過去の雑記 01年 5月

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5月21日
あんのじょう一日眠かった。まあ、そういうこともあらあな。

調べ物をするうちに、なぜか星新一情報を調べている自分に気づく。なぜ?

それはともかく。昔、『ショートショート1001』のレビューを書いたときに、(『ショートショート1001』に記載は無いが)「タイトルだけを把握しているもの」として「ある声」「予定」「三つの劇的なカプセル」「泥棒と超特急」の四つを挙げたことがあるのだが、今回調べてみると、うち三タイトルに関する情報があった。

「ある声」は『きまぐれスターダスト』(出版芸術社)収録。これは完全に確定。
「三つの劇的なカプセル」は「沈滞の時代」「ある戦い」「おみやげを持って」の三作品の総称とのこと。これは掲示板の書込みによる情報なので裏を取る必要がありそう。
「泥棒と超特急」は「逃走の道」に改題とのこと。こちらは複数の書誌情報によるものなので少し安心。裏を取るためには何を調べればいいかもはっきり分かっているのでそのうち確定できるはず。
というわけで現在「予定」に関する情報を募集中。どこでこんなタイトルを見つけたのかも思い出せないんだけど、もし何かご存知ならぜひご協力を。

5月22日
中村融&山岸真 編『20世紀SF4 1970年代 接続された女』(河出文庫)読了。なんというかボリュームのある作品が多く、胃にもたれた。

初読作品で面白かったのは、全身全霊でメタフィクションですと言い張る様子が楽しいウルフ「デス博士の島その他の物語」と、ただのドイツ系の願望充足小説のような気もするライバー「あの飛行船をつかまえろ」。再読では当然ではあるけれどもティプトリーとベイリーが良かった。

つい「聖闘士星矢」を見てしまう。氷河がカミュに倒される回。氷河があまりにもまぬけで悲しかった。まんが版ではもう少しかっこよかったような気が。
星矢がレッド(熱血主人公)、紫龍がブルー(クールな副官)、瞬がピンク(紅一点)だとすると、氷河はイエローなんだろうか。
# 一輝は6人目の戦士のブラック。

5月23日
朝の常磐線車内。いつものように降車駅の一駅手前、ひたち野うしく駅で目が覚めた。これぞ長年の修練の賜物。さあ、もう少ししたら降りる準備を……。あれ?なぜまた扉が閉まりつつありますか?
というわけで、降車駅をすぎてしまいましたとさ。電車での通学・通勤をはじめて17年。行きに降車駅を乗り過ごしたのは初めての失態だ。別にさして疲れていたわけでもないのに。むう。
まあ、でも、だがしかし、それはそれ。ともかく土浦から折り返そう。バスのタイミングのため20分ほどの遅刻になるがしかたがない。そう気分を切り替え土浦で降りると、突然の放送が。「ただいま荒川沖駅で人身事故が発生したため、上下線とも運転を見合わせております」。はあ?
泣く泣く土浦駅を出てタクシーで職場へ。一瞬の油断が実に全くもって高くついたことである。

都会で太田虎一郎『宇宙の法則 世界の基本』(コアマガジンHHMコミックス)を買って読む。ばんがいち連載のナンセンス四コマ。まとめて読むと意外にも時の流れを感じてしまったり。面白かったが、やはり雑誌の片隅で読むほうが嬉しいか。

5月24日
先日の記述に対して専門家からつっこみ(5/23分)が。そうか。イエローでよかったのか。

なお、一輝が6人目なのは役割分類上の問題。戦隊はふつう、熱血(赤)、ライバル(青/黒)、三枚目(黄)、紅一点(桃/白)、若造(緑/青)からなるが、いくらなんでも一輝を若造とは呼べないので。ブロンズの5人では星矢と瞬が若造的位置付けなんだけど、それぞれレッドとピンクから動かせないし、というわけでグリーンの人選は難しい。専門家のご推薦はヒドラ市だが、やはり邪武を選ぶのが無難かも。< そんなことで悩むな
ちなみに女性二人戦隊だと役割は少し変わって、熱血(赤)、ライバル(黒/青)、若造(緑/青)、おてんば(黄)、お嬢(桃/白)となる。世に類型の種はつきまじ。

5月25日
キース・ロバーツ強化週間ということで、未読の邦訳作品を一通り(フル巣のリスト参照)読み終える。

最も印象に残ったのは、情景描写の上手さ。「信号手」や「カイト・マスター」を読めばわかるとおり、架空の技術の産物を過去の情景のように描くのは本当に上手い。ファンタジー作家として超一流であることを確認できた。逆にSF作家としてはやや物足りないところがある。描写は確かに上手いのだが、論理の暴走を感じることがなく、手堅くまとまっている印象。論理の飛躍は期待せず、描写の妙を楽しむのが良いのだろう。

5月26日
病院で薬をもらってから、新宿までシュワンクマイエル Touch & Imaginationを観に行く。ぎりぎりのタイミングで出たというのに常磐線が遅れたのでどうなることかと思ったが、なんとか映画開始に間に合った。それもこれも日ごろの行いの賜物であるに違いない。一日一回は野菜を食べるようにしているし。

映画はA、Bプログラムの2回で上映作は、Aプログラムが「J.S.バッハ――G線上の幻想」「シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック」「家での静かな一週間」「庭園」「オトラントの城」「ジャヴァウォッキー」、Bプログラムが「棺の家」「コストニツェ」「エトセトラ」「アッシャー家の崩壊」「レオナルドの日記」「ドン・ファン」、以上各6作品の都合12作品。

Aプログラムで最も印象に残ったのは「庭園」。
主人の案内で田舎の一軒家を訪れた男。その家のまわりにはなぜか数十人の人間が手を繋いで立っていた。男は、あの人たちは何をしているのかと聞いてみるが、家の持ち主は田舎暮らしの魅力を延々と語り男の問いをはぐらかす。ついに我慢できなくなった男は、主人を問いただし、彼らがその家の生垣をやっている理由を聞き出す。驚愕する男。そして、彼もまた生垣の一部に。
風刺という面もあるのだろうが、シチュエーションのあまりの面白さにそんなささいなことはふっとんでしまう。主人の目を盗んでじゃんけんをしつづける奴、愛情を込めて手を握り合うカップルなど、生垣たちの細かな演技も良い感じ。パイソンズのスケッチかと思わせるような愛すべき小品。

他では、「オトラント城は、実はチェコのオトルハン城だった」という衝撃の事実を証明していくドキュメンタリー(笑)と「オトラント城」のストーリーを追う切り絵アニメを同時進行させていく「オトラントの城」、コミカルな展開の中にアニメーション以外では紡ぎ得ない幻想を散りばめた「シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック」などが良かった。

Bプログラムで印象に残ったのは「コストニツェ」。チェコに実在する共同墓地、コストニツェを舞台としたドキュメンタリー。この墓地、無慮数万にもおよぼうかという膨大な人骨を室内装飾として使ってしまっているという剛毅なもの。巨大な十字架に始まり、紋章、文字などさまざまなものが人骨で作られている様は圧巻。カメラが近づくにつれ、なんだかわからなかったものが数十の耳骨で作られていることに気づく瞬間など、かなり嫌な気分になれる。ガイドのおばちゃんの「触ると罰金だからね」という連呼の無機質さもあいまって、異様な雰囲気を味わえること請け合い。ともかく観ておくべき。

両プログラムとも秀作ぞろいで、大いに満足できた。ただ、ひたすらにシュールな作品もいくつかあり消耗したのもまた確か。3時間ぶっとおしで両プログラムを観るのはかなり辛い行為なので、時間が許すなら二回に分けて見に行くことを薦める。

四時過ぎに懐かしの西葛西に着き、国内初のフリーの文芸・深上鴻一君とともに、とある方の引越しの手伝いをする。いろいろと、それはもういろいろと学ぶべきことの多い貴重な経験をさせていただいた。ありがとうございます、とある方。作業はまだまだまだまだまだまだまだまだ終わらないものの、九時頃にとりあえず一段落となり、人の奢りで焼肉を堪能してから帰宅。知力・体力ともに使った、妙に充実した一日だったことだよ。

5月27日
買った本を拾い読みして買い物して洗濯して雑記を書いて過ごした一日。とりあえず昨日の反動ということで。

5月28日
CATVでEGO WRAPPIN'の特集を見る。なにかとても気に入ったように思うので、とりあえずアルバムを入手してみることに決定。情報提供はよろしく。> 田中

よんどころない事情で深夜に暇だったのでガンダムを観てしまったりする。ガルマが能天気に喋っているところをみると、どうやら「ガルマ出撃す」らしい。「戦力の分散」という言葉を思い出したアムロが、急にビームサーベルを引き抜いて突撃をかけるシーンをみて、なぜか「スーパーロボットだなあ」と感じ入ったり。なんか、動画王の記事にあった長浜ガンダムみたいで。

付記:SF-Onlineの「カナダSFの現在」レポートで、本文中に司会の名が全く登場しないのは、話の流れの問題で他意はないです。> 井手さん
# 井手氏の司会は見事だったのだが、徹底的に黒子に徹するタイプの見事さだったので、話の流れをまとめると消えてしまうのだな。

5月29日
ピーター・へイニング編『死のドライブ』(文春文庫)をいまさら読了。自動車テーマのアンソロジー。中盤思いっきりだれるのでどうなることかとおもったが、ダールで一気に持ち直し、そこからはまったく(あー、ほとんどか)文句なし。わりと収穫。
集中のベストは誰がなんと言おうとワトスン「乳のごとききみの血潮」。環境汚染により陽の光がほとんど射さなくなった地球を舞台にテスカトリポカの罠を描く神話。支配関係が逆転していく過程はやや描写が不足しているが、全体を覆うやりきれなさは最高。陰鬱な気分のときに読むと、とどめが刺さる感じで良いね。
他では、被害者の心理描写が完璧なマシスン「決闘」、謎のヒッチハイカーのふるまいをユーモラスに描くダール「ヒッチハイカー」、事故の孕むエロチシズムを暴露するバラード「クラッシュ」が良かった。って、名作ばかりなんだから当然か。
しかし、帯の「ロアルド・ダールからハーラン・エリスンまで」ってのは、ちょっと範囲が狭すぎないか?

なぜか突然マイケル・オンダーチェ『ビリー・ザ・キッド全仕事』(国書刊行会・文学の冒険)を読了。彼の残した詩、散文、インタビューなどを通じ、ビリー・ザ・キッドという伝説のならず者の真実に迫る、という設定の(主に)詩集。暴力にこだわり、生(性)と死にこだわる中から浮かび上がってくる哀しみは、深い。散文と詩を織り交ぜ、明言せずに視点を変え、順序を一部混乱させる凝った構成も、ちゃんと機能しており好感が持てる。ビリー・ザ・キッドの生涯についてもう少し知識があればより深く楽しめただろうと思うと、残念だ。

5月30日
SFマガジン最新号を読みすすめる。<ケイティ>を除くロバーツ特集とカラーページまで。今号の新SFインターセクションは近年まれに見る傑作だと思うのだが、なぜみんなもっと大きく取り上げないか。だって「読んだ人が計算できて楽しいやろうと」だよ。いいなあ。
一応、一部のサイトでは取り上げられていたが、まだぜんぜん足りない。もっと全力でプッシュしていくべきだと思うところだよ。

5月31日
新SFインターセクション・小林泰三編は、この雑記とほぼ同時刻帯にアップされた複数の日記で取り上げられていた。やはりちゃんと見る人は見ている。しかし「ふつう計算しない」という主張はどうか。 > 向井さんとかArteさんとか
スペースオペラに突込みはしないにしても、ハードSFを読んでるときくらいは計算するだろう、ふつう。

中日・李鍾範が退団。悪くない選手だったが。一番レフト、あるいは流れを変える代打としては十分使えると思うのだが、そのポジションに外国人枠を使うチームが果たしてあるか。三塁が守れるなら、横浜が取りに行くという手も……、ベテランを取って目先の1勝を稼ぐくらいなら、若手の育成に努めるため古木なり石井義なりを固定するほうがマシか。

残業の予定だったのが思わず早く帰ってしまったので、新星堂に寄る。まさか柏ごときにEGO WRAPPIN'が入るとは。山本正之は入らなかったのに。やはり会社の営業力の差か。
というわけでEGO WRAPPIN'『満ち汐のロマンス』(MINOR SWING)。ビデオクリップで観たときとはやや印象が違った。概ねは期待したとおりだったのだが、ちょっと音がきれい過ぎるというか、ひっかかりが弱い感じ。これは聞き込んでいけば気にならなくなるか。
そんなわけで静かな曲は今ひとつ乗れなかったが、「サイコアナルシス」「PARANOIA」の2曲は期待通り。特に後者。「ただ流浪」のたたみかけにはまいった。というわけで、この線が希望なんだけど、次はなにがいいと思う?> 田中

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