しき先入観は全く感じさせず、ここで聞ける音楽は間違いなくドイツ音楽としてのベートーベンだ。(顕著な例として終楽章でのフーガの部分における各旋律線の生き生きとした絡み合いを挙げる)
フィナーレのコーダまで息をつかせる暇を与えない引き締まった音楽で、聞き終えた後の充実感が大変良い演奏だ。

ブロムシュテット/ドレステン国立歌劇場管弦楽団(1979年) < BRILLIANT 99793/1 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
ブロムシュテットのベートーベン全集からの1枚で、1979年の演奏。
速めのテンポでスタイリッシュに進められるが、ドレステンの伝統に支えられているような安定感と充実した響きを聞くことが出来る。全体に毒のない口当たりの良い演奏で、荒いところが皆無なのと絹のような手触りがスピーディーに流れ出ているのが心地よい。
このクセのなさは万人にお勧めできる演奏だと思う。

ベーム/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1972年) < GRAMMOPHON POCG-2292/4 >
お薦め度 ★★☆☆☆
72年の録音された全集から。
演奏はベームらしいオーストリアの田舎を彷彿とさせる素朴さに満ちたものである。しかしドイツ音楽の伝統に基づくどっしりとした構成感を持ち、ウィーンフィルの開放的な音色が演奏に華を添えている。
第1楽章はこれらが見事にブレンドされて瑞々しい生命力に溢れた演奏になっていたのだが、第2楽章がまったく哀しみを感じさせない非常に優雅な演奏になっていたのには閉口した。
しかしウィーンフィルが好調な時の音色がしていて、聞いていて気持ちの良いCDである。(でもそれなら6番を聞く方がいいか)

ベーム/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1973年8月) < ALL KARL BOHM FAN CLUB Wall 7015 >海賊盤
お薦め度 ★★★★☆
ベームが73年8月22日にウィーンフィルを振った演奏会の模様。海賊盤なのでライブ。このディスクの他に、わずか1ヶ月後ベルリンフィルを振ったものがあるので興味ある方はぜひに。
79才のベームはまだまだ元気で、オケを力強く牽引していく。ウィーンフィルがこれだけ燃え上がるのも珍しい。曲の冒頭から漲る生命力と厳しい響きが充満していて、彫りの深い造詣と揺るぎない重量級の推進力は曲の最後まで演奏に縛り付けられる。凝縮されているのにこじんまりとは決して感じさせないのが素晴らしい。
こんな演奏を聞いてしまうと72年のスタジオ録音はいったいなんだったのだろうかと思わざるを得ない。
録音は生々しさを十分に伝えてくれるものだが、数カ所に音揺れが存在する。

ベーム/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(1973年9月) < ALL KARL BOHM FAN CLUB Wall 7016 >海賊盤&< Great Artists GA4-1 >海賊盤
お薦め度 ★★★☆☆
73年9月15日にベルリンフィルを振った時の録音。これも海賊盤。この演奏会の1ヶ月前にウィーンフィルを振った録音もある。
先のウィーンフィル同様ベームは元気で、床をドンドン踏み鳴らしながら、オケに指示を与えている。演奏全体の印象はウィーンフィル盤と同じ。だから重複することを避けるため、違うところだけ書くこととする。
そのウィーンフィルと違って弦がゴリッとしているのがベルリンフィルらしい。また音価の取り方がややテヌート気味でテンポも後半になるのに従って少し遅くなる。ベルリンフィルにしては燃えている方だが、ウィーンフィルのリミッターが外れたかのようなはじけっぷりを聞いてしまうと、やや物足りなさを感じてしまう。(特に終楽章)
重ねて書くが、こう言うのを聞くとベームのスタジオ録音はほとんど無意味なものだと再認識してしまう。
音揺れはウィーン盤と同様で仕方ないが、フィルハーモニーホールの残響が過多に入ってしまって、少し聞き劣りする。それでも演奏会の空気がバッチリ伝わってくるのがスゴイ。
Great Artists盤はややヒスノイズが乗り、音揺れも少し多い。どうもFMの受信状態が良くなかったようだ。

ボールト/ロンドンフィルハーモニー管弦楽団(1956年) < VANGUARD CLASSICS SVC11 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
3番、5〜7番とセットで発売された56年録音のものから1枚。彼は94歳まで長生きをしたが、これは67歳頃の演奏となる。
この演奏は指揮者とオケがイギリスのものであるせいか、重くもなく派手派手しいものでもなくしっかりと足を地に着けたマイルドな演奏だ。目先の効果などは狙わず、メロディをしみじみと歌っている。しかも音色が地味に沈み込んでしまうものではなく適度な華やかさがあるので大変好ましい。終楽章のテンポが少し遅いような気がしたが、しみじみとした飽きの来にくい演奏だといえる。

ホーレンシュタイン/北西ドイツ放送交響楽団(19??年) < Vox Lerends VOX 7807 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
ホーレンシュタインが北西ドイツ放送交響楽団と録音した演奏だが、録音年は記載されていなかった。またライブかどうかも不明。ただステレオ録音だった。
非常にオーソドックスな演奏ではあるが、重く引きずるようなものではなく、オケを十分響かせながらまろやかにまた推進力ある曲の進行を行っている。曲の随所に隠し味のような強弱や緩急が付けられているが、それが嫌味に感じることはまったくない。かえって曲そのものが語りかけてくるような自然さを持っている。ただ終楽章にいまひとつパンチ力が足りないことが残念だ。

《 ま行 》

マーク/パドーヴァ・ベネト管弦楽団(1994年) < ARTS 47246-2 >輸入盤
お薦め度 ★★★★☆
オケ名は Orchestra di Padova e del Veneto の和訳、自信なし。最近健康上で良い噂を聞かないペーター・マークによる94年の演奏。(このレビューを書いた8日後の2001年4月16日永眠)
小編成のオケらしく迫力と言った点では見劣りするが、非常に小気味よい音楽が展開される。その小さい編成を活かして終楽章のフーガでは各旋律線をくっきりと描き出していて非常におもしろく聞ける。また、第2楽章ではとてもシリアスな表現が胸に迫るものを感じ、思わず演奏に引き込まれてしまう。
重厚なエロイカには飽きたが、古楽器のシャカリキさもなぁ、と感じている人にお薦めしたい。

マタチッチ/チェコフィルハーモニー管弦楽団(1959年) < SUPROPHON COCO-70304 >
お薦め度 ★★☆☆☆
59年に60才のマタチッチがチェコフィルと録音した演奏。
マタチッチらしい剛胆さはないが、全編にわたって力の抜けた伸びやかさに溢れている。またこの当時のチェコフィルが持つ独自の美しい音色が感じ取れるのが好ましい。ただ、ステレオ初期なだけに録音がそれほど良いものとは言えないのが残念だ。

ミュンシュ/ボストン交響楽団(1957年) < RCA BVCC-7903 >
お薦め度 ★★☆☆☆
57年にボストン響と録音された演奏。
この人らしいがっちりとしていながらバネのある音運びをしており、速いテンポでグイグイ進んでいく演奏だ。第1楽章など情熱のこもったものとなっていて、先を期待させる出来となっている。また続く第2楽章も初めは速めのテンポを採っているが、最後は非常に遅いテンポで沈み込むような表現をしている。しかし楽章を追うのに従って燃えるような情熱がなくなっていき、退屈な演奏になってしまっているのが残念だ。

ムラヴィンスキー/レニングラードフィルハーモニー管弦楽団(1968年) < VICTOR VDC-25032 >
お薦め度 ★★★★★
68年にモノラルで録音されたライブ、”新ムラヴィンスキーの芸術11”として発売された。しかしアメリカじゃ58年でステレオ録音なのに、旧ソ連は68年でまだモノラル・・・・・・。
演奏は駆け抜けるようなテンポとスパッ、スパッ、と切られる音そして爆発するffで彩られた、まるで巨大な軍艦が海の向こうから突っ込んでくるような推進力に満ちたものだ。
ここでは叙情とか余韻とかいったものは熊にでも食わせてしまったように微塵もない。しかし恐いくらいに緊張感が満ちていて最後まで演奏に縛り付けられる。特に終楽章での迫力は凄まじく、曲が終わった後しばらく放心してしまったほどだ。
ロマンティックなものを一切排除しときながらこの演奏はベートーベンが曲に込めた意志の力が伝わってくるものとなっている。素晴らしい。
ただ録音があまり良くない。指揮者の真後ろにマイクを立てたようなセッティングが感心しない。(管楽器よりヴァイオリン奏者が譜面をめくる音の方が大きい時がある) しかし演奏の質と録音の質とはあまり関係はない。

メンゲルベルク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(1940年テレフンケン) < PHILIPS 462 529-2 >輸入盤 & < OPUS蔵 OPK 2015 >
お薦め度 ★★★★☆
OPUS蔵盤は一番下に記載。まずはPHILIPS盤から。
 
40年前後に行われたベートーベンチクルスをライブ録音したもの、とライナーには書いてあったのだが……。
「クラシック、マジでやばい話(青弓社刊)」によると全集中この演奏だけはライブではなく、同年スタジオ録音された演奏(テレフンケン、今はテルデック)から拝借されたものだったそうだ。LP時代にはそのことがライナーに記載されていたそうだが、今回フィリップスの「ダッチ・マスターズ」シリーズのひとつとして発売されたこのCDではそのことに一切触れず、さらにこのスタジオ録音に拍手の音を被せてあたかもライブ録音のように偽装したものとなっている。
あまりにも卑劣。あまりにも愚劣。違法コピーの海賊盤と同じことを天下のフィリップスが行うとは、大いに失望した。たとえオランダ・フィリップス独断の行為だとしても侮蔑の念を禁ずことはできない。
フィリップスも地に落ちたものだ。
 
もっと詳しいことが知りたい方は本を読んでください。
ですので下の文章はテレフンケンレーベルのスタジオ録音について述べたものです。
 
40年にライブ録音された全集から。これもモノラル録音なのだが、残響音を加工してステレオ的に付加してあるので、結構聞きやすくなっている。
演奏の方は速めのテンポを用い、音を歯切れ良く切り、またアクセントを強めにつけていて、力強く進められる。そのせいか曲にグイグイと引き込まれてしまう。だがピアニッシモの所ではかなり大胆にテンポを落とし、今風のベートーベンに慣れた人は奇異に聞こえるかもしれない。
しかしロマンティックな演奏の代表選手といえるメンゲルベルクだが、実際に聞いてみるとベートーベンに関しては決して甘ったるくなく、非常に力強くて闘争的である。それでいながらフルトベングラーのように自己の心情をむき出しにするのではなく、ある種の流暢さを以て丸く音楽をくるみ込んでいる。
ただ第2楽章で多用されるポルタメントと終楽章での強烈につけられるテンポの緩急が少し鼻についた。しかし最後のプレストでの激しい追い込みがスカッとする演奏だ。
 
OPUS蔵盤の音質はヒスノイズが盛大に入っていて、原盤であるSPの面が変わる度にそのレベルも変わってしまう。しかし音楽にとって重要な音の成分はきちんと刻まれていて、高音部の生々しさと押し出し感の強い低音部が素晴らしい見事な復刻となっている。

メンゲルベルク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(1940年ライブ) < TAHRA TAH 401/402 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
40年に行われたベートーベンチクルスをライブ録音した正真正銘のディスク。モノラル。ただし、第1楽章は欠損していてない。テレフンケン盤の所でやいのやいの言っていた原因を作ったのがこれ。
第1楽章が欠けているため、第2,3楽章がやけに間延びして聞こえてしまうが、第4楽章からはメンゲルベルクの魅力が十分に味わえるものとなっている。全体的にはテレフンケン盤と同じだが、特にライブということもあって終末に向かってジリジリと熱くなっていく様子がこちらにもはっきり伝わってくる。ただ全体的に音がゆるいような印象を受けてしまう。
録音は録音テープの回転ムラが所々散見できるが、音質はこの当時の録音とすればごく普通の録音だ。

メンゲルベルク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(1942年?) < TAHRA TAH 391-393 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
これは正真正銘のメンゲルベルク。1942年3月5日のものだと伝えられている演奏。モノラルのライブ。
基本的には速いテンポでグイグイと進んでいく(ただ第2楽章の冒頭は音楽が止まりそうなくらい遅い)、しかし突然ウニョウニョとテンポが伸び縮みするのがおもしろい。音色的にはパリッとして歯切れがいいが、決して鋭角的ではなく、比較的柔らかい音をしている。
曲が進むにつれて徐々にテンションが高くなっていき、フィナーレの最後の方ではタガが外れたような暴れっぷりが聞けるあたり、ライブ特有のものだろう。

モントゥー/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1957年) < LONDON KICC 9333/4 >
お薦め度 ★★★☆☆
モントゥーがウィーンフィルと57年に録音した演奏。彼のエロイカは他にコンセルトヘボウと録音したものもある。
フランス人である指揮者とウィーンフィルとのコンビが生み出す音楽は特有のしなやかさと粘りを持ったものとなっている。しかも確固とした構成感を併せ持ち、堂々とした歩みは聞いていて大変充実した感慨を起こさせる。特に第1楽章でのスケール感は音楽にたっぷりと浸らせてくれるものだ。
ただ終楽章で得られる感動が前3楽章と比べてやや弱いのが残念に思う。
興味深いことは繰り返しを行っていないものオーケストレーションを楽譜通りに演奏していることで、当時の情勢としては珍しいことだと思う。
それにしてもこの時すでに82才であった指揮者がこんなに艶のある演奏ができるのか、驚かずにいられないディスクだ。

モントゥー/ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団(1960年) < BBC Music BBCL 4112-2 >輸入盤
お薦め度 ★★★★★
1960年11月12日にロイヤルフィルと行った演奏会の模様。モノラル。
早いテンポで力強く進んでいき、音色はしなやかであるが、中心には強靱なバネが宿っている。また音楽に甘ったるい所や浮ついた所は一切なく、厚い響きは生命力に満ちて、老いや枯淡を全く感じさせないものとなっており、曲の冒頭から終結まで、一気呵成に聴かせてくれる。特に終楽章には知的さを保てた熱狂があり、引き込まれるような魅力を放った演奏となっている。
繰り返しは行っていないもの、オーケストレーションは楽譜通りに演奏しているのがこの当時としては非常に珍しく、このモダニズムはこの指揮者が「春の祭典」の初演者だったことを実感させてくれる。

《 や行 》

ヨッフム/ロンドン交響楽団(1977年) < DISKY BX 706172 >輸入盤
お薦め度 ★★★★☆
ヨッフムがロンドン交響楽団と77年に録音した全集( HR 706162 )からの一枚。
ヨッフムらしい暖かな響きが満ちた演奏だが、造型は厳しく、スケールの大きなものとなっている。あわせて小細工などを一切施さない演奏なので曲そのものが語りかけてくるような気分になる。またロンドン響からドイツのオケのような重い響きを引き出しているのも好ましい。
特に第1楽章と終楽章の雄大さ、葬送行進曲コーダのしみじみとした雰囲気は聞いていて胸がいっぱいになってくる。
今日ヨッフムはブルックナーの演奏のみに名前が残っているが、このベートーベンも同様に素晴らしい演奏だと思う。

ヨッフム/北ドイツ放送交響楽団(1978年) < En Larmes ELS 02-292 >海賊盤
お薦め度 ★★★★★
ヨッフムが1978年5月にNDRと行った演奏会の模様。
伸びやかで潤いのある演奏だ。
特別なことは何もしていないように感じられるが、音楽の流れが非常に良く、響きは中音域が充実していて、とてもふくよかだ。また全体の構成も伝統に裏打ちされた安定感があり、聴いていて引っかかる所がまったくない。NDRも精緻でキレのある音を出しており、ヨッフムの要求に見事応えている。
終楽章での徐々にテンポが上がっていく自然な盛り上がりは大変心地よく、心躍るクライマックスが非常に素晴らしい演奏だ。

ヨッフム/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(19??年) < TAHRA TAH 232-235 >輸入盤
お薦め度 ★★☆☆☆
上記のコンビによるライブ録音。演奏年月日がよく判らないが、ライブのステレオ録音だからそんなに古いものでもないと予想できる。たぶん1960年代から70年代にかけてのものだろう。(その後の調査で76〜80年と絞り込めた)
演奏はヨッフムらしい広がりとゆとりを持ったものである。ゆったりと進行する音楽がしみじみとした味を持っているが、それが聞き手に強く迫ってくるものではない。
彼のベートーベンなら77年のロンドン響の方を強く薦める。

ヨッフム/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1982年) < RARE MOTH RM 420/1-S >海賊盤
お薦め度 ★★★★☆
ヨッフムが最晩年の82年3月11日にウィーンフィルを振った演奏会の録音。海賊盤。
まったく奇をてらわないオーソドックスなスタイルだ。多少ヨレた感じはするが、大らかに包み込むような音楽の流れが大変素晴らしく、小手先の技術などを超越した音の姿がある。それに増して響きには厳しさもあり、終楽章でグイグイと白熱していく様は力強く、思わず引きずり込まれてしまう演奏だ。
ちなみに当盤は音質は良いが、大きな音揺れが多い。

《 わ行 》

ワルター/ニューヨークフィルハーモニー管弦楽団(1949年) < Archipel Records ARPCD0072 >輸入盤
お薦め度 ★★★★★
1949年3月21日に行われたスタジオ録音。モノラル。
しなやかさを持ちながら伸びやかに歌っていく演奏だ。それに加え駆け抜けるような疾走感と情熱があり、覇気のある音楽は明るく、自然に音楽が心の中に入ってくる。そしてこの充実感は高い緊張感を保ちながら一切緩むことがなく終楽章まで持続し、コーダでは素晴らしい昂揚感で胸をいっぱいにさせる。
聞き終わった後、幸せな気分になる演奏だ。

ワルター/シンフォニー・オブ・ジ・エア(1957年) < MUSIC & ARTS CD-1010 >輸入盤
お薦め度 ★★★★★
57年に亡くなったトスカニーニの追悼として同年行った演奏会の録音。モノラル。
ちなみにシンフォニー・オブ・ジ・エアとは元NBC交響楽団のことで、トスカニーニが引退した際スポンサーだったNBCに切られたので、名を変えて自主運営を続けた団体だ。トスカニーニのことを忘れられないのか、指揮者を置かずに演奏するなどユニークなオケだったが今はもうない。
演奏の方はほぼ1年後に行われるコロンビア交響楽団とのベートーベン全集の枯れきったものとはまるで違う生命力溢れるものだ。凛と張りつめたリズム感と漲る躍動感が曲の最初から最後まで充実しきっているが、この人らしい柔らかい厚みのある響きも豊かで、冒頭のひと鳴りから演奏に引きずり込まれてしまう。
グイグイと曲を進めていく推進力は蠱惑的で、ワルターもまたライブでこそその魅力を出し切ることができる指揮者だったことを認識させてくれる。
現在この演奏を収めたCDを入手することは非常に困難だが、もしワルター好き、エロイカ好きのどちらかだったら、ぜひとも手に入れて欲しいディスクだ。中古店をしらみつぶしにあたるか輸入盤に強いショップに探してもらう、もしくは海外の通販サイトを根気よく検索すると在庫が見つかるかも知れない。

ワルター/コロンビア交響楽団(1958年) < CBS MK-42010 >輸入盤
お薦め度 ★★★☆☆
ワルターが58年に残したステレオ録音の一枚。この時彼は心臓を患っていて指揮活動から引退していたのだが、当時開発されたばかりのステレオ録音でこのアメリカが誇る大指揮者の演奏を残そうと、CBSが録音専用のオーケストラを用意して、彼を拝み倒し録音に踏み切った経緯がある。
ちなみにここで取り上げているCDは一番最初にCD化されたものを使用している。この演奏には3種類のマスタリングがあり、なされた順にノーマル・SBM方式・DSD方式とあるが、音質はノーマル>DSD>SBMの順になっていると言われる。で、このノーマル盤の入手方法だが、輸入盤をあたってみて、青を基調とした右下にワルターのサインがあしらってあるジャケットを探せばいい。裏をひっくり返してみて“Producer:John McClure”と書いていれば完璧だ。
オケのメンバーは普段ハリウッドで映画音楽を演奏している凄腕だが、ワルターと一緒に演奏できると聞いてすっ飛んできた連中だ。そのため全員がワルターの棒を信頼しきった演奏をしている。ただ弦の数が少ないのか音に厚みがないのが玉に瑕(きず)だ。
さてその演奏だが、もうワルターも最晩年に差し掛かりさすがに枯れきった演奏をしている。しかしこの曲はそんな録音の中でもかなり瑞々しく旋律を詠っており、この指揮者の持つ穏やかさ、優しさと合わさって独特の味を醸(かも)し出している。
第2楽章の第1主題がとても個性的な(ウィーン的な)節回しをしていて面白い。今のウィーンフィルでも聞かれないフレージングだと思う。
あえて苦言をするなら、録音のせいか金管が異様に押さえられていることだ。またトランペットが「ん?」と思う瞬間がある。
その昔ワルターは中庸的な演奏をすると言われたが、今では無個性な演奏が増え過ぎたためか彼の演奏もかなり個性的に聞こえてしまう。これは喜ぶべきことなのだろうか?

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